誰にも触れられたくないトコロ 【完結】

うなきのこ

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27 「決意」

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「こちらにどうぞ」
総一郎が黒川邸の1階にある応接室へ林警部を通しソファーへ誘導する。

巽は1人だけとはいえ警察に自分に遭った事を話すのを躊躇っていたが、「また犯人が自身に近づいてくる方が怖いから警察に知っておいてもらいたい」と話すことを決意した。
本来なら警察署などに出向いて話すべきなのだろうが他の警察官に聞かれているかもしれないと思うと緊張してしまいそうだと言う巽の要望で林を呼びつけた。
彼は年末だと言うのに快く引き受けてくれたのだ。

「わざわざお越しいただきありがとうございます。
…総くん、愁くん?林さんとは2人っきりで話すって言ったよね」
「本当にいいのか?俺ら居なくて」
「もう手が震えてるの、気づいてないと思った?一緒にいるよ」
「……林さん、この2人も居ていいですか」
2人が言うように自身の手が震えているのはわかっていた。
手を握ってくれるおかげでそれも少し治まる。

巽を挟むようにソファーに座り手を握りあう3人をみて林は引き離さないのが懸命だろうと判断する。
「えぇ、巽くんがいいのなら」
「すみません、ありがとうございます。
それで…えっと…俺の誘拐事件のことで話したいことが沢山あって。」
「ゆっくり話してくれればいいですよ。話したくないことがあれば言わなくてもいい」
林には既に「思い出したことを全て話したい」と連絡した上で呼んでいた。

子供の誘拐は時々あるそうでほとんどが金銭目的だが中には性的指向によって連れ去られることもあるそうだ。
目的が分からない誘拐はほとんどがそれに該当し、林も最近あった誘拐事件の参考にさせて欲しいと話を聞きに来た。

「はい。
順番に話していきますね。
最初に…連れ去られた日ですけど、運転手さんから聞いたかもしれないですが俺は救命活動してる運転手さんに車の鍵を借りて車に乗り込みました。鍵を閉めて。
そのあと直ぐに図書館に忘れ物を取りに行こうとして車を開けたんです。そしたら扉をガッて開けられてビックリする間もなく連れ去られました」

2人が手を軽く握ってくれているのに巽は強く握り返す。
もっとしっかり握っていて欲しい。
まだ冷静に話せてはいるがここから話すことが本当に怖くてたまらない。

「目が覚めたら知らないところにいて、手足は拘束されてました。その日だけ。
顔は思い出せないけど…知らない、30代くらいの男がそこにいました。その男からはブレンドされた香水が香ってきました。」

少しも思い出したくないのに…話をしていくといま匂ってないはずの香水の香りがしてくるような気さえする。

「その男が俺の事知ってたみたいで…「巽くん」って呼ぶんです。知り合いみたいに。
多分CROWの息子ってことでメディアに取り上げられることはあったのでそれで知っていたんだと思います。
家に返してくださいって言っても聞いてくれなくて、その日は風呂も食事も与えられませんでした。
手枷もそのままで夜にはソファーで寝てしまってました。恐怖心はありましたけど当時子供でしたしたし眠気には勝てなくて。
次の日起きたら手枷は外されていました。
その日以降は食事も風呂も用意されました。服も。
男は在宅ワークだったらしくて日中部屋に引きこもってました。
日用品などの仕入れはほとんどCROWを使ってたみたいです。
一度…男の隙をついて玄関まで走って逃げようと試みました。でも監視カメラがあったみたいで直ぐにバレて引き戻されて…」

順を追って辿っていくと事細かに思い出されていく当時の記憶。
思い出されていたものよりも鮮明なその光景が蘇る。

「手をあげられることもなかったですし…しつこくその男に「家に返して欲しい」と訴えてました。
そしたら男が「まだ返すことは出来ないよ」って言うんです。
逃げることも出来ないし「まだ」って言ったのならそのうち返してくれるかもしれないとおもって逃げ出すことは諦めました」

でも…諦めたのが面白くなかったのか…

「帰りたいって言っても意味が無いのがわかったので次の日は何も言わずにただその男の家に居るだけでした。
そしたら…その日から…その男が俺の身体に触るようになってきたんです。
最初は服の上からで、ただ撫でるような触り方で
だんだん気持ち悪い触り方してくるようになって
連れ去られてから2週間くらい経った日には肌に直接触れるようになってきました。
気持ち悪いから触るなって抵抗すると…おしりの穴に指を這わせたり…いれることもあって…
男を刺激しないように何も言わないように我慢してました…」

それから…我慢を続けてたら…誕生日に…

「…ぁ…それ…から……た…たんじょ…っふっ……はっはっ……ごめ、ごめんなさっ…ぅ」

怖い

数ヶ月前に半田にこのことを話した時はこんなに心がザワつく事はなかったのに

あの男と会ったからだろうか

細かく話しているからだろうか

身体の震えが治まらない

涙が止まらなくて息苦しい

「巽くん?大丈夫ですか?」

名前を呼ばれた瞬間、あの男の姿がフラッシュバックして手を握ってくれているのは幼馴染みの2人だとわかっているのに振りほどきたくなった。

「ひっ…ぃやだ!はなし…離してっ…おねがいっいやっ!」
「巽…大丈夫だよ、よく見て」
「や…」
首を振っても手を離そうとしても彼らは握った手を離そうとはしない。



「怖い」「嫌だ」という巽を宥めるのに時間がかかった。
やっと落ち着いて愁弥に凭れる巽にお茶を飲ませて休憩させる。
「…林さん、"くん"付けで呼ぶのはご遠慮願います。
俺たちに初めて打ち明けてくれた時も屋敷を管理してる半田という者に話した時も冷静に話していたのですが…」
「…ごめん」
「謝る必要は無いだろう?しんどいなら話すの辞めよう」

本当は提案されたようにこれ以上話したくない。
けれど俺の他にも誘拐されて同じ思いをしなくちゃいけない子がいたとしたら?
少しでも助けてあげられるヒントになるのなら、自身は過ぎたことなのだから勇気をだして話す方がいいだろう。

「辛いけど…犯人が新たに誘拐した子に…そんな事してたら、可哀想でしょう?みたいに怖い思いするのはダメだよ。」

話さないと。

「はぁ……すみません、取り乱してしまって」
「いえ、辛いのにありがとうございます」
巽はお茶が入っていた空のコップを机に置くと困ったように眉を寄せ続きを話し始める。
2人はまた手を握ってくれた。

「えっと…それで、誕生日に…「プレゼントがある」と言って、俺はやっと帰れるのかと思ったんです。
でも違くて……レイプされました
その時のことは…怖くて痛くて…あんまり覚えてないけど…っ…
っぁ…つ、次の日にっ…も……されてっ……」

ここからは2人にも言わなかったことで。
話した事で態度が変わったらどうしよう。そう思うだけで怖い。

「…また、知らない男が2人来て…その2人にも…されました。
2人のうち1人が…犯人の名前を言ってたんですけど、思い出せなくて」

「…口挟んでごめんね、巽。俺たちはその話初めて聞くけど…いつ思い出したの?」
表情が険しい総一郎に問い詰められ言葉につまる。
「総、お前怖い顔してんぞ」
愁弥が指摘すると総一郎の顔が普段通りの顔に戻った。
「愁くんの誕生日なのに風邪ひいちゃった時…」
「結構前だな?なんで教えてくれなかったんだ?」
「だって…こわかっ…思い出して、それでっ…」
また泣き出す巽の背中を摩ってやる。
「あーわるいっ、怖いよな。話すのにも勇気いるし。大丈夫だから…な?」
「無神経だった、ごめん。言い出しにくい話だし仕方ないよね。話してくれてありがとう、巽」

口出しするのはどうかと林は思ったがあらかた話し終えたらしい巽に質問をする。

「巽く…黒川さん、当時保護を求めた時のことは覚えてますか?」

「覚えてます。俺、あの男がケーキを買いに行くって出ていった時に隙をついて…外に…でて…?」

あれ?なんだろう。なんか違う気がする。
だってあの時ケーキは食べさせられたはずだ。

そうだ

「ちがう…ぼくは…自力で逃げれたんじゃない……あの男に…「行っていいよ」って玄関開けてもらって…」

玄関を開けるあの男がニヤついてた…

「解放されて…全然知らないところだし…とりあえず走って…交番のライト見つけて……」

やっと解放されて…

あそこはどこだった?
一軒家だったはずだ
周りは静かな住宅街で

今まで1度も思い出すことがなかった記憶を引っ張り出したが振り返って見たはずの建物だけに靄がかかったようになって思い出すことが出来ない。

気持ち悪い。

「ごめ、吐きそう…」

吐き気を催しこれ以上は話せそうになくて離席した。



その日は「無理しなくていい」と林の計らいで解散することになり、巽のスマホを受け取った林は帰って行った。












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