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番外編 パルフェタムールの夜 (2)
しおりを挟む車のドアが開き、わたしは差し出された手を取り、車を降りた。
降りたのはいいがグラグラする。
ヒールの靴が履きなれない。
だいぶ歩けるようになったんだけど、少し高めのヒールは早すぎたか。
ワンピースが思っていたよりスースーする。
もともとスカートよりもジーパン派だもの。
でも、お店でみつけた時、『これ!』って思った。
「ちゃんとつかまってろよ」
「もちろんですとも!」
わたしは若頭の腕にしっかりとつかまっていた。
死んでも離すもんか的な気合いの入った声に若頭は笑った。
名前で呼ぶ約束をしたのに、心の中ではまだまだ『若頭』だ。
外出は常にスーツ着用の若頭。
今夜もスーツに髪はオールバックのいつもの格好だ。ただ、見たことない色のスーツだ。毎回違うスーツを着てるみたいで、いったい何着持ってるのかと疑問に思う。今度聞いてみよう。
若頭は体が大きいので着るもの自体ほとんどオーダーで、スーツはイタリアの生地で作ってもらってると最近知った。イタリアの生地が気に入っているのだとか。
つかまったらジャケットがシワになるんじゃないか、と心配したら、そんなことは気にしなくていいと言われたので思いっ切りつかまっている。
はたから見たら腕を組んでるように見えるのか、ぶらさがってるように見えるのか。
高確率でぶらさがってるほうだろうな。
そしてそして、なぜバーに来ることになったのか。
それは昨日の夕食後のこと。
夕食後の空き時間はいつもお父さんの囲碁につきあっているのだが、お父さんは亡くなった土門さんの手がけていた奈良の事業がトラブルになってるそうで、一昨日、黒岩さんと一緒にその仲裁に行ってしまった。帰ってくるのはあさって。
若頭も仕事の調整で忙しい。
お父さんが帰ってくれば、権現寺に修行に行ってしまう若頭。
時間を持て余して、わたしはお屋敷のリビングにあるバーカウンターのいろんなお酒を眺めていた。
「飲んでもいいんだぞ」
いつの間に来たのか、お酒を眺めているわたしの後ろで若頭の声がした。
髪をタオルでガシガシ拭いているお風呂上がりの若頭は気楽なスウェット着てる。
「お酒は飲めません。苦手です。でもお酒の色や瓶が好きです。カクテルの色とか」
「酒が苦手でも飲めるカクテルもあるが」
「あるんですか?」
「飲んでみるか?」
「あら、それなら明日の夜にでもバーに連れてってあげなさいよ」
楓さんがワインクーラーからワインを一本取りだした。寝る前の楓さんの一杯はワイン。
「でも夜は九時に寝ることになってるから」
「大丈夫よ。お姉さんには私から言っておくわ。ここのとこずっと屋敷から出てないでしょ?外へ出て気分を変えることも大事よ。・・まあ、明日のみふゆちゃんの体調しだいだけどね」
「あ・・、ありがとう、楓・・お姉さん・・」
胡蝶さんを『ママ』と呼び、楓さんを『お姉さん』と呼ぶ生活だが、これも未だに照れくさい。
「━━━━いつ聞いてもいいわあ、お姉さんって響き!」
こうして楓さんの提案でバーに行くことが決定。
午前中に楓さんが洋平先生のお店『フィオーレ フィオーレ』でこの薄紫のワンピースをコーディネートしてくれた。お店に入った時、真っ先に目に止まった薄紫のワンピース。レースが素敵だなって思った。
そんなこんなで連れてこられたここは、
━━Bar “Sinfonia”
若頭の所有しているビルの二階にあるお店。
店内はテレビでみた高級ホテルのラウンジのようで、ゆっくりくつろげそうな落ち着いた空間だ。
テーブル席とカウンター席があり、
幾つかのテーブル席にはお客さんがいて、カウンターには誰もいなかった。
「カウンターにするか。バーテンダーを紹介しよう」
若頭がカウンター席に連れていってくれた。
わたしの歩幅に合わせてゆっくりと歩いてくれる若頭。
「いらっしゃいませ」
バーテンダーの男性が声をかけてくる。
「彼はここの店長を兼ねている、中村だ」
「初めまして、中村です」
「あの、・・惣領・・みふゆです。こんばんは」
名前を言うのにまだ慣れない。戸惑ってしまう。
「中村、彼女は俺の婚約者だ」
「え?」
バーテンダーの中村さんが驚いた。
「え?」
同時にわたしも驚いた。
「何故お前まで驚く?」
若頭、眉間にシワを寄せ、いかつい顔でわたしを睨む。
「あ・・、いえ、あの、・・忘れて━━━じゃない。いま気づいて━━━いえ、あの、えーと、・・・ごめんなさい。でも、あの、決して悪気があったわけではなくて・・」
そうだった。結婚相手とは即ち婚約者なのだ。改めて意識した。しかし慣れない。名前同様に。
言い訳をするわたしを見て、中村さんは下を向いて笑いを堪えていた。
若頭は諦めたようにため息をついて、
「・・そうだな、お前はそういう女だよな。最初の時からな。俺も忘れてたよ」
とふてくされた。
だから、ごめんなさいってば。
それにしても、ハーゲンダッツ、やっぱり根に持ってたのか。
「テーブル席でなくてよろしいんですか?」
「ああ、ここの方がボトルがよく見える」
「ボトルですか?」
「彼女の趣味だ」
若頭がわたしを見た。
わたしのボトル好きの為にカウンターだったのか。
「テーブル席が良かったか?」
わたしは首をぶんぶんふった。
「ううん、ここで!」
確かにここからだといろんなデザインのボトルがたくさん見える。
お屋敷にはなかった、見たことないボトルがたくさんある。
「何になさいますか?」
「バイオレットフィズを。彼女の分はジンは抜いてくれ」
「わたしでも飲めるというお酒ですか?」
「そうだ。ジンは抜くからアルコール度数はかなり低くなる」
「甘くて美味しいカクテルですよ。炭酸とレモンが入るので口当たりもよくて爽やかです」
「俺のはジンを入れたままでいい」
「かしこまりました」
中村さんがシェーカーを振る。
見てると思い出が甦る。
あまりにも熱心に見ていたのかもしれない。
「シェーカー、振りたいのか?」と、若頭はわたしをじっと見ていた。
「子供の頃にシェーカーを振る真似をしたのを思い出したんです」
「家にシェーカーがあったのか?」
ちょっと意外そうな顔してる。
「なかったのでカンのコーラを振りました」
わたしが答えた。
「・・悲惨な状況が目に浮かぶな」
「はい。ものすごく怒られました、お母さんに。鬼の形相でした。調子にのってカンを振りながらプルタブをあけたので、わたしもお母さんも居間の畳もコーラまみれになって被害はテレビにまで及んでいました」
若頭はクックッと笑っている。
「青木のお父さんが仕事で市外に行ってていなかったので、逃げ場がなくて余計に大変で」
若頭が笑いながら「それで?」と訊く。
「必死で謝って掃除もしたのに、お母さんは夢の中にまで出て来て、わたしはびっくりして飛び起きて寝ているお母さんをたたき起こしてもう一度謝ったんです」
若頭は静かにさらに笑っている。
「寝てたのを叩き起こしたなら余計にまた叱られたんじゃないのか?」
「はい。もう大泣きしながら許しを乞うしかなくて」
「で?許してはもらえたのか?」
「そのままお母さんの布団にもぐりこませてもらって一緒に寝たので許してもらえたと思います」
「よかったじゃないか」
「よかったんですけど、あれからコーラが苦手になってしまって・・・お母さんの鬼の形相を思い出す・・」
「幾つの時だ?」
「7歳くらいです」
こうしてわたしの家族の思い出話を聞いてくれる若頭はいい人だと思う。
話していたら中村さんが、「どうぞ」とグラスを差し出してくれた。
紫の━━━━
「きれいな色・・」
「バイオレットフィズは『パルフェ タムール』というリキュールを使って作ります。原料にニオイスミレの花びらの抽出液を使っていて、スミレのリキュールと呼ばれたりしています」
「スミレ・・お花のお酒なんですね」
「はい」
中村さんはニッコリ微笑む。
「素敵です・・」
スミレのお酒かぁ。
そうか、だからこの紫のワンピースが目についたのかも。
一口飲んでみる。
・・・甘い・・。
「甘い・・、美味しい・・」
初めて飲んだ。甘いお酒というものを。
若頭の前にも「どうぞ」と同じグラスが差し出された。
紫色に澄んだ色がとてもきれいなバイオレットフィズ
若頭はまず先にわたしに飲ませてくれた。
「飲んでみるといい。こっちにはジンが入っているからアルコール度数が少しだけ高い」
わたしは若頭のグラスのバイオレットフィズを一口飲ませてもらった。
「・・あ、」
うん、お酒だ。甘いけど。
「入ってないほうがいいか?」
わたしは軽く頷いて、自分のグラスのバイオレットフィズに再び口をつけた。
「パルフェタムールっていう名前も素敵です。どんな意味なんですか?」
「フランス語で“完全なる愛”・・だ」
中村さんでなく若頭が隣で答えてわたしをみつめていた。瞳が熱い。
「ロ、ロマンチック・・です・・ね・・・」
わたしは笑ってごまかして、若頭の瞳の熱さから意識をそらせた。
若頭はあきらめたように小さくまたため息をついていた。
・・・ごめんなさい。
そのあとも、何種類かのカクテルを中村さんが説明しながら作ってくれた。
ダージリンクーラーとかゴールデンアップルとか、あとなんか名前忘れたけどノンアルコールカクテルが美味しかった。
どれも美味しかったけど、でもバイオレットフィズが一番好きかな。
カシスオレンジを飲み終わった頃、若頭の携帯電話が鳴った。
ちょうどよかったので、わたしはお手洗いに立った。
戻ったら最後にもう一度バイオレットフィズを頼もう。
歩くとヒールでグラグラするが、それでもさっきよりは歩ける。
お手洗いから席に戻ろうとすると・・・、
若頭が美人の女性と話していた。緩やかなウェーブの長い髪、肉体の線を表すタイトな黒いドレスが色っぽくて似合っている。
美人が若頭の肩に手をおいた。
親密そうな雰囲気だ。
これはもしや、もしや、
若頭の恋人?!
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