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第三章 Love matures
第七話 尊敬する上司
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そしてクリスマスが近くなったある日。
そろそろ新年度の部署異動願の件もある為、この日はそれ関連の会議が会議室で行われていた。会議室にはインテリア事業部の社員のみで全く関係ない赤澤と研修生はオフィスに残っている。
会議後、村崎は春人に声をかけられた。
「村崎部長、少しお時間良いですか?」
と、いう春人は少しモジモジしている。その行動に心当たりがあり、かつ赤澤の目にもつかない為、ようやくあの話ができると村崎は快諾した。
会議室から全員退出し、二人は向き合う。
「腕時計、いいの見つかったか?」
「はい!村崎部長が見つけてくれたデザインにしました。」
村崎が春人におススメしたのはベルトが革で時計本体の枠が少し大きめの円形をしている物だった。
一応、相手が違っていた時の為に女性物のデザインも資料に入れておいたが春人が選んだのは前者だった。
「ベルトが革で出来た腕時計にしました。お洒落なのに大人の雰囲気があって似合うかなって。」
村崎の読み通りの物を選んだ春人に、さりげなく
「良かったな。アルバートも喜ぶぞ。」
と、言えば、眩しいくらいの笑顔が咲き「はい!」と、いつか見た事がある視線と元気な返事が返ってきた。しかし、その淡い視線は重なっても村崎に向けられたものではない。
そして返事をした春人の目がみるみる見開かれていく。
「え?」
「やっぱりアルバートか。」
「ええええええええ!」
後ずさり、机に身体をぶつけた春人。
「いてててて。違いますよ!友達の話です!」
「もうそれは無理があるだろ。」
苦笑いをする村崎に「違うんです!」と何回も訴える春人だが最後は観念した。
「やっぱり僕、分かりやすいのかな。」
落ち込む春人。
村崎も春人に想われていなければ気が付かなかっただろう。
「良い笑顔だと思うぞ。オフィス内の空気は明るくなる。月嶋の良いところだろ。」
前なら確実に勘違いを生んだであろう言葉も今ならいくらでも言えるし、褒める事も出来る。我ながら現金だとも思ったが、村崎は今の状況を素直に喜んでいた。
褒められた春人は嬉しそうな表情を見せる。
しかし意を決したように急に顔を引きしめた。そしてゆっくりと頭を下げた。
「すみませんでした。」
「何が?」
「色々ご迷惑をおかけして。」
「時計か?それなら……。」
「いえ。それより前の事です。」
春人の申し訳なさそうな表情と、俯く視線に何を言っているのかようやく悟る。
「人を好きになることは悪い事じゃない。」
「でも、もしかしたら僕が村崎部長の家庭を壊していたかもしれません。一人で突っ走って好意を伝えるのはただの迷惑でした。」
「しっかり軌道修正できたのならそれでいい。大事にもなっていないわけだし。大切なのはこれからだ。アルバートとは順調なのか?」
「あっ、いえ。まだ付き合っていないんです。腕時計渡す時に返事をする予定で。」
村崎はその言葉で二人の間に何があったのか想像がついた。アルバートからのアプローチに春人が何と返事をするのかも……。
「アルバートならお前を幸せにしてくれるよ。」
「ありがとうございます。そして本当にすみませんでした!もうあの頃の気持ちはないけれど、僕にとって村崎部長は勿体ないくらいの上司です。これからも、よろしくお願いします!」
「俺も月嶋の能力の高さと元気良さはうちには必要だと思っている。これからも頼んだぞ。」
「はい!」
和やかな雰囲気が会議室を包む。しかし、それを吹き飛ばす様な勢いで
——バンッ‼
と、扉が開いた。
「え?」
「月嶋ああああ‼」
と怒鳴りつけて入ってきたのは……
「あ、赤澤?!」
◇ ◇ ◇
会議で人が出払ったインテリア事業部。赤澤がアルバートに合図を送り四階の会議が行われている廊下を静かに並んで歩き、奥にある誰もいない喫煙室に入って腰を掛けた。
「君は吸わないだろ。」
「俺は良いんだよ。てか、ここが一番話しやすいし。」
どうぞと手を出す赤澤に甘えて、アルバートは赤いパッケージから一本取りだしジッポに力を込めたが、赤澤に取られる。そして赤澤が不慣れな手つきで炎を上げた。
「何かあったのか?」
「いいから。」
ほらっと炎が揺れ、アルバートは煙草を近づけた。
蓋をした赤澤がジッポを返しながため息をつく。
「エリートさんにお願いがあるんだけどよ。」
「エリート?」
「謙遜すんなよ。お前の履歴書はちゃんと目を通してんだ。イギリスの貿易会社のエリートが大陸超えてドッキリでも仕掛けに来たのかと思ったぞ。」
「大した事はしていないよ。」
「もしくは企業スパイか。」
「それなら偽物の履歴書を出すだろ。」
「そうだな。」
アルバートは様子のおかしい赤澤がなかなか核心を突いた話をしないのでゆっくりと煙草をふかした。
煙を追ったり、外を見たりと赤澤の黒目は忙しない動きを見せている。
「君はあまり隠すのが得意じゃないな。」
「え?」
「何か二つくらい隠しているんじゃないか?」
「……」
「一つはここに呼び出した理由。二つ目は……」
目を細めて赤澤を見ると両手を上げていた。
「分かった、分かった俺から言う。とりあえずここに呼び出した理由だけど……アルバートの研修の指導なんだが、少し手を抜かせてくれ。手を抜くっていうと聞こえが悪いんだけど……お前はよくできるし、俺はいらないだろ?」
「構わないよ。貿易関連の仕事は一通り出来る。私はそれに対する日本人の姿勢を見に来たのだ。君が私を信頼してくれているという事でそれに関しては君の一存に任せる。」
「悪い。」
「勿論、赤澤さんでも勉強させてもらっているよ。」
「俺も見られてるってわけだ。」
「ああ。だからこそ君が隠している二つ目にも気が付いた。」
「ははは。やっぱりエリートは違うな。」
よくできたイギリス人に到底及ばぬ差を感じ。赤澤は力なく笑うしかなかった。
赤澤には誰にもまだ言えない秘密があった。しかしイギリスでキャリアを詰んだアルバートは薄々勘づいていた。
「村崎部長は知っているのか?」
「いや、何か隠しているのはバレてんだけど、内容までは。」
「私も内容までは詳しくは知らない。でも君のキャリアに関する事だ。その邪魔にはなりたくない。私の研修は放っておいてもらって構わない。」
「ほぼバレてんじゃん。でも、ありがとう。時間が足りなくなってたからまじ助かるわ。」
深くは追及してこないアルバートに、やはり敵わないなと赤澤は感嘆のため息を漏らした。だが、どこか肩の荷が下りた表情もしている。
終始爽やかな顔で煙草を蒸す男にこの際だからともう一つ尋ねた。
「ずっと思っていたんだけど、よく会社が研修を許したな。お前がいないと困るだろ?よく電話もしているし。」
「学びたい者には学ぶ機会がきちんと与えられる。日本とはちょっと違うかもね。」
「そうだな。逆に俺たちがイギリスに行くべきかもな。本当にお前は凄いよな、日本の文化にも早く順応して。」
「順応……それはどうだろうか。まだ知らない事ばかりだよ。」
遠い目をしながら、細い煙を吐き出すアルバート。
彼にも色々あるのだろうと悟った赤澤は、それ以上踏み込まなかった。なぜなら、足音がしたからだ。
「会議、終わったみたいだな。」
「そうだね。」
丁寧に煙草を潰し、アルバートが腰を上げる。
そして二人で喫煙室を出て、会議室からインテリア事業部へ戻る社員と一緒に戻った。
しかし、全員が戻ってきたはずなのに村崎と春人の姿がない。
「もしかして部署異動願だすのかしら?」
と、女性社員が悲し気な声を出す。
ちょうどそれ関連の会議だった為、大いにあり得るが村崎の元をわざわざ離れる理由は見つからない。そうなると赤澤の脳裏にはクリスマスプレゼントの話が過ぎり「あいつっ」と小さく呟き、オフィスを飛び出した。横にいたアルバートは赤澤の空気の変わりように嫌な予感がして後を追いかけた。
年齢からは想像できないスピードで階段を駆け上がった赤澤はもう影も形もない。アルバートが四階に到着した時には「月嶋あああ‼」と言う大声が聞こえてきた。
———そうして勢いよく会議室に突撃した赤澤は春人に掴みかかった。胸座を掴み、村崎が間に割って入ろうとしたが力が強すぎて梃でも動かない。
「お前いい加減にしろ‼」
「やめろ赤澤!もう終わったんだ!」
「何がだ!村崎、そうやって優しくするからこいつがつけあがるんだよ!」
いつの間にか春人の胸座を掴んだまま赤澤と村崎が対峙していた。春人はそれをどう打開していいか分からず、何か言おうと口を開いた瞬間赤澤に睨まれる。
「諦めろって言っただろ!まだ分かんねえのか?!村崎を好きでも、それは迷惑にしかならないんだよ!」
もう村崎に気持ちがない春人には今の発言は何の傷も残さなかった。しかし、他に想っている人がいる以上、どうしてもそう思われているのが許せず、頭に血が昇ってしまう。
「もう好きじゃありません!」
「嘘つけ!」
今度は村崎そっちのけで春人と赤澤が睨みを効かせる。小さい身長が下から意志の籠った強い視線を送り、一瞬赤澤がたじろく。だが、春人は止まらない。
「嘘じゃありません!僕は……」
(僕はもう……)
村崎ではない別の人を思い浮かべる春人。
そして……
「僕が好きなのはア、ングッ?!」
春人の口が手で優しく塞がれ、腹部を後ろから逞しい腕で抱き締められる。塞いでくる手からはあの苦い香りがした。そして背中に大きな温かい気配を感じ、耳元で「Stop」と低い声が囁く。
どうにか顔を斜め上に逸らすと嬉しそうに目を細めたアルバートと目が合う。そして形の整った口が再び耳元で
「返事は……二人きりの時に聞かせて。」
と誘うような声を出した。
真っ赤に赤面し硬直してしまった春人にここにいる面々で理解が追いついていないのは赤澤くらい。
「な、なんだ?」
と、拍子抜けした声を出した後、彼の襟首を村崎が掴む。
「行くぞ赤澤!」
「え?おい!どういうことだよ!おいって!」
村崎が赤澤を会議室から引きずり出し、外からは「何なんだよー!」という遠吠えが聞こえてきた。
ようやく静かになった会議室では、まだ春人に後ろから腕を回すアルバートが彼の肩に額を乗せ、違う緊張感が漂い始めた。
「春人。」
春人がアルバートの腕の中でビクンと跳ねる。
「答え聞いてもいいかい?」
数秒の間があき、春人は首を横に振った。
「クリスマスまで待って欲しい。」
「……」
春人にまだ迷いがあるのか、それとも何か考えがあるのか、今すぐ聞いてしまいたい気持ちを押さえ「Ok.」とアルバートは春人の考えを尊重した。
「ありがとう。」
何も言わずに受け入れてくれたアルバートに春人はまた彼の魅力を見つけ、溢れそうな想いをクリスマスまでしまい込んだ。
そろそろ新年度の部署異動願の件もある為、この日はそれ関連の会議が会議室で行われていた。会議室にはインテリア事業部の社員のみで全く関係ない赤澤と研修生はオフィスに残っている。
会議後、村崎は春人に声をかけられた。
「村崎部長、少しお時間良いですか?」
と、いう春人は少しモジモジしている。その行動に心当たりがあり、かつ赤澤の目にもつかない為、ようやくあの話ができると村崎は快諾した。
会議室から全員退出し、二人は向き合う。
「腕時計、いいの見つかったか?」
「はい!村崎部長が見つけてくれたデザインにしました。」
村崎が春人におススメしたのはベルトが革で時計本体の枠が少し大きめの円形をしている物だった。
一応、相手が違っていた時の為に女性物のデザインも資料に入れておいたが春人が選んだのは前者だった。
「ベルトが革で出来た腕時計にしました。お洒落なのに大人の雰囲気があって似合うかなって。」
村崎の読み通りの物を選んだ春人に、さりげなく
「良かったな。アルバートも喜ぶぞ。」
と、言えば、眩しいくらいの笑顔が咲き「はい!」と、いつか見た事がある視線と元気な返事が返ってきた。しかし、その淡い視線は重なっても村崎に向けられたものではない。
そして返事をした春人の目がみるみる見開かれていく。
「え?」
「やっぱりアルバートか。」
「ええええええええ!」
後ずさり、机に身体をぶつけた春人。
「いてててて。違いますよ!友達の話です!」
「もうそれは無理があるだろ。」
苦笑いをする村崎に「違うんです!」と何回も訴える春人だが最後は観念した。
「やっぱり僕、分かりやすいのかな。」
落ち込む春人。
村崎も春人に想われていなければ気が付かなかっただろう。
「良い笑顔だと思うぞ。オフィス内の空気は明るくなる。月嶋の良いところだろ。」
前なら確実に勘違いを生んだであろう言葉も今ならいくらでも言えるし、褒める事も出来る。我ながら現金だとも思ったが、村崎は今の状況を素直に喜んでいた。
褒められた春人は嬉しそうな表情を見せる。
しかし意を決したように急に顔を引きしめた。そしてゆっくりと頭を下げた。
「すみませんでした。」
「何が?」
「色々ご迷惑をおかけして。」
「時計か?それなら……。」
「いえ。それより前の事です。」
春人の申し訳なさそうな表情と、俯く視線に何を言っているのかようやく悟る。
「人を好きになることは悪い事じゃない。」
「でも、もしかしたら僕が村崎部長の家庭を壊していたかもしれません。一人で突っ走って好意を伝えるのはただの迷惑でした。」
「しっかり軌道修正できたのならそれでいい。大事にもなっていないわけだし。大切なのはこれからだ。アルバートとは順調なのか?」
「あっ、いえ。まだ付き合っていないんです。腕時計渡す時に返事をする予定で。」
村崎はその言葉で二人の間に何があったのか想像がついた。アルバートからのアプローチに春人が何と返事をするのかも……。
「アルバートならお前を幸せにしてくれるよ。」
「ありがとうございます。そして本当にすみませんでした!もうあの頃の気持ちはないけれど、僕にとって村崎部長は勿体ないくらいの上司です。これからも、よろしくお願いします!」
「俺も月嶋の能力の高さと元気良さはうちには必要だと思っている。これからも頼んだぞ。」
「はい!」
和やかな雰囲気が会議室を包む。しかし、それを吹き飛ばす様な勢いで
——バンッ‼
と、扉が開いた。
「え?」
「月嶋ああああ‼」
と怒鳴りつけて入ってきたのは……
「あ、赤澤?!」
◇ ◇ ◇
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「君は吸わないだろ。」
「俺は良いんだよ。てか、ここが一番話しやすいし。」
どうぞと手を出す赤澤に甘えて、アルバートは赤いパッケージから一本取りだしジッポに力を込めたが、赤澤に取られる。そして赤澤が不慣れな手つきで炎を上げた。
「何かあったのか?」
「いいから。」
ほらっと炎が揺れ、アルバートは煙草を近づけた。
蓋をした赤澤がジッポを返しながため息をつく。
「エリートさんにお願いがあるんだけどよ。」
「エリート?」
「謙遜すんなよ。お前の履歴書はちゃんと目を通してんだ。イギリスの貿易会社のエリートが大陸超えてドッキリでも仕掛けに来たのかと思ったぞ。」
「大した事はしていないよ。」
「もしくは企業スパイか。」
「それなら偽物の履歴書を出すだろ。」
「そうだな。」
アルバートは様子のおかしい赤澤がなかなか核心を突いた話をしないのでゆっくりと煙草をふかした。
煙を追ったり、外を見たりと赤澤の黒目は忙しない動きを見せている。
「君はあまり隠すのが得意じゃないな。」
「え?」
「何か二つくらい隠しているんじゃないか?」
「……」
「一つはここに呼び出した理由。二つ目は……」
目を細めて赤澤を見ると両手を上げていた。
「分かった、分かった俺から言う。とりあえずここに呼び出した理由だけど……アルバートの研修の指導なんだが、少し手を抜かせてくれ。手を抜くっていうと聞こえが悪いんだけど……お前はよくできるし、俺はいらないだろ?」
「構わないよ。貿易関連の仕事は一通り出来る。私はそれに対する日本人の姿勢を見に来たのだ。君が私を信頼してくれているという事でそれに関しては君の一存に任せる。」
「悪い。」
「勿論、赤澤さんでも勉強させてもらっているよ。」
「俺も見られてるってわけだ。」
「ああ。だからこそ君が隠している二つ目にも気が付いた。」
「ははは。やっぱりエリートは違うな。」
よくできたイギリス人に到底及ばぬ差を感じ。赤澤は力なく笑うしかなかった。
赤澤には誰にもまだ言えない秘密があった。しかしイギリスでキャリアを詰んだアルバートは薄々勘づいていた。
「村崎部長は知っているのか?」
「いや、何か隠しているのはバレてんだけど、内容までは。」
「私も内容までは詳しくは知らない。でも君のキャリアに関する事だ。その邪魔にはなりたくない。私の研修は放っておいてもらって構わない。」
「ほぼバレてんじゃん。でも、ありがとう。時間が足りなくなってたからまじ助かるわ。」
深くは追及してこないアルバートに、やはり敵わないなと赤澤は感嘆のため息を漏らした。だが、どこか肩の荷が下りた表情もしている。
終始爽やかな顔で煙草を蒸す男にこの際だからともう一つ尋ねた。
「ずっと思っていたんだけど、よく会社が研修を許したな。お前がいないと困るだろ?よく電話もしているし。」
「学びたい者には学ぶ機会がきちんと与えられる。日本とはちょっと違うかもね。」
「そうだな。逆に俺たちがイギリスに行くべきかもな。本当にお前は凄いよな、日本の文化にも早く順応して。」
「順応……それはどうだろうか。まだ知らない事ばかりだよ。」
遠い目をしながら、細い煙を吐き出すアルバート。
彼にも色々あるのだろうと悟った赤澤は、それ以上踏み込まなかった。なぜなら、足音がしたからだ。
「会議、終わったみたいだな。」
「そうだね。」
丁寧に煙草を潰し、アルバートが腰を上げる。
そして二人で喫煙室を出て、会議室からインテリア事業部へ戻る社員と一緒に戻った。
しかし、全員が戻ってきたはずなのに村崎と春人の姿がない。
「もしかして部署異動願だすのかしら?」
と、女性社員が悲し気な声を出す。
ちょうどそれ関連の会議だった為、大いにあり得るが村崎の元をわざわざ離れる理由は見つからない。そうなると赤澤の脳裏にはクリスマスプレゼントの話が過ぎり「あいつっ」と小さく呟き、オフィスを飛び出した。横にいたアルバートは赤澤の空気の変わりように嫌な予感がして後を追いかけた。
年齢からは想像できないスピードで階段を駆け上がった赤澤はもう影も形もない。アルバートが四階に到着した時には「月嶋あああ‼」と言う大声が聞こえてきた。
———そうして勢いよく会議室に突撃した赤澤は春人に掴みかかった。胸座を掴み、村崎が間に割って入ろうとしたが力が強すぎて梃でも動かない。
「お前いい加減にしろ‼」
「やめろ赤澤!もう終わったんだ!」
「何がだ!村崎、そうやって優しくするからこいつがつけあがるんだよ!」
いつの間にか春人の胸座を掴んだまま赤澤と村崎が対峙していた。春人はそれをどう打開していいか分からず、何か言おうと口を開いた瞬間赤澤に睨まれる。
「諦めろって言っただろ!まだ分かんねえのか?!村崎を好きでも、それは迷惑にしかならないんだよ!」
もう村崎に気持ちがない春人には今の発言は何の傷も残さなかった。しかし、他に想っている人がいる以上、どうしてもそう思われているのが許せず、頭に血が昇ってしまう。
「もう好きじゃありません!」
「嘘つけ!」
今度は村崎そっちのけで春人と赤澤が睨みを効かせる。小さい身長が下から意志の籠った強い視線を送り、一瞬赤澤がたじろく。だが、春人は止まらない。
「嘘じゃありません!僕は……」
(僕はもう……)
村崎ではない別の人を思い浮かべる春人。
そして……
「僕が好きなのはア、ングッ?!」
春人の口が手で優しく塞がれ、腹部を後ろから逞しい腕で抱き締められる。塞いでくる手からはあの苦い香りがした。そして背中に大きな温かい気配を感じ、耳元で「Stop」と低い声が囁く。
どうにか顔を斜め上に逸らすと嬉しそうに目を細めたアルバートと目が合う。そして形の整った口が再び耳元で
「返事は……二人きりの時に聞かせて。」
と誘うような声を出した。
真っ赤に赤面し硬直してしまった春人にここにいる面々で理解が追いついていないのは赤澤くらい。
「な、なんだ?」
と、拍子抜けした声を出した後、彼の襟首を村崎が掴む。
「行くぞ赤澤!」
「え?おい!どういうことだよ!おいって!」
村崎が赤澤を会議室から引きずり出し、外からは「何なんだよー!」という遠吠えが聞こえてきた。
ようやく静かになった会議室では、まだ春人に後ろから腕を回すアルバートが彼の肩に額を乗せ、違う緊張感が漂い始めた。
「春人。」
春人がアルバートの腕の中でビクンと跳ねる。
「答え聞いてもいいかい?」
数秒の間があき、春人は首を横に振った。
「クリスマスまで待って欲しい。」
「……」
春人にまだ迷いがあるのか、それとも何か考えがあるのか、今すぐ聞いてしまいたい気持ちを押さえ「Ok.」とアルバートは春人の考えを尊重した。
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(5月14日より連載開始)
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