こいじまい。 -Ep.the British-

ベンジャミン・スミス

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第十一章 Past

第二話 とんでもない男

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「あーダメだ!!!!」

春人はインテリア事業部のデスクで、白紙の紙にボールペンで無造作にグチャグチャと書き殴った。

「気になって仕方ない」

こういう時は仕事なんて出来ないのに、いつも仕事に逃げようとしてしまう。
そもそも白石の告白に驚いて残業を取りやめたのに、元恋人スティーブンの登場で結局職場に逆戻りしてしまった。

「アル以外にやる事が仕事って……」

苦笑いが浮かぶ一方、大切な事にも気が付く。

「それだけ比重が大きいんだよなあ……」

額をデスクにグリグリと押し付け、冷静なろうとする。

「アル……何してるんだろ……」

アルバートが浮気をするとは思えない。
しかし、元恋人スティーブンとは、一度は愛を語り合った仲。何がどう転がるか分からない。
そもそも春人はアルバートが今までどんな恋愛をしてきたか知らない。

「もし、二人が望まぬ形で別れていたら……」

再燃するかもしれない。

「あー、もう自分が嫌になる」

今行けば、かっこ悪いと思われるだろうか……そんな事が頭を過ったが、やはり独占欲が勝ってしまった。

「どうせ僕は子どもですよ‼」

開き直って立ち上がり、結局今回も仕事は進まぬまま、本日二度目の消灯をして、春人は会社を後にした。

 緊張で飛び出しそうな心臓を携え、アルバートの家へと向かう。
その間も、「もしベッドシーンだったら」「キスしていたら」と頭を嫌な想像が埋め尽くし、足が止まりそうになったが、必死に一歩一歩を出した。

そして……

「よしッ」

深呼吸をして、押し潰れるくらいインターホンを押す。
心臓よりも小さな音で主を呼び出した。

——ガチャッ

「アル、うわッ?!」
「Albert‼」

出てきたのはスティーブンだった。
しかも、ドアを開けた瞬間、抱きついてきた。

「Oh. なんだ君か」

スティーブンは春人の頭を「小さいね」と悪戯っぽく撫でる。そして大きな掌の下で春人は絶望に打ちひしがれていた。

(家に……いれたんだ……)

「離してください‼」

それを悟られまいと、勢いよく大きな手を弾いた。そして上をキッと見上げる。人の事を小さいと楽しそうに弄んでいた男と視線が交差する。
その目は笑っていなかった。

「とりあえず入る? 立ち話もなんだし」
「ここアルの家なんですけど」

春人の言葉を無視して我が物顔でスティーブンは部屋の奥へ行ってしまう。
 家主を探すようにリビングへ足を踏み入れる。

「アルは?」

アルバートはいなかった。

(もしかして僕を追いかけて……)

と安心したのも、束の間、スティーブンが口元を緩める。

「買い物にいったよ」
「買い物? 晩御飯?」
「君、ちょっとお馬鹿さんだね。元恋人同士が久しぶりの再会を果たしてのんびり晩御飯なんて食べると思ってる?」

嫌な予感がした。その続きを聞きたくなくて、春人は後ずさった。
その距離をスティーブンは一気に詰め、春人の肩を引き寄せる、そして耳元で囁いた。アルバートよりも高い声、そこからは

「エッチの準備に決まっているだろ」

と悪魔の声が聞こえた。

「はっ、イギリス人のジョークですか?」
「はいはい強がらない。顔に出やすいね君は……焦って目が泳いでいるよ」

いちいち癪に障る言い方の男に段々怒りが沸いてきた春人は敬語などどこかへ置いてきた。

「アルバートはそんなことしない」
「じゃ、どうして俺を家にいれたと思う?」
「……それは」
「元恋人を家に入れれば、どうなるかぐらい分かるよね? それともそれが分からないくらい君は子どもなのかな?」

アルバートと同じ日本語専攻なだけあって、饒舌だ。嫌味まで繰り出す。

「君、いくつなの?」
「24です」
「若いね。アルバートの趣味じゃないな。今までそんな年下と付き合ったことないんじゃない?」

馬鹿にするように笑いながら、スティーブンはソファーの真ん中に堂々と腰を掛けて足を組んだ。

「付き合ってどれくらい?」
「貴方には関係ない」
「どうせ2年くらいでしょ? あっ図星だ。本当に直ぐ顔に出るね!」

愉快だと手を叩く男に、春人も食らいつく。

「別に年月なんて関係ない。どちらにしても今付き合っているのは僕だ」
「ふーん……でもさ、付き合いの質はどうなの?」
「質?」
「そう。アルバートを満足させられてる? アルバートの特別になれてる? 彼に奉仕して貰ってばかりで、何も返せてないんじゃないの?」
「……」
「心当たりありってことか。どうせ、紳士なアルバートにやられてばっかりなんでしょ?」
「うッ」

再び痛いところを突かれた春人の目が泳ぐ。そしてその視界に、ソファーから腰を上げたスティーブンが近づいて来る。

「そばに居てくれるだけで良い……アルバートのそんな言葉を君は真に受けている」
「……」
「イギリス人の口説き文句だよ。本当に何もしなければ去るさ。受け身の性行為、当たり障りのない日常、そんな刺激のない生活は恋人達を駄目にしていく……君はそれに当てはまるんじゃないの」

春人は俯いた。

(……僕はアルに……何もしてあげられてない気がする)

「俺ね、アルバートの職場に連絡したんだ。居場所が知りたくて。なんとか貿易会社だっけ? そしたら日本へ行ってしまったって聞いた。急いで今の職場を聞いたよ。そして今ここに居る。やっと会えたのに、俺の愛しのアルバートの横にはこんなつまらない日本人がいたわけだ」

あまりの言われようだが、春人は返す言葉が見つからず、唇を噛みしめた。

「むかつくんだよね……」

急に低くなった声に、春人は視線を上げた。
目の前に迫っていたイギリス人に後ずさる。しかし腰に腕を回され、捕らわれてしまった。

「こんなつまらなそうな男なのに……アルバートが君に向ける笑顔がむかつく」

ブラウンの瞳が光り、さらに近寄ってくる。

「君、そんなにいい男なの?」

獲物を狙うような視線は黒い瞳の奥を探ろうとする。

「ねえ、アルバートが夢中になるその身体……俺に味見させてよ」
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