人形は瞼をとじて夢を見る

秋赤音

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舞う乙女は異国で咲く

4.共に歩む時間

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翌日。
いつのもように二人で出かける。
向かうのは、ニコルの家。
部屋へ通されると、すでに結界がはられている。

「先生?ウォル…?」

「この方は、リアンさん。
不調の原因が分かるかもしれない。
協力してほしい」

初めて会った知らない人物が、
明らかに自分を見ているのは戸惑いしかないだろう。
驚くランファは、戸惑ったままだが、確かにうなずいた。

「はじめまして。リリア・レネアスです」

「はじめまして。リアンです。
さっそくですが、少し、腕に触っていいですか?」

そっと腕を出したランファ。
私へ一瞬だけ目配せをして、ランファの腕へ触れた。

「これは…呪詛が二つ。あと、確認ですが。
今、記憶の一部が分からない…とか、ありますか?」

「あります。まだ、思い出せていません。
暮らしは、
ウォルたちのおかげで不自由なく過ごさせてもらってます」

「そうですか…呪詛を解くと、記憶も戻るかもしれない。
それでも、今まで通り過ごせますか?」

あえて言っていないことを、リアンさんは見抜いた。
確信のある声に、体が底冷えする。
少なくとも今だけは見方でいてくれていることに、
とても安堵した。
動揺してもおかしくない最後の確認のような問いにも、
ランファは揺らがない。

「はい。私の居場所は、
ウォルと先生がいるところです」

「わかりました。
ニコル、ウォルさん、リリアさん。
始めてもいいですか?」

「「「はい」」」

ランファにも、
ここで見聞きしたことは秘密にすることを伝え、
リアンの治癒が施された。
呪詛から解放されたランファに、変化が起きる。
リアンさんがランファの腕に触れていた手を離した、
その瞬間。
見慣れた明るい赤みの強い茶色の肩より少し長い髪は、
赤いガーネットのように紅く、肘まで長い髪へ。
明るい黄みの茶色の瞳は、青い鉱石のような色の瞳へ、
姿が変わる。
ニコルとリアンさんは、驚いて黙ったまま。
驚いた表情は、戸惑いを隠さず映す。
しだいに白くなっていく顔色には、
絶望に傾く気配がある気がした。
儚く、今にも壊れそうな美しさに魅了されながらも、
私はランファに問う。

「何者だ」

ランファは、話そうとするが、ためらっていた。

「そっちの呪詛も解けているから、安心して」

リアンさんがランファに笑いかけると、安堵したらしく、
ランファはつめていた息をはいた。
そして、覚悟を決めた表情で、口を開く。

「私は、アスカ国からきたGです。
オーヴァル国の情報を持ち帰ることが、与えられた仕事です。
しかし、もう、二度とアスカ国へ帰る気はありません。
こうして命を繋ぎながら話ができるのは、
呪詛を解いていただいたおかげです。
でなければ、話した私は死んでいました。
仕事には決められた期間があり、帰らならければ、
体が弱くなり、死に至るはずでした」

明かされた真実と"奇跡"は四人だけの極秘とすることを、
最後に確認し、誓いあう。
魔力の大きな変化で体力を使ったらしいランファは、
眠り始めたので、長椅子に寝かせている。
様子を見るため、しばらくはゆっくり過ごす。
帰る前、リアンさんが私を呼ぶ。

「愛は偉大だね。
魔力がある程度満たされている状態が続いていたから、
命が保たれていた。感動したよ。ありがとう。
念のため、七日後に様子を確認するから連れてきて」

 近寄るような手振りに従うと、耳元で聞かされる言葉。
リアンさんは、言いたいことだけ言うと、
すぐに離れて別の部屋へ入っていく。

「疲れただけだから、気にしないで。
リアンはゆっくり休めば治っているから」

「よかった。お礼はまた後日。本当にありがとう」

「自分のためにやっただけ。
リリアとは、まだやりたいことが山ほどあるから」

強い意思を感じる笑み。
ニコルは楽しみが続くことが本当に嬉しそうだ。

「そうか」

「そうだよ。だから、また二人で来てね」

「また来る」

疲れるのも当然だと思う。
呪詛を二つも解いたあと、変装道具を作ったのだ。

見慣れた外見に戻っているランファを抱き上げ、
共に、家へ帰る。
転移魔法の便利さを、改めて実感した。

「おかえりなさい。
お風呂は用意できてるから、いつでもどうぞ」

母親は、いつものように待っていた。
そして、すぐに父親のところへ戻っていく。
窓の外を見ると、
日暮れの空には少しずつ星が瞬き始めていた。

「ありがとう」

変わらずいてくれることが当たり前ではないと、
改めて思う。
遠ざかる背に、つぶやいた。

そのまま自室へ戻る。
ランファを長椅子にそっとおろすと、毛布をかけた。
ランファの部屋ではないのは、
勝手に入るのは良くないと思ったから。
静かに眠っているランファの耳には、
小さな飾りが煌めいている。
リアンさんが作って、
ランファと私しか取り外しができないそれは、
リリア・レネアスがランファとして生きる大切な道具。
同じものが私の耳にもつけてあるが、
これはただの装飾品だ。
"何か魔法を付与したければ自由にすればいい"と言われた。
だから、ランファの魔力を付与してもらった。
目的は、居場所と体調の変化が分かるようにすること。
元々は"身元が分かりきらない者"の監視も兼ねていたので、
問題はない。

机をはさんで正面の長椅子に座り、
ランファの様子を見ながら本を読む。
ページをめくり、厚さのある本の裏表紙を閉じると、
ランファが動く気配がした。

「…ここは」

「私の部屋だ。疲れは癒えたか?」

起き上がったランファは、傍にきた私を、
何か言いたいことがあるような目で見る。

「はい。ありがとうございます」

「礼を言うならニコルにな。
また一緒に来いと言っていた」

「でも…」

近くに置いてある箱を見ている。
スパイの扱いは国が違っても、おそらく大差ないだろう。
あの刃がランファの肌を切り裂く瞬間を想像するだけで、
怖くなる。
しかし、誰かに任せることはしたくないのも確かな気持ちだ。
願われた私は、運が良いと思う。

「何も変わることはない。
出かけるときは、だいたい一緒だろう。
ランファは、私の番だ。できるだけ傍にいたいと思う。
しかし、身勝手な我が儘だと分かっている。
嫌なときは言え」

「ウォル…」

「約束は守る。だが、今ではない」

「はい」

苦しそうに、しかし嬉しそうにも見える表情から、
涙が落ち始めた。
頬を伝う水も、命の一部。
こぼれないうちに口づけ、のみ込む。

「泣くときは、先に言え。もったいないだろう」

「難しい…こと、言わないでください」

「それもそうか」

泣き笑うランファから、ますます涙が落ちていく。

「はい」

いつもより濃い魔力が水に溶けているのが分かる。
やはり、呪詛の影響は大きかったらしい。

「お腹がすいただろう」

「そうですね。でも、もう遅いですから…」

目を伏せた直後、小さな音が腹から聞こえる。
そのせいか赤くなる顔が、私を見た。

「簡単なものでよければ、作るが」

「え?いいんですか?」

「自分のためだ。味は期待するな」

「はい。ありがとうございます」

謝罪と期待が込められた瞳に、涙はない。
部屋を移動し、
先にランファを調理場の前にある椅子に座らせた後、
調理場の中へ向かう。
片付けをしていた者が、一瞬戸惑ったが、
私とランファへ視線を往復すると、
何かを察したらしい。

「ウォル様。
必要な道具と材料だけ出しておきます」

「ありがとう。では…」

必要なものを言うと、
目の前へあっという間に用意された。

「片付けはお任せください。
では、失礼します」

部屋の扉がしまる音がした。
完全な二人きりになった。
久しぶりの料理は緊張したが、なんとか形になった。

「どうぞ」

「はい。いただきます」

目の前で黙々と減っていく皿の中身。
最後の一口を飲み込むと、私を見て微笑む。

「美味しかったです。ごちそうさまです」

「よかった」

「はい。おかげでお腹が落ち着きました」

「それはなによりだ。少し、待っていろ」

「はい」

空になった二つの皿を調理場へ持っていく。
軽く洗って適当に置いておく。

「戻ろうか」

「はい」

その後、安全のため、一緒に風呂へ入り部屋へ戻る。
抱き上げて移動していたが、ランファの部屋の前で止まって、
ゆっくりと降ろした。

「ウォル?」

「疲れただろうから、と思ってな。
結界は強くしているので、安心して眠るといい」

風呂場で少し触れたが、
魔力の乱れや溢れて消える感じはなかった。
念のため、しばらくは外出を控えてもらうが。

「はい…ありがとうございます。おやすみなさい」

「おやすみ」

少し残念そうな顔をしていた気がしたが、
今は体調の変化が最優先だ。
もてあます熱を内に秘め、
広く感じる寝台で眠りへ落ちた。
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