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第一部

第四章 茶の芽、新しく立つ 其の三 (R18)

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 火照ほてったからだと混乱した頭を鎮めるため、秀忠が回廊に出ると、オガタマのむせるような匂いが襲ってきた。
 (母上を楽しませた花じゃ。)
 秀忠の母、お愛の方は目が悪かった。己が生まれ育った浜松の城にも、大きなオガタマの木が一本あり、母が香りを楽しんでいた。甘い香りは、母の笑顔を思いだす、数少ないよすがである。
 (入城する前からあったこの木を親父が残したのは、……いや、それはなかろう……)
 家康を思い出した秀忠の頭に、先ほどの思案がまたよみがえってきた。回廊を進み、大姥局の近くの自室で、座り込んだまま考えごとをしている。
 (親父を納得させるなにか……関白は主上おかみの補佐ゆえ、公家の仕事じゃ。豊臣が公家として生きる道を選んでくれれば……。親父もそう思うておるやも知れぬ……)
 (したが、そのためには豊臣が大坂城を捨てねばなるまい。将軍を狙えるような公家風の武家・・・・・・ではいかんのじゃ。それを豊臣が受け入れてくれるか……いや、なんとしても受けてもらわねば……)
 秀忠は思いっきり頭をかいた。
「跡継ぎ……」
 秀忠はポツリとひとりごちた。
 (秀頼殿…か……)
 幼い千姫の『父上~』というかわいい声が聞こえる。秀忠はこぶしを握り、溜息ともつかない息を吐いた。
 (だが、確かにいつまでも江は『豊臣大事』じゃな……。…………。いや、解っておる。江の中では、なにより命が大事。徳川が大事なほどに豊臣も大事なのじゃ。どちらが上というのではなかろう。)
 七人も子をなしたというのに、まだ徳川の嫁になりきれない江に、秀忠はいくらか頭を悩ませながら(おおらかさゆえじゃ。)と苦笑する。
 (確かに江は、豊臣の姫として嫁に来たし、仲のよい淀の方様は、いまや豊臣のおふくろさま。千もおる。さだ殿とて……)
 その次に来る男の名を秀忠は避けた。そのせいで江が豊臣を忘れられないとは思いたくなかった。しばらく忘れていた悋気りんきが、再び秀忠の中に現れていた。

 秀忠が大きな溜息をつく。
「お茶をお持ちいたしました。ゆうべにいただきました一番茶でございます。」
 大姥局のしつけとはいえ、絶妙の間で静が茶を運んできた。秀忠に差し出し、いくらか下がって控える。
「うむ。そなたは飲んだか?」
 瀬戸の薄い茶碗を口に運びながら、庭を見つめたまま秀忠が問う。
「はい。先ほどいただきました。たいそう甘うございました。」
 見ている方がにこやかになる、本当に嬉しそうな笑顔を静が向ける。
 その笑顔を横目で見た秀忠の気が、ホッと緩んだ。
「大姥は茶の入れ方がうまいゆえな。」
「はい。」
 静が大姥局をたたえ、ふっくらした顔をさらにニコニコさせる。秀忠は江への後ろめたさを感じながらも、静の前でくつろいでいる自分を見つけていた。
「静と申したな。」
「はい。」
「大姥は厳しいであろう。」
「いえ、細々と教えていただき、なによりありがたく思うております。」
 江の声での大姥局への感謝を聞くと、秀忠はなにやら可笑おかしくなった。
「そなたは面白いおなごじゃの。」
 ようやっと静を見、いつも江にかける言葉を静へと投げかけた。
 静は少し不思議そうな顔をしたが、秀忠の優しい声にえくぼを浮かべた。
「はい。父にも『お前は器量が今ひとつだから、いつも笑っておれ。女は愛嬌ぞ』と言われました。」
 秀忠は、たまらず声を上げて笑った。話もかわいらしかったが、この声ではっきりと物を言う様が、昔の江に重なる。
 先ほどから秀忠の体の中でくすぶり続けていた導火線に火がついた。

「おもしろき女子じゃ。」
 秀忠が無防備な静をぐっと抱き寄せ、唇を重ねる。
 ぎこちなく応える静に秀忠が命じた。
「もちっと口を開けよ。」
 ぽってりと少し開いた唇に男は再び口づけし、女の口を陵辱りょうじょくした。
 陵辱しながら秀忠は静の帯を解く。そして、ゆっくりと静を押し倒した。
 あらがわず、なすがままにされている静だが、慣れないせいで体は硬い。
「怖がるでない。」
 秀忠の唇が静の口を離れ、あごへ首筋へ降りる。
「…く…ふ…」
 静の体から、江の甘い吐息が聞こえた。
 秀忠は手を先鋒に着物の前をはだけ、さらに唇で攻める。
「……いや……そのような……」
 恥ずかしげな、まだ充分に男を知らぬ江の声であった。秀忠は、その声だけで己が逞しくなっていくのを感じる。
 子を産んでいないせいか、たわわでありながら、まだピンと上を向く膨らみを、秀忠は手で楽しみ、味わって楽しんだ。妻をめとった頃のように少し荒らかに。
「……ん…くぅ…」
 静は、秀忠から逃れたそうに、身をくねらせている。しかし、くぐもった江の声は、女の悦びを表していた。
「かまわぬ。声を上げよ。」
 秀忠は命じ、膨らみたった胸の頂点をカリッと噛んだ。
「…んぅっ…おやめくださいまし……」
 恥ずかしいと静が思い、甘い吐息と共に江の声が拒む。その拒む声がさらに秀忠をたかぶらせる。秀勝に抱かれた頃をおもわせる、その言い様が。
 (……江……江……)
 秀忠の手は体を撫で、女の着物の前をはだけながら草むらへと向かう。静のぽっちゃりしたからだがむき出しになり、秀忠の手は、しっとりと湿った茂みにたどり着いた。
「あぁ……いや……」
 江の声がしっとりと恥ずかしそうに抵抗する。
「いや……じゃと?」
 秀忠はいくらか意地悪な微笑みを浮かべて、花芯をこすった。
 静の体にとろけるような快感が走る。苦しげな自分の声に、静は母親を思い出していた。
 子どもたちが寝静まった頃、布団の中から聞こえた苦しそうな母の声を。
 (おっかさんは、おとっつぁんに仕置きされていたんじゃないんだ。)
 秀忠に与えられる甘美な疼きに身をまかせ、声を上げながらも、静はそんなことをぼんやりと考えていた。

 静の花の中は充分に潤っていたが、今日は酔っていないせいか、体中がこわばっている。
「力を抜け。」
 秀忠に何度か命じられても、拡げた脚が覚える痛みが、静の軆を固くした。
 困った秀忠に利勝の声が聞こえる。
 (女子の体に力が入っているときは、優しゅうして、そして……)
 秀忠は静の軆を撫でながら、首筋に唇を這わせ、耳元まで進むと、ふくふくした耳をそっとんだ。
 江の声がかすかにあえぐ。静はゾクゾクしたこの感覚が、自分の蜜を溢れさせていることに気づき、また恥ずかしくなった。
 秀忠は幾度か静の耳を優しく咬み、そのまま耳元でひそやかに命じた。
「そなた、這え。」
「え?」
 江の声が聞き返す。
「赤子のように四つん這いになってみよ。」
 秀忠は静を抱き起こしながら繰り返した。
 静の肩にかろうじてかかっていた着物が、するりと脱げる。しっとりと汗ばんだ肌が、オガタマ薫る闇に現れた。
「はい……こうでございましょうか……」
 静は幼子おさなごのように素直に秀忠に従う。身を固くした力は、体を支えるために手足へ流れ、豊かな膨らみからは固さが抜けていた。
 白磁はくじのように白く、すべすべした丸みを前に、秀忠は利勝の言葉の正しさに舌を巻く。
 花から溢れた蜜が、静の張りのある太ももに伝い降りてきた。
 灯台のわずかな灯りを映す蜜の美しさを、秀忠は見ている。蜜に映った炎を吹き消すように、秀忠がフッと息を吹きかけた。
 静が甘い吐息をあげ、身をよじる。
「お許しくださいませ……恥ずかしゅうございます。」
 江の声が切なそうに哀願あいがんした。
 秀忠はその声に(このままでよいのか?)と躊躇ためらったが、すでに男のたかぶりは止められない。充分に天を向いたもので、後ろから静の体を刺し貫く。
「あっ……いや……このような……」
 泣きそうな声でささやかに拒みながらも、静は痛みの中、秀忠を受け入れた。
 (このような格好……)
 恥ずかしさが静のからだを桜色に染める。
 言葉に出して抗えない静は、情けなさに首を振った。しかし体は、引き裂かれるような痛みの中から、身を震わせる感覚が湧き上がるのを感じていた。
 (このような格好なのに……)
 静は恥ずかしさで泣きそうになりながら、甘美な痛みに身をまかせた。知らずに切ない女の声が上がる。
 (ああ、このような格好なのに……)
 静は秀忠を受け入れたところから支えている手足まで、初めての悦びが伝わっていくのを感じていた。
 (いや、恥ずかしい…)
 そう思えば思うほど、甘美かんびしびれが体に湧き上がり、今まで出したことのない女の声が自然と口をつく。
 秀忠はつややかな髪の乱れと、その向こうから聞こえる江の悦びの声に、どんどん気が高まっていった。
 花開いたばかりの静の軆は、江の声を上げながら秀忠を容赦なく締めつけていく。
 (……江……江っ……)
 江そのままの声がかすかに闇に響く中、秀忠は天を見上げて気を放った。
 やっと上った細い眉毛のような月が、秀忠を見下ろしていた。

◆◇◆

 「上様?上様っ!」
 次の日、奥の秀忠の部屋で利勝が声を上げた。
 書状を見ている秀忠の手が、少しも動いていなかった。
「早う目通しをしてくださいっ!」
 利勝が将軍に命令する。
 しかし秀忠は、漂うオガタマの薫りにぼんやりしていた。
 (私はただの獣かもしれぬ。)
 秀忠は昨夜を思い出し、自嘲する。
「利勝……」
 ボソッと秀忠は傅役もりやくの名を呼んだ。
「なんでございましょう。」
 利勝は他の書状に目を通しながら、セカセカとなにかを書き付け返事をする。
「親父は母上のために側室おへやを持ったのであろうか。」
 秀忠は溜め息をつき、視線をさまよわせた。
「は?」
 (大御所様は、ただお好き……)という気持ちをおくびにも出さず、利勝は軽く聞き返す。
「静がいると思うと、江に優しゅうできる……」
 秀忠は、自分自身を責めるように哀しげな顔をしていた。まだ己の中の矛盾から抜け出せていないようである。
「さようでしょうとも。」
 利勝は(やっとわかったか。)と相好そうこうを崩し、ニンマリした顔で大きく頷いた。
「さようでしょうとも。それがしの言うとおりでございましょう?」
「しかし、それでは静は……。」
 秀忠が己の中の逡巡しゅんじゅんを口にしようとして利勝に止められる。
「天下の将軍がなにを仰せかと思えば……。静は侍女です。御台様と侍女とどちらが大事なのですか?」
 思いもよらなかった問いをぶつけられ、秀忠は答えに窮した。
「どちらが大事なのですかっ!」
 (まだお分かりになっておらぬのか)。
 主の様子に利勝の声が荒ぶる。
「半端な情けは静のためになりませぬ。それだけはしかと覚えておかれませ。」
 大真面目な顔で秀忠をキッと見据え、利勝は言いきかせた。
 (そうじゃ。半端な思いは誰のためにもならぬ。割り切れば、あとは婆様がなんとかするはずじゃ。某とて……)
側室おへやにはせぬのでございましょう? ならば、静に望みを抱かせてはなりませぬ。よろしいですな。」
 利勝は、さらに氷のように冷たく注進する。
「わかった……」
 秀忠は幼かった頃のように小さく呟く。気弱な返事のあるじを見ながら、(またなにやら揉めごとが起こるやもしれぬ。)と利勝は口を結ぶ。

「上様、その山積みの書状、今日中にすべて目を通さねば御台様のところへ戻れませぬぞ。」
 利勝が明るく秀忠を叱咤した。秀忠は利勝と目を合わせ、ちろりとにらむと、扇子せんすを片手に書状を開いた。

 
[第四章 茶の芽、新しく立つ 了]
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