[R18]黄色の花の物語

梅見月ふたよ

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第四十話 忘れえぬ日々 ⅩⅩⅧ

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 実技試験で試されているのは『騎士としての戦闘力』だ。
 それは同時に、『騎士とは何か』と問われていることを意味する。

 心得を示す試験の場で、刃物類……武器の使用を禁止されていて、しかも動こうにも動けずにいる、援護も期待できない状態の相手に対し、多対一で攻撃を加えてしまった『後着惨敗組』の攻め手十二人の姿勢は、果たして、『騎士として』称賛に値するものだろうか。

 答えは、断じて『否』。

 『ウェラント王国の騎士』は本来、主人と掲げる者の意志を反映して動く剣であり、主人と、ウェラント王国の法制と、そこに籍を置く民を守る盾。
 つまり、騎士の本分は『守護』。
 騎士とは、騎士団の紋章が表している通り『守護者』だ。
 決して、暴力を用いる制圧者でも、略奪者でもない。

 端から見て強盗か盗賊かと思われても仕方がない攻め方を選んでしまった『後着惨敗組』の十二人は、間違いなく減点される。
 それは『四十九番』が言った通り、ルールを守れなかった……この場においては自覚が足りていなかった、彼ら自身の落ち度だろう。

 しかし。
 彼らにそうさせてしまったのは、オーリィードとアーシュマーだ。

 オーリィードは、ラークスとの会話から自分以外のほとんどが実技試験の競技を『模擬戦争』だと勘違いしている事実に気付いていた。
 だからこそ、『先着三十位組』の構成員達が勘違いしたまま徒党を組んで『後着惨敗組』の陣に攻め込んだり、『後着惨敗組』から来るであろう攻め手達を集団で迎撃しないように、侵入防止の壁役に配置して身動きを封じ、オーリィードが『四十九番』との交渉に出向く間だけでもと、双方の団体に観察と考察の時間を稼いだ。

 相手の団体より一頭でも多くの馬を放さなければいけないのに、どうして攻め手が一人だけなのか? と。

 そこからどんな思考を辿っても良い。
 ただ、自分達が何者で、今は何をしているのか、に思い至ってくれれば、どちらの団体も減点は避けられる筈だった。

 日頃からオーリィードの不正を疑い、嫌悪するくらい、ウェラント王国の騎士である自分自身を誇りに思っている彼らだから。
 騎士ならばどう動くべきか、誰に指示されずとも察する頭は持っている。

 だが、『先着三十位組』も、『後着惨敗組』の攻め手十二人も、混乱から立ち直る前に、アーシュマーの言葉で防衛線が薄いと気付いてしまった。
 戦場に居るつもりの彼らが、薄い壁を突破する為に集中攻撃を選ぶのは、至極当然の流れだ。

 敵も味方も入り乱れて命を奪い合う戦場では、任務達成こそ騎士の役目。
 任務達成という使命を守り、果たす為になら、手段は選んでいられない。
 時間が制限されていれば、なおのこと。

 これが『模擬戦争』なら、彼ら『後着惨敗組』は減点などされなかった。
 彼らの判断こそが真っ当で、正しかったのだ。

 ここが本当に、戦場であったなら。
 『先着三十位組』は防衛線を突破され、『後着惨敗組』はオーリィードとルナエラに自陣を押さえられ、どちらの組も為す術が無いまま愛馬を失い、全滅していた。



 トルードに何度蹴散らされても、めげずに防衛線を攻め続ける十二人。
 そんな姿を複雑な思いで見つめるオーリィードの足下で、『四十九番』がやれやれと両肩を持ち上げた。

「とはいえ、先にやらかしちゃったのはボク達『後着惨敗組』なんだよね。最初のレース二本で遅れをとったからって、試験官達に『こっちの構成員は全員が全員、力押しのバカだ』とか思われたら嫌だなあ」
「…………貴方の場合、まだ参戦していないとみなされているのでは?」
「そうだね。レースで最下位になったボクは、まだ休憩中だと思われてた。だからキミと接触したボクがどう動くかって、公私共にすごく重要なんだ。本職的にはあんまり目立ちたくないんだけど、騎士の一人としては、適度に良好な印象を残しておかなきゃいけないし。レースの結果は不本意だけど、最下位になったことで却って助かっちゃったよ。キミ達二人のおかげだね」

 「ね、オーリお姉ちゃん」と呼び掛けられたオーリィードが、「はい」と答えて『四十九番』を見下ろす。
 『四十九番』は、可愛らしい少年の笑顔で、オーリィードを見上げた。

「仲間思いなお兄ちゃんとオーリお姉ちゃんの優しさと勇気と素直な心根に敬意と敬愛を表して、ボクが実験体になってあげる」
「え?」
「ここから北西の位置に立ってる女性試験官を、気付かれないようによ~く見てて。彼女はボクの評価を担当してる。ボクと彼女の動きを見比べれば、判断材料を増やせるでしょう?」
「! それは」
「うん。騎士の精神に基づいて、誠意には誠意を。でも、ボクが応じるのは『後着惨敗組』の愛馬を三頭放すところまで。そこからは敵同士だからね。どう転んでも、お互いに恨みっこなし! ってことで。ね?」
「はい……っ、ありがとうございます!」

 話が通じた。
 ようやく団体戦の舞台が整うと微笑んだオーリィードに、『四十九番』が堪え切れないといった感じで噴き出した。

「あははっ! もう、ほんと……オーリお姉ちゃんってば、無防備すぎ」
「え?」
「天然って感じじゃないから、根本で歪められてるんだろうけど。これじゃ周りは大変そう。ボク的にはそこが良いんだけどね」
「?」

 肩を揺らして笑う『四十九番』。
 オーリィードは意味が分からず、首を傾げる。

「良いの良いの、気にしないで。正直で素直なキミが尊いってだけだから。じゃ、ボクは行くよ。そろそろもう一人が気付いても良い頃合いだろうし、急がなきゃ。順番とタイミングがズレたら大惨事だもん」

 主に、『後着惨敗組』の攻め手達が。

 そう言ってようやく、『四十九番』がカップランから左手を離した。
 握り込んでいた金具とロープを地面に落とさないよう木柵に巻き付けて、愛馬と一緒に一馬身と二、三歩分後ろへ下がり、馬首を東へ向ける。

 その様子を、北西の位置に立っている女性試験官の反応と併せて見ていたオーリィードが、「あ。」と間抜けな声を出した。

「? どうかした?」
「懸念していたところ以外で、自分が失敗していました」
「あらら。ん~……このタイミングで気付いたんなら、もしかして、馬?」
「はい。自分は端に居たからと、油断してしまったようです」
「油断っていうか、焦ってたんじゃない? 移動距離が長くて合わせるのは大変だし、内向的なキミには不向きな『四十九番』との交渉もあったから」
「ぅぐ……っ」
「まあでも、自力で失敗に気付けて、それが失敗だったと認められるなら、良かったね。キミにはまだまだ伸びしろがあるって証だ」
「え」

 図星を指されて落ち込んだオーリィードが、続いた言葉に意表を突かれ、思わず顔を跳ね上げる。
 愛馬のたてがみを優しく撫でてから騎乗した『四十九番』は、十四歳には見えない、成熟した穏やかさで微笑んでいた。

「失敗を失敗と認めないのはね、自分を一段上げてくれるせっかくの栄養と好機を、自分の意思で廃棄してるってこと。たとえ幸運に見初められて先へ進めたとしても、自分の力で立てない未熟者に、世界は容赦なく牙を剥く。根性と意地だけでやっていけるほど甘い場所なんて、どこにも無いからね。そういう人間は、乗ってるつもりの波に流されて、早々に消えていくんだ」

 でも、キミはそうじゃないみたいだね。

 と、手綱を握る『四十九番』の左手が、南東の方角を指し示す。
 その先には、遠くてはっきりとは見えないながら、猛烈な勢いで疾走する人影のようなものがあった。

 きっと、騎馬競争で二位を取った『十三番』だ。
 馬を挟んでオーリィードの隣に居た彼になら、オーリィードとラークスの会話が聴こえていた筈。
 聴こえていたのなら、オーリィードがしていた事の意味も理解できる。
 そう信じて託したものが、繋がろうとしている。
 
「届くよ」

 感動めいた喜びと安堵を噛み締めるオーリィードに、『四十九番』が殊更優しい声を掛けた。

「キミが自分自身を怠らなければ、いつかは届く。キミが帰りたい未来に」
「自分が帰りたい、未来……」

 オーリィードが望む未来。
 そんなものは、後にも先にも一つしかない。

 サーラの許へ、帰る。
 サーラを護る騎士として。

「…………はい!」

 いつか、必ず。
 自分の力で。

 そう力強く頷き、手綱を離して、上司への礼を執るオーリィード。
 『四十九番』は、「ボクは一隊員だから、人前で上司扱いしないでね~」と、手綱と脚で馬首を南へ向け直し、笑いながら走り去っていった。

 慌てて手綱を握り直したオーリィードの視界の片隅には、『四十九番』を見据えつつバインダーを胸に抱えたまま微動だにしていない女性試験官が、しっかりと映り込んでいる。
 先に愛馬を放したオーリィードとの交渉が、評価にどう関わっているのかまでは判らないが。
 少なくとも、愛馬を放したことで『四十九番』が減点される気配は無い。

 その事実にも安心して息を吐いたオーリィードは、式礼台の周りに重点を置いてうろついているアーシュマーとトルードに目を移した。

 『十三番』らしき人影が『先着三十位組』の木柵に向かって走っていった今、アーシュマーが送ってくる合図とオーリィードが動き出すタイミングが非常に重要だ。
 少しでも読み間違えたら、ヘタをすると、『後着惨敗組』の攻め手の中で怪我人や死人が続出してしまう。
 オーリィードと『十三番』も、おそらく無事ではいられない。

 もしかしたら、『四十九番』も……

「…………いや、師匠が大怪我をするとは思えないな」

 この後の展開を頭の中で思い描き、首を振る。

 騎馬競争で最下位となった『四十九番』には、オーリィード達ほど周りを観察する時間も、各団体の動向を推し量る余裕も無かった筈。
 にも拘わらず、『四十九番』はオーリィードが騎馬競争の後で組み立てた作戦を、怖いくらい的確に見抜いていた。
 オーリィードが口にしなかった『四十九番』への要望も、言われるまでもないとばかりに察して、受け入れた。

 そんな優れた情報収集能力と分析力を持っている『四十九番』が、事故を起こすとは考えにくい。
 『四十九番』の動きに関しては、『四十九番』本人と司令塔の役目を担うアーシュマーに任せておけば良いとして。

 オーリィードはオーリィードで全神経を尖らせ、グラウンド全体の流れに目を光らせる。

 そして。

 グラウンドの北端に戻ったアーシュマーが左腕を高々と上げて振り回し、やや間を置いた後、トルードで『後着惨敗組』の攻め手を蹴散らしながら、比較的ゆっくりと南下。
 防衛線の中間に差し掛かった辺りで速度を上げ、やはり頭上に高く掲げた右腕で、空中に大きな円を描いた。

 左腕は『十三番』への。
 右腕はオーリィードへの合図だ。

 オーリィードは、『四十九番』の位置と北上中の九人を横目で確認して、適切な姿勢を執り。

「よし! 仲間を迎えに行くぞ、ルナエラ!」

 ルナエラに発進の指示を出した。


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