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第一章:監禁されるは生徒会

第三話:ただの自己紹介

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 人間は印象で語る生き物だ。
 あの男は絶対に罪を犯すと思っていた。あの女は友人の彼氏に手を出すと思っていた。アニメが好きな男は陰キャ。ピアスを開ける女はビッチ。
 人間は偏見をはじめとした、印象で語る生き物なのだ。
 そんな印象の中でも取り分け重要となってくるのが第一印象だ。
 第一印象を変えることは難しい。何故ならば、人間は他人を第一印象のみで語る生き物だからだ。
 さて。では、第一印象は何で決まるのだろうか。一説によると見た目で半分以上が決まると言われているらしい。
 本当にそうだろうか。俺は今まではその説を信じていたが、今この瞬間は信じることが出来なかった。それは何故か。答えは一つ。
 初日から殴り合いの喧嘩をした二人に好印象を抱くことがあるか?
 教室に足を踏み入れると、空気が変わったのを感じる。
 廊下の新鮮な空気から、大勢の人間が吐いた二酸化炭素に汚染された空気に変わったというわけではない。例えば雰囲気、と呼ばれるものだろうか。
 一歩、一歩と教卓へと向かうたびに、ひそひそとした話し声が聞こえる。
 「うわ、喧嘩起こしそう」とか「喧嘩するくせにお嬢様口調かよ。気持ち悪い」とか。
 よく中学生のときは授業中に友達と小声で話していたのだが、こうして教卓に立つと案外聞こえるものだ。
 そして、案外堪えるものだ。
 クラスメイトは小声で話しているものの、その声はハッキリと聞こえる。故に、陰口というよりも目の前で悪口を言われているように感じる。
 何となく予想は出来ていたが、結構堪える。
 俺は露骨に落ち込み、はあと息を吐いた。
 すると俺のため息をかき消すように、帝野はバンと教卓を叩いた。
「アルファ先生、自己紹介を始めても?」
「どうぞ」
 アルファ先生は教室の出入り口の辺りで腕を組むと、ふっと笑みをこぼした。
「ワタクシ、姓を帝野、名を桔梗と言いますわ。よろしくとは言いません。ワタクシ、陰口を叩くような可燃ゴミと関わる趣味はございませんので」
「いや、陰口つーか、普通に聞こえたでしょうが」
「何か言いましたか? ワタクシ、耳が悪いから聞こえませんの」
「耳が遠い人ほど声がデカくなる……というか陰口だってばっちりわかってるじゃねーか」
「ですわー!」
 そう言って帝野は俺に背を向け、アルファ先生に方へと歩を進めた。
 その後ろ姿はあまりにも堂々としていて、少し気が楽になる。
 もしかして俺を励まそうとしてくれたのかな。
 彼女の立ち振る舞いを見ていると、そんなことを考えてしまう。もし本当にそうなのだとしたら、不器用すぎる優しさの伝え方だと思う。
 そんな考えに自然と顔が綻ぶ。
 帝野の方に目を向けると真顔でサムズアップしている。
 その姿があまりにもシュールで吹き出しそうになる。
 ああ。もう落ち込んでもないし、緊張もしていない。大丈夫だ。
 意を決する必要もない。言葉は自然と出てきた。
「平野山茶花、入学式の日にパワー系ゴリラお嬢様にボコボコにされた貧弱……だから怖くないよ? 不良じゃないよ? というわけで夜露死苦!」
 自己紹介を終えると、クラスは沈黙に包まれた。
 あれ? 普通、自己紹介が終わったら拍手とか起きるものじゃないの?
 そんなことを思っていると、帝野とアルファ先生がぱちぱちと拍手を始めた。しかしクラスメイトからは拍手は起きない。
 ああ、これは二人ぼっち確定だ。
 一瞬で俺は悟った。しかし教室廊下側、後ろの方からもぱちぱちと一人分の拍手が一瞬だけ聞こえた。
 ん? 誰だ?
 音だけでは誰が拍手したかは特定できない。
 俺はどこから拍手の音がしたのか正確に特定しようと目を凝らし、拍手の音を思い出すことに集中する。
 しかしアルファ先生のパァンと手を叩く音で、集中が途切れる。
「はい、じゃあ二人の停学が明けました。じゃあ……二人は窓側の後ろの席に。帝野は一番後ろ、隣がいない席な。サザンカはその前の席だ」
 そう言ってアルファ先生はしっしっと俺たちのことを手で追い払った。
 クラス全員の視線と注目を浴びながら、俺たちは自分の席へと向かう。
 俺は窓側の後ろから二番目の席だったな。
 俺は指をさして確認しながら、席を探していく。そして自分の席を見つけると、席に座った。少し遅れて背後から椅子が引かれる音がする。おそらく帝野が席に着いたのだろう。
 これでクラス全員が席に着いたはずだ。
 俺はこれからホームルームが始まると思い、視線をアルファ先生の方へと向けた。
 すると、隣の席に座っていた少女から話しかけられた。
「二人とも、良くて好い自己紹介だったね」
 
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