色物語。

木曽ふも乃

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群青スイート

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朝目覚める。朝日の眩しさで。

こんな日はとても憂鬱。
でも、自分の中で決めたルールだから守る。
雨の日以外はちゃんと登校する。

「おはよう、お母さん」

普段はしない挨拶をして、心機一転。
とはならないけど、今日はなんだか気分が良かった。水曜日だからかな。

「いってきます」

傘立てに手が伸びたけど、ぐっと自分を抑えて玄関を出た。




朝の気分の良さは、学校に近づくにつれて萎んでいった。
教室のドアを開ける時には、呼吸が出来ないほどだった。

__落ち着いて。今日は晴れてる。

ゆっくり一歩ずつ踏み出した。
教室中がしんと静まる。
そして、ひそひそ話し始めるのだ。

「雨女今日は来たねー」
「晴れてるからね、今日」
「雨女来たから雨降んねーな」

口々に雨女と連呼する。好夏のあだ名だ。
雨の日に来ないから雨女だったのだが、いつのまにか 好夏が来ないから雨、という認識になっていた。
教室ここでは静かに過ごすのが一番平和なのだ。
何を言われても何をされても、静かに過ごす。

そうすれば、そのうち向こうも飽きてしまう。
そうすれば、気付いたら時間が過ぎている。


1人で昼食。お弁当の中はケーキ。
甘い紅茶を飲みながら静かに食べる。

もう、青色スイーツに帰りたい。
糖分を摂取したい。
足りない。糖分が、甘いものが、幸せが。

「好夏さん?だよね」

透き通った聞きやすい声で、好夏の名前を呼ぶ。
雨女ではなく、好夏と。

「好夏…です」

声の主は、好夏の知らない人。
ふわふわしている寝癖を立たせている可愛い人。
全体的にふわふわした雰囲気の男の子。

「これ、どうぞ!」

手に持っているお弁当箱から、タコさんウィンナーを一つ、差し出す。
戸惑いながらも、それを口に含む好夏。

「おいしい?」
「塩の味がする」

当たり前だよ、と男の子は笑った。
目が細くなって笑窪が出来た。

「ケーキはおいしい?」
「とっても幸せの味がする」
「幸せじゃなくて?」
「幸せ

そっか、と男の子はもう一度笑った。
好夏は笑われるのが大嫌いだけど、この男の子の笑い方が嫌いじゃなかった。

「じゃあ、明日は幸せの味を持ってくる!」

だからさ、と男の子は声を低くした。

「明日も学校に来て」






朝目覚める。じめじめした空気で。

雨が降っていた。しとしと、じめじめ。
登校するか、とても悩んだ。雨だけど。
昨日の名前も知らない男の子と約束してしまった。
けど、雨なのに教室に入る勇気がない。
窓の外を眺めるだけで、学校には行きたくない。

いつもはそのままの長くて黒い自分の髪の毛を高い位置で結んだ。
いつもはかけている眼鏡を取った。
いつもは下を向いているけど、今日は上を向いた。




ガラガラ、と建付けの悪いドアが開く。
先に教室にいる騒がしい集団が、一気にこちらを見た。
視線が冷たくて、痛い。

「誰あの子」

誰かが好夏を見て呟いた。
好夏は、一瞬固まってすぐに答えた。

「あめ…おんな」

小さな声で言ったけど、クラスメイトは驚いた。

「雨女?まじ?」
「イメチェンしたのー?」
「え、可愛くない?」

口々に好夏のことを話し出す。
でも、みんなの顔は笑顔だった。

「てか、今日雨じゃん」

誰かが ぽつりと一言落とした。





昼休みになり、昨日の男の子を待っていた。
少しだけ貴方のおかげで変わったのだと伝えたかった。

お弁当箱を開けて、朝自分で作ったご飯を見つめる。
ケーキではなく、ちゃんとしたお弁当。

「こなっちゃーん、ご飯食べよー」

好夏の悪口を言っていたはずの騒がしい集団が、好夏の周りの席に集まる。
戸惑いながらも、はい、と答える。

その後も男の子は来なかった。




次の日も、雨の日も、晴れの日も、寒い日も、暑い日も、男の子は来なかった。
好夏は待ち続けた。

「こなっちゃんは、昼休みになると乙女の顔になるよねー」

すっかり友達となった集団と、お弁当を食べる。

「いつか聞こうかと思ってたんだけど」

と、あの時の男の子の特徴を話す。

「知らないかな?男の子」
「そんな人いないよ」
「てか、いつの話よ?」

驚いた。
誰も、男の子のことを知らなかった。






いつまでも、男の子は来なかった。

じめじめとした雨の卒業式も。

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