悠久の約束と人の夢

秋赤音

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悠久の約束と人の夢

24.守り、守られる想い

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その名前だけは知っていた。
王の側近の詩織様が獣だと知ったのは、少し前。
元いた国から人間が消えた、と知らされた時だった。
影人という新しい民は人間に近い、らしい。
最近は彼らだけでも国は回るところまで達したらしく、
王は座を譲る人を育てて退いたと聞く。

膝の上でくつろぐお母様。
美しい毛並みをそっと撫でると嬉しそうに続けるよう催促している。
窓から入る光の加減で純白が銀を帯びる光景は、何度見ても増した美しさに心が動く。

「地紅、詩織様とはいつから会っていないのですか?」

「いつ…人間でいうと成人した時から、だよ。
確か…十五、だよね。
親しくはしていたが、王妃になるとは考えもしていなかった。
今は出入りしないけど、過去には人間に見えないように出かけていたこともあるよ。
私たちは人間から見ると長生きだけど、在り方も考え方も違うからね…。
詩織も神の血縁だから生きていればまた会える…けど。
詩紅は、日が近いと感じる程逆に寂しいようだよ。
仲の良い姉妹のような主従だからかもしれない」

深紅の瞳は懐かしむように目を閉じた。
ついた小さなため息にこもる哀しい気配。
撫でていると眠り始めた気配に安堵する。
過去には私の知らない辛い出来事もあったのだろう、と思う。
繋がっていた神殿を壊したくらいの苦しみは、思い浮かべることすらできない。
私は、私にできることをするだけ。
元いた世界との繋がりは細いが残っていて、
まだ厳重な安全確認が欠かせない状況で動くのは年長者。
私たちは年長者の手伝いをしながら覚えるのが仕事。
重要な部分を担いたまった疲れを癒すのも重要で。
人間に近い私がここでできることは今のところ少ない。
魔力が多いと任された花と作物の管理、と。
撫でられると落ち着くのだよ、と地紅専属の癒し担当を任されている。

「緋蓮。俺も撫でてください」

見回りから戻った白い獣の姿から人になった光夜は背後から私を抱きしめる。
地紅と交代で行っている見回りは、安全確認の一つ。
疲れが癒えるようにと思いながら、浅く櫛を通すようにそっと撫でる。
座ったまま出迎え、二人の温もりに包まれるのが日常になった。

「光夜。今日もお疲れ様です」

「ありがとうございます。緋蓮」

綺麗な白銀を撫でていた手をとられ、指先に光夜の唇が触れた。
嬉しそうに細められた深紅の瞳から目がそらせない。
甘えるように指をゆるく噛まれる感覚がくすぐったい。

「光夜。空腹でしたら、食事の用意が「「お腹がすいた(すきました)」」

膝の上と背後から揃って聞こえた声に思わず笑みがこぼれる。

「はい。食事にしますか」

膝から降りて人の姿になったお母様は、先にテーブルへ向かった。

「緋蓮。今日の献立は俺の好物ですね。
家に近づくたび濃くなる香りが空腹には残酷です」

離された手は、私の正面にきて手を差し出す光夜に重ねる。
死を覚悟したあの日には考えもしなかった穏やかな時間。
習得した獣化を繰り返すごとに獣へ寄り始めた体。
初めこそ不安はあったが今ではよかったと思う。
獣特有の感覚を隠さないでいい環境は、光夜をより輝かせている。
人間と獣の良し悪しを使い分ける器用さは、磨き生きてきた誉の一つだと思う。

「よく分かるのも大変ですよね。
私も近いですから、気持ちは分かります」

「同じ…同じ、ですね。嬉しいです。
ここはあちらよりはゆっくり過ごせますが、やはり種族の違いで差が出ます。
早く、俺と同じになってください。
緋蓮、大好きです。ずっと一緒です」

見上げれば合う優しい眼差し。
立ち上がり、少し速足の隣を歩く。

「ずっと一緒、です」

呟いた言葉に返る笑みは甘く温かい。
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