プラスチックの帰る場所

スギナ

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プラスチックの帰る場所

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これは、プラナという一匹のウミガメの、生まれてからの物語の、ほんの一部です。


プラナが生まれたのは、夏真っ盛りの頃、激しい台風が過ぎ去ろうとする、曇りと晴れの境のときでした。

彼女が卵からかえったとき、空一面を覆った雲の割れ目からかすかに日が差し始めました。

その光の筋に照らされて、砂浜と海との境近くに、大きくて痩せた海亀が一匹、静かに横たわっているのが見えました。

母でした。


その少し離れたところでは、まだ幼い人間の少女が、ペットボトルの蓋を閉め、祈るようにそれを海に流しました。中には、薄汚れた紙が、幾重(いくえ)にも折りたたまれて入っています。


「何してるの?」

少女に向けて発したそれが、プラナが生まれて初めて口にした言葉でした。

「…手紙をね、流してるの」

プラナの姿を見て、ほんの少し、目をまあるくした少女が続けました。

「海の向こうに、病気のお母さんがいるから。でもわたしは、遠くてそこには行けないから」

それから、少女は目を閉じて、胸の前で両手をギュッと握り合わせました。

すると小さな蚊が一匹、目の前を横切っていきました。

静けさを、波の音が包みました。

それから、波がそっとボトルを運んで、小さなボトルは水平線へと消えてゆきました。



気づけば潮は満ち始め、少し離れたところにいる海亀の母の体の端に、海水が少し届くようになっていました。

満月の月の明かりが、痩せ細った母亀の体を照らしました。

潮が完全に満ちようとするとき、月の光がいっそう明るく海亀を映し出しました。

その瞬間、海亀の母の体は透明になり、その中で、無数の小さなガラスの破片のようなものが、チラチラと輝いて見えました。

そうして静かに海の波が、その海亀の体を運んでゆきました。


それが、プラナが見た母亀の最後の姿でした。


その後、ゆっくり死を悼んでいる暇はありませんでした。

自分が生きることで精いっぱいだったからです。

生まれてからしばらくは、大きな魚に食べられないよう、故郷の海の沖合に一生懸命とどまり続けました。 

そのうちに、少しずつ体が大きくなると、より大きな食べ物を求めて、広い海へと旅立っていきました。


(中略)


久しぶりに帰ってきた故郷の海は、少し様子が変わっていました。


日の傾きかけた頃だったので、海の上には西日が落ち、海全体が淡いオレンジ色に染まっていました。

そのオレンジのなかにたくさん、光るガラスの破片のようなものが見えました。

どこかで見た景色だな、と思いました。

それは、プラナが生まれたとき死んでいった、あの母亀の最後の姿とそっくりだったのです。

ただ、そのとき光っていたのは、母の体のなかだけでなく、それよりずっと大きな、海全体なのでした。


あのときの少女はもうすっかり大人になっていましたが、当時と変わらず、祈りを込めてペットボトルを流していました。



気づけば隣に、痩せ細った亀がいました。

それが一瞬、死んだ母の姿に重なりました。

プラナは思わず隣の亀に、こう聞いていました。


「あれは何?どうして光ってるの?」

「光ってるのは、人間が捨てたプラスチックのカケラたちさ」

「プラスチック…」

考え込む様子のプラナに、イトと名のつく隣の亀は、畳みかけるようにこう続けました。

「私はこの光が、どうしても好きになれない。これまでこの光る粒をたくさん飲み込んだせいで、私の体はすっかり弱ってしまった。このいのちも、たぶんもう長くはないだろう。

細かくなる前のビニール袋とかを、飲み込んで死んでいった仲間もたくさん見てきた…」

そう言うとイトは、少し苦しそうに咳き込み出しました。その細い背に、プラナはそっと手を添えました。


「さっき卵を産んだ」

イトが、絞り出すような声で言いました。そして、こう続けました。

「せめてあの子たちは、私と同じようにならなきゃいいけど…」


見ての通り、海はプラスチックで溢れかえっています。だから、イトの子どもたちが、みんなその影響を受けずに生きていけるとは、とても言い切れそうにありません。

それでも産むっていうのは、いったいどういうことなんだろう、とプラナは思いました。どんな思いで、イトは卵を産んだんだろう、と。

(母もおんなじだ…)

そんなことを考えているうちに、隣のイトは静かに息を引き取りました。


母との死別のときとは違い、じっと静かに、その死を見つめていると、

「わたしのせいだ…」

隣から、あのかつての少女の声がしました。名を、センといいます。どうやら今のイトの話を、途中から聞いていたようです。

「知らなかったの、本当に。でも知らなかったじゃ、すまされないよね」

そんなことを言いながら、ポロポロと涙を流していました。

「でも、あなたが流したペットボトルは、全部ちゃんと海の向こう側に、届いてるかも…」

言いかけて、プラナは口をつぐみました。代わりに、一緒になって泣きながら、海をじっと見つめました。


気づけば辺りは暗くなっており、小さなイトの死を弔うように、三日月に照らされた銀のススキが、サワサワ、と揺れました。すると、そのススキの陰から一斉に、銀色の目をしたトンボたちがふうわり飛び立ち、星空へと舞っていきました。


その星空が照らす海は、相変わらずキレイでした。たくさんのプラスチックのかけらたちが、キラキラと輝いて見えました。

でも同時に、少し寂しそうにもうつりました。


「あなたたちは、これからどこへいくの」

行き場のない小さな光る粒たちに、プラナは思わずそう尋ねてみましたが、返事はなく、ただ波の音が聞こえるだけでした。

(全部わたしが、飲み込んでしまえたらいいのに…)

そんなことを思いながら、その晩は、いつまでもいつまでも、プラスチックの海を眺めていました。



夜が明けるとプラナは、何も言わずに、海のなかのゴミというゴミを集め始めました。

それからは、食事をするのも忘れ、自分が他の魚に食べられてしまうかもしれないことも忘れ、我を忘れて、ただただゴミ集めに没頭する毎日でした。

気づけば周りのウミガメたちも、次から次へとプラナに習って、プラスチック集めを始めていました。


田植えの季節になった頃、プラナはプラスチック集めをやめ、集めたたくさんのプラを使って、イカダを作り始めました。そこには、大きいプラスチックから小さいものまで、あらゆるものを組み入れました。


板にしにくい小さなカケラは、繋げてネックレスにしました。

それを、ウミガメみんなでつけました。みんな嬉しそうでした。

そのときプラナは、かつて海のプラスチックたちが、行き場もなくてかわいそうだと思ったことを、少し恥ずかしく思いました。


冬の間みんなでずっと集めても、海のプラスチックはなくなりはしませんでした。それでも、海で光るプラスチックは、もう寂しそうには見えませんでした。



プラナはセンにも、そのネックレスをプレゼントしました。

そして、イカダも渡しました。


初めてプラナに会ったときのように、目を少しまるくしたセンは、後から後から涙がこぼれ、はじめ言葉が出ませんでしたが、

「ありがとう、ほんとに、ありがとう」

それだけ言って、海を渡っていきました。



それを見届けると、プラナは自分がいっきに老けたような感じがしました。

海じゅうのプラスチックを集めるとき、自身もたくさん飲み込んだからでしょうか、体はもうずいぶん弱っていました。



プラナが生まれたのと同じ、夏の盛りの頃でした。お日さまは力強く、その光を海へと注いでいました。


プラナは何かに突き動かされるように浜に上がると、すぐに卵を産み出しました。

そのときプラナはフッと以前自分が、イトや母が、どうして新しいいのちを産むことを選んだのか、疑問に思ったことを、懐かしく思い出しました。

でもすぐに、目の前の産卵に戻りました。

弱りきった体には、今にも引き裂かれそうな痛みがありました。でもそれが、心地よくさえ感じました。その痛みよりずっと大きな、いのちを感じました。

そのとき、プラナは自分が、深く深く母と繋がったような気がしました。

同時に、広い海を、そこに浮かぶプラゴミごと、抱きしめているような、抱きしめられているような、そんな何ともいえない生暖かい感覚に包まれました。



プラナたちが作ったプラスチックのイカダは、その後も、たくさんの人や生き物たちを海を越えて運び続けているそうです。

そんな海に、今日も、日が月が、その光を落としています。







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