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07. 順と礼夏 (2) 降霊
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傍らで、礼夏は順の憎しみの炎を感じ取っていた。
変えようのない事実に苦しめられる、順の心を癒す術を礼夏は持っていなかった。
唯一、その術を持っていた知世はもういない。
こうして慰められるだけの非力な子供である現実が、礼夏は悔しかった。
「撒かれただと!?いったい何をしていたんだ!」
坂田が携帯電話で怒鳴っているのは、礼夏の護衛達二人だ。礼夏の乗った車を後ろからつけていたが、礼夏の術により、他の車のあとを延々とついていくことになってしまい、気づいた時は後戻りできなくなっていた。それでも行き先は先代当主・知世の墓と知っていたため墓に向かったが、礼夏も風見順もいなかった。
「いない?・・・白井の墓には誰か向かわせたのか!」
《はい。他の者に白井の墓にも向かってもらいましたがいませんでした》
「もういい!!さっさと戻ってこい!!」
坂田は怒鳴ると乱暴に電話を切った。すぐ側では坂田の秘書の工藤が、風見順の携帯に電話をかけていたが通じなかった。
「自動車電話(※)にも出ません」
坂田が眉間に皺を寄せて工藤の報告を聞いた。
「風見のことだ。無視しているのかもしれないが、・・・どこに行ったにしろ、玄州様に報告せねばなるまい・・」
坂田は深いため息をついた。
白井の墓がある墓地では、連絡を受けた護衛の数人が礼夏と風見順を捜していた。墓地周辺に住宅はなく、手入れのされていない背の高い草木が広がっているだけだ。護衛達は広い墓地内を10分ほど探し、あきらめて帰っていった。
「意外と早く気づいたのね。気に入らないわ」
墓地内を捜しまわっている護衛達を、山の崖から見下ろしていた礼夏は不機嫌につぶやいた。
「彼らもバカじゃないってことさ。これからはもっと用心しないといけないな。ボーナスは払ってあげるといいよ。ご褒美だ」
風見順が降霊の準備をしながら、穏やかに礼夏を諭した。
「わかったわよ!」
礼夏が振り向いてなげやりに風見順に言葉を返すと、クスクスと笑う順と瞳があった。
こんな時、順は自然に笑う。
さらさらの長めの前髪からのぞく切れ長の目は、普段は冷たく光るが、笑うととてもかわいくなるのだ。
礼夏のはねっかえりなわがままや言い様に、『しょうのない子だ』と、順はいつも面白そうに笑う。
だから礼夏は、はねっかえりのわがまま娘でいようと思っている。
知世のようには癒せなくても、順が笑ってくれるならそれでいい。自分が順にしてあげられることはそれくらいしかない。
礼夏は順の笑顔を見て、少しだけ安心していた。
「護衛達がいなくなったら鈴を渡らせよう」
あらかた準備を終えた順が礼夏の隣に立った。
「一人が携帯電話で何か話してるみたい。坂田からかしら?」
「僕達がいないから帰ってこいとでも言われてるのかもね」
「坂田なんてただの小心者よ。あんな奴!」
「小心者だから世渡りがうまいのさ」
「ただずるくて卑怯なだけよ。だから捻り潰したくなるのよ。あ、帰るみたいね」
三人の護衛達が、墓地入り口の駐車スペースに置いてある車に乗り込んだ。
車は入り口から緩やかな坂を一度登ってから、坂を下っていく。
順と礼夏は車が確実に消えるまで目で追っていた。
そもそも礼夏と順は白井の墓のある墓地を訪れなかったのだ。
墓で霊視だけを行うより、白井を直接呼び出したほうが実利的だと順に提案されたからだ。幸い、墓地の真裏は山だ。白井の墓も見える。礼夏と順は山を利用するため、まっすぐ山に入った。
護衛達の乗った車が完全に去ったのを見とどけて、風見順は木々に鈴をぶら下げ始めた。
鈴は一本のヒモで繋がれており、風見は最後の一つを下げ終わると礼夏を呼んだ。
ぐるりと張り巡らされた鈴の輪の真ん中に礼夏が立ち、風見はヒモの端をひき鈴を鳴らした。
シャンシャンシャン・・
シャンシャンシャン・・
重なりあう鈴の音と礼夏の言霊が結界を作る。やがて周囲は白い霧に包まれた。
礼夏が指を組みかえ『言』を唱えた。霧の向こうに次から次と亡霊が現れる。ようやく人の形を保っている亡霊達は、結界を張ってあるため礼夏には近づけず、弾かれ倒されては起き上がるを繰り返している。皆、礼夏にすがろうとしている。浄化させてほしくて集まってきたのだ。
礼夏は無数の亡霊のなかに白井を探した。
白井ならば、贄にされた知世の魂がどこに囚われているのかわかるかもしれない。
「浮かばれない者達がたくさんいるのね」
「墓に入れられても打ち捨てられているのが多いんだ。思い出してももらえない者達が多いんだろう」
「先に浄霊したほうがいいのかしら?」
「いや、白井が紛れていたら一緒に浄化させてしまうことになる。それではまずい」
礼夏は合わせていた指を組みかえ数珠を握り、白井に呼びかけた。
━━━━白井、わたしよ。礼夏よ。水無瀬礼夏よ。もしも呪術に縛られて動けないならならわたしの名を呼ぶだけでいい。わたしが『そこ』から出してあげるわ━━━━
ほどなくして、微かな声が礼夏の耳に届いた。
━━━━れ・・れい・・か・・さま・・・
「見つけた」
礼夏が探しあてると、風見順は微笑んだ。
礼夏はさらに指を組みなおし、唱え続けた。
亡霊達のなかにはっきりと人間の形をしたモノが現れた。両腕をだらりと下げ、血まみれのソレは、まるで重い枷を背負ってるかのように前屈みになり、ゆっくりと礼夏と風見順を目指して歩いてくる。
まぎれもない、白井だった。
※自動車電話・・1984年に全国サービスが開始された。1994年までレンタル制だった携帯端末が買い取り制になったことで『携帯電話』が一般に普及。携帯電話の普及を受け、自動車電話は2000年代以降減少、2012年にサービスも終了となった。(Wikipedia 参照)
傍らで、礼夏は順の憎しみの炎を感じ取っていた。
変えようのない事実に苦しめられる、順の心を癒す術を礼夏は持っていなかった。
唯一、その術を持っていた知世はもういない。
こうして慰められるだけの非力な子供である現実が、礼夏は悔しかった。
「撒かれただと!?いったい何をしていたんだ!」
坂田が携帯電話で怒鳴っているのは、礼夏の護衛達二人だ。礼夏の乗った車を後ろからつけていたが、礼夏の術により、他の車のあとを延々とついていくことになってしまい、気づいた時は後戻りできなくなっていた。それでも行き先は先代当主・知世の墓と知っていたため墓に向かったが、礼夏も風見順もいなかった。
「いない?・・・白井の墓には誰か向かわせたのか!」
《はい。他の者に白井の墓にも向かってもらいましたがいませんでした》
「もういい!!さっさと戻ってこい!!」
坂田は怒鳴ると乱暴に電話を切った。すぐ側では坂田の秘書の工藤が、風見順の携帯に電話をかけていたが通じなかった。
「自動車電話(※)にも出ません」
坂田が眉間に皺を寄せて工藤の報告を聞いた。
「風見のことだ。無視しているのかもしれないが、・・・どこに行ったにしろ、玄州様に報告せねばなるまい・・」
坂田は深いため息をついた。
白井の墓がある墓地では、連絡を受けた護衛の数人が礼夏と風見順を捜していた。墓地周辺に住宅はなく、手入れのされていない背の高い草木が広がっているだけだ。護衛達は広い墓地内を10分ほど探し、あきらめて帰っていった。
「意外と早く気づいたのね。気に入らないわ」
墓地内を捜しまわっている護衛達を、山の崖から見下ろしていた礼夏は不機嫌につぶやいた。
「彼らもバカじゃないってことさ。これからはもっと用心しないといけないな。ボーナスは払ってあげるといいよ。ご褒美だ」
風見順が降霊の準備をしながら、穏やかに礼夏を諭した。
「わかったわよ!」
礼夏が振り向いてなげやりに風見順に言葉を返すと、クスクスと笑う順と瞳があった。
こんな時、順は自然に笑う。
さらさらの長めの前髪からのぞく切れ長の目は、普段は冷たく光るが、笑うととてもかわいくなるのだ。
礼夏のはねっかえりなわがままや言い様に、『しょうのない子だ』と、順はいつも面白そうに笑う。
だから礼夏は、はねっかえりのわがまま娘でいようと思っている。
知世のようには癒せなくても、順が笑ってくれるならそれでいい。自分が順にしてあげられることはそれくらいしかない。
礼夏は順の笑顔を見て、少しだけ安心していた。
「護衛達がいなくなったら鈴を渡らせよう」
あらかた準備を終えた順が礼夏の隣に立った。
「一人が携帯電話で何か話してるみたい。坂田からかしら?」
「僕達がいないから帰ってこいとでも言われてるのかもね」
「坂田なんてただの小心者よ。あんな奴!」
「小心者だから世渡りがうまいのさ」
「ただずるくて卑怯なだけよ。だから捻り潰したくなるのよ。あ、帰るみたいね」
三人の護衛達が、墓地入り口の駐車スペースに置いてある車に乗り込んだ。
車は入り口から緩やかな坂を一度登ってから、坂を下っていく。
順と礼夏は車が確実に消えるまで目で追っていた。
そもそも礼夏と順は白井の墓のある墓地を訪れなかったのだ。
墓で霊視だけを行うより、白井を直接呼び出したほうが実利的だと順に提案されたからだ。幸い、墓地の真裏は山だ。白井の墓も見える。礼夏と順は山を利用するため、まっすぐ山に入った。
護衛達の乗った車が完全に去ったのを見とどけて、風見順は木々に鈴をぶら下げ始めた。
鈴は一本のヒモで繋がれており、風見は最後の一つを下げ終わると礼夏を呼んだ。
ぐるりと張り巡らされた鈴の輪の真ん中に礼夏が立ち、風見はヒモの端をひき鈴を鳴らした。
シャンシャンシャン・・
シャンシャンシャン・・
重なりあう鈴の音と礼夏の言霊が結界を作る。やがて周囲は白い霧に包まれた。
礼夏が指を組みかえ『言』を唱えた。霧の向こうに次から次と亡霊が現れる。ようやく人の形を保っている亡霊達は、結界を張ってあるため礼夏には近づけず、弾かれ倒されては起き上がるを繰り返している。皆、礼夏にすがろうとしている。浄化させてほしくて集まってきたのだ。
礼夏は無数の亡霊のなかに白井を探した。
白井ならば、贄にされた知世の魂がどこに囚われているのかわかるかもしれない。
「浮かばれない者達がたくさんいるのね」
「墓に入れられても打ち捨てられているのが多いんだ。思い出してももらえない者達が多いんだろう」
「先に浄霊したほうがいいのかしら?」
「いや、白井が紛れていたら一緒に浄化させてしまうことになる。それではまずい」
礼夏は合わせていた指を組みかえ数珠を握り、白井に呼びかけた。
━━━━白井、わたしよ。礼夏よ。水無瀬礼夏よ。もしも呪術に縛られて動けないならならわたしの名を呼ぶだけでいい。わたしが『そこ』から出してあげるわ━━━━
ほどなくして、微かな声が礼夏の耳に届いた。
━━━━れ・・れい・・か・・さま・・・
「見つけた」
礼夏が探しあてると、風見順は微笑んだ。
礼夏はさらに指を組みなおし、唱え続けた。
亡霊達のなかにはっきりと人間の形をしたモノが現れた。両腕をだらりと下げ、血まみれのソレは、まるで重い枷を背負ってるかのように前屈みになり、ゆっくりと礼夏と風見順を目指して歩いてくる。
まぎれもない、白井だった。
※自動車電話・・1984年に全国サービスが開始された。1994年までレンタル制だった携帯端末が買い取り制になったことで『携帯電話』が一般に普及。携帯電話の普及を受け、自動車電話は2000年代以降減少、2012年にサービスも終了となった。(Wikipedia 参照)
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