incanto

モモ

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prologue1

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ダメだって、わかってるのに。
その華奢な身体を抱きしめながら思う。

……だって、どうしようもない

出口を失い、全身を駆け巡る熱。
頭の中がぐらぐらする。

……なんでそんなに似てるんだよ

「フィリ…んっ…」

小さくて柔らかいその唇も。
触れただけで、すぐに紅く染まるその頬も。

「……ふっ…あ…、」

その熱に浮かれたような表情も。
口づけるたびに漏れるその甘い吐息も、声も、全部。
忘れることなんて、できるわけがない。

「あっ…、フィリップ…」

――……海里っ…

記憶のなかの、あいつの姿と重なる。
与えられる快楽にその表情を歪めながら、何度も俺の名を呼ぶあいつはとても美しく、みだらで。
理性なんてまるで存在しないかのように、ただひたすら求めてきて。

「やっ…、」

ベッドに押し倒して服を脱がせると、イワンは小さく身を捩った。
羞恥心と怯えが混じったような表情に、押し殺していた加虐心が疼く。

「……やなの?」

ちょっと笑って小さな乳首を口に含むと、彼はひくりと肩を震わせる。

「……や、じゃない…っ」

そして小さな子どものようにぎゅっとしがみついて、耳元で言う。

「……やじゃないからっ…もっと、」

その今にも泣きだしそうな声を聞いた瞬間、自分の中の何かがはじけた。





翌日目が覚めると、隣りには誰もいなかった。
ベッドに横たわったまま、自分の腕を見る。

「……あ――…」

……何やってんだ、俺は…

夢だと思いたい。
だけどこの手で触れたぬくもりやその感触を、確かに覚えている。

――ずっと好きだったんだ

彼の想いも。

――もう会わない

その覚悟も、全部。



「……おはよう、」

声を掛けると、小さな肩がぴくりと反応する。

「……あぁ、」

振り返った彼はまるで生気のない顔をしていて、眼だけが少し腫れていた。

「………」

テラスにはさんさんと朝陽が降り注いでいるのに彼の表情は暗く、まるでこの世の終わりのようだった。

「……いろいろ、すまなかった。できれば…忘れてほしい」
「……や、ムリだろそれは」

あんなん、忘れられるわけないし。

「……昨日話したとおり、もう君の前には現れないから」
「いやそういう問題じゃねえ…って、いいのかよ、それで」
「……何が、」
「だからそもそも俺は、あんたの想い人じゃないし」

だからこいつの気持ちは本人にまったく届いてないわけで…そんなんでいいのかよ…。

「てゆうか…もしかして俺の話、信じてなかった?」
「………。僕の気持ちに気づいていて、言わせない為に嘘をついたのかと」
「……あぁ、そういうことね…」

……やけにあっさり信じたもんな…

「にしたって、薬はちょっと卑怯じゃね?」
「……っほんとは、気持ちを伝えるだけでよかったのにっ…」

自分が選ばれないことなんて知っていた。
その想いに未来なんてないこともわかってたんだろう。

「なのに、おまえがっ…」

逃げるから、と言って俯いた彼は小さく震えていた。

「………」

最後に気持ちを伝えることさえ許されずに。
嘘までつかれたと思ったら、悔しくて悲しくて。
それと似た痛みを知ってる気がして、なんだか自分まで胸が苦しくなった。

「……愚かだな、本当に」
「……イワン、」

ずっとずっと伝えたくて、でも伝えられなかったその言葉は。
ずっとずっと想い続けて、それでも報われなかったその気持ちは。
一体どこにいくんだろう。


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