影に鳴く

秋赤音

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影に鳴く

5.絆される

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※BLです。


両親と縁を切り、引っ越しも終えた。
前の家は仕事用として残している。
念のためシアには一人で出歩くことを禁止し、再び穏やかな暮らしが戻る。

「シア。仕事だ」

「何をすればいい?」

「明日。仕切りの向こうで、そいつを操作するだけ」

「わかった。レン、あのさ」

シアに玩具の操作機を渡す。
客の希望に合わせて手伝ってもらうが、
二度と直接触れさせることはしない。
不要なことで意識をとられるのは面白くない。

「なんだ」

「俺は、いつ死ぬかな?」

その問いに、一瞬思考がとまった。
もう誤魔化せないときがきたのだろう。
別れ際に男性が言った言葉を思い出す。

「良い機会だから、俺たちの体質について話そうか。
生死に関わる大切なことだ」

「俺たち?」

「同じ、だからな」

この力は、後天性の可能性が高いこと。
互いに"種無し"であること。
体質が変わることはないが、効果が薄くなる可能性があること。
理由を話そうとするが、しかめた面をするので、眉間に指を置く。

「どうして」

「共通しているのは、出生前と後の検査では正常だったこと。
その後、何らかの理由で"薬や毒を、死なない程度で違和感が出ない微量を毎日与えられていた"こと。
体が順応して、今のように変わってしまった…のが、両親の見解だ。
俺もシアも同じ病院で世話になっていて、記録があった」

「薬?毒?あ…」

シアは覚えがあるらしく、何かを考えている。
だが、聞き出すことはしない。
寒そうに身を抱きしめているので、
手をひいて先にベッドの上に座り、膝の上にのせて背中から抱きしめる。

「俺の場合、生まれたときから体が弱くてな。
よく体調を崩していたから薬と友達だった。
あるときから丈夫になったが、おそらく順応した結果だろう。
それで"種無し"にもなったと思われるが、今となっては感謝だな。
後継者育成からは外れたし、自由だし、シアといられて幸せだ」

「レン…」

わずかに上ずる声が心地よい。
もう過去のことなので何とも思わないが、たまに、
今さらだが子供らしい遊びをしてみたかったと思う。

「シア。俺といて、自分の体の変化にあるか?」

「変化、あ…る。少しだけど、体が軽くなってる」

「奇遇だな。俺もだ。
力も減ってはいるが、やっと普通を疑似体験できている気がする。
それでも普通の相手には薬にしかならないらしいから、仕事には困らない。
安心しろ」

シアは、戸惑う表情で目を瞬かせた。
まあ、当然だろう。
捨てられた原因が役に立っているのだから。

「俺、役に立ってるの?」

「俺は、シアがいないと生きていけない」

「おおげざ」

こぼれたように小さく笑うシアを抱き寄せる。
すると、シアの膝に置いている俺の腕に手が添えられる。温かい。

「本当だ。シアがいるから、生きていける。
シアを愛している。シアを看取るのが俺でよかった」

「え?レン?なにそれ」

「やっぱ気づいていなかったか。
客として通う頻度が増えたのも、同居したのも、つまらない嫉妬と独占欲だ」

「レン、待って。話についていけな…っ」

振り向いたシアの唇を塞ぐと、戸惑いながらも受け入れ、舌を絡ませてくる。
とろりと微睡む瞳を眺めながら離れると、シアから熱い吐息がこぼれる。
誘うように俺を見る瞳には、期待と不安が混ざっているようだ。

「俺も、後から気づいたことも多いがな。
いつの間にか、惚れてた。シアだから惹かれた」

「俺だから?人殺しだよ。わかってる?」

「知っている。
新地で、シアが関わった者を何人も看取っていた。
そいつらは、シアを天使と言って、穏やかに眠るように最後を迎えていた」

「知ら、ない…俺のこと、死神だって。
待って…やめっ、レン」

服を乱し、すでに水気を帯びる硬いそれを出すと、下から上へと柔く擦る。
すると、艶のある声に水音が混じる。

「そうだな。死神で天使だと。
シアは、いいのか?
俺は悪魔だ。人を消したこともある」

「知って…る。
子供、を…だから、俺、レンに…っ、消して、ほしかっ…ぁ」

「それは、残念だったな」

「あっ、やっぁ…イ、く…っ、レン、や、めっ」

「イけ」

「レン、や、ぁ、ぅ…んぁああっ!」

くたりと体を預けてくるシアの髪を撫でると、シアは心地良さそうに目を細めた。

「シア。俺の傍にいろ。
互いに、命の長さは未知数だと言われたけど。約束は守る」

「わかった…から、やめて…それ」

顔を背けたシアは、椅子に座るように俺の肩に頭を預ける。

「どうして?」

「甘えたく、なる」

その言葉にますます離れがたくなり、抱える腕へ力がこもる。

「今さら。もっと甘えていい。
俺のこと、どうやって知ったんだ?」

「客から聞いた。接客も最高だって」

声が少し拗ねている、気がする。
最近は、客が帰り掃除が終わるまでは部屋に入ってこなくなっている。部屋に入っても少しだけ刺がある声も、気のせいでないと嬉しいが。

「そうか。聞いてみるんだが。
肩がこったときに腕のいいマッサージしてもらったら、どう思う?」

「それは…気持ちいい、だろ」

「そういうことだ。
内容は他言しない契約で、基本的に服を脱ぐのは客だけだ。
実態は、指で触れるだけのマッサージ。
プレイなら、玩具専門。
オプションは、特別料金でやってる」

「オプションって…?」

戸惑いを隠さないシアは、話の続きを促している。

「脱衣、性感マッサージ。
シアを連れるときと、つっこむときが一番高い」

「…そ…れって、抱いてなかったの、か?」

「ほとんど、な」

すると、シアは深くため息をついた。

「そう、だったのか」

「どうした?」

「なんでもない」

明らかに何かあるような声。
客の様子や気配を気にしていたのを思い出す。

「話せ」

「嫌だ」

「話さないなら、続きをしながら聞くが?」

再び熱をこぼしているモノに触れると、応えるように硬さが増す。

「レン…っ!」

「話すまで、イかせない」

「…っ、そんな…ぁ、レンが抱くのは、俺だけ?」

「そうだな。望んで抱くのは、シアだけ」

声に反応して熱が上がる肌と、今にも達しそうな昂ぶり。
ふと、肩に水が落ちる。
短く嗚咽する声がして、それがシアの涙だと気づいた。

「ど、して…こんなに嬉しいの。俺、は依頼人で、恋人役なのに」

「シア」

「レン。俺は、レンが…好き。俺だけを見て」

戸惑いと欲望の思いがけない告白に我慢の限界を超えた。
そのまま抱えて、窄まりに取り出した自身をあてがう。

「俺も、シアが好き。いれていいか?限界だ」

「ん、いれて…っ、レンの、奥まで…っ、ぁ、んっ、はいって…っっ!」

いれた瞬間に達したモノは、まだ足りないと露を滴らせている。

「シア。そんな締めなくても。ほしいだけ注いでやる」

「れ、ん…っ」

発情でもなく義務感もない触れ合いに心が満たされていく。
泣いて、啼いて、疲れたはずのシアは、瞼を閉じる前に柔らかな笑みを浮かべた。
腕の中で眠るシアの涙が伝った痕が残る頬に口づける。

「おやすみ。シア」

確かな温もりを感じながら瞼を閉じる。

翌日。
途中、たまに仕切りの向こうで拗ねているシアに気をとられる。
しかし、なんとか仕事を終えた。
なぜか支払いが多いが、
客は"目の保養だった"と意味が分からない言葉を残して部屋を去った。

「レン」

予想通りに拗ねているシア。
掃除を終えると仕切りから出てくる。

「待たせた」

「いい。帰ろう」

「そうだな。シアが作った食事が食べたい」

「毒物を自ら食べてる自覚ある?」

呆れたように言うシア。
背けられた頬はわずかに赤い。

「俺は食べられる。俺しか食べられない」

「…!」

その頬へ口づけをおとすと、驚いたようにシアが振り向く。
わずかに開いた唇へ触れると、迎えるように舌が触れ合う。

「シ、ア…っ、…っ」

「…っ、は…っ、…レン、にしか、あげない」

微笑むシアを抱きしめると、背に添えられた温かい手。

「帰ろう」

「そうだな」

手をとり合って歩く殺伐とした眺めの帰路は、いつもより少しだけ優しく見えた。

「シア。お願いがある」

「なに?」

「今度、一緒にボール遊びをしてくれないか?」

「いいけど」

不思議そうに俺をみるシア。
自分でも今さらだと思うが、シアとなら楽しいと思った。

「子供の頃、やったことなくてな。教えてくれ」

「いいよ」

「頼んだよ。先生」

楽しそうに隣で笑うシアは俺をみた。

「報酬は、レンが一緒に料理をすることです」

「はい。頑張ります」

「楽しみだな」

「そうだな」

握り返された手の温かさに身を預け、
二人で歩く未来があることを噛みしめた。
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