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我のお気に入り
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「オットー、またそのマフラー。こちらの新しいのにしてくださいな」
「我はこれが気に入っている」
「お願いですから」
「嫌だ」
ロランダが大きな溜め息をつく。
◇
我のお気に入りのマフラーは、ロランダに真を捧げた日の夜にもらった。
「夜は冷えますので」
我の首にマフラーをかけるロランダの頬が赤い。不思議に思いながら、礼を言うと、
「ロランダが編んだのよ」
と、マダムのおっとりした声が告げた。ロランダの顔がますます赤くなる。
「未熟ですが……」
小さな声で申し訳なさそうにロランダが告げる。
そうなのか? 見る人が見ればそうなのかもしれぬが、恋人の髪と同じチョコレート色のマフラーを、我は一目で気に入った。
「縄の模様が入っているでしょう? ヤアの伝統模様のひとつなのだけれど」
マダムがニコニコと説明する横で、ロランダの赤くなるのが止まらない。大丈夫か?
「『永遠』を意味するの。こちらに来てからやけに熱心に習うと思ったら……」
可笑しげなマダムの言葉を博士が受けとる。
「数年前からやっているのに、なかなか身が入らなかったのにねぇ……」
チロリと愛しげに孫娘を見る博士を、真っ赤な顔のロランダが睨む。
「おじいさまっ」
「苦手だとぼやいてたじゃないか」
「おじいさまったら!」
ロランダはこんなにも表情豊かな令嬢だったのか。
「恋は人を変えますねぇ」
黙っていたエドガーが、ニヤリと笑ってポツリと呟いた。
「エドは私が編んだもので我慢してね」
マダムが編んだマフラーを貰ったエドは、えらく恐縮していた。
「これからもレオやロランダをよろしく」とエドに渡したマフラーにも、小さな縄模様があった。
我らの永遠の心の繋がりを願われたのだろう。お二人の心遣いに我は心が熱くなったのだ。
◇
もう十年前になるが、このマフラーを見るたびに、その夜を思い出す。
ロランダはくたびれてきたから、ほどいて編み直すというが、そんなことはさせない。
会えない我を思って編んでくれたものは、これ一つしかない。
だから、新しく編んでもらうのだ。
それでも気の置けない人と会うときには、つい、このマフラーに手が伸びる。
「もうすぐ皇帝を継がれる御方が……」
ロランダがまた溜め息をつく。
「ローラが我を鎖で繋いだのであろう?」
マフラーの縄模様をロランダの目の前で広げる。
「もう、人聞きの悪い」
「ローラこそ、まだその靴を履くのかい? 新しいのがあるだろう?」
「馴染んでいるから楽なの」
「我も同じだよ」
抱き寄せて口づけを落とすと、「もう」と言いながら口づけを返された。
「おとうちゃま、おかあちゃま、おちたくまだ?」
バンと勢いよく扉を開けて入ってきた娘の後ろで、新しい侍女が赤い顔をして立っていた。
その隣で、リトルローゼの乳母がニマッと笑っている。
扉が開いた瞬間に我から離れたロランダが、リトルローゼを抱きしめた。
「出来ましたよ」
「レディ、どこへ行くのでしたか?」
リトルローゼを抱き上げ訊いてみる。
「レオおぢちゃまのとこよ。ひつじしゃん見ゅーの」
父上はまだまだお元気だが、母上と旅がしたいと退位することになった。
父上のことだ。気楽な旅行と見せかけて、あちこちの様子を探られるだろう。
戴冠式の衣装は、布地をヤアで作っている。それが出来上がったようだ。
「我はこれが気に入っている」
「お願いですから」
「嫌だ」
ロランダが大きな溜め息をつく。
◇
我のお気に入りのマフラーは、ロランダに真を捧げた日の夜にもらった。
「夜は冷えますので」
我の首にマフラーをかけるロランダの頬が赤い。不思議に思いながら、礼を言うと、
「ロランダが編んだのよ」
と、マダムのおっとりした声が告げた。ロランダの顔がますます赤くなる。
「未熟ですが……」
小さな声で申し訳なさそうにロランダが告げる。
そうなのか? 見る人が見ればそうなのかもしれぬが、恋人の髪と同じチョコレート色のマフラーを、我は一目で気に入った。
「縄の模様が入っているでしょう? ヤアの伝統模様のひとつなのだけれど」
マダムがニコニコと説明する横で、ロランダの赤くなるのが止まらない。大丈夫か?
「『永遠』を意味するの。こちらに来てからやけに熱心に習うと思ったら……」
可笑しげなマダムの言葉を博士が受けとる。
「数年前からやっているのに、なかなか身が入らなかったのにねぇ……」
チロリと愛しげに孫娘を見る博士を、真っ赤な顔のロランダが睨む。
「おじいさまっ」
「苦手だとぼやいてたじゃないか」
「おじいさまったら!」
ロランダはこんなにも表情豊かな令嬢だったのか。
「恋は人を変えますねぇ」
黙っていたエドガーが、ニヤリと笑ってポツリと呟いた。
「エドは私が編んだもので我慢してね」
マダムが編んだマフラーを貰ったエドは、えらく恐縮していた。
「これからもレオやロランダをよろしく」とエドに渡したマフラーにも、小さな縄模様があった。
我らの永遠の心の繋がりを願われたのだろう。お二人の心遣いに我は心が熱くなったのだ。
◇
もう十年前になるが、このマフラーを見るたびに、その夜を思い出す。
ロランダはくたびれてきたから、ほどいて編み直すというが、そんなことはさせない。
会えない我を思って編んでくれたものは、これ一つしかない。
だから、新しく編んでもらうのだ。
それでも気の置けない人と会うときには、つい、このマフラーに手が伸びる。
「もうすぐ皇帝を継がれる御方が……」
ロランダがまた溜め息をつく。
「ローラが我を鎖で繋いだのであろう?」
マフラーの縄模様をロランダの目の前で広げる。
「もう、人聞きの悪い」
「ローラこそ、まだその靴を履くのかい? 新しいのがあるだろう?」
「馴染んでいるから楽なの」
「我も同じだよ」
抱き寄せて口づけを落とすと、「もう」と言いながら口づけを返された。
「おとうちゃま、おかあちゃま、おちたくまだ?」
バンと勢いよく扉を開けて入ってきた娘の後ろで、新しい侍女が赤い顔をして立っていた。
その隣で、リトルローゼの乳母がニマッと笑っている。
扉が開いた瞬間に我から離れたロランダが、リトルローゼを抱きしめた。
「出来ましたよ」
「レディ、どこへ行くのでしたか?」
リトルローゼを抱き上げ訊いてみる。
「レオおぢちゃまのとこよ。ひつじしゃん見ゅーの」
父上はまだまだお元気だが、母上と旅がしたいと退位することになった。
父上のことだ。気楽な旅行と見せかけて、あちこちの様子を探られるだろう。
戴冠式の衣装は、布地をヤアで作っている。それが出来上がったようだ。
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