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チャプター7 コノハの項2
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あの子に言われた通りにして、しばらくその場で待っていると、やがて、斜面を覆う笹の葉をかき分ける音が近づいてきた。一瞬、警戒したけど、気配を隠すことなく迷わず近づいてくるのは猛獣の類とは思えない。あの子が帰ってきたのだ。
四足歩行の獣のような姿勢で現れた、少年。少年はわたしの目の前に辿り着いたところで、すっと立ち上がると、懐に巻き付けた紐で縛り付けてある、小さな籠をその身から外し、中から薬草の束を取り出した。
リトサイシ……の他にも、わたしのよく知らない草が積まれている。少年はあらかじめ用意してあった平たい石で草をすり潰し、わたしの右足の患部へ丁寧に塗り込んでいく。
見知らぬ少年の施しに対して、わたしはされるがままになっていた。抵抗する心がなかったと言えば嘘になるけど、少年の純真な眼差しを見つめているうちに、この子なら信用できる……そう、思い始めていた。
それから少年は、どこから持ってきたのか、肌色の布地で作られている綺麗な包帯でわたしの傷を覆い、応急処置を終えた。
「あの……ありがとうございます」
わたしが礼を言うと、それまでどことなく暗い印象のあった少年の顔が、パッと明るくなった。
「うん、しばらくは安静にしていてね」
少年は嬉しそうだった。それに対するわたしは、この少年のことを信じようと心に決めていたとはいえ、まだ逡巡する気持ちがあるのを隠しきれていなかったかもしれない。
この子は純粋な善意でわたしを助けてくれたのだ……わたしは、何だか申し訳ない気がしていた。
少年の施した処方のお陰で、足の痛みは大分引いていった。まだ少しだけジンジンする感覚は残っていたけれど、歩くぶんには、もう支障はなさそうだ。
既に、日は昇りきっている。帰りの遅いわたしのことを、父が心配しているかもしれない。
急いで戻らなければ……わたしは、逸る気持ちに突き動かされままに立ち上がろうとした。
「痛……っ」
右足に激痛が奔る。痛みが薄らいだと思って油断していたわたしは、そのままよろけて倒れそうになった。
「大丈夫?」
少年が両手でわたしの身体を支えてくれた。
わたしは少年の厚意に感謝しながらも、先行きへの不安を拭えない。じっとしていればさほどの痛みはないが、これではまともに歩くことも難しいかもしれない。
「骨にひびが入っているかもしれないよ。……ほら、ぼくがおぶってあげるから」
「え、でも……」
この子の外見上の年齢は、わたしよりもずっと幼い。わたしは躊躇していたけど、少年は「いいからいいから」と言って催促する。
「あ、あの……それじゃあ。お願いします」
わたしはこの子に頼るしかなかった。
薬草と山菜を詰め込んだ籠を背負っているわたしを、少年は軽々と背負い上げた。あの大きな猪を投げ飛ばしただけあって、やはりこの子の力は凄い。
わたしは段々と、この幼くも逞しい少年に対する頼もしさを感じていた。少年の熱い体温を直に感じ、早朝の空気の中で冷えついていた肌にとても心地よかった。
少年の背中におぶわれたまま、山を下りていく。その間の会話で、この子がとても親しみやすく、心の綺麗な子なんだな……と、改めて実感する。
少年の名前はシャモギ。最近、付近の街で興業を行うために来ている旅芸人の一座の一員として、働いているのだという。
「シャモギさん、まだ小さいのに」
わたしは驚きを隠せなかった。
「大したことないよ、ぼくは裏方の雑用係だからね」
シャモギはそう言いつつも、自らの仕事を得意げに語ってくれた。大道具の組み立てを手伝ったり、一座の仲間の食事の材料を野山から集めてきたりといった内容を、はきはきした声で説明しているシャモギの話を聞いていると、何だか、こちらまで嬉しい気持ちになってくる。
(こんなに優しい子がいるんだ……)
わたしの暮らしている村では、子どもであっても心がどこか荒んでいた。
近年、村の近隣でも妖魔が関与していると思しき怪奇な事件が多発している。妖魔は人間に化けているという話だから……大人たちは排他的になり、子どもたちもそれにならい、他の地域から来る人を警戒していたのだ。
やがて、そういった態度は仲間内に対する猜疑心をももたらし、今では村八分が身近なものになってしまっている――わたしの父が、よく愚痴交じりに語っている話だ。
この子は言わなかったし、わたしも尋ねたりはしなかったけど……この子は、妖魔なのだろう。それに、共に旅をしながら興行を続けているという一座の話。とても、迂闊に他人へ話して良いものとは思えない。
シャモギはこの短時間で、出会ったばかりで素性も知れないわたしに対して、少年の純真な心を開いてくれた。わたしはシャモギの話に素直に感心していたけど、それと同時に、シャモギが無邪気に身の上を話していることに対する危機感を覚えていたのだ。
この子と、この子の仲間の身の安全を第一に考えないと――それが、わたしを助けてくれたシャモギへの、シャモギという無垢な子を育んでいる彼の仲間たちへの、わたしができる唯一の恩返しかもしれない。
山のふもとに近づいてきたところで、わたしは、ここからは一人で歩いていくとシャモギに伝えた。
シャモギは怪我をしているわたしをとても心配してくれて、このまま里までおぶって行きたがった。でも、わたしが頑なに断ったので、渋々といった様子で、背中から下ろしてくれた。
「シャモギさんはその……他の人に、見られない方が良いと思う……から」
わたしの説明を聞いたシャモギは少し驚いた顔をしたけど、すぐに納得してくれた。やはり、自覚はあるのだろう。
別れる前に、改めて感謝を伝える。シャモギは黙しており、わたしの怪我を心配そうに見つめていた。
暫しの間をおいて、シャモギが口を開く。
「それ……辛いよね。ぼくの仲間なら、治せるかもしれないよ」
シャモギはそう言うと、大きく手を振り、急ぎ足で山中へと駆けて行ってしまった。
一人残されたわたし。暖かな日差しはわたしの身体に熱を与えてくれていたけど、心の中は、一抹の寂しさに寒気を覚えていた。
四足歩行の獣のような姿勢で現れた、少年。少年はわたしの目の前に辿り着いたところで、すっと立ち上がると、懐に巻き付けた紐で縛り付けてある、小さな籠をその身から外し、中から薬草の束を取り出した。
リトサイシ……の他にも、わたしのよく知らない草が積まれている。少年はあらかじめ用意してあった平たい石で草をすり潰し、わたしの右足の患部へ丁寧に塗り込んでいく。
見知らぬ少年の施しに対して、わたしはされるがままになっていた。抵抗する心がなかったと言えば嘘になるけど、少年の純真な眼差しを見つめているうちに、この子なら信用できる……そう、思い始めていた。
それから少年は、どこから持ってきたのか、肌色の布地で作られている綺麗な包帯でわたしの傷を覆い、応急処置を終えた。
「あの……ありがとうございます」
わたしが礼を言うと、それまでどことなく暗い印象のあった少年の顔が、パッと明るくなった。
「うん、しばらくは安静にしていてね」
少年は嬉しそうだった。それに対するわたしは、この少年のことを信じようと心に決めていたとはいえ、まだ逡巡する気持ちがあるのを隠しきれていなかったかもしれない。
この子は純粋な善意でわたしを助けてくれたのだ……わたしは、何だか申し訳ない気がしていた。
少年の施した処方のお陰で、足の痛みは大分引いていった。まだ少しだけジンジンする感覚は残っていたけれど、歩くぶんには、もう支障はなさそうだ。
既に、日は昇りきっている。帰りの遅いわたしのことを、父が心配しているかもしれない。
急いで戻らなければ……わたしは、逸る気持ちに突き動かされままに立ち上がろうとした。
「痛……っ」
右足に激痛が奔る。痛みが薄らいだと思って油断していたわたしは、そのままよろけて倒れそうになった。
「大丈夫?」
少年が両手でわたしの身体を支えてくれた。
わたしは少年の厚意に感謝しながらも、先行きへの不安を拭えない。じっとしていればさほどの痛みはないが、これではまともに歩くことも難しいかもしれない。
「骨にひびが入っているかもしれないよ。……ほら、ぼくがおぶってあげるから」
「え、でも……」
この子の外見上の年齢は、わたしよりもずっと幼い。わたしは躊躇していたけど、少年は「いいからいいから」と言って催促する。
「あ、あの……それじゃあ。お願いします」
わたしはこの子に頼るしかなかった。
薬草と山菜を詰め込んだ籠を背負っているわたしを、少年は軽々と背負い上げた。あの大きな猪を投げ飛ばしただけあって、やはりこの子の力は凄い。
わたしは段々と、この幼くも逞しい少年に対する頼もしさを感じていた。少年の熱い体温を直に感じ、早朝の空気の中で冷えついていた肌にとても心地よかった。
少年の背中におぶわれたまま、山を下りていく。その間の会話で、この子がとても親しみやすく、心の綺麗な子なんだな……と、改めて実感する。
少年の名前はシャモギ。最近、付近の街で興業を行うために来ている旅芸人の一座の一員として、働いているのだという。
「シャモギさん、まだ小さいのに」
わたしは驚きを隠せなかった。
「大したことないよ、ぼくは裏方の雑用係だからね」
シャモギはそう言いつつも、自らの仕事を得意げに語ってくれた。大道具の組み立てを手伝ったり、一座の仲間の食事の材料を野山から集めてきたりといった内容を、はきはきした声で説明しているシャモギの話を聞いていると、何だか、こちらまで嬉しい気持ちになってくる。
(こんなに優しい子がいるんだ……)
わたしの暮らしている村では、子どもであっても心がどこか荒んでいた。
近年、村の近隣でも妖魔が関与していると思しき怪奇な事件が多発している。妖魔は人間に化けているという話だから……大人たちは排他的になり、子どもたちもそれにならい、他の地域から来る人を警戒していたのだ。
やがて、そういった態度は仲間内に対する猜疑心をももたらし、今では村八分が身近なものになってしまっている――わたしの父が、よく愚痴交じりに語っている話だ。
この子は言わなかったし、わたしも尋ねたりはしなかったけど……この子は、妖魔なのだろう。それに、共に旅をしながら興行を続けているという一座の話。とても、迂闊に他人へ話して良いものとは思えない。
シャモギはこの短時間で、出会ったばかりで素性も知れないわたしに対して、少年の純真な心を開いてくれた。わたしはシャモギの話に素直に感心していたけど、それと同時に、シャモギが無邪気に身の上を話していることに対する危機感を覚えていたのだ。
この子と、この子の仲間の身の安全を第一に考えないと――それが、わたしを助けてくれたシャモギへの、シャモギという無垢な子を育んでいる彼の仲間たちへの、わたしができる唯一の恩返しかもしれない。
山のふもとに近づいてきたところで、わたしは、ここからは一人で歩いていくとシャモギに伝えた。
シャモギは怪我をしているわたしをとても心配してくれて、このまま里までおぶって行きたがった。でも、わたしが頑なに断ったので、渋々といった様子で、背中から下ろしてくれた。
「シャモギさんはその……他の人に、見られない方が良いと思う……から」
わたしの説明を聞いたシャモギは少し驚いた顔をしたけど、すぐに納得してくれた。やはり、自覚はあるのだろう。
別れる前に、改めて感謝を伝える。シャモギは黙しており、わたしの怪我を心配そうに見つめていた。
暫しの間をおいて、シャモギが口を開く。
「それ……辛いよね。ぼくの仲間なら、治せるかもしれないよ」
シャモギはそう言うと、大きく手を振り、急ぎ足で山中へと駆けて行ってしまった。
一人残されたわたし。暖かな日差しはわたしの身体に熱を与えてくれていたけど、心の中は、一抹の寂しさに寒気を覚えていた。
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