乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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~ ジーク編 2 ~

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雪が積もったある冬の日、外で模擬刀の稽古をしていた俺の元にリアンがやってきた。

いつものように俺の真似を始めた彼は、積もった雪に足を取られて転んだ。

助け起こそうとして彼の右手を握った瞬間、胸を圧迫され息が出来なくなるほどの強い魔力が渦巻いた。

リアンは驚愕の眼を俺に向けた。

二人とも暫し動けずにいたが、魔力の渦が消え呼吸ができるようになると、リアンは俺の手を振り払い走り去った。

その日を境に、リアンが俺の後を追いてくることは無くなった。

話しかけてくることも無くなった。

ただ、遠目に俺を見ていたのは覚えている。

それから少しして、リアンが別の神殿に移されたと聞いた。





雪解けの春、まだ寒さが残る夕暮れ時、模擬刀稽古を終えて夕餉の支度に向かっていた俺に後ろから声をかけてくる者がいた。



『お前は・・・』



振り向くと、そこにあの女が立っていた。

会わなかった2年間で、女は随分痩せて年老いて見えた。

女は眼をぎらつかせて駆け寄ると、俺の頬めがけて拳を振り下ろした。

だが、女の拳は俺に当たることは無かった。

大神官の護衛が女の腕を後ろから掴み、女を床に引き倒していた。

大神官は俺の前に立ち、その鋭く冷ややかな双眸で女を見下ろした。



『バラーさま!』



女は悲鳴のような金切り声で大神官の名を叫んだ。



『お前には失望しているぞ、リシェールよ。ここは、お前のような愚か者が足を踏み入れてよい場所ではない。今すぐ去れ』

『お待ちください!あれは不浄の子です!この神聖な場所に居て良い存在ではありませぬ!』

『この子が不浄とあらば、そなたは何とする?』

『私は・・・』

『去れ!二度とこのターバルナに足を踏み入れることは許さぬ。叶わねば、その身をもって償わせる!』



女はまだ何か喚いていたが、護衛に引きずられるようにして回廊から連れ出されて行った。

大神官は俺の頭に手を置き、溜息交じりに俺を見た。



『そなたの母は心を病んでおる。それはあれ自身の弱さ故だ。そなたに咎がある訳では無い』



大神官の言葉に驚くことは無かった。

何となくそうだと思っていた、あの女が母親なのだと。

それからは、短い時間だったが大神官と過ごすことが増えていった。

神殿のこと、国のこと、竜のこと、魔法のこと、彼は博識だった。

彼は多くのことを教えてくれた。

俺の心に、初めて、楽しいという感情が生まれた。



それから数ヶ月、大神官が帝国内の神殿を巡る旅に同行した。

訪ねる地で出会う民と接しながら、文化や経済を学んでいく。

俺には新鮮で、面白いと思う経験だった。



そんな生活を過ごし大神殿に来てから4年の歳月が経ったある日、事件は起きた。

大神官と共に巡礼の地ナバルに到着した日の事、ナバルの神殿は何処か冷たく張り詰めた空気が漂っていた。

違和感を覚えながら、案内された聖堂に入る。

そこには、数名の神官と共に祈りを捧げるリアンの姿があった。

2年ぶりの彼は少し陰のある顔つきで、以前のような明るさは無かった。

俺に気付くと目に見えるほど青くなり、視線を逸らした。

不快に思う事はなかったが、何故俺を恐れるような表情をするのか、その時は分からなかった。



深夜、充てがわれた小さな部屋で休んでいると、誰かが扉を開けて入ってくる音がした。

侵入者がベッド脇に近づいたと同時に、俺はそいつの腹に拳を叩き込み床に押し倒した。

侵入者に馬乗りになり、小さな悲鳴をあげた喉元に剣を突きつける。

闇夜の中、月の光で照らされた侵入者の顔はリアンだった。

彼は目を見開き悲鳴を飲み込んでいた。



『何の用だ?』



俺が力を緩めずに問いただすと、彼は泣きそうな顔をしながら呟いた。



『聞きたいことがあるんです・・・』



俺は喉元に向けた剣をそのままに、リアンの身体から身を引いた。



『何故、貴方には死竜紋が無いんですか?こんな力のない僕にはあるのに、・・・あんな強い竜の力を持つ貴方に何で無いんですか?!』



彼が何を言っているのか全く理解できなかった。

リアンは自分の右掌にある竜の紋章を見ながら、声を震わせて続けた。



『あの時見た魔力は、僕のものじゃない。貴方から出たものだ。貴方は、僕と同じ、ううん、僕よりも遥かに生粋のルシュカン皇族なのでしょう?』



彼の濡れた瞳に、一瞬、吸い込まれそうな、気が遠くなるような錯覚を覚えた。

俺の親の話など聞いたことも無い。

興味も無かった。

だが、彼の追い詰められた眼に、お前も諦めろと言われているようだった。



『貴方も僕と同じ、狂っていく運命なんだ・・・』



その言葉にゾワっと悪寒がした。

これは、恐怖なのか?



『どうやったら狂わずにいられますか?どうすれば貴方のように冷静でいられるんですか?どうすれば・・・』



焦点の合わない眼は虚無を彷徨い、ただ、啜り泣く声が室内をこと更冷たくした。



『・・・もう、行きます。突然、済みませんでした・・・』



彼はフラッと立ち上がると、扉に向かって歩き出した。



『僕はジークさんが好きでした。何事にも動じない貴方を尊敬してました。今は、・・・、少し、寂しいです』



何も言わない俺に、一度振り返って苦笑いしながらそう言うとリアンは部屋を出ていった。



暫し茫然とした。

空っぽになった頭の中で、彼の言葉を反芻していた。

と、その時、リアンの出ていった廊下で争う物音がした。

我に帰り部屋を出て廊下を駆けると、その先に血まみれの腹を押さえながら蹲るリアンと、複数の賊に囲まれながら彼を守って戦う大神官の護衛がいた。

俺は背後から賊を襲い、容赦なく斬り捨てた。

賊の頭目と思しき男の両脚を剣で切り裂き、動きを封じる。

床に倒れた賊の両腕を後ろ手に捻り上げ、背中に体重を乗せ首に剣を突きつける。



『言え。誰の指示だ?』



視界の端で、護衛がリアンに駆け寄るのが見えた。

護衛は腹を切られたリアンの手当をしようと、彼を抱きかかえた。

その彼に、苦しい体勢で視線を投げながら、賊は薄ら笑いを浮かべた。



『はっ!知れたことだ。あの坊主の親は狂ってる。息子を殺せとな』



苦しそうにしていたリアンの呼吸が一瞬止まった。

見開かれた瞳は絶望の色だったのか・・・。

彼は護衛の支えから離れ、腹の痛みに耐えながら賊の元まで這うようにして歩み寄った。



『母さまは、そんなに、僕に、死んで欲しかったんだ、ね・・・』



そこからは、時間がゆっくり流れているかのようだった。

リアンは賊が落とした剣を拾うと、賊に笑いかけた。



『母さまに伝えて?僕は死ぬから、どうか、心安らかに・・・』



リアンは、手にした剣を真っ直ぐ心臓に突き立てた。



!!



その時の感情を覚えてはいない。

ただ、何か強烈なものに自身の中心が吸われ、身体から爆風と共に強大な何かが引き摺り出されるような激しさを覚えた。

自分が立っていた場所から、かなり高い位置に視線が急速に移動し、それでいて視界だけでなく聴覚も研ぎ澄まされたようだった。

しかしそれは一瞬で、次の瞬間、目の前の世界が真っ赤に染まり、意識も感覚も全て強大な何かに飲み込まれてしまった。

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