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Hilde

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【先行公開版】第一章 壁 - Wall -

ゾット - Zotto - 挿絵



◯アッバース国近郊・荒野

1人で歩いているエーリン。前方に数人の男のグループが見える。距離を取るエーリン。

グループの中の男、エーリンに気付いて声を掛けてくる。
「おい、なんで女1人でこんな所にいるんだ?」

無視するエーリン。

男、ロマニ語で呼び掛ける。
「お前、ヒタナロマの女だろ? クンパニア移動集団を追い出されたのか?」

エーリン、相手がロマだとわかっても、用心深く服の下のダガーを探る。

別の仲間がたしなめる。
「やめろ、迷惑がられている」
続けてエーリンに声を掛ける。
「悪かった。もし困っている事があれば言ってくれ。力になるから」

聞き覚えのある声に、エーリン立ち止まる。

男も、エーリンをまじまじと見つめる。
「…エーリン?」

エーリン「…ゾット」


◯同・ゾットの仲間たちから少し離れた場所

20年ぶりの再会にぎこちない二人。

エーリン「…久しぶりね。元気だった?」

ゾット「…ああ」

ゾット、荒野に目をやりながら、
「…あいつリートゥス、死んだな」

エーリン「知ってたの?」

ゾット「ヒタナロマ女性と結婚したガージョ非ロマの学者は、ロマの間で有名だ。死んだ時もその話題で持ち切りだった」

エーリン、鞄からリートゥスの出版したロマニ語の辞書を取り出し、表紙を撫でる。
センセイリートゥスは死んでしまったけど、ここに生きてる。私もセンセイのようにロマの本を書くの。人間ひとは知らない者を怖がって攻撃することもある。だから世界中の人たちにロマ私たちのことを知ってもらいたいの」

ゾット「…ふぅん」

エーリン「ゾットは…今、何をしているの?」

ゾット「俺は、最近は傭兵の真似事をしている。きな臭い事があちこちで起きているから」

エーリン「危なくないの?」

ゾット「危険だが実入りはいい。今は鋳掛屋では食えなくなっているしな」

エーリン「なぜ? ゾットは腕がいいのに」

ゾット「西側の国で、ロマが迫害されたり入国を拒否されることが多くなっている。昔のように気軽に移動できなくなった。国同士の争いに移動中のロマが巻き込まれる事件も増えている」

エーリン「そうなの…ケガしないでね」

ゾット「傭兵といっても、俺は安全な場所に居ることが多い。鋳掛屋の腕を活かして武器を修理できるから、重宝されている」

エーリン「それなら良かったわ」

 ✕ ✕ ✕

エーリン、思いきって聞く。
「…ゾットは今、幸せ?」

ゾット、暫く間を置いて、
「…まぁな」

エーリン「…結婚は?」

ゾット「…した。子供が3人いる。あいつらと(少し離れた場所に立っている若者2人を指す)娘1人だ」

エーリン、ほっとして微笑む。

ゾット、息子2人を手招きする。
すらりとした体格の、年の近い兄弟。母親が美人なのだろう、整った顔立ちをしている。

ゾット「紹介する。ヤットとミロだ」

エーリン、思わずゾットの顔を見る。

「ああ」
ゾット、はにかむ。

ゾットの亡き兄弟の名を持つ2人に、エーリン、右手の指を揃えて胸に当て挨拶する。
「はじめまして。エーリンです。よろしくね」

息子2人もロマの挨拶を返す。

ゾット「エーリンは昔、俺と同じクンパニア移動集団に居た。俺の幼馴染だ。今はロマニ語の調査で旅をしている。カナン地区まで同行することになった」

エーリン「あなたたち、いくつなの?」

ヤット「俺は16です」

ミロ「俺は15」

エーリン「そう。私にも、あなたたちと同じくらいの息子がいるのよ」
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