こいじまい。 -Ep.the British-

ベンジャミン・スミス

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番外編

番外編2 猫の日②

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 帰宅後、購入した猫缶にチャーリーが気を取られている隙に、アルバートは春人に熱いキスをした。頬に、額に唇に、そして首へと止まらぬキス。いつもならうっとりするのに、今日だけはキスをしながらも黒い瞳が新しい住人を追いかけていた。

「やっぱりミルクの方が良かったかな?」

 キスの最中にも関わらず、春人はチャーリーの元へ行ってしまう。その後も、家主そっちのけで猫と戯れていた。人目を気にする必要がないせいか、床に寝そべったり、追いかけっこをしたりと、自由な時間を過ごしている。

「春人、お風呂に入っておいで」

 キッチンから声をかけるアルバートは紅茶の入ったカップを傾けた。

「紅茶飲むなら教えてよー! 僕も飲みたい!」

 チャーリーを抱えたまま、春人はキッチンへやってきて頬を膨らませた。

「三回も声をかけたのだが」
「え? いつ?」
「君がチャーリーと遊んでいる間に」

 春人が視線を下ろすと、そこには湯気が昇らぬカップが一つ。口をつけた様子もない。対してアルバートのカップは綺麗な陶器の底が見えていた。

「今日は寒い。冷たい飲み物は身体に応える。温めておくからお風呂に入っておいで」

 流石に春人もこれ以上は我儘が言えないと、チャーリーを下ろしてお風呂の準備を始めた。
名残惜しそうに去りゆく背中をアルバートは抱きしめた。

「ベッドでは私が君の猫だ」

 恋人同士の濃密な時間まで邪魔されては困ると、アルバートは春人に囁く。春人は目を丸くして「う、うん」と返事をすると急いでお風呂へ向かった。
 春人がいなくなると、恋しいのか、チャーリーは作業台に飛び乗って春人のカップに鼻を近づけた。しかし紅茶の香りが気に入らなかったのか、飛び降りて今度は春人が座っていたソファーの上で丸くなった。
 アルバートは自身と同じイギリスの名を持つ猫のパンチを華麗に避けながら一度だけ頭を撫でた。世話主を虜にする掌にチャーリーも一瞬怯む。

「愛らしい君のおかげで春人の素敵な笑顔を見る事ができた。しかし——」

 容赦ない低い声がお見舞いされる。

「紅茶の味も分からない男に春人はやれない」

 余程猫に恋人をとられたのがきているのか、今日のアルバートは大人げない。そしてアルバートが猫に嫉妬しているとも知らず、春人はシャワーを浴びながら混乱していた。



          *



「僕がアルを抱くの?」

 アルバートの「私が君の猫だ」という言葉にとんでもない勘違いをしていた。受けという意味の「ネコ」だと思っていた。普通ならいつものお洒落な口説き文句だと気が付くだろう。しかし……

「今日は2月22日、ネコの日、ネコの日にネコ、受け側になる……アルの考えそうなお洒落な処女喪失だなあ……」

 アルバートのお洒落な口説き文句の食らい過ぎで、思考回路が逸脱していた。
 体格的に絵面がおかしくなるのは分かっている。それでも童貞である事を気にする春人の為にアルバートが用意してくれた最高のサプライズだと胸を高鳴らせた。

「どうやって誘ったらいいんだろ……解し方とか……優しいアルの事だから今まさにしているとか……ア、アルってどんな風に喘ぐの?!」

 ありえない妄想が止まらない。なるべく時間をかけて入浴を済まし、綺麗に洗った黒髪をワックスで凛々しく整える。

「よし、抱くぞ」

 無意味な気合を入れ、今度はアルバートの入浴が終わるのを待つ。ソファーの上でチャーリーを抱き締め攻めが言いそうな言葉の練習をする。

「アルの中、気持ちがいいね……いやいや、まず挿れるところから……えーと……ああ、もう無理ッ‼ アルを攻めるなんて僕にできないよ‼ はあ……いつもみたいに激しく抱かれたい」

 興奮で身体が熱を放ち始める。その温もりがチャーリーを夢の世界へ誘ってしまう。閉じられた瞼を見つめていると、リビングの扉が開く音がして、春人はビクッと跳ねた。

「チャーリーも一緒に寝ていい?」

 春人は思わず逃げてしまう。
 チャーリーを抱えてベッドルームに行こうとする春人の肩に大きな手が添えられる。

「ダメだ。言っただろ? 今からは私が君の猫だ」

 壮大な勘違いはまだ続く。春人は覚悟を決め、チャーリーをソファーに下ろし毛布をかけると、アルバートの腕を引っ張りベッドにその巨体を投げて押し倒そうとした。だが2m近い男はびくともしない。

「ネコになってくれるんでしょ?」
「ああ」
「だったら早く……」
「……チャーリーのように丸くなれという事か?」
「そういう体位で抱かれたいの?」
「は?」
「へ?」

 ようやく誤解が解け始める。
 春人はわざわざワックスでセットした髪をグシャグシャにして「もー、そういうことかー!」と天井を仰いだ。その隣ではアルバートが小型の文明の利器で「ネコ」を調べていた。

「ほお、また一つ賢くなったな」
「会社で言ったりしないでよ。ん? まだ何か調べてるの?」
「ああ、アオカンとやらを」
「ちょっと!」
「やはり猫缶ではないな。調べられたらまずいものなのか?」

 液晶画面から洩れる光がアルバートの眉間の皺の影を濃くした。そしてスマートフォンがベッドの下に転がり、同時に春人が「ネコ」になる。

「君にはこういう趣味趣向があるのか? 外で——」
「だから違うって!」

 春人はアルバートの下でジタバタともがいた。

「絶対にこれだけはしない。美しい花も嫉妬するであろう快楽に悶える春人の顔など外で晒せるわけがない」
「だ、か、らー‼ あっ、チャーリー」

 春人の声に目を覚ましたチャーリーがベッドルームに侵入してくる。

「はい、二人と一匹で寝ましょうね」
「異議を申し立てたい」
「ダメ。今日は猫の日だからアルは我慢して」

 結局、その夜はチャーリーに春人を奪われてしまったアルバート。彼にとって2月22日、それは……

——「ネコ」と「青姦」を覚えた記念日である
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