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32 「震える手」

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逃げるためにはどうすればいいのかと考えているうちに少しの間眠ってしまっていた。
目を開けると変わらずあの部屋だったが、連れ去られ身動きが取れなかった時よりか痺れももう取れていて違和感はない。

心もだいぶ落ち着き、逃げるための算段を考えていく。

生活音が消えれば確実に犯人が移動のためにこの部屋に上がってくるだろう。
その時を狙って扉付近に潜み掴みかかれば或いは、と。

ここの部屋の様子も見られているかもしれないが他に方法が思いつかず、タイミングを見計らっているとチャイムがなる。

聞こえていた生活音が消えた少しあと、玄関を開けた音とともにドタドタと激しい音が聞こえた。
次いで忙しなく階段を駆け上がる音に恐怖しながらも先程考えた「扉の前で待ち構える」のを実行する。

ガチャッカチャッ
鍵と扉を開ける音が聞こえたのを確認して入ってこようとする犯人に飛びかかって床へ抑え込む。


「ッ!」
これでも一応護身術は習っている。
体が動けさえすれば取り押さえることも…
「…?あれ」

「…巽、愁弥だよ、それは」
「え」
「巽、無事でよかった」
愁弥はうつ伏せで下敷きになり巽に跨がれていたが余裕とばかりにくるっと身体を器用に回転させて巽と向き合い笑顔を向ける。

「巽、大丈夫だよ。犯人は捕まえたから」

「捕まえた…?」

「あぁ、だからもう安心しろ」

捕まえた。
本当に?夢じゃなくて?

警察私達が既に確保しましたよ、黒川さん。だから安心してください」

扉からまた1人現れる。それは林警部で、彼が来たことで本当に捕まえたのだと確信した。

「っっ…こわかっ…おれ、っっ…ぅ、も」

力が抜けて下敷きにしていた愁弥に抱き込まれる。
涙が止まらない。

「怖かったよな…」
「遅くなってごめんね」




ある程度巽の涙も引っ込んだところで、犯人の家から少し離れたパトカーに乗り込み病院へと連れていく。

道中の車内で話を聞かされた。


まだ巽が連れ去られて1日も経っていないそうだ。
今の時間を聞くと午後7時半。
だいたい12時間経過していた。
「…早く見つけてもらえて良かった」
そう零すと、恋人2人と運転してくれている林にも再三「何もされてないか?」と聞かれた。
何もされてない訳では無いが心配させたくなくて
「大丈夫」
と答えるが、心配そうに巽の顔を覗き込む恋人2人はさらに詰め寄ってきた。
2人の視線に耐えきれずキスされたことを話した。
「っ!あの野郎!もう一発殴ればよかった!」
「…他には何もされてない?」
「うん。…多分…」
「多分?」
「あ…、えっと…なんか弛緩剤?を打ち込まれたらしくて抵抗できなかったし、いつの間にか寝ちゃってたから。その間にもし………っは…ぅ」
「落ち着いて…。わかった、でもきっと大丈夫だよ。アイツを捕まえた時「まだ何もしてないのにっ」て言ってたから。病院でも詳しく調べられると思うけど、辛抱してね。俺たちはそばにいるつもりだけど、いいかな?」
「うん。一緒にいて欲しい」
3人は手を繋ぎ、病院へ着くまでずっと手を握っていた。


病院に着くと左隣に座っていた愁弥が先に降りてドアを開き先程まで握っていた手を再び差し出す。
「…震えてるぞ。歩けるか?」
「あ、ほんとだ」
他人事のように手をじっと見つめる巽に抱えていこうかと提案するが必要ないと拒んだ。

警察からの連絡を受けて出入口で出迎えてくれた警察病院の医師が愁弥の後ろから近づき車椅子を持ってきた。
「良ければお使いください」
「ありがとうございます。お借りします」

愁弥に抱えられて車のシートから車椅子へと移動する。

医師を先導に診察室へと恋人ふたりと入室した。
車の中で「何も無かったはずだ」と伝えたが、やはりまだ不安なのだろう。
車椅子を挟むように立っていた愁弥と総一郎の袖を巽が掴む。


診察では犯人に犯された形跡はないとの事で、3人は胸をなでおろした。
「とりあえず安心した」

「痛いところなどはありますか?」

「痛いところはないけど、ちょっと頭がぼーっとする」

「先程仰っていた筋弛緩剤の影響でしょうね。
会話もしっかりしていますが一応、他に薬物の投与がないかを検査しますので採血させてください」

医師は看護師を再び呼びつけて採血の準備を始めた。

「いくつか検査にかけるので結果は早くて3日後になりますので、その間は入院していてくださいね」

「分かりました、よろしくお願いします」

巽の代わりに総一郎が答えると愁弥はすかさず「電話をかけにいくからちょっとごめんな」と言って診察室を出ていった。
直ぐに戻ってきたので電話の相手は誰なのか尋ねると半田さんで、着替えの用意を頼んだらしい。


採血のために診察室にあるベッドへ横になって欲しいと言われ自力で移動しようとするが、体が思うように動かず愁弥の手を借りた。
ベッドへ横たわり、看護師が注射器を腕に宛てて血を吸い上げるのを巽は食い入るように見ていた。

「お疲れ様です。もうしばらくそのままで居てください。稀に貧血の症状が出たりしますので。
それと入院との事ですし寝てしまっても問題ないですからね」

採血してくれた看護師の指示に従い、ベッドへ体を預けたままに恋人2人の手を探すと察してくれた様で手を握られる。
「眠い…」
「俺たちがずっといるから、安心して寝な」
「ぅん…」
診察を受けて何も無かったとわかったからか脱力して、疲れと眠気が襲ってくるが抗えずそのまま夢の中へと沈んで行った。





















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