31 / 133
出発
その6
しおりを挟む「荷の確認は済んだか?。では出発するぞ。」
マーン商会代表兼ジョン商談長のジョン=マーン=ジュニアの声がまだ早朝の街道に響く。
昨日は何事もなく順調に進めたので、全行程の4割ほどは来れている。
少しでも早く到着すれば、それだけ儲けが増えるのが商売というものだ。
(…後ろの荷馬車の冒険者が言うことを聞かないのが少々癪に障るが、商団が無事目的地に着くのが最優先だ)
二台目の馬車の荷台で相変わらず楽器を奏でる黒衣の冒険者を忌々しく一瞥すると、前を振り返り「出発!」と号令を響かせる。
昨日同様順調に進む。未だにモンスター等に遭遇はないままである。
時々襲われたのであろう他社の荷馬車の残骸が道脇に残っており、あまりに順調で忘れそうになるこの街道の危険さを改めて確認する。
陽が落ち始め商団が視界の良い広めの広場のような場所に到着すると、ジョンの指示が飛びまたキャンプの準備を開始する。
もうこの頃にはジョンの青年への不信感は薄れており、むしろ安全な行程をありがたがってるほどであった。
食事の準備を終え、皆が食べ始めるのを笑顔で見て席を離れようとした少女を、ジョンはふと気まぐれで止める。
そして商人達の食べるパンやスープも分けて一緒に食事を囲ませる事にした。
少女がまるで娘みたいに一緒に食事してくれてる事に、商人達の顔は緩み、和やかな時間が流れていた。
「なあ、あんたもこっちに来て食べないか?」
機嫌の良くなってきたジョンは、荷馬車の上で干し肉を咥えて楽器を奏でる青年に声をかけた。
「…俺はこれでいい」
青年は顔を上げジョンの方を見ると、咥えた干し肉を指で示す。
「なっ…人が親切で言ってるのに、その言い草はなんだっ!!」
さっきまでの御機嫌はどこへやら、ジョンは青年に声を荒げる。
親切の押し付けで怒り出すのは、経営者の驕りと言われても仕方ないところなのだが…。
「ジョンさん、ちょっと待ってくださいですの」
怒りだしたジョンに少女が駆け寄り説明を始めた。
「シェイドさんは皆で同じ食事をして、万が一食あたりをして誰も動けなくなってるところを襲われる可能性を考えて、ああして別に食べてるんですの」
少女が真剣に説明するのを聞いたジョンは、「そういう事ならしかたないか‥」と言い、渋々とはいえ納得したのか、また皆の囲む炎の方に戻っていった。
「…前もって打ち合わせしておいて良かったですの」
少女は青年の隣まで来ると、商人達には聞こえない程度の声量で話しだした。
実は、こういうトラブルがあるかもしれないと、クエストを受注した夜にいくつか想定していた、その内ひとつがこれだったのだ。
不死族《アンデット》である青年は食事を必要としていない。
ただそれは人間社会ではあまりに異質なので、食事しているふりとして、食事時間の間は干し肉を咥えることにしたのだ。
青年は唾液等を出さないので、ただ歯で挟まれるだけの干し肉はほぼ劣化する事がなく、何度も再利用出来るのも理由の一つだ。
そして、このように食事に誘われた時は、こうやってやり過ごそうと二人で決めておいたのだ。
「では、わたくしはあちらに戻りますの」
青年に軽く手を振ると、少女は商人たちの囲いへと戻っていった。
戻ってきた少女を歓迎し、商人達はまた楽し気に会話を再開した。
そしてこの夜も青年一人が見張りとして残り、何も現れない穏やかな時間だけが過ぎていった。
出発して3日目の昼前、理想の到着時間よりもはるかに早い昼前に商団はサンド=リヨンの門の前へと到着した。
王国兵士による荷の確認と、簡単な身分証明等を済ますと、商団は街へと入っていくのだった。
30
あなたにおすすめの小説
【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています
Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。
その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。
だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった──
公爵令嬢のエリーシャは、
この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。
エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。
ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。
(やっと、この日が……!)
待ちに待った発表の時!
あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。
憎まれ嫌われてしまったけれど、
これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。
…………そう思っていたのに。
とある“冤罪”を着せられたせいで、
ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
【完結】政略婚約された令嬢ですが、記録と魔法で頑張って、現世と違って人生好転させます
なみゆき
ファンタジー
典子、アラフィフ独身女性。 結婚も恋愛も経験せず、気づけば父の介護と職場の理不尽に追われる日々。 兄姉からは、都合よく扱われ、父からは暴言を浴びせられ、職場では責任を押しつけられる。 人生のほとんどを“搾取される側”として生きてきた。
過労で倒れた彼女が目を覚ますと、そこは異世界。 7歳の伯爵令嬢セレナとして転生していた。 前世の記憶を持つ彼女は、今度こそ“誰かの犠牲”ではなく、“誰かの支え”として生きることを決意する。
魔法と貴族社会が息づくこの世界で、セレナは前世の知識を活かし、友人達と交流を深める。
そこに割り込む怪しい聖女ー語彙力もなく、ワンパターンの行動なのに攻略対象ぽい人たちは次々と籠絡されていく。
これはシナリオなのかバグなのか?
その原因を突き止めるため、全ての証拠を記録し始めた。
【☆応援やブクマありがとうございます☆大変励みになりますm(_ _)m】
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
【完結】エレクトラの婚約者
buchi
恋愛
しっかり者だが自己評価低めのエレクトラ。婚約相手は年下の美少年。迷うわー
エレクトラは、平凡な伯爵令嬢。
父の再婚で家に乗り込んできた義母と義姉たちにいいようにあしらわれ、困り果てていた。
そこへ父がエレクトラに縁談を持ち込むが、二歳年下の少年で爵位もなければ金持ちでもない。
エレクトラは悩むが、義母は借金のカタにエレクトラに別な縁談を押し付けてきた。
もう自立するわ!とエレクトラは親友の王弟殿下の娘の侍女になろうと決意を固めるが……
11万字とちょっと長め。
謙虚過ぎる性格のエレクトラと、優しいけど訳アリの高貴な三人の女友達、実は執着強めの天才肌の婚約予定者、扱いに困る義母と義姉が出てきます。暇つぶしにどうぞ。
タグにざまぁが付いていますが、義母や義姉たちが命に別状があったり、とことんひどいことになるザマァではないです。
まあ、そうなるよね〜みたいな因果応報的なざまぁです。
優しいあなたに、さようなら。二人目の婚約者は、私を殺そうとしている冷血公爵様でした
ゆきのひ
恋愛
伯爵令嬢であるディアの婚約者は、整った容姿と優しい性格で評判だった。だが、いつからか彼は、婚約者であるディアを差し置き、最近知り合った男爵令嬢を優先するようになっていく。
彼と男爵令嬢の一線を越えた振る舞いに耐え切れなくなったディアは、婚約破棄を申し出る。
そして婚約破棄が成った後、新たな婚約者として紹介されたのは、魔物を残酷に狩ることで知られる冷血公爵。その名に恐れをなして何人もの令嬢が婚約を断ったと聞いたディアだが、ある理由からその婚約を承諾する。
しかし、公爵にもディアにも秘密があった。
その秘密のせいで、ディアは命の危機を感じることになったのだ……。
※本作は「小説家になろう」さんにも投稿しています
※表紙画像はAIで作成したものです
厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです
あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。
社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。
辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。
冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。
けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。
そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ“自分の居場所”を取り戻していく。
静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる