乙女ゲームは始まらない〜闇魔法使いの私はヒロインを降ります〜

えんな

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それぞれの願い

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うらぁーーーっ!!
コンニャローーォ!
よくも色々やってくれたなっ!

「これはジークさんの分!」

振り被って左拳を思いっ切り叩き込んだ。
皇帝の頬骨が折れる音がして快感を覚える。
皇帝という的が飛んでいかないよう、掴んだ胸倉を引き寄せた。

「ぐっ、離せっ、小娘の分際で・・・っ」

まだ立場が分かってないのか、このクズは!

もう一度振り被って今度は顔のど真ん中に拳をぶち込む。

「これは何度も死にそうになった私の分!」

鼻の骨が折れる鈍い感触があった。
皇帝の呻き声が聞こえるが、手加減なんてしてやらない。

まだまだー!
味わった苦痛はこんなもんじゃないっ!

更に拳を振り上げる。

「これは毒ちゃんの分、銀狼さんの分、クロの分、ニクスさんの分、犠牲になった兵士さんの分に、集まった兵士さん達の分も、あと帝都の皆さんの分、それから・・・」

何度もやられたから何度だって殴ってやる、怒!
このこのーっ!

私は気分が晴れるまで殴り続けた。
左眼を吹き飛ばされた歪な皇帝の顔が、今度は赤黒く腫れ上がって異様な顔になってきた。
それでも止まらない私に周りの皆んなは唖然としていたが、そんな中、突然ジークさんが大声で笑い出した。

吃驚した私は、思わず手を振り上げたままジークさんを見て固まってしまった。
以前、金の髪留めさんのお陰でジークさんと念話が出来た時、ジークさんの笑い声を聞いたけれど姿は見えなかった。
あの時も、こんな風に身体を仰け反らせて笑っていたのかな?

ジークさんに会ってから今日まで、こんなに笑う彼を見た事が無かった。
私がキョトンとしていると、ジークさんは笑いを堪えながら振り上げた私の左拳を柔らかく包んだ。

「これ以上はルナの手が痛む」

ジークさんは屈むと、血の滲む私の拳を手で包み頬擦りした。

うっ。
突然笑ったと思ったら、急に甘い仕草を繰り出してくる。
ジークさんの攻撃に全く対応出来ていない自分が情けない、涙。

「分かりました。取り敢えずこの位で勘弁してやります。さあ、ジークさん、あとは好きにヤっちゃって下さい!」

笑顔で皇帝の胸倉を掴んでいた手をパッと離し、奴の顔を地面に落としてやった。
立ち上がり、笑顔で皆んなを振り返ってまたもや私は固まった。
バラーさまを始め皆んなの背後には、松明を持った兵士さん達が集まっていたのだ。

うへ。
皇帝をタコ殴りにしているのを見られていた・・・汗。
いや、皆さんいつからそこに居たのか、殴るのに夢中で全く気付かなかった、ははは、はぁ・・・。

兵士さん達は皆、驚愕の表情でこちらを凝視していた。
その先頭に立つゼインさんの顔が引き攣っている。
妙な静けさが漂う中、ジークさんがクスクス笑いながら背後から私を抱きしめて来た。

「本当に、ルナには敵わないな・・・」

吐息と共に耳にかかる甘い囁き声に、更に身動きが出来ない。

うーっ。
ジークさん、この状況で私のHPはもうゼロに近いです、泣。

私からゆっくり離れると、腫れた顔の皇帝に向かってジークさんはまた聖剣を向けた。

「お前など、この剣で切る価値もない。恥を晒して生きていけ」

その声は凛としていて、迷いの無い潔さを感じさせた。
澄んだ金眼は揺らぐ事なく皇帝を見据えている。
剣を突きつけられた皇帝は、怒りからなのか、恐怖からなのか、小刻みに震えてジークさんから目を逸らした。

「最早この男は君主では無い。帝国滅亡を目論んだ大罪人だ。連れて行け」
「はっ!」

ジークさんの命令に、ゼインさんは背後に控えていた副官さん達へ指示を出した。
兵士さん達が動く中、私はジークさんから離れて皇帝の前に立った。
立てずにいる皇帝は兵士さん達に支えられながら、目の前にいる私に腫れ上がった顔で嫌そうな顔をした。

「殴るのに夢中で、ひとつお伝えする事をすっかり忘れてましたわ」

優越感も露わに上から目線で言ってやる。

でも、これは本心だ。
私は皇帝に最上級の感謝をのせて頭を垂れ、淑女の礼をとった。

「ジークさんにこの世の生を授けて下さって、感謝申し上げます」

ゆっくり身体を戻すと、皇帝の半ば塞がった緑の瞳が私をじっと見つめていた。

「望んで得た子では無い」

腫れた口からボソッと皮肉を言う皇帝に、私は本心で答えた。

「お義父さまとお呼びする機会を得られず残念です」

ニッコリ笑って返す。
後ろからジークさんが私の肩を抱いて来た。
その様子に、皇帝の緑の瞳がほんの一瞬、穏やかになった気がしたのは、そうであって欲しいと思ったからなのか・・・。

両脇を兵士さん達に支えられて引っ立てられて行く皇帝の前に、今度はバラーさまが歩み出た。
互いに無言で視線を交わした後、皇帝は視線を外した。それを見てバラーさまは口を開いた。

「ジェスリードとルーネリアは生きておる」

その言葉に腫れ上がった歪な顔を上げ、皇帝は驚きの眼でバラーさまを見た。

「・・・馬鹿、なっ?!」
「遠い地で仲睦まじく暮らしておる」
「・・・」

皇帝が全てを破壊しようと心を病んだ引き金になった、過去に出会った恋人たち。
でも、それはふたりに非がある訳では無い。
兄の恋人に、勝手に横恋慕したこの男が悪い。
皇帝にまで上り詰めても、心を支える誰かを見い出せなかったコイツの責任だ。
きっと居た筈なんだ。
沢山の皇妃さん達、皇子さま達、バラーさま、そしてジークさんだって。
自分から歩み寄りさえすれば、心を開きさえすれば。

「そうか・・・」

皇帝はそれ以上言葉を発せず、無言のまま引き摺られるように連れて行かれた。
その後ろ姿をジークさんは無表情で見送った。

つい、心配になってジークさんを見てしまう。
私の視線に気付いて、いつものように私の頭を撫でながら目元を緩めたジークさん。
いつからだろう?
こうして、ジークさんの大きな手で、頭を撫でてもらう事が心地良いと思うようになったのは・・・。

「俺の願いを叶える気になったのだな?」

そう言って、ジークさんは更に私の肩を引き寄せて頭のてっぺんに口付けを落とした。

「へ?」
「奴を義父と呼びたかったのだろう?」

おや?
そう言う意味になっちゃいますよ、ね、ははは。
そんなつもりも無かったような?あったような?汗。

「まだ、私の願いを叶えて貰ってませんよっ?!」

話題を変えようとジークさんから後退る。
しかし、片手でガッチリ身体をホールドされてジークさんとの間に隙間を作る事が難しい。

うう、何か話を逸らせるモノは無いか・・・?

「腹いっぱい食わせてやる約束だったな?」

そう言って顔を近付けてくるジークさんは、口角を上げていつもの意地悪顔だ。

くーっ。
これではまた負けてしまうー。

仰け反った瞬間、ジークさんの手にある聖剣が眼に入った。

よし、これだ!

「私を怒らせない約束です!私のお願いを聞いてくれなければ、ジークさんのお願いも聞けません!」
「もちろんだ」

おっし!
言質取った!

「そのバカ聖剣を私にください!」

ジークさんの眼が点になった気がした。

さあ、どうだ?
大事な聖剣を譲りはしないだろう?
少しはこれでプロポーズの返事に時間が稼げる。

皇帝不在となれば、ジークさんが担ぎ出される事は間違いない。
そんな状況下でジークさんの嫁になろうものなら、皇妃だの側妃だの愛妾だのと面倒事に巻き込まれかねない。
そんなモノはゴメン被る!
女の醜い争いだけは、どの人生でも勘弁だ!

ドヤ顔の私に、ジークさんは一歩下がって聖剣を前に掲げた。

「こんな物でいいのか?」

そう言って呆気らかんと私の手に聖剣を持たせた。
今度は私の眼が点になった。

え?
いいの、貰って?
コレ?

ジークさんにこんな物扱いされた聖剣からは、身震いしているような困惑の思念が感じられたが、皆んなの前で私に雷を放つような真似はしなかった。

「いいんですか、ジークさん?私が貰っちゃっても・・・?」

言った本人のクセに、つい尻込みして確認してしまう。

「構わん。剣とて用済みだ。何より、ルナの機嫌を損ねれば俺の嫁に来て貰えない」

ジークさんは笑って、安い物だと私の頭を撫でてくれた。

ふふふ、用済み認定だよ、聖剣サマ?

自分が嫁認定されそうな状況は頭の外に追いやって、バカ聖剣を持ち上げ不敵に笑ってみせた。
私は辺りに適当な岩を見つけると、バカ聖剣に向かってひとこと言った。

「聖剣サマ、その節はお世話になりました。これはそのお礼です」

聖剣が私の手の中で嫌そうに震えた。

『待て!娘よ、何をする気だ?!』

おや?
穢らわしい者から娘に格上げか?
まあ、今更ですケド、笑。

岩の前まで来ると私の魂胆が分かったのか、聖剣が急に質量を増して重くなった。

ほー。
無駄な抵抗をしているのだな、笑。

「お疲れ様でした。そしてサヨウナラーっ!」

私は聖剣を両手で握り勢い良く振り被ると、渾身の力で刀身を岩に叩きつけた。
ガキンッと耳障りな音を立てた聖剣は、刃こぼれこそすれ残念な事に折れはしなかった。

ち。
さすがは聖剣サマ。
しぶといですね。

『止せ!何と無礼な事をする娘だ!!』
「ほう?先に無礼を働いたクセに、随分横柄ですね。謝罪も無しか?貴方、用済み認定されたんですよ?そろそろお空にお帰りください」

借りは返す!
侮辱され雷に二度も撃たれた上に、更に怨嗟竜ごと焼き殺されるところだったのだ。
思い出したら益々腹が立ってきた。

今度は岩にバカ聖剣を横たえて、刃こぼれした辺りを踏み付ける。

『お、お前、何をする気だっ?!』

あ。
言っちゃいましたね、アノ言葉を。

「私、大嫌いなんですよ、オマエって言われるの」

満面の笑みを湛えて、踏み付けたまま聖剣の柄を両手で力一杯起こした。

『あああーーっ!!』

バカ聖剣は絶叫して真っ二つに折れた。

いよっしっ!!
借りは返した!
ルシュカン族が鍛えたと大仰に言う割には、簡単に折れたな、笑。

ガッツポーズをする私に、再びジークさんが笑い出した。

「気が済んだか?」
「はいっ!!」

喜び勇んで振り返ると、直ぐ目の前にジークさんが居た。
腰を抱かれて密着すると、ジークさんの手が私の顎を掬ってきた。

「次は俺の願いを叶えて貰う番だな」

そう言ってジークさんが顔を近付けて来た。

「ちょっ、ちょっと待ちましょう、ジークさん!皆さん見てます!」
「今更恥ずかしがる事もあるまい?」
「いやいや、あるでしょううっ?」

兵士さん達は皆、眼を見開いて私たちのやり取りを眺めている。
直ぐ側にはゼインさんが涙目で笑いを堪えていた。

公衆の面前で止めてくれっ!
羞恥で死ねる、泣!

ジークさんの腕の中で必死に悶えていると、湖に浮かぶ始祖竜さんと眼が合った。

「そう!まだ始祖竜さんに落とし前をつけて貰ってません!」

そら、助けろ始祖竜さん!
私に貸しがあるだろうに!

始祖竜さんに手を伸ばすと、ジークさんと共に虹色の光に包まれた。

温かい・・・?

よく見ると、虹の光は手の中の折れた聖剣から生まれていた。
まるでタンポポの綿毛が一つひとつ離れた行くように、剣から光の玉がフワフワと漂っていく。
光の玉は湖の光も連れて星の無い闇夜に昇り、新たな星を生み出した。
前世で見たプラネタリウムのように美しい。
以前、大神殿でバラーさまに初めて聖剣を見せて貰った時に見た景色だ。
幻想的な光景に兵士さん達から感嘆の声が上がる。

一際光る虹の玉がバラーさまに近付いて来た。
バラーさまの頭に寄り添うように漂うと、何かを伝えているのか温かな光を放った。
バラーさまが頷き眼を閉じると、幾筋もの涙が彼の頬を流れた。

きっと、自身で葬った息子さんの魂がお別れを伝えているのだろう。
そう思っていると、虹色の玉がひとつ、私を抱き込んでいるジークさんの元に漂って来た。
私たちの周りを一度回ると、ジークさんの頭の近くで仄かに明滅した。

『やはり貴方は強い人でしたね』

顔は見えないが、若い男の人の声が聞こえた。

「リアン・・・」

ジークさんが名を呼ぶと、光は嬉しそうに明るさを増した。

『僕を覚えていてくれたんですね』
「ああ」

短く答えたジークさんは、眩しさからか、懐かしさからなのか、眼を細めた。
ジークさんに縁のある皇族のヒトなのかな?
もしかして、ジークさんと同じ皇子さまだったヒト?

『あの時のジークさんも強かったけれど、今はもっと強く見えますね。守りたいものが見つかったからかな?』

光が笑った気がした。
ジークさんが眼を伏せて穏やかに告げる。

「ああ、そうだな」

光は私の目の前にふわふわ浮かぶと、挨拶するように輝いた。

『貴女がジークさんの大切な方ですね』

えーっと、肯定して良いのか?

ジークさんに肩を掴まれ、思わず頷いてしまった。
そのまま身体を引き寄せられる。
それを見た光は可笑しそうに笑った。

『ジークさんは意外に独占欲が強かったんですね』

肘でジークさんの脇腹を小突くも、びくともしない。
困惑顔の私に、リアンさんの光る玉は笑っているようにクルクル周り出した。

『そろそろ僕もいきます』
「リアン」

引き留めるようにジークさんが彼を呼んだ。

「また会おう」

虹色の玉は一瞬動きを止め、またゆっくりと明るさを増した。

『はい。でも、まだ早いです。辛かった分、幸せになってからにして下さい』
「ああ」

ジークさんの返事に一度輝いて応えると、リアンさんの光る玉はゆっくりと夜空に昇って行った。
そうして、聖剣は全て虹色の玉に変わり、空に還る星々となって地上から消えた。

もう、こんな悲劇が繰り返されないよう、無数の星を仰ぎながら私はリアンさんの冥福を祈った。
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