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【先行公開版】第二章 灯火 - Torch -

病院 - Hospital - 4

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◯カナン地区・ハーン・ユーニス県・ハーンユーニス市・ナセル病院・門前

病院の門の前に立った小隊長が、大きく息を吸い込み、怒鳴るように叫ぶ。
「警告する!
我々は、明日の昼、当病院にあるテロリストの拠点に対し、総攻撃を実施する!
当病院から退避を希望する患者および民間人は、我々のセキュリティチェックを受けた後、解放する!
我々に敵対行為を行う者、あるいは不審な動きを見せた者は、即刻、反撃対象とする!」

門の左右に、銃を構えた兵士たちが並び、口々に怒鳴り声を上げる。

シオン国防軍兵士1「ここから出ていけ! ラファフ県へ行け!」
シオン国防軍兵士2「病院から出ろ! 動物ども!」


◯ナセル病院・中庭

中庭の一角で、病院長が避難民たちに向かって呼び掛ける。

「避難民の皆さんに、お知らせとお願いがあります。
先ほど、シオン国防軍より退避命令が出されました。
明日の昼から、当院に対して総攻撃が行われるとのことです。
安全な地域とされるラファフ県へ移動するよう求められています」

避難民たちに、ざわめきと動揺が広がる。

「病院から出られる方は、できるだけ早く退避してください。
入院している患者のご家族は、患者と一緒に行動してください。
シオン国防軍は、セキュリティチェックを受ければ安全を保証するとしています」

避難民たちが互いに顔を見合わせ、低い声で話し始める。

病院長、声を張り上げる。

「皆さんに、どうかお願いがあります。
当院に入院している患者の中には、ご家族がいない方も居ます。そういった方々を、ラファフ県まで一緒に連れて行ってくださる方がいれば、どうか力を貸してください」

 ✕ ✕ ✕

カリド、テントの中で怯えた目をしている子供たちを見ながら、
「…俺たちも、出たほうがいいだろうな。
だが…」

テントの奥、荷物の陰に隠してある4丁の銃に視線をやる。
「…あれを持ったままじゃ、まずいかもしれん」

ヘナン「…病院に警備の人が居るなら、その人たちに預けてしまうのはどうでしょう?
銃を持ったままでは、セキュリティチェックは通れないと思います」

ユスフ「だが、この先を考えると、丸腰ってのも不安だ」

テクラ「銃は、後で買い直すことができます。
今は、全員が無事に病院を出ることを最優先にしましょう」


○ナセル病院・院長室(午前)

院長室とは名ばかりの簡素な診察室で、女教師たち、病院長に銃の提供を申し出る。

診察衣を着ている病院長、穏やかに、だが、きっぱりと断る。
「私どもに銃は必要ありません。
むしろ、銃は必ず院外に持ち出すようにお願いします」

テクラ「えっ…」

病院長「シオン国防軍は、当院にテロリストの拠点があるなどと主張しています。
もし当院から銃が見つかれば、彼らの主張が正しかったという〝証拠〟になります。そのような事態は、何としても避けねばなりません。
私どもの正当性を訴えるためにも、私どもは非武装でなければなりません」


◯ナセル病院・院長室前の廊下

院長室を出た女教師たち。
重苦しい空気が漂う。

テクラ「…銃を持ち出すとしても、一体どうやって?」

ライラ、自信なげに提案する。
「…担架に隠して運ぶというのはどうでしょうか。
ラファフ県に行く患者さんに協力してもらって…」

ヘナン、すぐに首を振る。
「協力してもらえたら助かるけれど、もしシオン兵に見つかったら、その患者さんも危険にさらされるわ」

テクラ「…ナジーヤさんに相談してみましょうか」


◯ナセル病院・病棟・2階

足早にナースステーションへと向かう女教師たち。

渡り廊下の窓越しに、パンッ、パンッ、と乾いた銃声が響く。

思わず足を止めた女教師たち、2階の窓から見下ろす。

病院の門の前で、銃を構えたシオン兵が、近付く者に威嚇射撃をしている。
出勤してきた医師や看護師、怪我人や病人たちが、病院に入れないまま追い返されていく。

門の内側には、即席の検問所が設けられ、避難民と患者の長い列ができている。
避難民がテーブルの上に荷物を置き、シオン兵が中身をあらためる。
その間に、別の兵士がボディーチェックを行う。
チェックが終わった者から、門の外へと追い出されていく。

突然、大声が上がる。

トラブルが起きたらしく、避難民が荷物を取り返そうとして兵士ともみ合っている。
別の兵士が、躊躇なくその避難民を撃つ。
倒れた避難民に、妻が悲鳴を上げて取りすがる。

その光景を見下ろしていた女教師たち、青ざめて言葉もなく先を急ぐ。


◯ナセル病院・ナースステーション

女教師たちから事情を聞いたナジーヤ、少し考え込むように視線を巡らす。
「…ラファフ県への移動を希望しているにもかかわらず、担架の担ぎ手が確保できない患者さんが大勢居ます。そのような患者さんに声をかけてみますね」

テクラ、胸をなでおろす。
「ありがとうございます」

ナジーヤ、ふっと表情を和らげる。
「その代わり、今日も院内学級をお願いできますか?
昨日の子供たち、目が輝いていました」

テクラ「もちろんです。
ですが…、小児科の子供たちは、退避しないのですか?」

ナジーヤ、悲しげに微笑む。
「親も親戚もいない子も多いですし、それに、動かせない子も居るんです」


◯ナセル病院・小児科病棟近くの礼拝室(午後)

女教師たち、礼拝室の隅を借りて最後の授業を始める。

蝋燭の揺れる灯りの下、ライラが、イムルー・アルカイスの叙事詩を子供たちと暗唱する。

ヘナンは、天文学の授業を行う。
「天を駆ける巨大な牡牛──牡牛座の南の目に当たる、燃えるように赤い一等星が、アル・デバラン後に続くものです。
この星は、プレアデスという光の群れに、少し遅れて付いて行くように見えることから、そう呼ばれるようになりました」

ヘナン、子供たちへ目を向ける。
「たとえ、皆より歩く速さが遅くても──大きく輝く赤い目は、夜の闇に怯える旅人を見つめ、進むべき道を示し続けています」

 ✕ ✕ ✕

「残念ですが、私たちの授業は、今日で終わりです」

最後にテクラが、言葉を選ぶようにして口を開く。

「皆さんの中には、病院から出る人も居るでしょう。
──また、病院に残る人も居るでしょう」

テクラ、胸に手を当て、静かに目を閉じる。

「人は──生きるか死ぬかを、自分で選べないことがあります。
どんなに善く生きていても、どれほど祈っても、理不尽に命を奪われてしまうことがあります」

ゆっくりと目を開く。

「ですが、
最後の瞬間まで、どう生きるか。
どう人間ひとで在り続けるか。
それだけは、誰にも奪えません」

子供たち一人ひとりの顔を見る。

「もし、今日が最後の日になるとしても、
考えることをやめないでください。
自分を投げ捨てないでください。
誰かを想う心を手放さないでください」

テクラ、胸の前で両手を握る。

「たとえ世界が皆さんから全てを奪おうとしても、
自分が何を選び、どう在るかだけは、最後まで、皆さん自身の中にあります」


◯ナセル病院・小児科病棟近くの礼拝室・礼拝室前の廊下(夕方)

院内学級を終えて礼拝室を出た女教師たちに、ナジーヤが足早に近づいてくる。

ナジーヤ、テクラに耳打ちする。
「…協力してくれる患者さんが見つかりました」
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