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【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -
ヤット - Yat - 1 挿絵
しおりを挟む◯カナン地区・北ガザ県・ベイト・ラヒア市・アル・シマー小学校・校庭(午前中)
テクラ「みなさん、自分の食べ物と水は持ちましたか?」
子供たち「は~い」
ライラ、テクラ、ヘナン、10歳の孤児12人と南部へ出発する準備をしている。
荷物持ち兼、護衛として同行するヤットとミロ、テクラの夫カリドとヘナンの婚約者ユスフと共に、コメルコ商会から届いた食料と水の荷造りをしている。
ゾットやカナンの男たちも見送りを兼ねて手伝いに来ている。
カリドを見送りに来た友人がヤットとミロを遠目に見ながら、
「あの異教徒たちを連れて行くのは、やはり賛成できんな」
カリド「いいじゃぁないか。礼拝の時に見張りが必要だろ?」
40代前半のカリド、水の革袋が積み上げられた山に大股で近づく。
日に焼けた逞しい体で、革袋をいくつも担ぎ上げる。
「俺は若い頃から港で船の荷を扱ってきたんだ。これくらい、神にかけて任せとけ」
カリドとテクラの娘、ラマが嬉しそうにカリドの太い脚に抱きつく。
カリドと違い痩せ型だが背の高い30歳のユスフ、
「水は力自慢のおじさんに任せて、残りを俺らで分けるか」
水の革袋2つと堅パンの包みを多めに取り、背負子に縛り付ける。
ヤットとミロも、残りの水袋と堅パンをそれぞれ背負子へ括りつけ、背に負う。
見守っていたゾット、ヤットとミロに銃を渡し、肩にかけてやる。
ヤット「うまく扱えるかな」
ミロ「使わずに済むといいんだけど」
ゾット「南は攻撃されないと聞いているが、時間がある時に練習しておけ」
ゾット、両腕を広げてヤットとミロの肩を抱き、頭をクシャクシャと撫でる。
「カナン地区が世連に加盟するまでの辛抱だ。
…俺にもしもの事があったら、母さんと妹を頼んだぞ」
ヤットとミロ、うなずく。
✕ ✕ ✕
◯カナン地区・ガザ県・サラ・アル・ディン通り(昼過ぎ)
カナン地区西側の地域を南北に走る大通り。
先頭にカリドとユスフ、子供たちと女教師たちを挟み、後尾にヤットとミロが付いて歩く。
カリド「ガザ県に入ったぞ」
次第に、南へ向かう住人で通りが混雑してくる。裕福な者は荷馬車を雇い、そうでない者は自ら台車を引き、家財の無い者は身一つで行く。
やがて大渋滞となり、歩くことさえままならなくなる。家財を満載した荷馬車に腰掛けた小さな男の子が、足をぶらぶらさせながら子供たちを見下ろしている。
子供1「先生、なんでこんなに混んでるの?」
子供2「先生、疲れたー」
子供たちが不満を漏らし始める。
ユスフ「通りから少し外れて歩くか?」
カリド「舗装されてないから歩きにくいだろう」
ライラ、パンッと手を打つ。
「じゃあ、歩きながら授業をしましょうか。みんなで詩の暗唱をするの」
他の教師たちもうなずく。
ライラ、子供たちの列の中に入り、一人ひとり目を見ながら語り掛ける。
「今日はイムルー・アルカイスの詩を紹介します。
イムルー・アルカイスは『フスハーの詩の父』と称えられる有名な詩人です。
彼の詩は格調高く、愛、旅、自然の描写で知られています。
今日はその叙事詩を一緒に暗唱しましょう。最初に先生が朗読するので、情景を思い浮かべながら聞いてくださいね」
子供たち「はーい」
ライラ「
قفا نبك من ذكرى حبيب ومنزل
立ち止まりて泣く、愛しき人の思い出とその住処にて
بسقط اللوى بين الدخول فحومل
砂丘の湾曲する地、ダフールとハウマルの間に
فتوضح فالمحجلة لم يعف رسمها
トゥーダフに、ミフジャラに、あの人の痕跡は消えずに在る
لما نسجتها من جنوب وشمأل
南風と北風が織り成すあわいに *
」
(なんて美しい詩なんだ)
韻を踏んだ美しい旋律と、ライラのしっとりとした声に、ヤット、聞き惚れる。
ライラ、子供たちと手を繋ぎ、一緒に暗唱を始める。
ヤット、ライラの横顔を見つめながらいつまでも聞いている。
✕ ✕ ✕
ようやく人の流れが前に進み、少しずつ歩きやすくなる。
子供たちの列が次第に乱れ、思い思いに歩き始める。
女教師たちや男たちも、列から外れる子がいないかだけ目を配り、あとは大目に見て見守っている。
ヤット、先を行くライラを小走りで追い、横に並ぶ。
「ライラ先生」
ライラ、振り向く。長い睫毛に縁取られた瞳がヤットを捉える。
「ええと…、ヤット。あなたは私の生徒ではないので『先生』って呼ばなくていいわ。年もそんなに離れていないから、ライラでいいわ。これからよろしくね」
ヤット「…ああ、よろしく」
ヤット、赤くなりながら口を開く。
「ライラ、さっきの授業の詩、とても美しかった」
ライラ、ぱっと瞳を輝かせる。
「嬉しいわ。私も好きな詩なの。イムルー・アルカイスは1000年以上も昔の詩人だけど、彼の詩は現代を生きる私たちの胸にも深く響くのよ。
詩や文学を通して、私たちは1000年前に生きた人と同じものを美しいと感じ、同じ風景に感動し、同じ感情を共有できるの。
素晴らしいと思わない?」
ヤット「う…うん…」
ライラ、ほう…と頬に手を当てる。
「1000年前の人が感じた美しいもの、善いものを、私たちも同じように善いものだと感じる…それはきっと、普遍的な人間らしさなのだわ」
ヤット、ライラの熱量に面食らいつつ、
(イムルー・アルカイスも素晴らしいけど、君も…)
頬が熱くなる。
✕ ✕ ✕
ヤットとミロ、再び集団の最後尾で並んで歩く。
ミロ「ライラって…ちょっと変わってるね。
女の子って、ファッションとか食べ物の話をするんじゃないの?
1000年も前に死んだ人間を熱く語る女の子なんて初めて見たよ」
ヤット「…俺は、個性的でいいと思うな」
ミロ「ふぅん」
二人の前を歩いているカリドとユスフ、にやにやしながら話している。
「イムルー・アルカイスの醍醐味はこの先だよな」
ヤット「あの詩には続きがあるのか?」
ユスフ、振り向き「ああ。だが子供にはまだ早いな」
ヤット、むっとする。
「俺はもう16だ。子供じゃない」
にやにやしているユスフ「まだ子供だよ」
にやにやしているカリド「まだ子供だな」
周囲が急に騒がしくなる。
後方から走ってきた人々が、ヤットたちを追い抜いていく。
カリド「なんだ?」
ドォォン
後方で砲撃音が響き、悲鳴が上がる。
ユスフ「砲撃だ!」
カリド「大通りが狙われている! 通りから離れるんだ!」
カリドたち、子供たちを誘導し、大通りから離れて走り始める。
ボッォォン!
バァァァン!
砲撃音とそれに伴う悲鳴が次第に近付いてくる。
ドオオオーン!!
ヤット、大通りで砲弾が爆発し、人が吹き飛ばされ、荷馬車が破壊され、ロバの臓物が飛び散るのを見る。
子供たちが悲鳴を上げる。
テクラ「大丈夫! 私たちは大丈夫よ! 早く行きましょう!」
子供たちに走るよう促す。
ヤット、子供たちを守るように走りながら、
(大丈夫じゃない。俺たちだって狙われるかもしれない。狙われるか狙われないかなんて、シオン教徒の胸三寸なんだ)
*(Muʿallaqah of Imruʾ al-Qays Hilde 訳)
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