邪眼の娘

由宇ノ木

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03. 地位

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「きれいなひとよ。抱いてあげなさい」
 
伊佐山は返事をしなかった。

「そしてちゃんとイかせてあげなさい。貴方に夢中になるように。人生最後の時間を幸せにしてあげなさい」

これが14の娘の言うセリフか━━━

「女1人、満足させられない男ならわたしも要らないわ。そうね、貴方をボディーガードにするための試験とも思ってちょうだい。期限は一ヶ月よ。一ヶ月以内にわたしの前に連れてきて」


無言を貫きたかったが、伊佐山は「承知いたしました」と答えた。

伊佐山との対話が終わると、風見順は御簾を下ろした。

礼夏はひとつため息を吐くと扇を開いて顔を半分隠しあくびをした。そして思い出したように、
「そうだわ、坂田。お前、玄州様の御殿をはじめ、あちらこちらで異変が現れたことには気づいていて?」

「は、・・異変でございますか?」
坂田はやや間をおいて礼夏に聞き返した。

「お前が気づいていないなど言わせないわよ。顔をあげなさい」

礼夏は平伏したままの坂田を見下ろしているが、坂田は顔をあげる気配はない。礼夏は風見を呼んだ。
「順、坂田はわたしの声が聞こえないみたいよ」
風見は御簾のなかから出て、坂田のすぐそばまで行き背広の上襟とワイシャツの後ろ台襟を掴んだ。力づくで坂田の顔をあげようとしたのだ。坂田は慌てて、
「存じ上げております!存じ上げております!!異変は知世様がお亡くなりになりまもなく起きております!」
と叫んだ。

「そうよ。どう判断したの」

「・・・結界が綻びてると判断し、現在玄州げんしゅう様が抑え込んでおります」

玄州げんしゅう様━━━水無瀬みなせ玄州げんしゅう。水無瀬一族を統率する最高指導者・統率者であり、一族で最も高い霊能力を持つ。玄州げんしゅうは、近年体調を崩しがちで、公的な場所にはほとんど姿を現していない。既に90歳を越えているはずの玄州げんしゅうは、姿が若いままだと言われ、不老不死ではないかとも囁かれていた。

「━━━愚かね」
礼夏は辛辣な声を坂田に投げつけた。

「綻びてるのではないわ」

礼夏の言葉を聞き、坂田は一瞬顔をあげたがすぐにひれ伏した。
礼夏の御簾の向こう側の瞳が坂田をとらえているのだ。

「では、では、何故・・・」

「四隅に立たれている方々がお怒りになってるからよ」

坂田は何も言えなくなってしまった。
玄州げんしゅうからはそのような話など聞いていない。

玄州げんしゅう様はそのようなことは一言も・・・!」

「ならば玄州げんしゅう様は能力が衰えているのかもね。仕方ないわ90を過ぎてるんだもの。近年体調も崩しぎみだし。どちらにせよ、写真の女はお怒りをおさめるために人柱として使うわ。伊佐山、うまくやりなさい。わかったわね?」

伊佐山は「はい。必ず」と答えた。

礼夏は伊佐山の返答を聞くと、持っていた扇をパシンと畳んだ。

「ご当主様、ご退出でございます」
礼夏の脇に控えていた巫女の姿をした女がリーンリーンリーンと鈴を三回鳴らす。御簾のなかの扉が両開きに開いた。

風見順が礼夏の手を取り、礼夏は立ち上がった。

「お、お待ち下さい、礼夏様。ご挨拶をしたいと申す者が二名ほどおります。どちらもこの国の命運を握る政治家でございます。どうかご挨拶をお受けください」

ひれ伏したままの坂田が言った。

「聞いてないわ。今日は当主として水無瀬一族への挨拶と伊佐山への宿題をひとつ出して終わりよ」

礼夏は坂田を一瞥すらしない。

「しかしこの二人は今後も我ら一族にとりまして重要な人物になるのは間違いなく」

坂田が食い下がろうとする。

「黙りなさい!」

礼夏は手にしていた扇を坂田に投げつけた。坂田は御簾の外側で平伏していたため、坂田に扇が当たることはなかった。扇は御簾を揺らし、内側にパタリと落ちた。礼夏の手を取っていた風見順が拾った。

「お前達に言っておくわ。わたしは当主に立った以上は一族に責任を持つわ。その覚悟があったからこそ当主という重い立場を引き受けたのよ。それを忘れないでもらいたいわね」

礼夏は御簾の向こう側にいる、平伏したままの一族の代表格達に言い放った。

「坂田本部長、礼夏様はご当主になられたばかりです。心身のご負担を少しは考えたらどうですか」
風見は侮蔑の視線を坂田に落とし、拾った扇を礼夏に渡した。風見は再び礼夏の手を取った。「参りましょう」と言うと、礼夏が頷きゆっくりと前に進んだ。風見は巫女から差し出された鈴を受け取り、扉を開けた二名の巫女がそれぞれに鈴を鳴らした。

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・


礼夏が足を進めた。
礼夏が前に進むと、風見は後ろで両手に持った二種類の鈴を鳴らした。

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・

リーン、リーン、シャンシャンシャン・・・


鈴の音色は波紋となり、拡大してはくうに溶け、拡大してはくうに溶けを繰り返す。溶けた鈴の音色は礼夏の周囲を纏い、礼夏は鈴の音色に守られるように歩いてゆく。

巫女が礼夏の座っていた中央の座に丸い水晶を鎮座させてから扉を閉めた。

御簾のなかから誰もいなくなった。

鈴の音だけが平伏している水無瀬一族と坂田の耳に聞こえていた。






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