d+d【先行公開版】

Hilde

文字の大きさ
50 / 75
【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -

ヤット - Yat - 1 挿絵



◯カナン地区・北ガザ県・ベイト・ラヒア市・アル・シマー小学校・校庭(午前中)

テクラ「みなさん、自分の食べ物と水は持ちましたか?」

子供たち「は~い」

ライラ、テクラ、ヘナン、10歳の孤児12人と南部へ出発する準備をしている。

荷物持ち兼、護衛として同行するヤットとミロ、テクラの夫カリドとヘナンの婚約者ユスフと共に、コメルコ商会から届いた食料と水の荷造りをしている。

ゾットやカナンの男たちも見送りを兼ねて手伝いに来ている。

カリドを見送りに来た友人がヤットとミロを遠目に見ながら、
「あの異教徒たちを連れて行くのは、やはり賛成できんな」

カリド「いいじゃぁないか。礼拝の時に見張りが必要だろ?」

40代前半のカリド、水の革袋が積み上げられた山に大股で近づく。
日に焼けた逞しい体で、革袋をいくつも担ぎ上げる。
「俺は若い頃から港で船の荷を扱ってきたんだ。これくらい、神にかけて任せとけ」

カリドとテクラの娘、ラマが嬉しそうにカリドの太い脚に抱きつく。

カリドと違い痩せ型だが背の高い30歳のユスフ、
「水は力自慢のおじさんに任せて、残りを俺らで分けるか」
水の革袋2つと堅パンの包みを多めに取り、背負子に縛り付ける。

ヤットとミロも、残りの水袋と堅パンをそれぞれ背負子へ括りつけ、背に負う。

見守っていたゾット、ヤットとミロに銃を渡し、肩にかけてやる。

ヤット「うまく扱えるかな」

ミロ「使わずに済むといいんだけど」

ゾット「南は攻撃されないと聞いているが、時間がある時に練習しておけ」

ゾット、両腕を広げてヤットとミロの肩を抱き、頭をクシャクシャと撫でる。
「カナン地区が世連に加盟するまでの辛抱だ。
…俺にもしもの事があったら、母さんとルリを頼んだぞ」

ヤットとミロ、うなずく。


 ✕ ✕ ✕


◯カナン地区・ガザ県・サラ・アル・ディン通り(昼過ぎ)

カナン地区西側の地域を南北に走る大通り。
先頭にカリドとユスフ、子供たちと女教師たちを挟み、後尾にヤットとミロが付いて歩く。

カリド「ガザ県に入ったぞ」

次第に、南へ向かう住人で通りが混雑してくる。裕福な者は荷馬車を雇い、そうでない者は自ら台車を引き、家財の無い者は身一つで行く。
やがて大渋滞となり、歩くことさえままならなくなる。家財を満載した荷馬車に腰掛けた小さな男の子が、足をぶらぶらさせながら子供たちを見下ろしている。

子供1「先生、なんでこんなに混んでるの?」
子供2「先生、疲れたー」

子供たちが不満を漏らし始める。

ユスフ「通りから少し外れて歩くか?」

カリド「舗装されてないから歩きにくいだろう」

ライラ、パンッと手を打つ。
「じゃあ、歩きながら授業をしましょうか。みんなで詩の暗唱をするの」

他の教師たちもうなずく。

ライラ、子供たちの列の中に入り、一人ひとり目を見ながら語り掛ける。
「今日はイムルー・アルカイスの詩を紹介します。
イムルー・アルカイスは『フスハーの詩の父』と称えられる有名な詩人です。
彼の詩は格調高く、愛、旅、自然の描写で知られています。
今日はその叙事詩を一緒に暗唱しましょう。最初に先生が朗読するので、情景を思い浮かべながら聞いてくださいね」

子供たち「はーい」

ライラ「

قفا نبك من ذكرى حبيب ومنزل
立ち止まりて泣く、愛しき人の思い出とその住処にて

بسقط اللوى بين الدخول فحومل
砂丘の湾曲する地、ダフールとハウマルの間に

فتوضح فالمحجلة لم يعف رسمها
トゥーダフに、ミフジャラに、あの人の痕跡は消えずに在る

لما نسجتها من جنوب وشمأل
南風と北風が織り成すあわいに *



(なんて美しい詩なんだ)
韻を踏んだ美しい旋律と、ライラのしっとりとした声に、ヤット、聞き惚れる。

ライラ、子供たちと手を繋ぎ、一緒に暗唱を始める。
ヤット、ライラの横顔を見つめながらいつまでも聞いている。

 ✕ ✕ ✕

ようやく人の流れが前に進み、少しずつ歩きやすくなる。
子供たちの列が次第に乱れ、思い思いに歩き始める。
女教師たちや男たちも、列から外れる子がいないかだけ目を配り、あとは大目に見て見守っている。

ヤット、先を行くライラを小走りで追い、横に並ぶ。
「ライラ先生」

ライラ、振り向く。長い睫毛に縁取られた瞳がヤットを捉える。
「ええと…、ヤット。あなたは私の生徒ではないので『先生』って呼ばなくていいわ。年もそんなに離れていないから、ライラでいいわ。これからよろしくね」

ヤット「…ああ、よろしく」

ヤット、赤くなりながら口を開く。
「ライラ、さっきの授業の詩、とても美しかった」

ライラ、ぱっと瞳を輝かせる。
「嬉しいわ。私も好きな詩なの。イムルー・アルカイスは1000年以上も昔の詩人だけど、彼の詩は現代を生きる私たちの胸にも深く響くのよ。
詩や文学を通して、私たちは1000年前に生きた人と同じものを美しいと感じ、同じ風景に感動し、同じ感情を共有できるの。
素晴らしいと思わない?」

ヤット「う…うん…」

ライラ、ほう…と頬に手を当てる。
「1000年前の人が感じた美しいもの、善いものを、私たちも同じように善いものだと感じる…それはきっと、普遍的な人間らしさなのだわ」

ヤット、ライラの熱量に面食らいつつ、
(イムルー・アルカイスも素晴らしいけど、君も…)
頬が熱くなる。

 ✕ ✕ ✕

ヤットとミロ、再び集団の最後尾で並んで歩く。

ミロ「ライラって…ちょっと変わってるね。
女の子って、ファッションとか食べ物の話をするんじゃないの?
1000年も前に死んだ人間ヤツを熱く語る女の子なんて初めて見たよ」

ヤット「…俺は、個性的でいいと思うな」

ミロ「ふぅん」

二人の前を歩いているカリドとユスフ、にやにやしながら話している。
「イムルー・アルカイスの醍醐味はこの先だよな」

ヤット「あの詩には続きがあるのか?」

ユスフ、振り向き「ああ。だが子供にはまだ早いな」

ヤット、むっとする。
「俺はもう16だ。子供じゃない」

にやにやしているユスフ「まだ子供ガキだよ」

にやにやしているカリド「まだ子供ガキだな」

周囲が急に騒がしくなる。
後方から走ってきた人々が、ヤットたちを追い抜いていく。

カリド「なんだ?」

ドォォン

後方で砲撃音が響き、悲鳴が上がる。

ユスフ「砲撃だ!」

カリド「大通りが狙われている! 通りから離れるんだ!」

カリドたち、子供たちを誘導し、大通りから離れて走り始める。

ボッォォン!

バァァァン!

砲撃音とそれに伴う悲鳴が次第に近付いてくる。

ドオオオーン!!

ヤット、大通りで砲弾が爆発し、人が吹き飛ばされ、荷馬車が破壊され、ロバの臓物が飛び散るのを見る。
子供たちが悲鳴を上げる。

テクラ「大丈夫! 私たちは大丈夫よ! 早く行きましょう!」
子供たちに走るよう促す。

ヤット、子供たちを守るように走りながら、
(大丈夫じゃない。俺たちだって狙われるかもしれない。狙われるか狙われないかなんて、シオン教徒の胸三寸なんだ)


*(Muʿallaqah of Imruʾ al-Qays Hilde 訳)
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

本の虫な転生赤ちゃんは血塗りの宰相の義愛娘~本の世界に入れる『ひみちゅのちから』でピンチの帝国を救ったら、冷酷パパに溺愛されてます

青空あかな
ファンタジー
ブラック企業に勤める本の虫でアラサーOLの星花は、突然水に突き落とされた衝撃を感じる。 藻掻くうちに、自分はなぜか赤ちゃんになっていることを理解する。 溺死寸前の彼女を助けたのは、冷徹な手腕により周囲から「血塗りの宰相」と恐れられるアイザック・リヴィエール公爵だった。 その後、熱に浮かされながら見た夢で前世を思い出し、星花は異世界の赤ちゃんに転生したことを自覚する。 目覚めた彼女は周囲の会話から、赤ちゃんの自分を川に落としたのは実の両親だと知って、強いショックを受けた。 前世の両親もいわゆる毒親であり、今世では「親」に愛されたかったと……。 リヴィエール公爵家の屋敷に連れて行かれると、星花にはとても貴重な聖属性の魔力があるとわかった。 アイザックに星花は「ステラ」と名付けられ彼の屋敷で暮らすようになる。 当のアイザックとはほとんど会わない塩対応だが、屋敷の善良な人たちに温かく育てられる。 そんなある日、精霊と冒険する絵本を読んだステラはその世界に入り込み、実際に精霊と冒険した。 ステラには「本の世界に入り込み、その本の知識や内容を実際に体験したように習得できる特別な力」があったのだ。 彼女はその力を使って、隣国との条約締結に関する通訳不在問題や皇帝陛下の病気を治す薬草探索など、様々な問題を解決する。 やがて、アイザックは最初は煩わしかったはずのステラの活躍と愛らしさを目の当たりにし、彼女を「娘として」大切に思うようになる。 これは赤ちゃんに転生した本好きアラサーの社畜OLが、前世の知識と本好きの力を活かして活躍した結果、冷徹な義父から溺愛される話である。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

悪役令嬢は激怒した

松本雀
恋愛
悪役令嬢は激怒した。 必ず、かの厚顔無恥な簒奪者を排除せねばならぬと決意した。 ローザリンデ・フォン・シュヴァルツェンベルクには、政治のことはわからぬ。流行のドレスにも疎い。けれど悪には人一倍敏感であった。なにせ、自分が悪役令嬢だったからである。 ◇ 悪役令嬢ローザリンデは、王太子に断罪され辺境に追放された。 だが薬草園を耕す日々は存外悪くなく、「悪役令嬢時代より充実してるわ」と満足していた——はずだった。 ある日、社交界に新たな悪役令嬢が君臨し、自分が「先代」呼ばわりされていると知り大激怒。悪役令嬢の座を賭けて王都に殴り込む。 完璧な縦ロール、完璧な高笑い、完璧な紅茶のかけ方。何もかもが洗練された現役悪役令嬢クラリッサを相手に、高笑い対決、ドレスの威圧感対決、嫌味対決と、誰も得をしない真剣勝負が幕を開ける。 力押しの元悪役令嬢と技巧派の現役悪役令嬢。戦いの果てに二人が見つけるものとは……?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。