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穏やかな日々

見守る心

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ニコル・レネアスは、今日も依頼を受けている。
害獣退治の後、別件の草むしりを終えて家の修繕をしている。
屋根の上から見える広く青く澄んだ空を仰ぎ、旅に出た少年を思いながら。


”しばらく忙しくなりそう。
困ったことがあれば、これを使って呼んでほしい”
リアンは、あの日、銀の金属でできた小さな笛を私に渡した。
そして、少ない荷物を持ったリアンは、鋭い顔で いってきます。と言った。
あれが最後の時間になったけれど、その時の自分は考えもしていなかった。
寂しさはあるが日常で困りごとはなく、大切な用事をしているのだろうと、
その笛を鳴らしたことはない。

リアンが一度も顔を出さないまま一年が過ぎた。
新しい出会いは、山で木の整備をする依頼を受けた日だった。
作業を終えると夕暮れで、下山は明日にしようと、木材屋の二人と野宿をする。
星が輝く空の下、酒でできあがった二人のために水をとりに行く。
そこには一人の少女がいた。
話をしていると倒れた彼女を野宿している場所で介抱し、朝一番で下山をした。
すぐに医者へ駆け込み、無事を祈りながら小さな体を預た。
意識が戻ると聞いて病室に行くと、幼子のような彼女がいた。
退院許可が出た彼女を拠点に連れて、人生二度目の仲間契約を交わす。
狩りの収入のほとんどを使わず過ごしているので、お金には困らなかった。
問題は、やって分かったが、想定以上に難しい異性の子供の扱い方。
苦渋の決断でお母様に相談すると、息子の成長に感動しながら、
快く自身が姪の面倒をみたときの経験を話してくれた。
貴族が身寄りのない子供の面倒をみることは珍しくなく、
慈善事業を進めていたお兄様にも褒められた。
自然と彼女を受け入れられる環境は、貴族の三男という身分に初めて感謝した。



「仕事だ。このことは、誰にも言わないように」

時がたち、友人で雇い主のウォルが真剣な顔で依頼をしてきた。
どうしても知りたい人がいる、と言われた。
どんな人か聞くと、私がよく知る人物だった。
私の自己満足な提案を受け入れて協力してくれているリリア。
孤児院を回り、魔法で芸をみせている。そして、思いが叶った。
魔法に興味をもった子供には後日改めて訪問し、約束付きで簡単な魔法を教えていた。
芸を披露する時間しか遭遇するらしいウォルは、
披露している間は傍で隠れている私を知らない様子。
命令通りに誰にも秘密で素性を調べると、
おそらくリリアが失った記憶の中身に驚いた。
後日、厳重な結界の中、
明るみに出れば彼女の身が危うくなる真実をウォルと自分だけの秘密にした。
リリアの保護者であることも伝えると、
首がつかまれると錯覚するような鋭い視線が向けられた。
出会った経緯と異性として意識していないことを言うと、
しっかり守るよう念を押されて、ウォルは姿を消した。
やっと死地から脱した気分だった。

目覚ましく成長するリリアは、王族の宴で舞いを披露するように依頼がきた。
断れなかった。ウォルの父親が内々に両親へ依頼したからだ。
あれはウォルへの贈り物にするので、そのつもりで…と付け加えて。
幸い、彼女の身分証明にと保護者扱いは続く。
ついにリリアの罪が明るみに出るも、ウォルが貴族たちを黙らせる。
ウォルは、自分の想い人だけでなく私やレネアス家を守ってくれた。
結果的にスパイを保護したことは、国の存亡に関わる。
窮地を脱して落ち着いたある日、ランファとも名乗るリリアに自分の身分を伝えた。
今更なことだが名前と拠点は明かしただけで、家名と貴族であることは言っていない。
今まで通り接してほしいという願いは聞き届けられ、
体調の良くない日が目立つようになったリリアのために、新しく目標を立てた。
正式な魔法の研究所と学び舎を作る。
リアンが教えてくれた育てあう楽しさは、
リリアと過ごしているうちに新しい目標へと変わった。
戦うだけが魔法の使い道でないことを、リリアが芸で証明したことで確信となる。
だから、誰もが経験する体調不良や病や老いにも使えないか、と考えた。
楽な道ではないが、ウォルの協力もあり、先は明るかった。

リアンと会わないまま四年が過ぎた頃、私は一つの学び舎を作る。
オーヴァル魔法学園。人材育成と研究を兼ねた施設。
私は学園長の椅子に座るだけ。
若すぎる長への不満は、レネアスの名が黙らせてくれた。
多少仕事はするけれど、運営は王族にお願いした。
神殿にも協力してもらっている。

大きな校舎に数名の生徒と、一人の先生。
声をかけてよかったと、心から思った。
しっかりした対応でランファ先生が生徒と向き合う様子を、ウォルと一緒に眺めている。

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