素っ頓狂旅行

木緒竜胆

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素っ頓狂的旅行方法

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 空想は次第に私の夢から外れ、現実が私の意識を乗っ取った。
 鉛のように重い瞼を上げると、目にまず目に入るのは一人の少女。
 彼女はベッドの上に散らばった絹のようにたおやかな月色の髪を触りながら、私と向かいあっていた。
 ベッドに髪が触れていることから、彼女も私と一緒のベッドで横になっているのだと理解する。
「おはよう」
 ニヤニヤとした笑顔を浮かべながら、彼女はそう言った。
「……おはようございます、鑑先輩」
 私はしばらく間を置き、少女に挨拶を返した。
 彼女の名前は鏡鑑。私の一年歳上で、同じ高校に通っていた、私が最も尊敬する先輩だ。そして、私の恋人でもある。
「久しぶりだね。まさか君にまた会えるとは思わなかったよ」
 鑑先輩は、昔を懐かしむように目を細めながら息を吐いた。
「私もですよ。全く、あなたが自殺したからご無沙汰ですよ。反省してくださいね」
「まあ、そんなことよりだ。どうやって私に会いに来たんだい?」
 鑑先輩は私をジロリと睨みながら、そう訊ねてきた。
 しかし、生憎と私はその問いに対する答えを持ち合わせていない。そもそも、私は彼女に会いに来たわけではなく、目が覚めたら鑑先輩が目の前にいたのだ。私だって混乱しているし、同じことを彼女に訊ねたい。
 しばらく私たちの間を静寂が支配する。すると突然、辺り一体を光が包み込んだ。
 私は思わず目を閉じてしまう。少し時間が経ち、目を開けると、私と鑑先輩は向かい合って立っていた。
 私は今この世界に違和感を覚える。
 立っているという感覚がない、私たちがいる空間は何もない真っ白な空間、私たちは白の上に立っている。
 おそらく、私が今いるのは夢の中なのだろう。
 そう思い勝手に納得していると、鑑先輩はおもむろに腰を下ろした。
 そして聞き取れないほどにノイズに侵された言葉を残すと、私の前から消えてしまった。
 驚きのあまり瞬きをすると、次に私がいたのは自分の部屋だった。床には大量の注射器が転がっていて、私が旅行をしていたのだと理解する。
 私は鑑先輩が亡くなってから、しばしば旅行を行うようになった。
 旅行先は夢の世界で、睡眠をとるより楽に夢の世界へと辿り着けるため、私は大量の薬を使用している。
 夢の世界では不思議と精神が安定し、鑑先輩がいないという虚無感から逃避できるので、ここ最近はそちらの世界へ入り浸っている。
 しかし、ここ数日は薬を用いなくても、ふとした瞬間に夢の世界にいることがある。
 今も姿は見えないが、鑑先輩の声が聞こえてくる。
 「好きだよ、愛してる、次はどこに行く、あれが欲しい」
 鑑先輩の声を聞くたびに今いる世界が歪んでいき、夢の世界へと行かなければという強い義務感に駆られる。
 私は歪む世界の中からタンスを見つけ出し、中を開けると、新しい注射器を取り出した。
 すぐに使えるように、薬をもう入れてある。
 私はもう言葉を発することができない口から音を出すと、注射器とキスをした。
 そうして、私はまた堕ちていく。
 それは空想か妄想か、はたまた幻想か。常識が一切通用しない私だけの世界、私の楽園へ。
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