天は地に夢をみる

秋赤音

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孤独の温かさ

3.目指す道へ

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壊れた何かは、おそらく私の心の一部だった。
あの日を境に、私は変わり始めた。
他人のためではなく完全に自分のためだけの学びだと思い、続けている。
アレンと過ごす時間だけが、私の心の拠り所になっている。
目標は、【詩詠み】の巫女になること。
アレンは、はりきって協力し、魔法練習に加えて、
【詩詠み】の練習にも付き合ってくれる。
習い事は増えるばかりだが、隙間があれば、一目でも会っている。
他人の前だと態度に変化はないが、
前にも増して勉学に取り組む姿に両親は喜んでいた。

最近、私の歌が良く評価されているらしい。
習い事のうち、いくつかの芸事にも期待されていた。
親と共に王宮に出入りする時間が増えて、私は完全に自由を失い、
アレンと会える時間はなくなった。

そうして時間が少し経った頃、女性の間で話題になっている噂を聞く。
「アレン・ヴァルドは、神官見習いになった。狙っていたのに残念だ」
「巫女見習い候補の澪は、雷王子のお気に入り」
色のある話に興味はないが、気になったのは名前。
今更だが、アレンの家名を聞いたことがないことに気づく。
私も家名を名乗っていないことに気づいた。
もしも、あのアレンだとしたら…よかった、と思ってしまった。
子供の戯言とはいえ、私は救われ続けている。
あのときは、一緒にいられると、心のどこかで思っていた。
彼の温かさが誰かに寄り添うところを考えると、辛かった。
生まれてしまった醜い安堵を封じる。

神官見習いは、なれば最後。
しばらくは社交の場にはもちろん、普段もお目にかかることは、ほぼなくなる。
当然、跡取りや結婚や子育てからも無縁になる。
純潔が求められる女性の場合、見習い候補の頃から神経を使う。
私がアレンと会えていたのは両親が黙認していたからで、
見習い候補でも珍しいことだった。
神に仕える者は、生活様式が基本的に同じなので、
神官や巫女で結婚しているのは特別許可が下りた人だけ。

私も、本格的に巫女見習いにならないか…と、
神殿から決断を迫られている。
きっかけは、王宮へ出入りしているときだった。
私の歌が神官様の目に留まったらしく、巫女にならないか…と言われた。
後日、【詩詠み】の巫女になりたいと、両親に秘密で相談した。
すると、魔力が多いということで、訓練を体験させていただけた。
そこからは、あっという間のようだった。
しばらくは、時間の合間で体験を続け、ついに神殿から正式な打診がきた。
個人としては、すぐにでも受け入れたい話だが、決着はついていない。
【詩詠み】は、ご神託が降りることもあるので、
できれば純潔が望ましいとされているからだ。

両親は、神殿から誘われた日からずっと、反対し続けている。
【詩詠み】でない巫女になりなさい、と言っている。
できたら良い家の人間と縁を結びたいらしい。
巫女という純潔の証は良縁を探すのに必要…という、都合のいい話。
毎日、権力の大切さ、裕福な結婚の良さを説教してくる。

「どうしても、行くんだね」
「はい、父上様」
「後悔しても知らないから」
「はい、母上様」

ある日、神官様が私を迎えに来てくれた。
私は【詩詠み】の一歩を踏み出せることになった。
見送りは、一応、あるらしい。
寂しそうな風で悦びにあふれる目と、口は綺麗な三日月を描いている父上。
ご機嫌な理由は、おそらく誰にも言っていない、
どこかに隠されている大金。
跡取りを見込めなくなる【詩詠み】の家族だけに与えられる、
損害補償のようなもの。
怒りを抑えた、強い口調の母上。
与えられた綺麗な着物も、かんざしも、部屋に置いてきた。
おそらく、この両親も置いていくことになる。
本当に必要な物に絞った荷物をまとめると、意外に小さく収まった。

「今まで、お世話になりました。
私に様々なことを学ばせていただいたこと、心より感謝しております」

両親に言う最初で最後の本心を告げ、誠心誠意の礼をして、背を向けた。

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