279 / 279
番外編 ネコおどり大賞
しおりを挟む
.
━━━新年━━━
一月二日、朝。
美之(六歳)はパッと目覚めた。そしてムクッと起きあがると、ニコッと笑ってベッドから飛び降りた。
「おかあさーーん!お母さん、お母さん!」
美之の声に、みふゆは手にしているカップをダイニングテーブルに置いた。
「お母さん!」
美之がダイニングルームで朝食の準備をしている母・みふゆの元に駆けよってきた。
「おはよう、みゆちゃん。歯みがきした?」
笑顔で娘を迎える母。
「まだ!でもね、お母さん!みゆちゃんネコおどりたいしょーとったんだよ!百億お金儲けしたよ!!」
「え?」
「タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪」
美之が歌って踊り始めた。
「み、美之?ちょっとまって何の」何の話なんだ。
「おっきいマグロ漁船かうぞーー!!えいえいおー!!」
「漁船!?」
美之がおかしい。
司(六歳)と朗(六歳)は、惣領家道場にて新年の剣稽古を終えていた。
惣領家の男として武道一般を身につけることと礼儀を学ぶことは必須である。
祖父・貴之と、父・京司朗を相手にする新年の剣稽古が本格的に始まったのは昨年、五歳からだ。
貴之の持つ守り刀と、京司朗の持つ守り刀に見守られ行われる剣稽古は、最後に貴之と京司朗の真剣の演舞で締められる。
司も朗もこの真剣演舞が大好きだ。
二人の演舞は美しく時間と空間を支配する。
演舞が終わると司と朗は、
「ありがとうございました!」
と、師匠ともなった祖父と父に向かってきちんと正しく礼を披露した。
「美之!?なんの話なの!?」
「タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪ネコを百匹つかまえてーー♪タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪」
「ネコを百匹?!美之?!」
美之、ハイテンションのあまり母の声が耳に入らず。
いったい何が起きているのか。
娘がおかしいこんな時はどうすべきか。
夫を頼るか、いや、夫は意外とアテにならん。
みふゆはハッとした。
ならば頼れるのは━━━━━
みふゆは屋敷の廊下で叫んだ。
「司ーー!朗ーー!どこーーっ!」
「司坊ちゃんと朗坊ちゃんなら道場で剣の稽古ですが」
常駐組を統率している瀬尾がみふゆに答えた。
「そうだった。道場に」
「あ、戻って来ましたよ」
瀬尾がみふゆの後ろに司と朗を見つけ、みふゆは振り向いた。みふゆは、
「司!朗!大変!」
と、二人に駆けよった。
司と朗がキョトンとした。
「美之がおかしいの!訳のわからないこと言って踊ってる!」
「・・え?」
司と朗が眉間にシワを寄せた。
瀬尾が『え?』と心でつぶやいた。
司と朗の護衛でついていた村井と山本が『え?』と顔を見合わせた。
全員が『え?』である。
え?いま?いま気づいたの?美之がおかしいって
そもそも過去に、魚の串刺し祭りや金儲けをしにマグロを釣りに行くと家出を決行した時点で“この子なんかおかしい”と思わなかったのだろうか。
短い沈黙を破ったのは朗だった。
朗は神獣戦隊ジャックマンの変身ポーズをとりながら、
「美之は!いつも!おかしいぞ!」
と、真実を口にした。
「え?」
みふゆもまた『え?』であった。
『美之はいつもおかしい』
「で、でも!今朝はもっとおかしいの!ネコおどり大賞とか百億とか言いだしてネコを百匹捕まえる気なの!あの子はマグロの次にネコで百億儲けて漁船を買うつもりなのよ!!ネコを捕まえに家出したらどうしよう!そもそもネコおどり大賞って何なの!?幼稚園で流行ってるの!?ギャンブル!?テレビかネット!?教育テレビ!?美之を止めて!」
いや、美之の前に母の慌てぶりを止めなければ。
「お母さん、おちついて」
司は冷静に言った。
「そうだ!おちつけ!お母さん!美之がもっとおかしくてもそれで普通だ!」
ジャックマンポーズをキメる朗。
美之のことを熟知しているのはさすが三つ子、兄である。
六歳未就学児二人にになだめられる母・みふゆの話の内容に笑いたくても笑えない瀬尾と村井と山本は、堪えて立ってるしかない。
「どうした?廊下の真ん中で」
京司朗の声がした。
「飯食うぞ。美之は起きたのか?」
貴之が守り刀を携えてやってきた。
「お父さん!京司朗さん!美之がおかしいんです!」
すぐさま反応したのは貴之だ。
「なんだと?!具合が悪いのか!頭か?!腹か?!」
「頭です!!」
意味がかみあっていない父娘の会話に新年最初の漫才かと、瀬尾と村井と山本は口元が小刻みに震え始めた。
京司朗が司を見た。司は首を横に小さく振った。
「明理ー!明理ー!いねえか!」
健康管理を業務とする元看護師の本橋明理を呼ぶ貴之に京司朗が、
「親父、落ちついてくれ」
と声をかけた。
「何がおちつけだ!美之が頭痛えって苦しんでんのに悠長なことを」
「美之なら元気に踊ってるから」
京司朗が指をさした。
美之は、“ヘビーローテーション的I want you!”な動きや“It’s automatic♪”的な中腰で左右に揺れたり、足を上げたりくるくる回ったりしている。
「幻聴幻覚か!痛さのあまり踊ってんじゃねぇのか!インフルか!!」
「だから落ちつけって」
確かに痛さのあまり歌いだした人はいたが。
美之は歌にあわせて踊りながら「あ、おじいちゃまー!!お父さーん!!」と、満面の笑みを見せて駆けてきた。
「美之!大丈夫か!」
「おじいちゃま!みゆちゃんネコおどり大賞とったよ!約束だよ!マグロ漁船買って!」
はい???
「お父さんがネコおどり大賞の黒幕!?」
みふゆが貴之に驚愕の目を向けた。
「待て!ネコおどり大賞ってなんのことだ!」
貴之が珍しく焦っている。
「それよりマグロ漁船って何の話だ?」
京司朗が貴之に静かに詰めよった。
「だからよ、俺はちゃんと教えたんだぜ。“レコード大賞”って」
朝食の前に話し合いの場が設けられていた。
リビングのソファにもたれて、貴之が腕を組んだ。
「レコード大賞がどうしてネコおどり大賞に・・」
みふゆは不可思議な思いが消えない。
「レコード大賞指してネコおどり大賞って言ってたから何度か訂正して教えたんだがな。ネコおどり大賞のほうが美之には語感がいいんだろうな。子供ってのは面白えよなぁ、ははは」
貴之は笑ったが、京司朗はまじめな声で、
「で?レコード大賞をとったらマグロ漁船を買ってやると約束したのか?」
と貴之に訊いた。
「・・う、いや、その・・・」
貴之は視線を外した。
それは十二月三十日のこと。
庭の清掃係二名が積もった雪の片づけをしながらレコード大賞の話をしていたのだ。
『今年はレコード大賞誰とるべ?』
つい最近、常駐組として屋敷への出入りができるようになったこの青年達は、同郷ということで話してるとお国言葉になったり発音に訛りが出てしまうのだった。
『んだなぁ、レコード大賞ってグループだと賞金、山分け?』
『山分けだな』
『なんぼぐらい?』
『百億円?』
『ははっ、無ぇ無ぇ』
『ひゃくおくえん・・?』
青年達の雪かきからちょっと離れた場所に、ピンクのアノラックを着た美之がいた。美之は小さな雪だるまを作っていた。たくさん作って飾るのだ。
そんな美之の耳に入った『百億円』
美之は百億円の価値を知っている。
欲しいものは何でも買える金額だ。
でも彼らは百億円の前に何かを言っていた。
美之は思いだそうとした。
エコード?
レコード?
ネコード?
ネコと言ってた気がする。
ネコードたいしょー?ネコ・・・?
ネコおどりたいしょーか?
そうだ、きっと“ネコおどりたいしょー”だ。
ネコードよりネコおどりのほうがかわいい。
“ネコおどり”だ。
【ネコおどりたいしょー】が美之の頭の中にインプットされた。そして、
【ネコおどりたいしょー=百億円】もインプットされた。
美之は握っていた雪玉をさらにギュッと握りしめた。
よし!これだ!
ネコおどりたいしょーでもうけよう。
美之には欲しいものがあった。ちょっとやそっとじゃ買えないものだが百億あれば必ず買える。
しかし、『ネコおどりたいしょー』とはいったい何か。
夕食を終え、リビングのテレビをつけると、年末恒例のレコード大賞が放送されていた。
司会者が「レコード大賞最優秀新人賞は━━━」と言った。
美之はピンときた。
『ネコおどりたいしょー』とはこれのことではないか。
毎年観ているが、ただの歌番組ではなかったのか。
やがて司会者からレコード大賞発表のナレーションが始まった。
『おじいちゃま!ネコおどりたいしょーってなに?』
美之は初めてレコード大賞の放送を最後まで観たのだ。
三つ子達は就寝時間が夜八時と決められていたが、六歳になったこの年は遅くまで起きてることが許された。しかし、朗は睡魔に勝てず、司は熱が出てみふゆと京司朗が看病している。リビングには美之と貴之の二人だけだった。
『んー?』
奇妙なネーミングに貴之はテレビを見た。
レコード大賞が放送されている。
貴之はレコード大賞の放送を観ながら、
『レコード大賞か?日本で一番売れた歌で一番金儲けした歌を選ぶ大会だ』
と、ややテキトーな答えを美之に返し、碁盤に視線を戻した。
『お金儲け?!マグロ漁船も買える?!』
『そうだな、レコード大賞とると百億くらいは儲けるだろうから買えるな』
さらにテキトーな答えだ。
『ひゃくおく・・』やっぱり百億。
美之はテレビ画面に釘付けになった。
貴之がテキトーに答えたのは、新年の松田俊也との囲碁対局を控えていて、勝つ算段を考えていたからだ。新年早々負けるわけにはいかない貴之はレコード大賞どころではなかったのだ。
『みゆちゃんもネコおどりたいしょーとる!百億儲けるからマグロ漁船買って!』
『おー、いいぞ。買ってやるぞー。自分で儲けた金なら何買っても自由だぞー』
棒読みな貴之の心は新年の初勝利しか考えていなかった。約束だとは思っていなかった。美之が『ネコおどりたいしょー』と言ったのも『レコード大賞のことだろう』と特に気にしなかった。
『ネコおどりたいしょー♪ネコおどりたいしょー♪』
『レコード大賞だぞ、美之。レコード大賞』
『ネコードたいしょー?ネコードたいしょー♪♪ネコおどりたいしょー♪♪ネコを百匹つかまえてー♪』
『ネコを捕まえる大会じゃねーぞ美之ー。歌って踊る大会だぞー』
『ネコおどりたいしょー♪ネコおどりたいしょー♪うたっておどってネコおどりー♪♪』
一度インプットされた言葉はなかなか正されないものなのだ。特に美之は。
「美之は何でも本気にするから答え方に気をつけてくれと言っただろう!」
「ま、まさかレコード大賞をとる初夢を見るとは思わんだろーが!!」
「おじいちゃま!大っきいマグロ漁船だよ!きっともうみんな買いに行ってるよ!売りきれないうちに買いに行こう!」
美之の瞳がキラキラ輝いている。あこがれが手に入る期待の輝き。あこがれの、マグロ漁船でマグロ一本釣り。
「待て美之!な?ちょっと待て!マグロ漁船はそんな簡単に売りきれにならねぇからな!先にメシだメシを食うぞ!」
とりあえずごまかした。
すっかりその気になっている美之を、貴之は一日かけて宥めることになった。
惣領家の新年は、美之とマグロ漁船に翻弄されることとなったのだ━━━━が、
美之・六歳の初夢は正夢となる。
十年後、美之は貴之の知り合いの芸能事務所に頼まれて、三人組の覆面アイドルの一人としてデビューし、レコード大賞新人賞をとることになるのだ。
━━━新年━━━
一月二日、朝。
美之(六歳)はパッと目覚めた。そしてムクッと起きあがると、ニコッと笑ってベッドから飛び降りた。
「おかあさーーん!お母さん、お母さん!」
美之の声に、みふゆは手にしているカップをダイニングテーブルに置いた。
「お母さん!」
美之がダイニングルームで朝食の準備をしている母・みふゆの元に駆けよってきた。
「おはよう、みゆちゃん。歯みがきした?」
笑顔で娘を迎える母。
「まだ!でもね、お母さん!みゆちゃんネコおどりたいしょーとったんだよ!百億お金儲けしたよ!!」
「え?」
「タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪」
美之が歌って踊り始めた。
「み、美之?ちょっとまって何の」何の話なんだ。
「おっきいマグロ漁船かうぞーー!!えいえいおー!!」
「漁船!?」
美之がおかしい。
司(六歳)と朗(六歳)は、惣領家道場にて新年の剣稽古を終えていた。
惣領家の男として武道一般を身につけることと礼儀を学ぶことは必須である。
祖父・貴之と、父・京司朗を相手にする新年の剣稽古が本格的に始まったのは昨年、五歳からだ。
貴之の持つ守り刀と、京司朗の持つ守り刀に見守られ行われる剣稽古は、最後に貴之と京司朗の真剣の演舞で締められる。
司も朗もこの真剣演舞が大好きだ。
二人の演舞は美しく時間と空間を支配する。
演舞が終わると司と朗は、
「ありがとうございました!」
と、師匠ともなった祖父と父に向かってきちんと正しく礼を披露した。
「美之!?なんの話なの!?」
「タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪ネコを百匹つかまえてーー♪タン♪タン♪タタターン♪ターン♪タタ♪タターン♪♪」
「ネコを百匹?!美之?!」
美之、ハイテンションのあまり母の声が耳に入らず。
いったい何が起きているのか。
娘がおかしいこんな時はどうすべきか。
夫を頼るか、いや、夫は意外とアテにならん。
みふゆはハッとした。
ならば頼れるのは━━━━━
みふゆは屋敷の廊下で叫んだ。
「司ーー!朗ーー!どこーーっ!」
「司坊ちゃんと朗坊ちゃんなら道場で剣の稽古ですが」
常駐組を統率している瀬尾がみふゆに答えた。
「そうだった。道場に」
「あ、戻って来ましたよ」
瀬尾がみふゆの後ろに司と朗を見つけ、みふゆは振り向いた。みふゆは、
「司!朗!大変!」
と、二人に駆けよった。
司と朗がキョトンとした。
「美之がおかしいの!訳のわからないこと言って踊ってる!」
「・・え?」
司と朗が眉間にシワを寄せた。
瀬尾が『え?』と心でつぶやいた。
司と朗の護衛でついていた村井と山本が『え?』と顔を見合わせた。
全員が『え?』である。
え?いま?いま気づいたの?美之がおかしいって
そもそも過去に、魚の串刺し祭りや金儲けをしにマグロを釣りに行くと家出を決行した時点で“この子なんかおかしい”と思わなかったのだろうか。
短い沈黙を破ったのは朗だった。
朗は神獣戦隊ジャックマンの変身ポーズをとりながら、
「美之は!いつも!おかしいぞ!」
と、真実を口にした。
「え?」
みふゆもまた『え?』であった。
『美之はいつもおかしい』
「で、でも!今朝はもっとおかしいの!ネコおどり大賞とか百億とか言いだしてネコを百匹捕まえる気なの!あの子はマグロの次にネコで百億儲けて漁船を買うつもりなのよ!!ネコを捕まえに家出したらどうしよう!そもそもネコおどり大賞って何なの!?幼稚園で流行ってるの!?ギャンブル!?テレビかネット!?教育テレビ!?美之を止めて!」
いや、美之の前に母の慌てぶりを止めなければ。
「お母さん、おちついて」
司は冷静に言った。
「そうだ!おちつけ!お母さん!美之がもっとおかしくてもそれで普通だ!」
ジャックマンポーズをキメる朗。
美之のことを熟知しているのはさすが三つ子、兄である。
六歳未就学児二人にになだめられる母・みふゆの話の内容に笑いたくても笑えない瀬尾と村井と山本は、堪えて立ってるしかない。
「どうした?廊下の真ん中で」
京司朗の声がした。
「飯食うぞ。美之は起きたのか?」
貴之が守り刀を携えてやってきた。
「お父さん!京司朗さん!美之がおかしいんです!」
すぐさま反応したのは貴之だ。
「なんだと?!具合が悪いのか!頭か?!腹か?!」
「頭です!!」
意味がかみあっていない父娘の会話に新年最初の漫才かと、瀬尾と村井と山本は口元が小刻みに震え始めた。
京司朗が司を見た。司は首を横に小さく振った。
「明理ー!明理ー!いねえか!」
健康管理を業務とする元看護師の本橋明理を呼ぶ貴之に京司朗が、
「親父、落ちついてくれ」
と声をかけた。
「何がおちつけだ!美之が頭痛えって苦しんでんのに悠長なことを」
「美之なら元気に踊ってるから」
京司朗が指をさした。
美之は、“ヘビーローテーション的I want you!”な動きや“It’s automatic♪”的な中腰で左右に揺れたり、足を上げたりくるくる回ったりしている。
「幻聴幻覚か!痛さのあまり踊ってんじゃねぇのか!インフルか!!」
「だから落ちつけって」
確かに痛さのあまり歌いだした人はいたが。
美之は歌にあわせて踊りながら「あ、おじいちゃまー!!お父さーん!!」と、満面の笑みを見せて駆けてきた。
「美之!大丈夫か!」
「おじいちゃま!みゆちゃんネコおどり大賞とったよ!約束だよ!マグロ漁船買って!」
はい???
「お父さんがネコおどり大賞の黒幕!?」
みふゆが貴之に驚愕の目を向けた。
「待て!ネコおどり大賞ってなんのことだ!」
貴之が珍しく焦っている。
「それよりマグロ漁船って何の話だ?」
京司朗が貴之に静かに詰めよった。
「だからよ、俺はちゃんと教えたんだぜ。“レコード大賞”って」
朝食の前に話し合いの場が設けられていた。
リビングのソファにもたれて、貴之が腕を組んだ。
「レコード大賞がどうしてネコおどり大賞に・・」
みふゆは不可思議な思いが消えない。
「レコード大賞指してネコおどり大賞って言ってたから何度か訂正して教えたんだがな。ネコおどり大賞のほうが美之には語感がいいんだろうな。子供ってのは面白えよなぁ、ははは」
貴之は笑ったが、京司朗はまじめな声で、
「で?レコード大賞をとったらマグロ漁船を買ってやると約束したのか?」
と貴之に訊いた。
「・・う、いや、その・・・」
貴之は視線を外した。
それは十二月三十日のこと。
庭の清掃係二名が積もった雪の片づけをしながらレコード大賞の話をしていたのだ。
『今年はレコード大賞誰とるべ?』
つい最近、常駐組として屋敷への出入りができるようになったこの青年達は、同郷ということで話してるとお国言葉になったり発音に訛りが出てしまうのだった。
『んだなぁ、レコード大賞ってグループだと賞金、山分け?』
『山分けだな』
『なんぼぐらい?』
『百億円?』
『ははっ、無ぇ無ぇ』
『ひゃくおくえん・・?』
青年達の雪かきからちょっと離れた場所に、ピンクのアノラックを着た美之がいた。美之は小さな雪だるまを作っていた。たくさん作って飾るのだ。
そんな美之の耳に入った『百億円』
美之は百億円の価値を知っている。
欲しいものは何でも買える金額だ。
でも彼らは百億円の前に何かを言っていた。
美之は思いだそうとした。
エコード?
レコード?
ネコード?
ネコと言ってた気がする。
ネコードたいしょー?ネコ・・・?
ネコおどりたいしょーか?
そうだ、きっと“ネコおどりたいしょー”だ。
ネコードよりネコおどりのほうがかわいい。
“ネコおどり”だ。
【ネコおどりたいしょー】が美之の頭の中にインプットされた。そして、
【ネコおどりたいしょー=百億円】もインプットされた。
美之は握っていた雪玉をさらにギュッと握りしめた。
よし!これだ!
ネコおどりたいしょーでもうけよう。
美之には欲しいものがあった。ちょっとやそっとじゃ買えないものだが百億あれば必ず買える。
しかし、『ネコおどりたいしょー』とはいったい何か。
夕食を終え、リビングのテレビをつけると、年末恒例のレコード大賞が放送されていた。
司会者が「レコード大賞最優秀新人賞は━━━」と言った。
美之はピンときた。
『ネコおどりたいしょー』とはこれのことではないか。
毎年観ているが、ただの歌番組ではなかったのか。
やがて司会者からレコード大賞発表のナレーションが始まった。
『おじいちゃま!ネコおどりたいしょーってなに?』
美之は初めてレコード大賞の放送を最後まで観たのだ。
三つ子達は就寝時間が夜八時と決められていたが、六歳になったこの年は遅くまで起きてることが許された。しかし、朗は睡魔に勝てず、司は熱が出てみふゆと京司朗が看病している。リビングには美之と貴之の二人だけだった。
『んー?』
奇妙なネーミングに貴之はテレビを見た。
レコード大賞が放送されている。
貴之はレコード大賞の放送を観ながら、
『レコード大賞か?日本で一番売れた歌で一番金儲けした歌を選ぶ大会だ』
と、ややテキトーな答えを美之に返し、碁盤に視線を戻した。
『お金儲け?!マグロ漁船も買える?!』
『そうだな、レコード大賞とると百億くらいは儲けるだろうから買えるな』
さらにテキトーな答えだ。
『ひゃくおく・・』やっぱり百億。
美之はテレビ画面に釘付けになった。
貴之がテキトーに答えたのは、新年の松田俊也との囲碁対局を控えていて、勝つ算段を考えていたからだ。新年早々負けるわけにはいかない貴之はレコード大賞どころではなかったのだ。
『みゆちゃんもネコおどりたいしょーとる!百億儲けるからマグロ漁船買って!』
『おー、いいぞ。買ってやるぞー。自分で儲けた金なら何買っても自由だぞー』
棒読みな貴之の心は新年の初勝利しか考えていなかった。約束だとは思っていなかった。美之が『ネコおどりたいしょー』と言ったのも『レコード大賞のことだろう』と特に気にしなかった。
『ネコおどりたいしょー♪ネコおどりたいしょー♪』
『レコード大賞だぞ、美之。レコード大賞』
『ネコードたいしょー?ネコードたいしょー♪♪ネコおどりたいしょー♪♪ネコを百匹つかまえてー♪』
『ネコを捕まえる大会じゃねーぞ美之ー。歌って踊る大会だぞー』
『ネコおどりたいしょー♪ネコおどりたいしょー♪うたっておどってネコおどりー♪♪』
一度インプットされた言葉はなかなか正されないものなのだ。特に美之は。
「美之は何でも本気にするから答え方に気をつけてくれと言っただろう!」
「ま、まさかレコード大賞をとる初夢を見るとは思わんだろーが!!」
「おじいちゃま!大っきいマグロ漁船だよ!きっともうみんな買いに行ってるよ!売りきれないうちに買いに行こう!」
美之の瞳がキラキラ輝いている。あこがれが手に入る期待の輝き。あこがれの、マグロ漁船でマグロ一本釣り。
「待て美之!な?ちょっと待て!マグロ漁船はそんな簡単に売りきれにならねぇからな!先にメシだメシを食うぞ!」
とりあえずごまかした。
すっかりその気になっている美之を、貴之は一日かけて宥めることになった。
惣領家の新年は、美之とマグロ漁船に翻弄されることとなったのだ━━━━が、
美之・六歳の初夢は正夢となる。
十年後、美之は貴之の知り合いの芸能事務所に頼まれて、三人組の覆面アイドルの一人としてデビューし、レコード大賞新人賞をとることになるのだ。
1
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
元カレは隣の席のエース
naomikoryo
ライト文芸
【♪♪♪本編、完結しました♪♪♪】
東京で燃え尽きたアラサー女子が、地元の市役所に転職。
新しい人生のはずが、配属先の隣の席にいたのは――
十四年前、嘘をついて別れた“元カレ”だった。
冷たい態度、不器用な優しさ、すれ違う視線と未練の影。
過去を乗り越えられるのか、それとも……?
恋と再生の物語が、静かに、熱く、再び動き出す。
過去の痛みを抱えた二人が、地方の公務員として出会い直し、
心の距離を少しずつ埋めていく大人の再会ラブストーリー。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
『 ゆりかご 』
設楽理沙
ライト文芸
- - - - - 非公開予定でしたがもうしばらく公開します。- - - -
◉2025.7.2~……本文を少し見直ししています。
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
――――
「静かな夜のあとに」― 大人の再生を描く愛の物語
『静寂の夜を越えて、彼女はもう一度、愛を信じた――』
過去の痛み(不倫・別離)を“夜”として象徴し、
そのあとに芽吹く新しい愛を暗示。
[大人の再生と静かな愛]
“嵐のような過去を静かに受け入れて、その先にある光を見つめる”
読後に“しっとりとした再生”を感じていただければ――――。
――――
・・・・・・・・・・
芹 あさみ 36歳 専業主婦 娘: ゆみ 中学2年生 13才
芹 裕輔 39歳 会社経営 息子: 拓哉 小学2年生 8才
早乙女京平 28歳 会社員
(家庭の事情があり、ホストクラブでアルバイト)
浅野エリカ 35歳 看護師
浅野マイケル 40歳 会社員
❧イラストはAI生成画像自作
『愛が揺れるお嬢さん妻』- かわいいひと -
設楽理沙
ライト文芸
♡~好きになった人はクールビューティーなお医者様~♡
やさしくなくて、そっけなくて。なのに時々やさしくて♡
――――― まただ、胸が締め付けられるような・・
そうか、この気持ちは恋しいってことなんだ ―――――
ヤブ医者で不愛想なアイッは年下のクールビューティー。
絶対仲良くなんてなれないって思っていたのに、
遠く遠く、限りなく遠い人だったのに、
わたしにだけ意地悪で・・なのに、
気がつけば、一番近くにいたYO。
幸せあふれる瞬間・・いつもそばで感じていたい
◇ ◇ ◇ ◇
💛画像はAI生成画像 自作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

