10 / 35
父上の執務室に
しおりを挟む
「ロランダ?」
父上の執務室の片隅で、ロランダが姿勢よくペンを走らせていた。
ロランダは顔をあげて一礼しただけで、直ぐに手元に目線を戻す。
なぜ? と訊く暇さえない。
代わりに父が説明してくれた。
「スピース国への親書を書いてもらっている。細かいニュアンスがあるので、オフィキス公が娘を推薦した」
「……」
「そう睨むな。ちゃんと対価を払って手伝ってもらっている。
ミスが許されぬ上、誰にでも見せられる文章ではないからな」
父上が小さく笑った。
今のロランダに必要なのは、こんな時間ではない……と言えるはずもない。
どんな時間だ? と問われても我には分からぬ。
ただ、皇家のために尽くす時間ではないというのが分かるだけだ。
「ロランダ、たくさん褒美をねだれ」
我がそう声をかけると、ロランダは改めて頭を上げ、微笑みながら頷いた。
「終わったら、我の執務室へ寄ってくれ」
小声で続けると、一瞬眼を見張ったロランダだったが、すぐにいつもの微笑みで
「かしこまりました」
と小さく返事をし、また机に視線を戻した。
◇◆◇
自分の執務室へ戻ってすぐ、エドにお茶の用意を命じた。
ロランダの好きなナッツクッキーと、我が好きなチョコレート。
ほどなくしてロランダが作法通りにやってくる。
「お呼びにより参上いたしました。なにか御用でしょうか」
「あぁ、お茶に付き合え」
ロランダが怪訝な顔をしている。
「客が来てのお茶でないかぎり、我は休めぬ」
エドをチロリと見て苦笑すると、側近は肩をすくめて微笑んだ。
「最近、クプスとはどうだ」
「変わりませんわ」
「夜会には一緒に行くのかい?」
「はい。夜会の時には迎えに来てくださいます」
「最近、夜会に行ったのはいつ?」
「そうですね。一月…前かと」
一月前? それから行っていないのか? 夜会がなかったわけではなかろう?
「一ヶ月前か。マッケン公爵ご令嬢の御披露目かな」
マッケン公爵家は縁続きだ。我が視察で不義理をするから、二人で出席するように念を押したが。それ以来?
「ええ。ピンクブロンドの髪のとっても愛らしいご令嬢でしたわ」
柔らかな笑みで、ロランダは必ず誉める。
その笑みを見ると周りもつい微笑む。無論、我も。
「夜会も楽しそうであるな。次は我も出るか。次はいつだい?」
「殿下がお気軽に出られそうな夜会は、そうそうございませんわ」
苦笑するロランダに、我は憐れな顔を作って見せた。
「我もたまには息抜きをしたいのだがな」
「一件に顔をお出しになれば、他の夜会を断りづらくなるので、お嫌だったのでは?」
「まぁな。しかし、我が社交界も把握しておかねば、我の元に嫁いでくる姫も困るだろう」
貴族同士の関係は、ある程度把握しているが、書類上と社交界は違うし、我ができることはやっておかねば。
「それならば、この一週間にもいくつか夜会がございますわ。エドガー様が把握なさっているでしょう」
「そなたはどこに出るのだ?」
「私は今日のお手伝いの報奨に皇帝陛下より休暇をいただきました。明後日から10日ほどヤアに参ります」
静かに報告するロランダの声は、喜びに溢れていた。
父上の執務室の片隅で、ロランダが姿勢よくペンを走らせていた。
ロランダは顔をあげて一礼しただけで、直ぐに手元に目線を戻す。
なぜ? と訊く暇さえない。
代わりに父が説明してくれた。
「スピース国への親書を書いてもらっている。細かいニュアンスがあるので、オフィキス公が娘を推薦した」
「……」
「そう睨むな。ちゃんと対価を払って手伝ってもらっている。
ミスが許されぬ上、誰にでも見せられる文章ではないからな」
父上が小さく笑った。
今のロランダに必要なのは、こんな時間ではない……と言えるはずもない。
どんな時間だ? と問われても我には分からぬ。
ただ、皇家のために尽くす時間ではないというのが分かるだけだ。
「ロランダ、たくさん褒美をねだれ」
我がそう声をかけると、ロランダは改めて頭を上げ、微笑みながら頷いた。
「終わったら、我の執務室へ寄ってくれ」
小声で続けると、一瞬眼を見張ったロランダだったが、すぐにいつもの微笑みで
「かしこまりました」
と小さく返事をし、また机に視線を戻した。
◇◆◇
自分の執務室へ戻ってすぐ、エドにお茶の用意を命じた。
ロランダの好きなナッツクッキーと、我が好きなチョコレート。
ほどなくしてロランダが作法通りにやってくる。
「お呼びにより参上いたしました。なにか御用でしょうか」
「あぁ、お茶に付き合え」
ロランダが怪訝な顔をしている。
「客が来てのお茶でないかぎり、我は休めぬ」
エドをチロリと見て苦笑すると、側近は肩をすくめて微笑んだ。
「最近、クプスとはどうだ」
「変わりませんわ」
「夜会には一緒に行くのかい?」
「はい。夜会の時には迎えに来てくださいます」
「最近、夜会に行ったのはいつ?」
「そうですね。一月…前かと」
一月前? それから行っていないのか? 夜会がなかったわけではなかろう?
「一ヶ月前か。マッケン公爵ご令嬢の御披露目かな」
マッケン公爵家は縁続きだ。我が視察で不義理をするから、二人で出席するように念を押したが。それ以来?
「ええ。ピンクブロンドの髪のとっても愛らしいご令嬢でしたわ」
柔らかな笑みで、ロランダは必ず誉める。
その笑みを見ると周りもつい微笑む。無論、我も。
「夜会も楽しそうであるな。次は我も出るか。次はいつだい?」
「殿下がお気軽に出られそうな夜会は、そうそうございませんわ」
苦笑するロランダに、我は憐れな顔を作って見せた。
「我もたまには息抜きをしたいのだがな」
「一件に顔をお出しになれば、他の夜会を断りづらくなるので、お嫌だったのでは?」
「まぁな。しかし、我が社交界も把握しておかねば、我の元に嫁いでくる姫も困るだろう」
貴族同士の関係は、ある程度把握しているが、書類上と社交界は違うし、我ができることはやっておかねば。
「それならば、この一週間にもいくつか夜会がございますわ。エドガー様が把握なさっているでしょう」
「そなたはどこに出るのだ?」
「私は今日のお手伝いの報奨に皇帝陛下より休暇をいただきました。明後日から10日ほどヤアに参ります」
静かに報告するロランダの声は、喜びに溢れていた。
0
あなたにおすすめの小説
『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』
鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、
仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。
厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議――
最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。
だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、
結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。
そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、
次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。
同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。
数々の試練が二人を襲うが――
蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、
結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。
そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、
秘書と社長の関係を静かに越えていく。
「これからの人生も、そばで支えてほしい。」
それは、彼が初めて見せた弱さであり、
結衣だけに向けた真剣な想いだった。
秘書として。
一人の女性として。
結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。
仕事も恋も全力で駆け抜ける、
“冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。
『有能すぎる王太子秘書官、馬鹿がいいと言われ婚約破棄されましたが、国を賢者にして去ります』
しおしお
恋愛
王太子の秘書官として、陰で国政を支えてきたアヴェンタドール。
どれほど杜撰な政策案でも整え、形にし、成果へ導いてきたのは彼女だった。
しかし王太子エリシオンは、その功績に気づくことなく、
「女は馬鹿なくらいがいい」
という傲慢な理由で婚約破棄を言い渡す。
出しゃばりすぎる女は、妃に相応しくない――
そう断じられ、王宮から追い出された彼女を待っていたのは、
さらに危険な第二王子の婚約話と、国家を揺るがす陰謀だった。
王太子は無能さを露呈し、
第二王子は野心のために手段を選ばない。
そして隣国と帝国の影が、静かに国を包囲していく。
ならば――
関わらないために、関わるしかない。
アヴェンタドールは王国を救うため、
政治の最前線に立つことを選ぶ。
だがそれは、権力を欲したからではない。
国を“賢く”して、
自分がいなくても回るようにするため。
有能すぎたがゆえに切り捨てられた一人の女性が、
ざまぁの先で選んだのは、復讐でも栄光でもない、
静かな勝利だった。
---
元婚約者からの嫌がらせでわたくしと結婚させられた彼が、ざまぁしたら優しくなりました。ですが新婚時代に受けた扱いを忘れてはおりませんよ?
3333(トリささみ)
恋愛
貴族令嬢だが自他ともに認める醜女のマルフィナは、あるとき王命により結婚することになった。
相手は王女エンジェに婚約破棄をされたことで有名な、若き公爵テオバルト。
あまりにも不釣り合いなその結婚は、エンジェによるテオバルトへの嫌がらせだった。
それを知ったマルフィナはテオバルトに同情し、少しでも彼が報われるよう努力する。
だがテオバルトはそんなマルフィナを、徹底的に冷たくあしらった。
その後あるキッカケで美しくなったマルフィナによりエンジェは自滅。
その日からテオバルトは手のひらを返したように優しくなる。
だがマルフィナが新婚時代に受けた仕打ちを、忘れることはなかった。
【12月末日公開終了】これは裏切りですか?
たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。
だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。
そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?
これって政略結婚じゃないんですか? ー彼が指輪をしている理由ー
小田恒子
恋愛
この度、幼馴染とお見合いを経て政略結婚する事になりました。
でも、その彼の左手薬指には、指輪が輝いてます。
もしかして、これは本当に形だけの結婚でしょうか……?
表紙はぱくたそ様のフリー素材、フォントは簡単表紙メーカー様のものを使用しております。
全年齢作品です。
ベリーズカフェ公開日 2022/09/21
アルファポリス公開日 2025/06/19
作品の無断転載はご遠慮ください。
【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。
まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」
そう言われたので、その通りにしたまでですが何か?
自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。
☆★
感想を下さった方ありがとうございますm(__)m
とても、嬉しいです。
婚約破棄、ありがとうございます
奈井
恋愛
小さい頃に婚約して10年がたち私たちはお互い16歳。来年、結婚する為の準備が着々と進む中、婚約破棄を言い渡されました。でも、私は安堵しております。嘘を突き通すのは辛いから。傷物になってしまったので、誰も寄って来ない事をこれ幸いに一生1人で、幼い恋心と一緒に過ごしてまいります。
後悔などありません。あなたのことは愛していないので。
あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」
婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。
理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。
証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。
初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。
だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。
静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。
「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる