操り人形は幸せを見つける

秋赤音

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【第二章】その願い

46.時を重ねても【導く光と螺旋】

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生前と違うのは、
自由に結うことができるようになった髪型だろう。
一花さんと楽しそうに着飾る声は、
聞いているだけでも楽しくなる。
たまには、目のやり場に困ることもある。
それも幸せな悩みだと思い、理性を働かせている。
今も。

「ラウ?」

「はい」

生前と違い、上下関係はないけれど、なんとなく。
混じった話し方になってしまう。
いまだに慣れていない、幼馴染という関係性。
女性でそういう人は、
すべての時間で考えても初めてというのもある。

「ほら?約束は、守ってください」

なぜ、あんな約束をしてしまったのだろうか。
討伐以降は、幸いにも穏やかな日々が続いている昨日。
偶然通りがかった公園で、
見知らぬ恋人たちが食べ物を食べさせ合っていた。
エルが期待に満ちた瞳で、あれを真似たいと言う。
願いを承諾したが…半分は後悔している。
日が変われば忘れると願っていたが、
甘味を食べている途中で思い出されてしまった。

「はい。約束は、守ります」

二人きりの空間。
風通しのために、目隠しのカーテンをして、
少しだけ開いている窓。
馴染んだ長椅子に座り、差し出されたスプーンにすくわれている、
甘い食べ物をなんとか口にする。
ひんやりと舌でとけて、そのまま喉へ落ちていく甘味。
満足そうに微笑むエルがとても可愛い。
少し汗ばむ気候のせいか、
長い白金の髪を耳より高いところで一つに束ねている。
それにより空気に触れている柔肌な首元。
にじんでいる汗が首筋から鎖骨へ流れていく。

「美味しい?」

「おいしいです」

嬉しそうに笑うエルは、同じようにしてほしい…と、見つめてくる。
そして、スプーンがのったままの、甘味の入っている器を渡してきた。

「エル」

「はい」

その小さな口元へスプーンを近づける。
するりと入っていく甘味。
ゆっくりとくわえられているスプーンをぬくと、
甘味はエルの喉を通り抜けた。

「おいしい」

それが最後の一口だった。
自分の手が、きちんと空になった器を机へ置いたのを確認する。
わがままかもしれないが、そろそろ辛い。

「エル」

「ラウ?どうしたの?」

ふいに名前を呼ばれ、
きょとんとしているエルの頬をゆるりと撫でる。
すると、心地よさそうに瞳を閉じて、
この手に頬を摺り寄せてきた。
まるで猫の…生前は誇り高き獅子から生まれた獅子だった。
自分はただの猫だったが、心地よく思うところは似ている。
その無防備な肩を抱き寄せ、腕の中へ引きよせる。

「ラウ?」

「少しだけ、こうさせて」

「はい」

耳元で囁いた言葉に、
少しだけ揺らぎのある声が返ってくる。
しばらくすると、規則的で静かな寝息が聞こえてきた。
自分に身を預けて眠る様子に安心した。
穏やかに見えるこの世界にも、何かしら危険はある。
並みな人間より優れているだけで、
人間のままで生前と同じことを頼まれる私たち。
せめて、フレイや一花さんや見守ってくれている家族。
そして、誰よりもエルに。
ひと時でも安息の時間があればいいと願うばかりだ。

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