乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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竜毒さんと私

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騒動の毒茶会から一週間、ジークさんは後始末に忙しいようでお屋敷を開ける事が多かった。

第三皇子婚約者毒殺未遂事件の首謀者は、第一皇妃の侍女とされた。
大体、侍女さん達と何ら接点も無ければ、彼女らに私が居なくなって何のメリットがあると言うのか?
そんな主犯格設定は誰もが無理があるだろうと思うところだが、所詮はトカゲの尻尾切り。
侍女が罪をなすりつけられて、真の罪人であろう皇妃は我が物顔で過ごせるなんて不条理な世界だ。
ただ、皇妃は監督不行き届きとして自室謹慎を皇帝から命じられたそうだ。
更に、内部を捜索するとの名目で後宮は治安部隊の管轄下に置かれ、一時的とは言えジークさんの許可無しに人も物も動かせなくなった。
つまり、皇妃は事実上の幽閉扱いだ。

この処分について、皇妃の実家であるディルナー公爵家や第一皇子の反発を懸念したが、表立った動きは無く彼らは淡々と皇帝の裁定を受け入れた。
茶会では母親と息子は不仲だったし、皇妃の我が儘振りに実家の公爵家も手を焼いていたらしい。
息子も実家も彼女を見捨てた感がある。
しかし、プライドを最も気にするそんな連中がこのまま黙っているとは思えない。
今後も用心するに越した事はない。


夜会やら茶会やらで少しは外に出してもらえる機会が増えるかと思いきや、あれからますます外に出る事を許されず、再び収監生活に逆戻りだ。
更に警備も厳しくなってバルコニーや扉もよく分からない魔法陣で封じられてしまい、侍女さん達ですら開けられなくなってしまった。
部屋の空気も入れ替えられない。
淀んだ空気の中で病気になったらどうするんだ。
ジークさんに抗議したいのだが、中々捕まらない。
ドラゴンさんとの触れ合いも最近は全くと言っていいほど無く、これは契約不履行だ。
命狙われまくりの私に何のご褒美も無いなら暴れるぞ。
相変わらずお友達は出来ないがクロが話し相手になってくれるので、まだ気が紛れているけれど。

いつものように夕食を部屋でとった後スクワットをしていると、不意に左眼の奥がチリチリした。
ああ、ジークさんが戻って来たのかー。
すると部屋の扉の前に蒼白い円が現れ、次第に円の中に幾何学模様が浮かび上がってきた。
いつ見ても、この世界の魔法陣というものは綺麗だなー。
なんて見惚れていると、魔法陣の中心から眉間に皺を寄せた渋顔のジークさんが現れた。
最早この部屋のドアは必要ありませんね、はは。

「変わりは無いか?」
「無くて死にそうです」
「それは何よりだ」

出してくれない事をチクチク非難してみたが、全く意に介して貰えてない。

「忙しそうですね」
「まあな」

ん?
何か今日はジークさんが素っ気無い。
まあ、いつもそうだと言えばそうだけど。
でも、今日はいつもより会話したくなさそうだ。

「何かありました?」
「何も」

私の問いにチラッと視線を向けて一言だけそう答えると、ジークさんは背後の魔法陣に向き直ろうとした。

うん?
ジークさんの胸に、何だか赤黒い塊みたいなものがボヤけて見える・・・?
私は以前見た夢の中?の光景を思い出しながら、ジークさんに駆け寄って軍服の袖を引っ張った。
少し驚いた様子のジークさんだったが、更に眉根を寄せて不快そうな顔をした。

「何をしている?離せ」

私を見下ろしているジークさんの金眼は鋭く冷たいが、彼に触れた私の手を払い除けようとはしなかった。
ジークさんが何を考えているのか金の瞳をじっと覗き込んでみたが、さっぱり答えは分からない。
視線を彼の胸元に移すと、やはりあの赤黒い塊がそこにあった。
あの時よりも小さいけれど、何だか心臓みたいな形をしている?

「ジークさん、調子悪いんですか?」

見上げると、ジークさんの表情は変わらなかったが金眼の瞳孔が拡がった。
おっ、当たりだな。

「変わらん」
「嘘です。ここに何かありますよね?何ですかこれ?」

彼の袖を摘んでいる手と反対の手でジークさんの胸の真ん中を指す。
ジークさんの金眼を更に覗き込む。
すると、彼は一旦目を閉じた後再び私を見た。
その表情は固いが、どこか困ったような顔にも見えた。

「『呪い』だ」
「『呪い』?」
「・・・正確には、竜毒だ」
「竜毒?」

ちゃんと説明しろよーと、ジークさんを見上げながら眉を顰めプレッシャーをかけた。
私の無言の要求に、ジークさんは溜息を我慢した様子でまた目を閉じた。
この人、溜息の代わりに目を閉じる癖を覚えたのかー。

「竜毒はそもそも竜族の魔力の根源だ。竜の魔力を欲した愚かなルシュカン族は、竜族と血の盟約を結んだ時、竜毒を取り込んだ。それがどれ程のものなのかも知らずにな」

ジークさんは疲れた様子で、軍服の上着から覗くその下の胸元の白いシャツを握った。
少し顔色が悪い。
ずっと立ちっ放しは疲れるだろう。
私は軍服の袖を摘んだまま、ジークさんをソファーまで引っ張って行った。
ジークさんは特に抵抗する事なく、大人しくソファーに座った。
その隣に腰を下ろし、黙って続きを聞こうとジークさんの顔を見る。
少し汗が滲んできている?
彼の胸元の赤黒い塊は先程よりも少し大きくなって震えているように見えた。
何だか今にも動き出しそうで、思わずジークさんの胸元に手を置いた。

「止せ」

ジークさんは咄嗟に私の手首を掴んだけれど、私は反対の手で彼の手を叩き落とした。

「黙って見てなさい」

私はジークさんに向かってピシャリと言うと、彼の胸に置いた左手に闇の魔力を募らせた。
赤黒い塊は私に気付いたのか、闇の力に反応するようにゆっくりと私の掌の方へと動き出した。
うへー、またあの冷たくてイヤーな感触と戦うのかー。
思った通り、前回の夢?同様、赤黒い塊は私の手を這い上ってきた。

「ルナ、もういい。離せ」

黙って見てろって。
私はジークさんの言葉を無視して、左掌に魔力を集中させた。
片方の手から這ってきたそれは、上半身まで拡がっているようで鳩尾あたりが気持ち悪い。
目を瞑り奥歯を噛み締めながら吐き気を堪える。
すると、やはりあの塊は今度も話しかけてきた。

『ヴァルテンとは久しいな』

私は両眼を見開いて声の主を探した。
目の前にはジークさんが居たはずなのに、私が居る空間には私しか見当たらない。
ひとりだけの空間、その寒くて心細い空間を壊したくて見えない相手に向かって怒鳴り声を上げる。

「貴方は誰?!私に何の用があるの?!」
『ほう?面白い。お前こそ一体何がしたいのだ?』

やっぱりあれは夢では無かったのだ。
あの時感じた違和感が、今なら分かる。
そう、こいつは意志を持っているのだと。

「どうするかは貴方の目的を聞いてから考えます。と言うか、貴方一体何者ですか?」

私が訝しんでいると、赤黒い塊が笑った気がした。

『此奴が言った通り、我は竜の魔力の根源。悠久の時を流れる力なり』
「名前は無いんですか?」
『固有の名など無い』
「では竜毒さんと勝手に呼ばせて貰います」
『ふ、面白い娘だ』
「ジークさんは何処です?さっきまで目の前に居たのに・・・」

生暖かいような、薄ら寒いような、濁った水色の空間。
周りにある光も鈍くて、音も無く胸に圧を感じるようで息苦しい。
相変わらず、話し相手の竜毒さんの姿は拝めない。

『ここは我の世界。時は止まり、生きとし生けるものは永く留まることは出来ぬ』
「ここに長く居るとどうなるんですか?」
『精神に障害を来すか、二度と元の世界に戻れぬ』

げっ!!
そう言うことは早く言ってくれ!
ここにも死亡フラグが?!

「お邪魔しました!サヨウナラー」

私は焦って出口は何処かと辺りを見回した。
竜毒さんがまた笑った気がした。

『そう急くな。其方のように自ら囚われに来た変わり者はおらぬ。久しぶりの会話だ。もう少し付き合え』
「えっ、ヤですよ。だって長く居たら死ぬんでしょ?帰りますよ」
『其方はそう簡単には死ぬまいよ』

喜んでいいものか、お前はしぶといぞって言われている気がしないでも無い。

「手短にお願いします。貴方の目的は何ですか?」

水色の薄暗い空間が次第に赤黒くなり、やがて炎と煙のような鮮やかな赤と黒檀のような艶やかな黒の世界となった。
一瞬、空間の中心が強く輝いたと思ったら、あの赤黒い塊が浮き上がり膨張して巨大な竜の顔を形作った。
ナントカ神殿で出会った虹色の竜と似ているが、こちらは赤黒い色でどこか禍々しい。
これが竜毒さんのお顔かー。

『知れた事よ。人族の此奴の身体に竜族の魔力をくれてやっているのだ。此奴の生命力と引き換えにな』

えっ?
生命力と引き換え?
そんな事されたら、ジークさんが早死にするんじゃないの?

「ジークさんは了承しているんですか?」
『本人の意志など皆無だ。有るのは遥か太古からの契約のみ。我ら竜族と人族のな』
「でも、そのせいでジークさんが早死にするかも知れないんですよね?私だったら納得いかないです」
『如何にも。ルシュカン皇族と生まれたからには、奴も心得ているだろうよ』

生まれても早く死ぬんだなんて、誰が納得するって言うのか。

「生命力を吸い取ってジークさんが死んでしまったら、貴方自身も消滅してしまうのでは?」
『我は精神体に過ぎぬ。今此奴の中に根を張ってはいても、此奴の肉体が朽ち果てれば空間を漂いまた新たな肉体に宿る』
「生命力を吸わずにいる方法は無いんですか?」

突然、赤黒い炎が轟音と共に巻き上がった。

『可笑しな事を言う。人族如きに我らの強大な魔力を与えてやるのだ。奴等に差し出せるものなど命以外に無いではないか』

今のは竜毒さんの笑いなのか?怒りなのか?

「竜毒さんも人の生命力を吸いたいって事ですか?」

それって美味しいの?
前世のホラーゲームで見た生気を吸うゾンビみたいでキモいな、汗。

『我が存在する理りは我が生きる為では無い。我は、此奴の身体に竜族の魔力を引き出すため存在するに過ぎぬ』
「ジークさんの生命力を啜って生きてる訳では無いのですね?」
『我は此奴の生命力から竜族の魔力を導き出す存在だ』
「なら、ジークさんが竜の魔力は要らないと言えば、貴方もジークさんの身体に居る必要はありませんよね?」

私の言葉に竜毒さんは、またしても炎と轟音で答えた。
むぅー、これは小馬鹿にした笑いなのか?

『互いの意志で存在するのでは無い。古の契約がそうさせているのだ』
「その契約を解除する方法は?」
『無い』
「へっ?」

無いの?
そうしたらジークさんは早死にするし、私はどうなるんだろう?
ジークさんから解放されて自由になれるのかな?
でも、それだと後味悪いよな。
ジークさんを守る役目だったのに、守れずに自由になるのって。

「何か方法は無いんですかね?ジークさん、とても苦しそうなので」
『恨むのなら此奴の先祖を恨むのだな。人族如きが偉大な竜族と契約しようなどと愚かな事を望んだ報いだ』
「それならば何故、竜族は人族と取引したのですか?応じなければ良かったのに。その契約は竜族にも利益が有ったからこそ結んだのですよね?」

確か、竜族は繁殖力が欲しくて人族と契約したとドラゴンさんは言っていた。
暫し無言の時間が流れた。
お?
痛いところを突いたのかな?
竜毒さんの圧が少し弱まった気がした。

『・・・生命力を維持する方法はある』


話題を変えたぞ。
竜族の契約上のメリットを教えようとはしないが、ジークさんの命を長らえる方法を教える気はあるらしい。

「何ですか?」
『お前次第だ』
「私次第?」

むむ。
嫌な予感がする・・・。

『代わりにお前の生命力を差し出せば良い』

キターーーーーーっ!
またまた死亡フラグーーーー!!

どうやらこの世界は、私を生かしておきたく無いらしい。
この世界が早死にして欲しいのは、ジークさんじゃなくて私の方なのではなかろうか?

「何故私なのですか?」
『お前が竜族の守護者ガーディアンである竜眼持ちヴァルテンだからだ』
「普通の人族ではダメなのですか?」
『闇の力なき者には務まらぬ。竜族には対になる守護者がいる。彼らは竜族を守り、竜族の為に死んでいく』

ホント、とっととこの世界から消えろと言われているようで悲しくなってくる・・・涙。

「分かりました。では私の生命力で手を打ちましょう。そうすれば、ジークさんが苦しんだり早死にしたりする事は無いのですよね?」
『契約成立だ』
「但し!この契約が履行されなかった場合、竜毒さんにも存在をかけて貰います」
『何?』
「契約不履行となった場合、竜毒さんにはこの世界から消えて貰います」

ジークさんもそうだけど、この竜族とやらは、自分たちの利益に繋がる事は強気に交渉するくせに、不利益は当然隠して丸め込もうとする。
この契約も絶対に裏が有ると分かっているのだが、それが何だか分からない。
ならば、その存在を賭けてもらうしかない。

『ふっ、・・・面白い。良かろう。其方の生命力と我の存在を賭けて契約を結ぼうではないか』

竜毒さんがそう言い終えた瞬間、赤黒い炎が一層強くなり竜毒さんの口が大きく開かれ、私は赤と黒の世界に飲み込まれた。
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