誰にも触れられたくないトコロ 【完結】

うなきのこ

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35 「執拗い気遣い」

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「社長、お加減はよろしいのですか?」
「ご回復なさったと聞いて安心致しました」

新年早々に体調不良として入院していたので出社すればすかさず気遣いの声が様々に飛び交う。
総一郎が「回復した」と社内メールを出したのだがそれでも社員らは本当に大丈夫なのかと心配してくるので、本人からも示した方がいいだろうと声を上げた。

「メールでも出したようにもう快復したから大丈夫だ。心配ありがとう。」

いつものように端正な出で立ちで出社する社長に皆が納得するが、そんな社長を未だ心配で仕方ないと言った目で見つめる秘書2人には周りにいた社員ですら心配性だなぁと相変わらずの光景に笑みが溢れるのだった。




ロビーを抜けてあらかた心配されきった後、社長室へ向かう巽を呼び止めたのは南波だった。

「おはよう」
「おはようございます。…あの、少しよろしいですか?」

巽が出社するのを待ち構えていたらしい南波は何か言いにくそうに口ごもっていた。
何かトラブルがあったのなら言い淀みなどしないだろう。
社長室はすぐ目の前だったのでそこで話を聞こうと招き入れる。
社長室に入れば防音だ。
同級生である南波へ口調を崩して話しやすいように促す。
「それで何かあった?」
「いや、トラブルじゃなくて。会社で話すことじゃないとは思ったんだけど、巽が心配でつい訪ねてしまって…ごめん。」

少し恥ずかしそうに話し出す南波に三人共に心が温まる。

「本当に出社しても大丈夫だったのか?ちょっと無理してるようにも見えたんだけど…」
「ん?まだ出社したばかりなのにそう見える?
全然無理してるわけじゃないんだけど…まぁ、心配されすぎて疲れてはいるよ」

ちらりと見遣った先にいた2人は気まずそうにしていた。

「そうか、大変ですね、どちらも。
こんなことでお時間取らせて申し訳ありませんでした。仕事に戻ります」

「心配してくれてありがとう」



南波がわざわざ訪ねてきたのも相まってか病み上がりと言う免罪符の元にほとんど仕事をさせて貰えなかった巽は若干の消化不良に苛まれた。

「ねぇ、なんで仕事させてくれないの?」

少し苛立った言い方で総一郎にそう尋ねれば首を横に振る。

「南波くんも言ってたように少し無理してるように見えるからだよ。巽は自覚無いかもしれないけどね」

「無理なんてしてないのに。」

巽は本気で無理していないと思っている。いや、実際無理などしていないのだが、強がった発言とも取れる応答をしたものだから勘違いされるのだ。

「来週からは今まで通りに交渉とか諸々の仕事入れてあるから数日は我慢してよ、巽。」

「…わかった。」

不貞腐れた顔をしながら素っ気なくこたえる。

退院したのは4日も前だ。
事件は解決して自身のトラウマも解消され、恋人たちに我慢させていた分を埋めようとこの4日間努めていると言うのにそれが裏目に出てしまう。
巽はどうやってこの2人に自分はもう大丈夫なのだと納得させるかを空いた時間で考えることにした。




「今日は今池さんに迎えをお願いしておいたから早めに切り上げるよ。それは明日でもいいから帰る準備して。」
「わかった」
少ない仕事もキリがいいところで終わらせ帰宅準備をする。

運転手として雇っているのは2人。事故の時に巽と鴻が乗っていた車を運転していたのが今池だ。
もう1人は事故で亡くなってしまったはざま利光としみつの一人息子の光紀こうき

シフトの相談は2人に任せて決定したものを申請してもらっているが休暇が被った時は愁弥か総一郎が代わりに運転するようにしていた。

そのシフトは勿論巽も確認しているが本当なら休みである筈の今池が迎えに来ていた。


総一郎が今池に頼み込んだのだ。

「巽はいつも通りに振る舞うだろうけど無理をさせたくないんです。早く帰らせるための言い訳に使わせてください」
と。

今池の妻は現在身籠っていて新年からはほとんど送りのみのシフトにしていた。


総一郎くんが雇い主という訳ではないが早く帰る理由を利用させてほしいと正直にお願いされたので承諾したのだった。
きっと一般的には「正直な話」というものは嫌われるでしょうが。

仕事を終えて乗り込んできた巽くんを見れば確かにいつも通りに見えるが少し俯いて疲れているように見受けられる。

「お疲れ様です」
ねぎらいの言葉を掛ければ巽くんは
「今池さんもね」
と苦笑を浮かべて返した。

(これはお二人の気遣いに気づいているんだろうな…)

今池は車を始動し正面玄関のロータリーから道路へ出て黒川邸を目指した。


ффф  ффф


黒川邸へ帰るといつものように玄関で半田が出迎える。
「おかえりなさい」
彼だけは巽の言葉を信じて今まで通りの対応をしてくれていた。
「ただいま、半田さん、さくら」
さくらにも声をかければにゃあと可愛らしく返事をする。
そのまま擦り寄ってきたので手を差し出し抱き上げた。
どうやらさくらはすっかり甘えたな猫に育ってしまったようで最近はまたベッドに潜り込んで一緒に寝ることが増えた。


せっかくトラウマを克服できたのだからさくらには寝室から出て行ってもらいたいのだが、部屋から追い出すと扉を引っ掻いたり大声で鳴いて部屋に入れて欲しいと猛アピールする始末。
半田さんが仕方なく迎えに来てくれるが、半田さんが自宅に帰ってしまう日は結局俺の部屋へ迎え入れるしかない。

「さくら、今日は半田さんの部屋で寝てよ?」
「…」
やはり言葉を理解している気がしてならない。
「半田さんの部屋で寝るって言わないと明日遊んであげれないな」
返事をしないさくらへ脅しを掛ければ先程とは打って変わって素早く
「にゃんっ」
と答えた。

そのやり取りを見ていた3人は笑っていた。

「では今日は私と一緒に寝ましょうか、さくら」
半田が声をかけると食事を終えてのんびりしていた巽の膝の上から飛び降り、半田の方へ駆け寄っていった。


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