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番外編 光と影
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みふゆはふとため息をついた。
子供のいる日常は毎日が慌ただしい。
慌ただしいが幸せだ。
一人で子育てしているわけではないからみふゆ自身はとても恵まれた環境にいるし、こうして疲れないようにと誰もが気遣ってくれる。
しかし、みふゆはみふゆにしかわからない不安を抱えている。
今二十九歳のみふゆは、出産以降体力がなかなかつかないのだ。体のどこかに病を得ているわけではないのに、体が弱くなっている。
みふゆは帝王切開での出産だった。術後の体力の回復が遅れ、退院まで時間を要した。
そして、日常の生活は送れるものの、一年たっても二年たっても思うように体力は回復せず、二十八歳をすぎたある日、母親の家系のひとつの事実に気がついた。
━━━皆、早くに亡くなっている━━━
みふゆの母親の家系は皆若くして亡くなっている。
なぜ今まで意識しなかったのだろう。
みふゆの母親・礼夏、母親の両親、親族だった風見順もその両親も年若く亡くなっている。
何かがあるのではないか。
みふゆは自分自身も短命ではないかと考えるようになった。
こんなに幸せなのに、短い人生で終わるのかもしれない。そんな思いが心を占めた。
『もしかしたらわたしは早く死ぬかもしれないから、その時は子供達をよろしくお願いします』
二十九歳の誕生日を前に、みふゆがふいに言った言葉に京司朗は驚いた。みふゆは知らないはずだ。母親の正体も、自身が短命の一族・水無瀬の人間だということも。
『何故そんなふうに思うんだ?』
『うちはお母さんもお母さんの両親も、お母さんに近い親族も年若く亡くなってるから。もしかしたらわたしもそうなんじゃないかって・・』
『ただの偶然だよ』
『それに・・』
『それに?』
『食事も運動も気をつけてるのに体力がつかなくて・・わたし、このままどんどん弱くなっていくんじゃないかって・・』
『胡蝶さんに相談してみようか』
『相談したら検査入院になるかもしれない・・。わたし入院も通院もイヤ。わたしね、子供達とは離れたくない・・』
定められた生命の期限をどうにかするなど誰にも出来ないはずだった。
だが、みふゆの生命は母・礼夏と歴代水無瀬当主達のおかげで三十歳という期限を越えられると、京司朗は貴之から教えてもらっている。みふゆは水無瀬一族の呪縛のひとつを越えている。
『俺をおいて勝手にいかないでくれ。やっと俺は自分の居場所をみつけたんだ。君という居場所だ。君を失ってしまうなら・・俺もすぐあとを追うよ』
『ダメ!ぜったいダメ!なんてこと言うの!』
『俺は本気だ』
『あなたはずるい。いつだって・・!』
『前にも言った。君をそばに置くためならずるくもなると』
『体が弱って寝たきりになるかもしれないし迷惑をかけるかもしれないのに・・!』
『何が起きても迷惑なんてひとつもない。君がいてくれるなら。もしも君が寝たきりになったら毎日そばにいて話をしてあげるよ。君が退屈しないように。フランスの話、イタリアの話、ギリシャ、ドイツ、スペイン、・・まだまだ君の知らない話がある』
京司朗の優しい笑顔がまぶしい。
この優しい夫と、子供たちと、父と、みんなと共に生きたいと、みふゆは切実に思った。
「どうした?」
京司朗に声をかけられ、みふゆはビクリと過去から引き戻された。
「・・幸せだなって思ったの・・・。ずっと、ずっとこのままでいられたらいいなって・・」
涙がこぼれた。幸せだからこそ怖い。
「ずっとこのままだよ。この幸せを守るために俺も親父も君のそばにいるんだ。誰にも奪わせないさ」
京司朗がみふゆをきつく抱きしめた。
何を不安に思っているのかわかっていても、京司朗にできることは限られている。
いつもそばにいることと、こうして抱きしめること。
少しでも不安が消えるように━━━━
「美之は親父と出かけたし、司と朗が寝てる間に休むといい」
京司朗がみふゆを抱きしめる腕を解き、両肩に手を置いた。
みふゆは「・・うん」と曖昧な笑みをつくった。
夫婦の部屋のデイベッドに横になると、窓の向こうに藤の花が揺れているのが見えた。緑の葉の隙間から光がもれる。
ゆらゆらと、さらさらと揺れる藤を見ながら、みふゆはやがて眠りについた。
目覚めればまた慌ただしい時間が始まるが、それはみふゆにとっては生きている証しの、最も幸せな時間なのだ。
みふゆはふとため息をついた。
子供のいる日常は毎日が慌ただしい。
慌ただしいが幸せだ。
一人で子育てしているわけではないからみふゆ自身はとても恵まれた環境にいるし、こうして疲れないようにと誰もが気遣ってくれる。
しかし、みふゆはみふゆにしかわからない不安を抱えている。
今二十九歳のみふゆは、出産以降体力がなかなかつかないのだ。体のどこかに病を得ているわけではないのに、体が弱くなっている。
みふゆは帝王切開での出産だった。術後の体力の回復が遅れ、退院まで時間を要した。
そして、日常の生活は送れるものの、一年たっても二年たっても思うように体力は回復せず、二十八歳をすぎたある日、母親の家系のひとつの事実に気がついた。
━━━皆、早くに亡くなっている━━━
みふゆの母親の家系は皆若くして亡くなっている。
なぜ今まで意識しなかったのだろう。
みふゆの母親・礼夏、母親の両親、親族だった風見順もその両親も年若く亡くなっている。
何かがあるのではないか。
みふゆは自分自身も短命ではないかと考えるようになった。
こんなに幸せなのに、短い人生で終わるのかもしれない。そんな思いが心を占めた。
『もしかしたらわたしは早く死ぬかもしれないから、その時は子供達をよろしくお願いします』
二十九歳の誕生日を前に、みふゆがふいに言った言葉に京司朗は驚いた。みふゆは知らないはずだ。母親の正体も、自身が短命の一族・水無瀬の人間だということも。
『何故そんなふうに思うんだ?』
『うちはお母さんもお母さんの両親も、お母さんに近い親族も年若く亡くなってるから。もしかしたらわたしもそうなんじゃないかって・・』
『ただの偶然だよ』
『それに・・』
『それに?』
『食事も運動も気をつけてるのに体力がつかなくて・・わたし、このままどんどん弱くなっていくんじゃないかって・・』
『胡蝶さんに相談してみようか』
『相談したら検査入院になるかもしれない・・。わたし入院も通院もイヤ。わたしね、子供達とは離れたくない・・』
定められた生命の期限をどうにかするなど誰にも出来ないはずだった。
だが、みふゆの生命は母・礼夏と歴代水無瀬当主達のおかげで三十歳という期限を越えられると、京司朗は貴之から教えてもらっている。みふゆは水無瀬一族の呪縛のひとつを越えている。
『俺をおいて勝手にいかないでくれ。やっと俺は自分の居場所をみつけたんだ。君という居場所だ。君を失ってしまうなら・・俺もすぐあとを追うよ』
『ダメ!ぜったいダメ!なんてこと言うの!』
『俺は本気だ』
『あなたはずるい。いつだって・・!』
『前にも言った。君をそばに置くためならずるくもなると』
『体が弱って寝たきりになるかもしれないし迷惑をかけるかもしれないのに・・!』
『何が起きても迷惑なんてひとつもない。君がいてくれるなら。もしも君が寝たきりになったら毎日そばにいて話をしてあげるよ。君が退屈しないように。フランスの話、イタリアの話、ギリシャ、ドイツ、スペイン、・・まだまだ君の知らない話がある』
京司朗の優しい笑顔がまぶしい。
この優しい夫と、子供たちと、父と、みんなと共に生きたいと、みふゆは切実に思った。
「どうした?」
京司朗に声をかけられ、みふゆはビクリと過去から引き戻された。
「・・幸せだなって思ったの・・・。ずっと、ずっとこのままでいられたらいいなって・・」
涙がこぼれた。幸せだからこそ怖い。
「ずっとこのままだよ。この幸せを守るために俺も親父も君のそばにいるんだ。誰にも奪わせないさ」
京司朗がみふゆをきつく抱きしめた。
何を不安に思っているのかわかっていても、京司朗にできることは限られている。
いつもそばにいることと、こうして抱きしめること。
少しでも不安が消えるように━━━━
「美之は親父と出かけたし、司と朗が寝てる間に休むといい」
京司朗がみふゆを抱きしめる腕を解き、両肩に手を置いた。
みふゆは「・・うん」と曖昧な笑みをつくった。
夫婦の部屋のデイベッドに横になると、窓の向こうに藤の花が揺れているのが見えた。緑の葉の隙間から光がもれる。
ゆらゆらと、さらさらと揺れる藤を見ながら、みふゆはやがて眠りについた。
目覚めればまた慌ただしい時間が始まるが、それはみふゆにとっては生きている証しの、最も幸せな時間なのだ。
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