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【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -
病院 - Hospital - 2
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◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市・ナセル病院・中庭(午後)
ハーンユーニス市の市場で買い物をしたカリドたちが、テント一式を抱えて戻ってくる。
「テントが高すぎて一張りしか買えなかった。こんなちゃちなやつが15万ディルハムもするんだ。食品の値も高いままだ。先週の土曜日に食料が入ったはずなんだが」
ミロ「多分、俺たちみたいなのが大勢来てるから、需要が供給を上回ってるんじゃないかな」
カリド「…そうか。坊主、賢いな」
ミロ、むっとする。
「俺はもう15だ。子供じゃない」
カリド「はいはい、悪かったよ」
カリド、改めてミロをじっと見る。
「お前たち兄弟は、よくやってくれてるよ」
ミロの頬が少し赤くなる。
カリド、子供たちに声をかけ、テントの設営を始める。
「おーい、みんな、手伝ってくれ。お前たちの家を建てるぞ」
ユスフが、ヤットとミロにぺらぺらの薄い毛布を一枚ずつ渡す。
「ほら、1万5000ディルハムの高級毛布だぜ。俺らは屋外で、こいつと夜を過ごすのさ」
◯ナセル病院・小児科病棟・小児科
ナジーヤが立ち止まり、女教師たちに小さくうなずく。
「ここからが、子供たちの病室です」
病室の一つを覗く。
傷病者の傷口が放つ甘臭い匂いが漂う。
病室にはマットレスが隙間なく並び、10代の子供たちが何人も横たわっている。
いずれの子も痩せ細り、四肢のどこかを失って包帯が巻かれている。痛みに顔を歪めて呻く子が寝返りを打っている。
ナジーヤ「ここにいる子供たちは、北部で砲撃の被害に遭った子供たちです。砲撃で手や足を失い、親も亡くしている子が多いです。親族や近所の人が避難の途中で当院に連れてきました」
母親が付き添っている子供も居る。
両腕が途中から失われている子供の母親は、周囲を飛び回る蠅を払いながら、我が子の残った腕をさすっている。
ナジーヤ「砲撃では、顔や片側の手足、あるいは両足を損傷するケースが多いです。
手足が残っていても、傷口から感染症を起こし、やむなく切断することもあります。
そうなると…さらに感染症にかかる可能性が増して、命を落とす危険性も高まります」
別の病室では、子供たちがほとんど動かずに横たわっている。
痩せこけ、骨ばった身体を薄い毛布に包まれて、ぐったりと眠っている。
我が子と同じように痩せ細った母親たちが、心配そうに付き添っている。
ナジーヤ「こちらは、重度の急性栄養失調の子供たちです。
食糧不足が長く続いたため、急性栄養失調や、免疫力低下による感染症を患っています。バラトール共和国に送ることができないほど衰弱してしまっている子も居ます」
少女が、かすかな音を立てて咳き込むが、すぐに力なく途切れる。
付き添っていた母親が備え付けの水差しを取り、少量の蜂蜜水を少女の口に含ませる。
少女、再び疲れ切ったように目を閉じる。
ナジーヤ「治療しようにも薬も粥もない状態でしたが、先週の土曜日に医療物資と食料が届いたので、ようやく有効な治療を始められるようになりました」
テクラ「…食べ物を与えれば、回復するのですか?」
ナジーヤ「…体が受け付けない子もいます。
長い絶食状態の体に、急に食を戻すと、かえって命を落とすこともあるんです。
少しずつ、状態を見極めながら与えるしかありません」
ナジーヤ、再び歩き出す。
少し明るい声になり、
「この先の病室の子供たちは回復期に入っています。院内学級を受ける体力もあると思いますよ」
◯ナセル病院・中庭(夕方)
真新しいテントの中ではしゃぐ子供たちを、テントの外からカリドたちが見守っている。
ミロ「テクラさんたち、いつ戻ってくるかな」
ヤット「そろそろ暗くなるよな…」
夕焼けが次第に陰りを帯びる頃、避難民たちがテントの前で煮炊きを始める。
風に乗って流れてくる豆やスパイスの香りに、子供たちが唾を呑む。
カリド「…俺たちも飯にしようや」
それぞれが自分のリュックから堅パンを取り出し、味気ない夕食をとる。
○同(夜)
遅くに戻った女教師たちと子供たちがテントで休み、男たちはテントの外で毛布を敷いて寝る。
ヤット、連日の見張りから解放されて星空を見上げる。
寝転がっているユスフが、隣のカリドと話している。
「明日も市場に行かないか? 堅パンがなくなるし…他にも、鍋を見るとかさ」
カリド「そうだな…、子供たちに温かいものを食べさせてやりたいな」
○同(翌朝)
朝の光が、中庭のテント群を照らし始める。
目を覚ましたユスフ、両腕を上げて大きく伸びをし、首をコキコキ鳴らす。
「毛布のおかげで、だいぶマシになったな…」
全員が起きてから、男たちが今日の分の水と堅パンを配る。
カリド「今日、俺とユスフは市場に行って、食料と調理道具を調達してくる」
テクラ「私たちは、午前中に子供たちへ授業をして、午後は院内学級に行きます」
◯同(午前中)
女教師たち、避難民の子供にも声をかけて、中庭の一角で青空教室を開く。
ヤットとミロも手伝いながら、子供たちの世話をする。
◯ナセル病院・小児科病棟近くの礼拝室(午後)
午後の礼拝が終わる頃、女教師たちが礼拝室の隅を借りて、院内学級を始める。
ナジーヤたち看護師が、子供たちを一人ひとり連れてくる。
歩ける子は、ふらつきながらも自分の足で歩き、歩けない子は担架で運ばれてくる。
ナジーヤ「無理しない範囲で大丈夫よ。疲れたら、すぐ言ってね」
子供たちうなずき、輪になるように置かれたマットレスや敷物の上に腰を下ろす。
10歳から15歳くらいの子供が多い。痩せこけてはいるが、子供らしくお喋りをしたり、笑い合ったりする様子に、ライラ、胸をなで下ろす。
礼拝室の高い窓から射し込む光はもう床まで届かず、ナジーヤが蝋燭に火を灯す。
一本だけの炎が、子供たちの骨ばった頬と、大きな瞳を照らし出す。
テクラ「皆さん、今日はよく参加してくれました。短い時間ですが、楽しくお勉強をしましょう」
一人の少年が手を挙げる。
「先生」
テクラ「はい、どうしましたか?」
少年「ナジーヤさんに行けって言われたから来たけど、
僕たち、勉強しても意味ないと思うんです」
少年、両足を膝下から失い、片腕も肩口から無い。先ほど挙げていた手で、包帯の巻かれた肩口を無意識に押さえている。
テクラ、すぐには答えず、少年の目を見つめる。
「どうして、そう思うの?」
少年「僕たち、もう畑には出られないし、水も運べないし、誰かに助けてもらわなきゃ、生きられない。勉強したって役立たずじゃないですか」
痩せた少女が、横から注意する。
「ちょっと、やめなさいよ。先生がせっかく来てくれたのに」
少年「うっせ」
少年の仲間らしき子供たちが、テクラをじっと見ている。
誰も言葉にしないが、皆、同じ問いを胸に抱えていることが分かる。
テクラ、子供たちの顔を一人ひとり見回す。
しばらく間を置いてから、柔らかい口調で話し始める。
「…授業の前に、少しだけ、先生の話を聞いてください。
皆さんの中には、病気や怪我を負って、
『自分の人生はもう終わった』とか、
『なぜ自分ばかりが、こんなひどい目に遭うのか』
そう思っている人も居るでしょう。
自分の力ではどうにもならない苦しみに直面した時、
人は心を守るために、何も感じないようになったり、『もういい』と全てを諦めてしまったりすることがあります。
けれど──それだけは、してはいけません。
降りかかる不幸や苦しみを避けられなくても、
その苦しみに、どんな意味を与えるか、
どんな態度で向き合うかは、選ぶことができます。
大変な苦難の中にあっても、
自分で意味を見出し、どう生きるかを考え続けられる人は、
心までは奪われません。
勉強とは、その力を蓄えることです。
たくさんの言葉や知識を身に付け、深く、正しく考えられるようになること。
どんな状況に置かれても、希望を捨てず、未来を描き続けられる人間になることです」
テクラ、子供たちを励ますように声を強める。
「たとえ、体が思うように動かなくなっても、
語彙や知識を増やし、あなた自身の方法で──言葉でも、文章でも、絵でも、歌でも、音楽でも──周りに希望を伝えることができる人は、必ず、必要とされる人になります」
少年「…そんな人間、なれねえよ」
テクラ、微笑む。
「これから、なりましょう」
ハーンユーニス市の市場で買い物をしたカリドたちが、テント一式を抱えて戻ってくる。
「テントが高すぎて一張りしか買えなかった。こんなちゃちなやつが15万ディルハムもするんだ。食品の値も高いままだ。先週の土曜日に食料が入ったはずなんだが」
ミロ「多分、俺たちみたいなのが大勢来てるから、需要が供給を上回ってるんじゃないかな」
カリド「…そうか。坊主、賢いな」
ミロ、むっとする。
「俺はもう15だ。子供じゃない」
カリド「はいはい、悪かったよ」
カリド、改めてミロをじっと見る。
「お前たち兄弟は、よくやってくれてるよ」
ミロの頬が少し赤くなる。
カリド、子供たちに声をかけ、テントの設営を始める。
「おーい、みんな、手伝ってくれ。お前たちの家を建てるぞ」
ユスフが、ヤットとミロにぺらぺらの薄い毛布を一枚ずつ渡す。
「ほら、1万5000ディルハムの高級毛布だぜ。俺らは屋外で、こいつと夜を過ごすのさ」
◯ナセル病院・小児科病棟・小児科
ナジーヤが立ち止まり、女教師たちに小さくうなずく。
「ここからが、子供たちの病室です」
病室の一つを覗く。
傷病者の傷口が放つ甘臭い匂いが漂う。
病室にはマットレスが隙間なく並び、10代の子供たちが何人も横たわっている。
いずれの子も痩せ細り、四肢のどこかを失って包帯が巻かれている。痛みに顔を歪めて呻く子が寝返りを打っている。
ナジーヤ「ここにいる子供たちは、北部で砲撃の被害に遭った子供たちです。砲撃で手や足を失い、親も亡くしている子が多いです。親族や近所の人が避難の途中で当院に連れてきました」
母親が付き添っている子供も居る。
両腕が途中から失われている子供の母親は、周囲を飛び回る蠅を払いながら、我が子の残った腕をさすっている。
ナジーヤ「砲撃では、顔や片側の手足、あるいは両足を損傷するケースが多いです。
手足が残っていても、傷口から感染症を起こし、やむなく切断することもあります。
そうなると…さらに感染症にかかる可能性が増して、命を落とす危険性も高まります」
別の病室では、子供たちがほとんど動かずに横たわっている。
痩せこけ、骨ばった身体を薄い毛布に包まれて、ぐったりと眠っている。
我が子と同じように痩せ細った母親たちが、心配そうに付き添っている。
ナジーヤ「こちらは、重度の急性栄養失調の子供たちです。
食糧不足が長く続いたため、急性栄養失調や、免疫力低下による感染症を患っています。バラトール共和国に送ることができないほど衰弱してしまっている子も居ます」
少女が、かすかな音を立てて咳き込むが、すぐに力なく途切れる。
付き添っていた母親が備え付けの水差しを取り、少量の蜂蜜水を少女の口に含ませる。
少女、再び疲れ切ったように目を閉じる。
ナジーヤ「治療しようにも薬も粥もない状態でしたが、先週の土曜日に医療物資と食料が届いたので、ようやく有効な治療を始められるようになりました」
テクラ「…食べ物を与えれば、回復するのですか?」
ナジーヤ「…体が受け付けない子もいます。
長い絶食状態の体に、急に食を戻すと、かえって命を落とすこともあるんです。
少しずつ、状態を見極めながら与えるしかありません」
ナジーヤ、再び歩き出す。
少し明るい声になり、
「この先の病室の子供たちは回復期に入っています。院内学級を受ける体力もあると思いますよ」
◯ナセル病院・中庭(夕方)
真新しいテントの中ではしゃぐ子供たちを、テントの外からカリドたちが見守っている。
ミロ「テクラさんたち、いつ戻ってくるかな」
ヤット「そろそろ暗くなるよな…」
夕焼けが次第に陰りを帯びる頃、避難民たちがテントの前で煮炊きを始める。
風に乗って流れてくる豆やスパイスの香りに、子供たちが唾を呑む。
カリド「…俺たちも飯にしようや」
それぞれが自分のリュックから堅パンを取り出し、味気ない夕食をとる。
○同(夜)
遅くに戻った女教師たちと子供たちがテントで休み、男たちはテントの外で毛布を敷いて寝る。
ヤット、連日の見張りから解放されて星空を見上げる。
寝転がっているユスフが、隣のカリドと話している。
「明日も市場に行かないか? 堅パンがなくなるし…他にも、鍋を見るとかさ」
カリド「そうだな…、子供たちに温かいものを食べさせてやりたいな」
○同(翌朝)
朝の光が、中庭のテント群を照らし始める。
目を覚ましたユスフ、両腕を上げて大きく伸びをし、首をコキコキ鳴らす。
「毛布のおかげで、だいぶマシになったな…」
全員が起きてから、男たちが今日の分の水と堅パンを配る。
カリド「今日、俺とユスフは市場に行って、食料と調理道具を調達してくる」
テクラ「私たちは、午前中に子供たちへ授業をして、午後は院内学級に行きます」
◯同(午前中)
女教師たち、避難民の子供にも声をかけて、中庭の一角で青空教室を開く。
ヤットとミロも手伝いながら、子供たちの世話をする。
◯ナセル病院・小児科病棟近くの礼拝室(午後)
午後の礼拝が終わる頃、女教師たちが礼拝室の隅を借りて、院内学級を始める。
ナジーヤたち看護師が、子供たちを一人ひとり連れてくる。
歩ける子は、ふらつきながらも自分の足で歩き、歩けない子は担架で運ばれてくる。
ナジーヤ「無理しない範囲で大丈夫よ。疲れたら、すぐ言ってね」
子供たちうなずき、輪になるように置かれたマットレスや敷物の上に腰を下ろす。
10歳から15歳くらいの子供が多い。痩せこけてはいるが、子供らしくお喋りをしたり、笑い合ったりする様子に、ライラ、胸をなで下ろす。
礼拝室の高い窓から射し込む光はもう床まで届かず、ナジーヤが蝋燭に火を灯す。
一本だけの炎が、子供たちの骨ばった頬と、大きな瞳を照らし出す。
テクラ「皆さん、今日はよく参加してくれました。短い時間ですが、楽しくお勉強をしましょう」
一人の少年が手を挙げる。
「先生」
テクラ「はい、どうしましたか?」
少年「ナジーヤさんに行けって言われたから来たけど、
僕たち、勉強しても意味ないと思うんです」
少年、両足を膝下から失い、片腕も肩口から無い。先ほど挙げていた手で、包帯の巻かれた肩口を無意識に押さえている。
テクラ、すぐには答えず、少年の目を見つめる。
「どうして、そう思うの?」
少年「僕たち、もう畑には出られないし、水も運べないし、誰かに助けてもらわなきゃ、生きられない。勉強したって役立たずじゃないですか」
痩せた少女が、横から注意する。
「ちょっと、やめなさいよ。先生がせっかく来てくれたのに」
少年「うっせ」
少年の仲間らしき子供たちが、テクラをじっと見ている。
誰も言葉にしないが、皆、同じ問いを胸に抱えていることが分かる。
テクラ、子供たちの顔を一人ひとり見回す。
しばらく間を置いてから、柔らかい口調で話し始める。
「…授業の前に、少しだけ、先生の話を聞いてください。
皆さんの中には、病気や怪我を負って、
『自分の人生はもう終わった』とか、
『なぜ自分ばかりが、こんなひどい目に遭うのか』
そう思っている人も居るでしょう。
自分の力ではどうにもならない苦しみに直面した時、
人は心を守るために、何も感じないようになったり、『もういい』と全てを諦めてしまったりすることがあります。
けれど──それだけは、してはいけません。
降りかかる不幸や苦しみを避けられなくても、
その苦しみに、どんな意味を与えるか、
どんな態度で向き合うかは、選ぶことができます。
大変な苦難の中にあっても、
自分で意味を見出し、どう生きるかを考え続けられる人は、
心までは奪われません。
勉強とは、その力を蓄えることです。
たくさんの言葉や知識を身に付け、深く、正しく考えられるようになること。
どんな状況に置かれても、希望を捨てず、未来を描き続けられる人間になることです」
テクラ、子供たちを励ますように声を強める。
「たとえ、体が思うように動かなくなっても、
語彙や知識を増やし、あなた自身の方法で──言葉でも、文章でも、絵でも、歌でも、音楽でも──周りに希望を伝えることができる人は、必ず、必要とされる人になります」
少年「…そんな人間、なれねえよ」
テクラ、微笑む。
「これから、なりましょう」
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