d+d【先行公開版】

Hilde

文字の大きさ
51 / 75
【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -

ヤット - Yat - 2

◯カナン地区・ガザ県・南部・空地(夜)

日没を迎える頃。
サラ・アル・ディン通りの脇の人気のない空地に、ライラたち一行が座り込み、それぞれ堅パンをかじっている。

カリド「夜は俺たちが交代で見張る。みんな安心して休んでくれ」

テクラ「今夜はみんなで集まって眠りましょう」

12人の孤児とラマが、自分のリュックを枕代わりにして寝転がる。
女教師たちがその周りを囲むようにして横たわる。

カリド「見張りの順番は、ヤット、俺、ユスフ、ミロでいいだろう」

カリド、ヤットの肩に手を置き、東の空の低い位置に見え始めた明るいベガを指す。
アル・ナスル急降下する鷲・アル・ワーキがわかるか?」

ヤット「ああ」

カリド次に、北東の地平線に向かって腕を伸ばし、拳を握る。その上に拳を2回と指を重ねてみせる。
「あの星が拳3つ半の高さになったら、俺を起こせ」

ヤット「わかった」

カリド「じゃあ、頼んだぞ」
言うや否や、テクラの少し離れた場所に陣取り、高いびきをかき始める。

ミロ「早っ」

ユスフ「お前も、寝られるうちに寝ておけ」

ミロとユスフも、女教師たちを囲む形で寝転がる。

長時間の移動で疲れ切っていたこともあり、子供たちをはじめ皆が寝息を立て始める。

ヤット、皆に背を向けて腰を下ろし、御守り代わりに銃を抱え、周囲へ目を配る。
満月にはまだ早いが、見張りをするには充分な月明かりが辺りを照らしている。

ヤット、自分の背後で静かにライラが身を起こし、集団からそっと離れた気配に気付く。
用足しの際は必ず女教師と行くはずだが、ライラは一人で暗がりへ向かう。

(一人きりだと…危ないよな)
ヤット心配になり、距離を取りながら後を付ける。


◯空地・集団から少し離れた場所

やがて前方から、ライラの声が聞こえてくる。



أُحِبُّكِ حُبّاً لَو تُحِبّينَ مِثلَهُ
أَصابَكِ مِنْ وَجْدٍ عَلَيَّ جُنُونُ

ああ、あなたを愛している
もしあなたが私と同じ深さで愛したなら、
その炎は、あなたを狂おしく焼き尽くしてしまうだろう

وَصِرْتُ بِقَلْبٍ عاشَ أَمّا نَهَارُهُ
فَحُزنٌ وَأَمّا لَيْلُهُ فَأَنِينُ

私の心は生きながらにして嘆きに沈む
昼は悲しみに打ちひしがれ、
夜は呻き声に震えている

صَريعٌ مِنَ الحُبِّ المُبَرِّحِ وَالجَوى
وَأَيُّ فَتىً مِن لَوعَةِ البَينِ يَسلَمُ

身を揺さぶるような愛と渇望に取りつかれ、
別離の灼けつく痛みから、
いったい誰が逃れられようか

نَفْسِي فِدَاؤُكَ لو نَفْسِي مَلَكَتْ
ما كان غَيْرُكَ يَجْزِيها وَيُرْضِيهَا

それでも私は、いのちさえあなたに捧げよう
私を享受し、私を満たせる者は、
あなたただ一人なのだから *



ライラ、放置された荷馬車の残骸に腰掛け、叙事詩を口ずさんでいる。

月を仰いだその頬に、一筋の涙が光る。

情熱的な愛の詩、ライラのしっとりとした声、月明かりに光る涙を、ヤット、ただただ美しいと思う。

(…死んでしまった婚約者を想って泣いているのか)

婚約者の死を知って気を失ったライラを思い起こす。

(…あの涙は、婚約者のものなんだ)

ヤット、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。


*(Qays ibn al-Mulawwah伝承詩句 Hilde 訳)
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした

ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?  ※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。

真実の愛の裏側

藍田ひびき
恋愛
アレックス・ロートン侯爵令息の第一夫人シェリルが療養のため領地へ居を移した。それは療養とは名ばかりの放逐。 男爵家出身でありながら侯爵令息に見初められ、「真実の愛」と持て囃された彼女の身に何があったのか。その裏に隠された事情とは――? ※ 他サイトにも投稿しています。

結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です

柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。 そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。 真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。 けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。 「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」 彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。 アンリは実は、亡き国王の婚外子。 皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。

悪役令嬢は激怒した

松本雀
恋愛
悪役令嬢は激怒した。 必ず、かの厚顔無恥な簒奪者を排除せねばならぬと決意した。 ローザリンデ・フォン・シュヴァルツェンベルクには、政治のことはわからぬ。流行のドレスにも疎い。けれど悪には人一倍敏感であった。なにせ、自分が悪役令嬢だったからである。 ◇ 悪役令嬢ローザリンデは、王太子に断罪され辺境に追放された。 だが薬草園を耕す日々は存外悪くなく、「悪役令嬢時代より充実してるわ」と満足していた——はずだった。 ある日、社交界に新たな悪役令嬢が君臨し、自分が「先代」呼ばわりされていると知り大激怒。悪役令嬢の座を賭けて王都に殴り込む。 完璧な縦ロール、完璧な高笑い、完璧な紅茶のかけ方。何もかもが洗練された現役悪役令嬢クラリッサを相手に、高笑い対決、ドレスの威圧感対決、嫌味対決と、誰も得をしない真剣勝負が幕を開ける。 力押しの元悪役令嬢と技巧派の現役悪役令嬢。戦いの果てに二人が見つけるものとは……?

さようならの定型文~身勝手なあなたへ

宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」 ――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。 額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。 涙すら出なかった。 なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。 ……よりによって、元・男の人生を。 夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。 「さようなら」 だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。 慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。 別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。 だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい? 「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」 はい、あります。盛りだくさんで。 元・男、今・女。 “白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。 -----『白い結婚の行方』シリーズ ----- 『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。