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おまけ
合縁奇縁のコンサート 73
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vol.80 【再出発】
「ところで、何に似ているんですか?」
「……ん?」
「私の独り言を聞いた時、私の顔を見ながら言っていたでしょう?」
「? 私が?」
目の前の男に散々喚き散らして、八つ当たりして、口喧嘩した後。
先に立ち上がった男が、私に手を差し出しながら首を傾げた。
「覚えていないのですか?」
「いや、覚えてないっていうか、そもそも頭は上げてなかった筈だけど」
手を借りて立ち上がると、男が不思議そうに「え?」と目を瞬く。
ってことは、こいつが何か勘違いしてるってわけじゃないのか?
「……なんでもないと言いながら寝直していましたが、それも?」
「頭を上げてないのに、寝直すもなにもないだろ」
「…………⁇」
私が膝と裾の砂を払ってる間も、男は不可解だと言いたげに眉を寄せる。
唇に人差し指の側面を当てて思案する、その横顔をチラッと覗き見て。
私も、拾った帽子の影でアリアの唇を指先でなぞった。
まだ残ってる男の唇の柔らかな感触に、自然と微笑が浮かんでくる。
ごちゃごちゃでグチャグチャだった身中の炎は、全部綺麗に燃え尽きた。
依然として諦めとか空しさに近いものは感じるけど、空っぽとは違う。
温かくて、穏やかで……多分これが、満たされてるって感覚なんだろう。
実際には何も変わってないのに、感じる世界が変わった気がする。
黒い感情はもう、私の中のどこにもない。
「ま、あの時は内心ブチ切れてたし。それが視覚とかに影響したのかもな」
「たくさんの人に支えられながら、なによりも今は貴女と一緒に居られる。私にとってこれ以上の幸せはない、という意味だったんですけどね」
「普段から誤解されるような言動ばっかりしてたお前が悪い」
「すみません」
「そんなお前に懐柔された私も悪い。おかげで私は甘ったれになった」
「……もっと甘えてください、と言ったら?」
「ドン引き」
「残念です」
「手を繋いで歩くくらいなら、良いけど」
「ぜひ、お願いします」
帽子を被り直してから差し出した手を、嬉しそうな男が握り返す。
私から指先を絡めてみたら、一瞬の硬直を挟んで、絡み返された。
つば越しに互いの顔を覗き合って、静かに笑う。
「どうせお前のことだから~と思って、確認してなかったけどさ。最終的な目的地は、お前が預かってた教会、ってことで良いんだよな?」
「はい。ですが、行きたいところがあるなら、貴女を優先しますよ」
「私は後回しで良い。なんなら行かなくても良いし」
「気になりますね。どこへ行こうと思っていたのですか?」
「今からだと『空間』の力がなきゃ間に合わないし、入れない場所」
「大陸の外?」
「んーにゃ。アルスエルナ王国の外」
「国外ですか」
「興味があるなら、先を急がないとな」
「ごもっともです。馬車で待っているルグレットさんと、書蔵館東方支部でルグレットさんを待つステラさんの為にも、そろそろ下山しましょうか」
「だな。足元に気を付けろよ」
「はい。貴女も、お気を付けて」
どことなく色が薄くなってきた空を見上げ、道なき道を振り返る。
石床周りの瓦礫を二人で協力しながら乗り越え、十分程度下った森の中で待機していた馬車が見えるところまで戻ると、車体の真横で腕を組んで立つルグレットが、その足元に転がる何かを、呆れ気味な目で見下ろしていた。
「あれ、何を見てるんだ?」
「さあ……?」
馬車に近付くほど確かな輪郭を得ていく足元のそれは、どうやら人間だ。
ボサボサの金髪と、ボロボロの衣服や靴が目に付く、三人の小汚い男達。
川で体を洗う習慣もないのか、全身から悪臭を漂わせてる中年の男達は、背中合わせで足を伸ばして座り、一つにまとめて縛られ、気絶していた。
「…………もしかしなくても、そいつらに襲われた?」
「説明の必要性を感じない」
「あー……うん……。だよなあ……。私もそう思う」
気絶と拘束は、まあ分かる。錆びてはいるけど、刃物も転がってるし。
山賊にしろ浮浪者にしろ、ただの人間が悪魔に敵う筈もないからな。
しかし、男三人を一つに束ねる長いロープなんか、どこにあったんだ?
座席は四人分、御者台は二人で限界、屋根の上や荷台には何もなかった。
まさか、この三人を気絶させた後、居住地まで飛んで持ってきたとか……
は、さすがにないか。そんな面倒くさいことはしないだろ。
「……この人達はもしや、最初にロザリアを襲った男性達の仲間ですか?」
「さあな。もう何年も前の話だし、似たようなことは何度もあったからさ。クソ野郎共の顔なんざ、いちいち覚えてない」
「少し違う。この男達の記憶にあるのは、白金色の髪を持つ子供の情報だ」
「へ?」
ため息を吐きながら前髪を掻き上げたルグレットが、私を見て首を振る。
「女神アリア顕現の噂が、お前を襲った男達の耳にも入ったらしい」
「げ。それって、要するに」
「白金色の髪、薄い緑色の虹彩、白い肌、白い長衣を着た女がここに居たと一部界隈で話題になっているようだ。それを確認に来て、俺を見つけたと」
「う、っそだろ⁉︎ なんでそんな前の話をいつまでも覚えてんだよ⁉︎」
「廃墟から町中へ、空間を跳び越えて移動したことがマズかったようだな。今のところは与太話だと決めつける人間のほうが多そうだが、お前を助けて男達を取り押さえた町人の証言も、各地でそれなりに広まっている」
「なるほど。ロザリアを襲って捕らわれた男性は、空間を移動してしまった生き証人ですね。人間的にありえない体験など簡単に忘れないでしょうし」
「うええ? マジかあ~……」
「この連中は、宗教団体とは違う方向性で女神アリアの影を追っているな」
「違う方向性ですか?」
「アリアに似ている子供を捕らえて、宗教団体に売り払うつもりだ」
「「…………ろくでもない…………」」
万が一プリシラの耳に入ったら、この世の終わりを見るぞ、こいつら。
いや、もう入ってる。プリシラのことだから、絶対耳に入れてるわ。
哀れだな、ロクデナシ共。
「女神アリアがどうこう以前に、人身売買は禁止されているのですけどね」
「だから、保護に対する謝礼金か、裏取り引きで得る報奨金が狙いだ」
「「どっちにしても、ろくでもない……」」
「まったくだ。念の為に三人の記憶は操作しておいたが、目を覚まされたら面倒だ。お前達、用が済んだんならさっさと乗れ。行くぞ」
ルグレットが馬車の扉を開き、親指で車内を示した。
その足で馬のほうへ向かい、ふと、私に振り返る。
「なんだ?」
「いや……負けてみるのも悪くはなかったんじゃないかと、思っただけだ」
「ああ、あれか」
ここに着いた時のルグレットとのやり取りを思い出して、薄く笑った。
「生憎、負けてはいないぞ」
「そうなのか?」
「変わらないよ。私も、こいつも」
「はい?」
私の半歩後ろに立ってる男の胸を叩くと。
男は、意味がわからないって感じの声を出した。
顔は見えてないけど、きょとんとした顔で首を傾げてるに違いない。
こんな反応にも笑いが込み上げてきて、ふっと息が漏れた。
「ただ、向き直っただけだ」
「……そうか」
ルグレットは、私と男を見比べてから、興味なさげに背中を向けた。
興味ないっていうより、今度こそ呆れて物が言えなくなったのかもな。
手近な木に繋いでおいた馬を放して、御者台へと戻っていく。
「んじゃ、ちゃっちゃと行くか」
「あ、はい。お手をどうぞ」
「んー」
男の手を借りて、私が馬車に乗り込み。
後から男が乗り込んできて、向かい合わせに座った。
私が連絡用の小窓を叩くと車体が揺れ、車輪が回り始める。
何気なく扉に付いた窓の外を見れば、気絶した三人が遠ざかっていく。
男も私と同じものを見てたのか、ガラス越しに目が合った。
けど、顔の正面を男に向けてもまだ、男は窓の外を覗いてる。
「もしかしたら、ここはアリア信仰の所有地になるかもしれませんね」
「……私の捜索をさせない為に、プリシラが手を回すってか?」
「ええ。アリアの色彩を持つ子供の噂を確かめる名目で買い上げそうです」
「ありそー……。とっくに準備済みだったりしてな」
「開拓が絡まなければ、ありがたいことですけどね」
「その辺は母さんが止めると思うぞ。天上の神々と関係してるみたいだし」
「プリシラは人間離れしてはいますが、一応、人間には違いありませんし。人間にはどうしたって限界があります。政治的にも、金銭的にも」
「そん時はそん時だ。プリシラでどうにもならなきゃ、諦めるしかない」
「…………まったくもって、その通りですね」
「だろ?」
「はい」
意表を突かれたって顔になった男が、私を見て噴き出した。
私も、悪巧みしてるような顔で、ニヤッと笑ってやる。
「それにしても、私の噂か……。お前が預かってた教会があるあの下町でも話題になってるんかな? 顔見知りもそれなりに居たし」
「そうですね。私も貴女も突然消えた形になるので、多分。下町もですが、アリア村でも話題になっているかもしれません」
「アリア村、か。レネージュには悪いことをしたな」
「貴女達のせいではありません。人間の視点から見た場合、村を助けるにはグリークさんからの経済的支援が欠かせなかった。悪魔を祓えば良いという簡単な局面ではなかったのですから」
「まあな。だから私も、アリアを引き留めるしかなかったんだけど」
「……アリアは、悪魔を祓おうとしたんですか? それを貴女が止めた?」
「もっと他にやりようがあったんじゃないかと、今は思ってるよ」
あの頃は頭の中がグチャグチャで、うまく立ち回れなかったんだよな。
バカ親父が事あるごとに脅しかけてくるもんだから、余計に冷静な判断ができなかったってのもあるんだけど。
でもやっぱり、レネージュには本当に悪いことをしたと思う。
「できればアリア村も覗いてみたかったけど、あっちはダメだな。アリアが姿を見せちゃってるし、子供って案外鋭いからさ。私が顔を出したら、多分一発で見破られる。村に立ち寄るつもりなら、お前一人で入ってくれ」
「いえ、私もアリア村へ行くつもりはありません」
「へ? そうなの?」
「村は復興へ向けて再建中ですから。旅人の相手をする暇はないでしょう」
「再建中なら尚更、旅人は歓迎するもんじゃないの?」
「体力があって、お金を落とす旅人なら、歓迎されるかもしれませんね」
「あー…………そっか」
「はい」
そりゃ、いつ床に臥せるかわからない旅人なんか来られても迷惑だわな。
「じゃ、このまま教会のほうへ向かうのか?」
「ルグレットさんとは途中で別れますが、そうなりますね」
「ん。りょーかい」
「ただ、教会への道中では、いくつもの居住地に立ち寄りますよ」
「歩きになるんなら当然だろ。それとも、東区で観光って意味か?」
「観光だと思ってください。貴女と歩きたい道がたくさんあるので」
「へいへい。お前の気が済むまで、とことん付き合ってやるよ」
「はい。ありがとうございます、ロザリア」
正面に座ってる男が、金色の目を細めて嬉しそうに笑う。
私も、男の整った顔をまっすぐに見つめながら。
自分の胸に手を当てながら、笑い返した。
「ところで、何に似ているんですか?」
「……ん?」
「私の独り言を聞いた時、私の顔を見ながら言っていたでしょう?」
「? 私が?」
目の前の男に散々喚き散らして、八つ当たりして、口喧嘩した後。
先に立ち上がった男が、私に手を差し出しながら首を傾げた。
「覚えていないのですか?」
「いや、覚えてないっていうか、そもそも頭は上げてなかった筈だけど」
手を借りて立ち上がると、男が不思議そうに「え?」と目を瞬く。
ってことは、こいつが何か勘違いしてるってわけじゃないのか?
「……なんでもないと言いながら寝直していましたが、それも?」
「頭を上げてないのに、寝直すもなにもないだろ」
「…………⁇」
私が膝と裾の砂を払ってる間も、男は不可解だと言いたげに眉を寄せる。
唇に人差し指の側面を当てて思案する、その横顔をチラッと覗き見て。
私も、拾った帽子の影でアリアの唇を指先でなぞった。
まだ残ってる男の唇の柔らかな感触に、自然と微笑が浮かんでくる。
ごちゃごちゃでグチャグチャだった身中の炎は、全部綺麗に燃え尽きた。
依然として諦めとか空しさに近いものは感じるけど、空っぽとは違う。
温かくて、穏やかで……多分これが、満たされてるって感覚なんだろう。
実際には何も変わってないのに、感じる世界が変わった気がする。
黒い感情はもう、私の中のどこにもない。
「ま、あの時は内心ブチ切れてたし。それが視覚とかに影響したのかもな」
「たくさんの人に支えられながら、なによりも今は貴女と一緒に居られる。私にとってこれ以上の幸せはない、という意味だったんですけどね」
「普段から誤解されるような言動ばっかりしてたお前が悪い」
「すみません」
「そんなお前に懐柔された私も悪い。おかげで私は甘ったれになった」
「……もっと甘えてください、と言ったら?」
「ドン引き」
「残念です」
「手を繋いで歩くくらいなら、良いけど」
「ぜひ、お願いします」
帽子を被り直してから差し出した手を、嬉しそうな男が握り返す。
私から指先を絡めてみたら、一瞬の硬直を挟んで、絡み返された。
つば越しに互いの顔を覗き合って、静かに笑う。
「どうせお前のことだから~と思って、確認してなかったけどさ。最終的な目的地は、お前が預かってた教会、ってことで良いんだよな?」
「はい。ですが、行きたいところがあるなら、貴女を優先しますよ」
「私は後回しで良い。なんなら行かなくても良いし」
「気になりますね。どこへ行こうと思っていたのですか?」
「今からだと『空間』の力がなきゃ間に合わないし、入れない場所」
「大陸の外?」
「んーにゃ。アルスエルナ王国の外」
「国外ですか」
「興味があるなら、先を急がないとな」
「ごもっともです。馬車で待っているルグレットさんと、書蔵館東方支部でルグレットさんを待つステラさんの為にも、そろそろ下山しましょうか」
「だな。足元に気を付けろよ」
「はい。貴女も、お気を付けて」
どことなく色が薄くなってきた空を見上げ、道なき道を振り返る。
石床周りの瓦礫を二人で協力しながら乗り越え、十分程度下った森の中で待機していた馬車が見えるところまで戻ると、車体の真横で腕を組んで立つルグレットが、その足元に転がる何かを、呆れ気味な目で見下ろしていた。
「あれ、何を見てるんだ?」
「さあ……?」
馬車に近付くほど確かな輪郭を得ていく足元のそれは、どうやら人間だ。
ボサボサの金髪と、ボロボロの衣服や靴が目に付く、三人の小汚い男達。
川で体を洗う習慣もないのか、全身から悪臭を漂わせてる中年の男達は、背中合わせで足を伸ばして座り、一つにまとめて縛られ、気絶していた。
「…………もしかしなくても、そいつらに襲われた?」
「説明の必要性を感じない」
「あー……うん……。だよなあ……。私もそう思う」
気絶と拘束は、まあ分かる。錆びてはいるけど、刃物も転がってるし。
山賊にしろ浮浪者にしろ、ただの人間が悪魔に敵う筈もないからな。
しかし、男三人を一つに束ねる長いロープなんか、どこにあったんだ?
座席は四人分、御者台は二人で限界、屋根の上や荷台には何もなかった。
まさか、この三人を気絶させた後、居住地まで飛んで持ってきたとか……
は、さすがにないか。そんな面倒くさいことはしないだろ。
「……この人達はもしや、最初にロザリアを襲った男性達の仲間ですか?」
「さあな。もう何年も前の話だし、似たようなことは何度もあったからさ。クソ野郎共の顔なんざ、いちいち覚えてない」
「少し違う。この男達の記憶にあるのは、白金色の髪を持つ子供の情報だ」
「へ?」
ため息を吐きながら前髪を掻き上げたルグレットが、私を見て首を振る。
「女神アリア顕現の噂が、お前を襲った男達の耳にも入ったらしい」
「げ。それって、要するに」
「白金色の髪、薄い緑色の虹彩、白い肌、白い長衣を着た女がここに居たと一部界隈で話題になっているようだ。それを確認に来て、俺を見つけたと」
「う、っそだろ⁉︎ なんでそんな前の話をいつまでも覚えてんだよ⁉︎」
「廃墟から町中へ、空間を跳び越えて移動したことがマズかったようだな。今のところは与太話だと決めつける人間のほうが多そうだが、お前を助けて男達を取り押さえた町人の証言も、各地でそれなりに広まっている」
「なるほど。ロザリアを襲って捕らわれた男性は、空間を移動してしまった生き証人ですね。人間的にありえない体験など簡単に忘れないでしょうし」
「うええ? マジかあ~……」
「この連中は、宗教団体とは違う方向性で女神アリアの影を追っているな」
「違う方向性ですか?」
「アリアに似ている子供を捕らえて、宗教団体に売り払うつもりだ」
「「…………ろくでもない…………」」
万が一プリシラの耳に入ったら、この世の終わりを見るぞ、こいつら。
いや、もう入ってる。プリシラのことだから、絶対耳に入れてるわ。
哀れだな、ロクデナシ共。
「女神アリアがどうこう以前に、人身売買は禁止されているのですけどね」
「だから、保護に対する謝礼金か、裏取り引きで得る報奨金が狙いだ」
「「どっちにしても、ろくでもない……」」
「まったくだ。念の為に三人の記憶は操作しておいたが、目を覚まされたら面倒だ。お前達、用が済んだんならさっさと乗れ。行くぞ」
ルグレットが馬車の扉を開き、親指で車内を示した。
その足で馬のほうへ向かい、ふと、私に振り返る。
「なんだ?」
「いや……負けてみるのも悪くはなかったんじゃないかと、思っただけだ」
「ああ、あれか」
ここに着いた時のルグレットとのやり取りを思い出して、薄く笑った。
「生憎、負けてはいないぞ」
「そうなのか?」
「変わらないよ。私も、こいつも」
「はい?」
私の半歩後ろに立ってる男の胸を叩くと。
男は、意味がわからないって感じの声を出した。
顔は見えてないけど、きょとんとした顔で首を傾げてるに違いない。
こんな反応にも笑いが込み上げてきて、ふっと息が漏れた。
「ただ、向き直っただけだ」
「……そうか」
ルグレットは、私と男を見比べてから、興味なさげに背中を向けた。
興味ないっていうより、今度こそ呆れて物が言えなくなったのかもな。
手近な木に繋いでおいた馬を放して、御者台へと戻っていく。
「んじゃ、ちゃっちゃと行くか」
「あ、はい。お手をどうぞ」
「んー」
男の手を借りて、私が馬車に乗り込み。
後から男が乗り込んできて、向かい合わせに座った。
私が連絡用の小窓を叩くと車体が揺れ、車輪が回り始める。
何気なく扉に付いた窓の外を見れば、気絶した三人が遠ざかっていく。
男も私と同じものを見てたのか、ガラス越しに目が合った。
けど、顔の正面を男に向けてもまだ、男は窓の外を覗いてる。
「もしかしたら、ここはアリア信仰の所有地になるかもしれませんね」
「……私の捜索をさせない為に、プリシラが手を回すってか?」
「ええ。アリアの色彩を持つ子供の噂を確かめる名目で買い上げそうです」
「ありそー……。とっくに準備済みだったりしてな」
「開拓が絡まなければ、ありがたいことですけどね」
「その辺は母さんが止めると思うぞ。天上の神々と関係してるみたいだし」
「プリシラは人間離れしてはいますが、一応、人間には違いありませんし。人間にはどうしたって限界があります。政治的にも、金銭的にも」
「そん時はそん時だ。プリシラでどうにもならなきゃ、諦めるしかない」
「…………まったくもって、その通りですね」
「だろ?」
「はい」
意表を突かれたって顔になった男が、私を見て噴き出した。
私も、悪巧みしてるような顔で、ニヤッと笑ってやる。
「それにしても、私の噂か……。お前が預かってた教会があるあの下町でも話題になってるんかな? 顔見知りもそれなりに居たし」
「そうですね。私も貴女も突然消えた形になるので、多分。下町もですが、アリア村でも話題になっているかもしれません」
「アリア村、か。レネージュには悪いことをしたな」
「貴女達のせいではありません。人間の視点から見た場合、村を助けるにはグリークさんからの経済的支援が欠かせなかった。悪魔を祓えば良いという簡単な局面ではなかったのですから」
「まあな。だから私も、アリアを引き留めるしかなかったんだけど」
「……アリアは、悪魔を祓おうとしたんですか? それを貴女が止めた?」
「もっと他にやりようがあったんじゃないかと、今は思ってるよ」
あの頃は頭の中がグチャグチャで、うまく立ち回れなかったんだよな。
バカ親父が事あるごとに脅しかけてくるもんだから、余計に冷静な判断ができなかったってのもあるんだけど。
でもやっぱり、レネージュには本当に悪いことをしたと思う。
「できればアリア村も覗いてみたかったけど、あっちはダメだな。アリアが姿を見せちゃってるし、子供って案外鋭いからさ。私が顔を出したら、多分一発で見破られる。村に立ち寄るつもりなら、お前一人で入ってくれ」
「いえ、私もアリア村へ行くつもりはありません」
「へ? そうなの?」
「村は復興へ向けて再建中ですから。旅人の相手をする暇はないでしょう」
「再建中なら尚更、旅人は歓迎するもんじゃないの?」
「体力があって、お金を落とす旅人なら、歓迎されるかもしれませんね」
「あー…………そっか」
「はい」
そりゃ、いつ床に臥せるかわからない旅人なんか来られても迷惑だわな。
「じゃ、このまま教会のほうへ向かうのか?」
「ルグレットさんとは途中で別れますが、そうなりますね」
「ん。りょーかい」
「ただ、教会への道中では、いくつもの居住地に立ち寄りますよ」
「歩きになるんなら当然だろ。それとも、東区で観光って意味か?」
「観光だと思ってください。貴女と歩きたい道がたくさんあるので」
「へいへい。お前の気が済むまで、とことん付き合ってやるよ」
「はい。ありがとうございます、ロザリア」
正面に座ってる男が、金色の目を細めて嬉しそうに笑う。
私も、男の整った顔をまっすぐに見つめながら。
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