こいじまい。 -Ep.the British-

ベンジャミン・スミス

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第ハ章 Invite

第一話 42年目にあがる無限の花

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 8月も終わる頃。
久しぶりの休日にのんびりと朝食後の紅茶を飲んでいる時だった……

——ジーッ

とドアベルが鳴り響き、カップをソーサーの上に置く。

 ドアを開けるとジーパンに赤いロイヤルメールフリースジャケットを着用した男性がいた。日本とは違い不愛想だが、眠そうな表情に同情したくなる。

 国際郵便だった。アドレスには「Japan」の文字、そして送り主は勿論恋人。
包みを開ける前に、何か連絡が来ていないか確認すると、予想通り来ていた。

──小包が届いたら電話が欲しい。絶対に。

そっけない短文だったが、その瞬間今日が何の日か思い出した。

「もしもし」
『もしもし、そっちはおはよう?』
「ああ。日本は夕方かな?」
『うん。でももう太陽沈みかけてる。それより、荷物は届いた?』
「届いたよ、ありがとう。」
『よかった。』

春人がスマートフォンを握りしめる音がする。

『アルバート、お誕生日おめでとう!』

紅茶の香りが舞う様に、アルバートはふわりと笑った。
サプライズを隠そうとそっけないメッセージを送った春人もようやくいつもの声の調子に戻る。

「ありがとう。今までで一番嬉しい「おめでとう」かもしれない」
『相変わらず大袈裟なんだから!』

嘘のようで嘘ではない。
最近では歳を重ねる事が億劫になってきていたアルバートには、久しぶりに幸福な誕生日だった。

「本当にありがとう。これはもしかしてプレゼントかい?」
『うん! 大したものじゃないけど!』

わざわざ日本から送ってくれたであろうプレゼントを丁寧に開ける。

「……」

中からは赤い和柄の筒が出てきた。手触りはキルト生地のようで、筒自体は硬い。そしてカシャカシャと音がする。

「これは?」
『穴が開いているでしょ? 覗いて見て!』

 筒の片側の先端に丸い覗き穴がある。
右手で筒をもち、下に向けて中を覗く。
中は薄暗く、何かが入っている。

『あっ、上に向けてね。明るい方に! で、クルクル回してみて!』

窓から入り込む太陽の光に向ける。
 中は幻想的な世界だった。
反射するシルバーと、変形する色彩豊かな細片たち。それらが作り出す形はアルバートを釘付けにした。

「So,beautiful.」

 零れた英語に、送り主が照れたように笑うのが聞こえる。それを聞きながらアルバートは筒の中に生み出される世界を楽しんだ。
 その形はアルバートの胸を締め付け、記憶を刺激する。
必死にそれが何か思い出そうと手を動かす。
 
「あっ」

(まるでこれは……)

『花火みたいでしょ?』

先日2人で見た夜空に咲く火の花に似ている。

『それ、万華鏡って言うんだ! 絶対に同じ形にはならないんだよ!』
「マンゲキョウ……」
『夏にアルと見た花火みたいだよね!』

(私も同じことを思っていた)

重なる思考回路に万華鏡を覗くアルバートが薄く微笑む。

「ありがとう、春人。」
『えへへ。本当におめでとう、お誕生日! 実は僕も同じ物を買ったんだ!』

 機械の奥からカシャカシャと音が聞こえる気がした。

『今、覗いているよ!』

 海と大陸を隔てた場所でお互い天に向かって万華鏡をかざす。

「綺麗だ。こっちは今、黄色だよ」
『僕も黄色だよ! 動かしちゃだめだよ! せっかく同じ色なんだから!』

きっと形は違う。
それでも万華鏡の穴が2人を繋ぎ同じ世界を見せてくれている感覚に陥る。

「まるで君が隣にいるようだ」
『僕も!』

 元気な声に触発されアルバートは閉じていた片目を開ける。
一瞬ぼやけた視界、両目からの情報が重なり、万華鏡の奥に広がる空が見える。

 イギリスの空は快晴。
 アルバートの瞳より濃い水色。
一緒の世界にいた筈なのに、空の色を見て、現実世界へと戻される。

——日本とは違う空。

隠しきれなかった動揺が万華鏡を持つ手を揺らし、花火は赤色へと変わる。

——ああ、君と同じ空の下にいたい。

その言葉を堪え、一生懸命選んでくれた春人の為に、電話を終えた後も回し続けた。

 やはり同じ形を作る事はできなかった。

それでも42歳の心をくすぐった贈り物はこれから毎日、彼の日課として回り続けることとなった。
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