ギルド喫茶『リリーフ』へ、ようこそ

福福夢狸

文字の大きさ
15 / 22
【序章】白野恵瑠の物語

【序章】第十五話『決意を秘めた瞳』

しおりを挟む
「とりあえず、立ち話もなんだから、適当に席に座ってて? 飲み物、淹れるわね」

 
 そう言いながら璃那は、カウンターに入り、制服として着用していた、前開きの袖なしのベストのボタンを外して脱ぐと、慣れた手つきでエプロンを手に取った。
 白地のシンプルな布地が、彼女の前でふわりと揺れ――
 次の瞬間には、その豊かな胸元と引き締まった身体のラインに沿って、きゅっと形を整えられていた。

  
「あっ、白野さんはコーヒー、平気?」
「はい、大丈夫です」
「なら、良かった。あっ、少し時間かかるから遠慮せずに座ってね?」

 
 恵瑠の返事を聞いた璃那は、慣れた手つきで器材を触り、コーヒーを淹れる準備していく。

 
「璃那さんも、ああ言ってるから、とりあえず座ろっか?」
「はい……失礼します」

  
 恵瑠は陽太に促されて窓際にあるテーブル席に座る。
 案内をした陽太も恵瑠の向かい側に座って、璃那がコーヒーを淹れ終わるのを待つ。
 
 (さて、何から話すべきか――)
 
 お互いにそんな事を考えているのか、二人の間には妙な沈黙が流れていく。
 そんな二人の事など気にせずに、カウンター内にいる璃那が、鼻歌交じりで、コーヒーを用意していく音だけが、店内に響いている。
 

「ここが、大上さんのギルドなんですね……?」

 
 先に沈黙を破ったのは、恵瑠だった。

 
「ああ」と、陽太は短く返事をして、恵瑠の方を見ると入口で見た時のように、恵瑠は珍しそうに辺りを見回していた。

 
 喫茶店内は、レトロな趣を残しつつも丁寧に手入れが行き届いており、木目の床とアンティーク調の家具が落ち着いた気品を醸し出していた。
 柔らかな照明がテーブルごとに灯され、ほんのり漂うコーヒーの香りが、静かな温もりと安心感を与えてくれる。
 店長である璃那のこだわりが、店内にも反映されている――そんなお店だった。

  
「すごいですね……喫茶店の中にギルドがあるなんて……外から見たら、普通の喫茶店にしか見えなかったので……本当にギルド事務所なのか、会うまで正直、不安でした」
 
「まぁ、普通そうだよな。大抵の民間ギルドは、オフィス然とした所が多いから……喫茶店の中にギルド事務所を併設してるなんて、この都市でもウチくらいなもんじゃないかな?」

 
 恵瑠の向かい側に座った陽太は、この光景が当たり前になっていたが、改めて考えると珍しいのかもしれないと、指で頬を掻いて、頷く。

 
「やっぱり珍しいんですね……けど、いい雰囲気のお店ですね。私、普通に通いたいって思うくらいです!」
 

 そう言って、クスクスと笑い、笑顔を見せる恵瑠。
 その動きに合わせて彼女の長い耳が、ピクピクと可愛らしく、軽く上下する。

 
「その様子だと、もう大丈夫みたいだね?」
「えっ……あ、はい。おかげさまで。あの、改めて事件の時は、ありがとうございました!」
「いや、気にしなくていいよ。俺も仕事だった訳だしさ? 助けるのは当然だよ」
 
「いえ、助けてもらったことも、そうですが……あの日、大上さんに会えて……話を聞いてもらって……私も、いつまでも逃げてないで……もう少しこの力と向き合おうって……そう思えるようになったんです!」

 
 そう話す彼女の姿は、あの日、病院の屋上で会った不安そうにしていた少女とは違い、決意を秘めた眼をしていた。

 
「なので、その第一歩として、まずは自分の姿を受け入れる所から始めようって、思いました……」
「受け入れる所から……? そう言えば、初めて会った時……フード付きのパーカーを着てたけど、あれって……もしかして?」


 今の恵瑠は、初めて会った時に着ていたフード付きのパーカーは、身に着けておらず、紺のブレザーに同系色のプリーツスカートと、至って普通の学生服を身に着けていた。


「はい。あれ、実は顔を隠す為に身に着けてたんですけど……やめてみました」

 
 そう言って恵瑠は、照れ隠しのように自分の長い耳を指で触り、笑う。


「……そっか。うん、良いと思うよ?」

 周りから見たら、小さなことかもしれないが――きっと彼女にとって、それは勇気のいる大きな一歩だったのだろう。

(可愛らしい顔立ちをしているんだし、隠さない方がずっといい……)
 
 そう心の中で思い、彼女のその勇気を笑うことはせず、陽太は、ただ微笑みながら肯定の意を持って恵瑠の翡翠の瞳を見る。


「……ありがとう、ございます」


 陽太の返事を聞いた恵瑠は、ただそっと一言発し、同じように微笑み、恵瑠のくりっとした大きな瞳で、陽太を見つめ返す。


「はーい、お待たせ~♪ あれ? 二人ともどうしたのお互いに見つめ合っちゃって? もしかして青春って感じかしら♪」

 
 いつの間にか、璃那が、淹れ終わったコーヒーを持ってテーブルまで来て、二人の顔を見るなり、キラキラとした表情で茶化してきた。
 白のエプロンも外しており、白の長袖のブラウスの上に、前開きの袖なしベストを着用した、いつもの制服姿に戻っていた。

 
「もう……なに、言ってるんですか……璃那さん」
「えー、だって、なんだか甘酸っぱい感じがしてなかった?」
「そんなことありませんって。ほら、璃那さんが、変なこと言うから……彼女も困ってますよ?」
「あら、もしかして嫌だった?」
「いえ、そんな……嫌では……大上さんとなら……あ、いえ! 何でもないです!!」


 恵瑠は、顔を真っ赤にしながら、両手を前にしてブンブンと振って否定する。
 彼女の白い肌が、紅潮した頬をさらに際立たせている。

 
「ふふ、ゴメンね? なんだか、いい雰囲気に見えちゃったから」
「いい雰囲気だなんて……そんな……」

 
 恵瑠は、恥ずかしさからか、顔を伏せてしまう。

  
 本当にあの日、出会った少女とは別人のようだ――そう思えるほど、恵瑠は表情をコロコロと変えていく。
 きっとこっちの方が、本当の彼女の姿なのかもしれない。
 
(大したことをしたつもりはないが……少しは彼女の心を救えたのなら、良かった)
 
 もしそうなら、と思うと、陽太は温かい気持ちになり、自然と口角が上がる。

 
「そんなに真っ赤にして、可愛い♪ 恵瑠ちゃん、彼氏とかは?」
「……彼氏なんて……」
「えー、こんなに可愛いのに! じゃあ、陽太くんとか、タイプだったり? さっき、嫌じゃないって――」
「いえ、さっきのは……言葉の綾って言いますか……うっ~ッ……」

(ただ、璃那さんにおもちゃにされているから、そろそろ助けないとな……)


 璃那さんにからかわれて、今にも火が出そうなほど、顔を真っ赤にしている恵瑠を見て、陽太が話に割って入る。


「璃那さん、あまり客人で遊ばないで下さいよ。そもそも、俺といい雰囲気だとか言われても、迷惑でしかないでしょう?」
「えー、そうかしら?」
「そうですよ、だって、ほら?」
 
「……きゅ~……」

 恵瑠は、謎の奇声を漏らし、フリーズしていた。

 
「……そうね……ごめんなさい。少しからかいすぎちゃったかしら……?」

 
 恵瑠の顔を見た璃那は、バツが悪そうな顔をして、謝罪した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件

美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…? 最新章の第五章も夕方18時に更新予定です! ☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。 ※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます! ※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。 ※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!

処理中です...