[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第二十話 特別じゃなかった二人

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 真っ黒な空。
 一面に散っている筈の小さな瞬き達を隠す、白い満月。
 ピンと張った冷たい空気を睨み、軍服姿の少女が「ふっ!」と息を吐いた。
 ヒュッと鳴る木剣。
 ガサッと鳴る低木。
「また、こんな時間に一人で練習してるんですか」
「……練習場に行くと、皆の迷惑になるから」
 枝葉の隙間から現れた、同じ軍服姿の男性には目もくれず。
 少女は再び木剣を丁寧に構えてから、ゆっくりと振り上げ。
「誰も迷惑だとは思っていませんよ?」
「でも、場違いだとは思ってる」
「それは、まあ……確かに」
 実際には居ない敵を前方に見据え、素早く振り下ろす。
「私をからかってる分だけ、皆が時間を無駄にしちゃうから。私も、関係ない事で延々と絡まれているより、一人で居たほうがちゃんとした訓練になるの」
「合理的な判断ですね。時間と場所さえ選んでいれば」
 深夜の城壁沿い。
 宿舎の消灯時間はとっくに過ぎていた。
 警備兵でもない、何らかの任務が与えられている訳でもない一介の兵士が、こっそり武器を振るっていて良い場所ではない。
 なんとも分かりやすい軍務規定違反だった。
「……点呼には応じておいたから、大丈夫」
「だと、思います?」
 同僚の兵士として。
 本日の見回りの役目を担っている取締係の兵士として。
 腕を組んで少女の真横に立ち、わざとらしく息を吐く男性。
「………………ごめんなさい。あと十回だけ」
「意外と聞き分けないですよね、貴女」
「弱いままは、駄目だから」
 やはり男性には目もくれず、木剣を構える少女。
 男性は、まっすぐ伸びた彼女の右腕を掴んだ。
「……なんですか?」
「力の入れ方が悪いんです。肩は楽にして」
 背後に回った男性が、少しだけ驚いて硬くなった少女の肩と腰に手を当てる。
「貴女の筋肉は、男性の物より遥かに柔軟です。男性のスタイルを真似しても意味は無い。剣士として男性である長所を無理に取り入れようとするのではなく、女性である欠点を強みに変えなさい」
「欠点を……強みに変える……」
 思いがけないアドバイスに首を傾げ。
 一呼吸置いて、男性が手を当てた部分から意識して力を抜く。
 男性が離れたところで再度構え直し、見えない敵を切り裂いた。
 楽に、素早く、無駄も無く。
 少女の前に居た半透明な影が、頭からスパッと左右に割れて溶けるように消える。
「なんとなく解った。ありがとう」
「…………天性の才、なのでしょうね」
「?」
「一度の指摘でこうも簡単に習得されると、感心するべきなのか、嫉妬するべきなのか、迷ってしまいます」
 驚いた後で苦笑う男性。
 少女はきょとんとして……小さく笑った。
「どんな人でも、きっかけや教えが無ければ学べないから。今は、貴方が教えてくれたから、私はまた一つ気付いて、知って、覚えられた。ありがとう、アーシュマーさん」
「どういたしまして」
 照れが混じる小さな笑み。
 柔らかくにじむ自信と信頼の微笑みが。
 男性の目には、とても兵士の物とは思えない、無垢な子供の無邪気で愛らしい笑顔に見えた。


「ベルゼーラの剣術?」
「はい。貴女はウェラントの剣術の他にも、異国の剣術を二つほど修得していますよね?」
「ああ。厳しい師匠に教わったからな……って、よく分かったな!? 結構アレンジしてるのに!」
「刃を交えれば大体分かりますよ。どこの国かまでは判りませんが、私の太刀筋と相性が良い物もあるようですし」
「ほほーう。それは良い事を聞いた。なら、次の昇格試験は私の勝利で飾れるな!」
「本気で言ってます? 万年二位の女騎士さん?」
「その屈辱的な呼び名も、もう少しで返上できるという訳だ。くっくっくっ……お前の悔しがる姿が楽しみだぞ、アーシュマー!」
「夢って、見ている間が一番幸せなんですよね……」
「うっさい! で、ベルゼーラの剣術がなんだって?」
「覚えてみませんか? 私の場合は、ちょっと特殊な型なんですけど」
「ん。教えて!」
「即答ですか」
「お前の弱点を探る良い機会になりそうだからな! って下心も、当然あるんだけど……とりあえずさ。自分がやれそうな事は全部、一通りやっておきたいんだよ。それが主人を護る為の力を得ることに繋がるんなら、なおさらだ」
 王城勤めの騎士に昇格してから、少女は度々『主人』という言葉を口にするようになった。
 か弱いお嬢様そのものな容姿でオドオドしていた新米の少女兵士は、たった数年の間で見違えるほど強くたくましく、気高く美しい女性騎士となり。
 誇らしげに胸を張って、後宮がある方角を見つめては姿勢を正す。
 隣に立つ『男』の存在など、まるで意識していない。
 彼女が許容しているのは『騎士である男性』だけなのだと、態度に表れている。
「……貴女の騎士になれたら良かったのに……」
 もしくは、彼女の『主人』が自分だったら良かったのに……、と。
 そんな事を考えている自分を、男性は心の中でひっそり嘲笑った。
 後宮に住んでいるらしい彼女の『主人』候補が。
 何年経っても彼女の気持ちを捕らえて離さない、その立ち位置が。
 ちょっとだけ、うらやましかった。
 そして。
 たった数回の稽古と指摘で、ベルゼーラ王家の剣術を完璧に修得してしまった彼女を。
 ちょっとだけ、化け物かも知れないと思った。

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