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ヒロインではないので
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あれからひと月が経った。
あの後、ジークさんのお屋敷に戻り、私は再び死んだように眠り続けた。
と言っても、永の眠りは空腹に勝てなかった。
お腹が空いてしまい、3日目にはちゃんと目が覚めた、笑。
ジークさんは約束通り、沢山ご馳走を用意してくれた。
久し振りの美味しいお肉とお酒とケーキに、生きていて良かったと実感した。
そしてひと月が経った今も、私はジークさんのお屋敷で厄介になっている。
収監部屋からは出して貰えるようになったのだが、今現在、外出制限令が出されてしまっている、泣。
と言うのも、どうやら先日の単独行動が不味かったらしい。
一件落着したので、そろそろ疎遠にしていた実家に顔を出そうと、毒ちゃんに乗せてもらい国境近くまで飛んだのだ。
しかし、物凄いスピードですっ飛んで来たドラゴンさん、もといジークさんに連れ戻されてしまった。
ジークさんのお顔が酷く蒼白だったので、何か問題が起きたのかと焦った。
だが、どうも無断越境はご法度だったらしく、ちゃんとした手続きを踏まないとならないとかナントカで、お屋敷に連行された。
魔獣姿の毒ちゃんを連れて越境するには届出が必要なのか?
まあ、確かに帝国の者が魔獣を連れて他国に侵入したら、外交上の問題になるかも知れない。
だが、私は帝国の人間ではなくセルバン人、つまりは故郷に戻るのだよ?
里帰りに何で書類が必要なのさ?
腑に落ちん。
そして今、更に腑に落ちないのが、その手続きとやらが完了したとの連絡が一向に無い事だ。
私が帝国に来た時って、数日かからず越境したのに・・・?
それ以降、お屋敷内は自由行動可なのだか、ジークさんの許可なしで外出は許されず、たかが街にも降りられない。
国内、引いては城下街に行く事すら許して貰えないのは、手続き関係ないですよね?
これはまだ外に危険があるという事なのか、ただ単に私に問題があるからのか。
まあ、これまではヒロインよろしく拐われたり、囚われたりで心配をお掛けしては来ましたが、汗。
だが、ひと段落したのだ。
以前のように危険が迫っているようには思えない。
更に、以前あれだけ危険な目に遭って来たというのに、その時は感じられなかったお屋敷の皆さんの眼が、今は少々怖いのだ。
監視されているような、お屋敷内を歩くと誰かしらの視線を感じるのだ。
まるで私が何かを仕出かすのではと見張っているような・・・泣。
ジークさんにとって、私は問題行動を起こすブラックリストの一人なのか?
問題児ならお家に返してくれて構わないのに・・・とほほ。
ジークさんに事の次第を問い正したいのだが、皇帝が色々やらかした後始末に多忙を極めている。
私が目覚めたその日は、気付いたらジークさんの抱き枕状態で一緒に寝ていたのだが、未婚の紳士淑女がけしからんとバラーさまに一喝され、今は別々の部屋で寝起きしている。
決して私から進んで抱き枕になった訳ではないよ?
にも関わらず、私も一緒に怒られた、むぅ。
よって、このひと月、まともにジークさんと話す機会が無いのだ。
国境から連れ戻された時も、満足な会話も出来ずにジークさんは会議室に篭ってしまった。
皇帝が化け物になって暴れたお陰で、皇城が半壊し使い物にならなくなった。
その為、今はこのジークさんのお屋敷で国の中枢を担う方々が集まり会議を行なっている。
案の定、皇帝を蟄居させたジークさんが次の皇帝に相応しいとされているのだが、本人は罪人の息子だとして固辞し続けている。
お屋敷内をウロチョロしていると、国のお偉い方々に度々呼び止められてはジークさんを説得するよう懇願されたりもする。
ジークさんは政治の空白を作らぬよう、適任者がその座に着くまで皇帝代行として朝から晩まで働いている。
睡眠や食事も疎かになっているようで、皇帝業はブラックだ。
体調が悪くなったところへ竜毒さん1号の襲撃に遭ってはと心配だが、クロから聞くジークさんの様子は今のところ大丈夫そうだ。
ただ、忙し過ぎてかなりイライラしているらしい。
話はしたいが、あまり近寄らない方がいいのかも知れない。
そう言えば、魔鉱石の指輪を無くしたのにクロと念話が出来るようになった。
クロ曰く、私の身体の中にある竜牙剣の力で、竜の魔力が強くなった事に関係があるらしい。
相変わらずチートな私で良か良か。
そんな訳で、碌に話も出来ない分、例の嫁問題も特に進展は無い。
私としては面倒事の先送りが出来て良か良かなのだが、問題を蒸し返す前にとっとと帝国から消える算段もつけたいところだ。
「毒ちゃん連れて国に戻ったらダメなのかな?早いトコ、お家に戻りたいのだけれど」
『ダメだろうな』
「魔獣の移動は制限されてるって事?」
『そうではないが、止めた方が身の為だ』
「どうして?」
『国が滅びるかも知れん』
毒ちゃんに、外出制限令の隙を突いて故郷への帰還を相談する。
けれども物騒な返事しか返って来ない。
「国って・・・?帝国?それともセルバンが?」
『どちらもだ』
「?銀狼さんがそれほど貴重で、銀狼さんを賭けての戦いが人間と魔獣の間で起きるって事?」
『怨嗟竜並みの、いや史上最強の竜が暴れ出したら手に負えん』
「??何で銀狼さんが国を跨ぐと竜が暴れ出すの?」
私が眉間に皺を寄せて悩んでいる様子に、毒ちゃんは溜息を吐いた。
私がジロリと睨むと、ハッとして顔を逸らした。
まあ、毒ちゃんは命の恩人で今や仲良しだから、溜息ごときで殴ったりしないよ。
ただ、溜息の音を聞いた私の左拳が、条件反射で繰り出される事はあるかもだけど、笑。
『とにかくだ、今は此処で大人しくしておれ!』
「やる事無くて死にそうですー」
『なら勉強しなよ』
黒猫姿のクロが私の肩にふわっと現れた。
「何の勉強?」
『帝国の歴史に、隣国の歴史に、外国語』
「ふえー、そんなにー?」
『世界を巡りたかったんでしょ?ご主人さまと話してたよね』
「え?そんな事言ったかな?」
ドラゴンさんに会った時、世界を巡るドラゴンさんツアーに爆売れの予感がしただけなのだが・・・?
『ご主人さまがまた、先生を連れて来てくれるって』
むぅ。
腹黒皇子め、余計な事を・・・泣。
「クロはセルバンに行った事ある?」
『あるけど、ご主人さまの許可が無ければ、大好きなルナのお願いでも飛ばないよ?』
むうー。
ならばニクスさんだ!
『私もダメよー』
名を呼ぶよりも早く、緑の美人さんは私の目の前に煌めく風を纏って現れた。
「え?!何でダメなんですか?」
『忙しいジークが可哀想じゃないの』
ジークさんが仕事に忙殺されているのに、私ひとりバカンスを楽しんでいるのは確かに申し訳ない。
「まあ、ジークさんが働いているのに遊んでいるのは心苦しいのですが・・・」
『なら、アンタも手伝えば良いじゃない』
「へ?他国の小娘に出来る仕事ってあるんですか?」
『僕、ご主人さまに聞いて来てあげる!喜ぶよ、ご主人さま!』
言うが早いが、クロはパッと消えてしまった。
何となく、面倒臭い事になりそうな予感が・・・汗?
すると、数分も経たず左眼がチリチリし出したと思ったら空間に蒼白い魔法陣が浮かび、クロを肩に乗せたジークさんが転移して来た。
久し振りに見るイケメンは、少し隈が出来てお疲れ顔だ。
眉間の皺は健在だが、以前は厳ついと思っていた目元が、今や垂れ下がって見えるのは幻覚なのか?
収監部屋のソファーに座る私の元まで早足で来ると、ジークさんは口を開く前に勢い良く私を抱き込んだ。
「済まない。政務が立て込んでルナとゆっくり過ごす時間が取れない」
ジークさんにしては早口だ。
彼は私の頭のてっぺんに溜息と一緒に口付けを落とした。
「いえいえ、私の事は気にせず帝国民の皆さんの為に頑張って下さい。それで、私もそろそろ実家に、」
「ああ、ルナが仕事を手伝ってくれるのなら助かる。詳細は副官のゼインを遣わせる」
私が言い終わる前に、普段には無い早口言葉でジークさんが被せて来た。
彼はもう一度ぎゅっと私を抱きしめると、額に口付けをしてさっさと魔法陣に向かってしまった。
むー。
私に質問の隙を与えない気だな?
「ジークさん!待っ・・・」
「ルナ、愛している」
!!
振り向き様に口角を上げてニヤつく意地悪顔でそう言うと、ジークさんは魔法陣と共に消えてしまった。
ううう・・・。
これは完全なる不意打ちだ・・・汗。
腹黒顔には免疫があったのに、あの顔にあの言葉を上乗せのダブル攻撃は卑怯だ、泣。
感情の起伏が無かったジークさんが、いとも容易くあの言葉を告げて来るとは・・・。
ジークさんは本当に変わった。
怒ってばかりだったけれど、今はよくスキンシップという攻撃を繰り出して来る。
しかも、今度はイケメン顔に甘い言葉を乗せるという、かつて無い強力な武器を振りかざして来るのだ、汗。
愛している。
私を妻にと望んでくれる甘い言葉。
その言葉をあまり考えないようにしていたが、やっぱり考えてしまう。
ジークさんの事は好きだ。
いや、大好きだ。
出来ればこのまま一緒に居たいと思う。
でも、私はやっぱりジークさんの一番でいたいから、ここには居たくない。
ジークさんは皇帝になるだろう。
嫌だと言って周りの期待を無碍にはしない人だから。
だからこそ、周りの意見も聞きながら皇帝として最善の選択をするだろう。
周りが必要だと言えば、それが自分の意にそぐわなくても。
そうなれば、私が妻としてジークさんを独占する事は出来ない。
沢山の女性が皇帝であるジークさんを支えるのだろう。
でも、私は嫉妬深いから、そんな関係に耐えられる自信は無い。
ジークさんから離れられなくなる前に、ジークさんから離れたい。
でも、離れる事を考えると苦しくなる。
この前の戦いの時、何度そう思っただろう。
離れたくない、会いたいと。
でも、今度こそ離れなければ。
死んで会えなくなるのではない。
だがら、前よりはマシだ。
でも、生きていれば会える?
ううん、生きていても、もう会いたくないよ。
私以外の誰かと一緒に幸せになるジークさんなんて、見れる筈が無い。
『ルナ?ルナ?!』
クロが私の膝の上で鳴いている。
『どうしたの?泣きそうな顔してるよ?外に出られないのが辛いの?』
確かにツライ。
ツライが、いつまでも悶々としていては女が廃る。
ここは将来のジークさんと帝国の為に、いや、やっぱり一番は惨めになりたくない自分の為に、潔く国に帰ろう!
「心配かけてごめんね、クロ。大丈夫よ」
迷惑はかけられないから、皆んなの力を借り外出制限令を掻い潜っての里帰りは難しい。
何か良い方法は無いものか・・・?
考え込む私の耳に扉をノックする音が聞こえた。
お屋敷の侍女さんがお客さんの訪室を告げて来た。
侍女さんの背後から大きな身体をひょこっと覗かせたのは、ジークさんの副官ゼインさんだった。
こちらを見て愛嬌のあるお顔でニッと笑うと、ソファーに座る私の元まで来て膝を突いた。
「ご無沙汰しております、ルナ妃殿下。お身体は回復なさいましたか?」
そう言って差し出して来た彼の手に、私は手を乗せようとした。
それを見ていたクロが私の膝から飛び上がり、ゼインさんの手を勢い良く叩き落とした。
『ルナに触れるなって、ご主人さまが怒っているよ』
私の膝に戻ったクロは、毛を逆立ててゼインさんを威嚇した。
それを見たゼインさんが、頭を仰け反らせて豪快に笑った。
「いやー、殿下がここまで嫉妬深いお方だとは」
いつも元気なゼインさんに釣られて笑ってしまう。
「お気遣いありがとうございます。身体は大丈夫です。そして、私は妃殿下ではありません」
ニッコリ笑って返すと、ゼインさんは眼をキリッとさせて軍人さんの凛々しい口調になった。
「直ぐにそうお呼びする事になります。少なくとも我ら帝国騎士団は、皆、ジークバルト殿下と共にルナさまを主君としてお守りする誓いを立てております」
いやいや、気が早過ぎる。
頼むから外堀埋めに来ないで欲しい・・・泣。
「私のようなものが殿下のお隣に立つのも恐れ多い事です」
「何を仰います!あれ程のお力と叡智で殿下をお助けしたではありませんか!」
パンチ力は有るが、叡智って何だ?
とっとと話題を変えよう。
「ご用向きを伺いましょう」
「おお、失礼致しました。殿下から帝都の救護院の慰問をルナさまにお願いしたいと指示を受けて参りました」
「帝都の皆さんに被害が出た事は聞いております。それほど多くの犠牲があったのですか?」
怨嗟竜となった皇帝が落とした魔力の爆弾で、帝都に被害が出た。
亡くなった人もいたという。
そして、ひと月近く経った今も自宅に戻る事が出来ない重症者が多いのだろうか・・・?
「多くはありませんが今も入院中の者がおります。その中には家族を失った者もいるとの事です。ルナさまが慰問にいらっしゃれば、きっと回復を見せてくれるでしょう」
私の顔など見たところで元気になるとは思えないけれど、ジークさんのお墨付きで外に出られるのなら脱走のチャンスだ。
「分かりました。お力になれるか分かりませんが、少しでも皆さんの支えになるよう努めます」
「では明日、お迎えに、」
「今から参りましょう!」
私は身を乗り出してゼインさんにお願いした。
善は急げだ。
ゼインさんは目をパチクリさせたが、直ぐに頷いて立ち上がった。
「さすがは我らの戴く妃殿下!国民の為に迅速に動いてくださるお姿に皆喜びます!馬車を用意致しますので少々お待ち下さい」
しつこいな、ゼインさん。
妃殿下はじゃないってば。
帝国民の皆さまを前にして、逃亡の下心がチクチクと胸を刺す。
我が身可愛さに不純な動機で訪問する私を、どうか許して欲しい、涙。
所詮、私はヒロインではないのだ。
『元気になったね!』
「心配してくれてありがとう、クロ」
クロもニクスさんも毒ちゃんも、私がご機嫌になったのでほっとしているようだ。
皆んな、ごめんよ、心配かけて。
どうやって帝都から脱出しようか、考えながら私は馬車の到着を待った。
あの後、ジークさんのお屋敷に戻り、私は再び死んだように眠り続けた。
と言っても、永の眠りは空腹に勝てなかった。
お腹が空いてしまい、3日目にはちゃんと目が覚めた、笑。
ジークさんは約束通り、沢山ご馳走を用意してくれた。
久し振りの美味しいお肉とお酒とケーキに、生きていて良かったと実感した。
そしてひと月が経った今も、私はジークさんのお屋敷で厄介になっている。
収監部屋からは出して貰えるようになったのだが、今現在、外出制限令が出されてしまっている、泣。
と言うのも、どうやら先日の単独行動が不味かったらしい。
一件落着したので、そろそろ疎遠にしていた実家に顔を出そうと、毒ちゃんに乗せてもらい国境近くまで飛んだのだ。
しかし、物凄いスピードですっ飛んで来たドラゴンさん、もといジークさんに連れ戻されてしまった。
ジークさんのお顔が酷く蒼白だったので、何か問題が起きたのかと焦った。
だが、どうも無断越境はご法度だったらしく、ちゃんとした手続きを踏まないとならないとかナントカで、お屋敷に連行された。
魔獣姿の毒ちゃんを連れて越境するには届出が必要なのか?
まあ、確かに帝国の者が魔獣を連れて他国に侵入したら、外交上の問題になるかも知れない。
だが、私は帝国の人間ではなくセルバン人、つまりは故郷に戻るのだよ?
里帰りに何で書類が必要なのさ?
腑に落ちん。
そして今、更に腑に落ちないのが、その手続きとやらが完了したとの連絡が一向に無い事だ。
私が帝国に来た時って、数日かからず越境したのに・・・?
それ以降、お屋敷内は自由行動可なのだか、ジークさんの許可なしで外出は許されず、たかが街にも降りられない。
国内、引いては城下街に行く事すら許して貰えないのは、手続き関係ないですよね?
これはまだ外に危険があるという事なのか、ただ単に私に問題があるからのか。
まあ、これまではヒロインよろしく拐われたり、囚われたりで心配をお掛けしては来ましたが、汗。
だが、ひと段落したのだ。
以前のように危険が迫っているようには思えない。
更に、以前あれだけ危険な目に遭って来たというのに、その時は感じられなかったお屋敷の皆さんの眼が、今は少々怖いのだ。
監視されているような、お屋敷内を歩くと誰かしらの視線を感じるのだ。
まるで私が何かを仕出かすのではと見張っているような・・・泣。
ジークさんにとって、私は問題行動を起こすブラックリストの一人なのか?
問題児ならお家に返してくれて構わないのに・・・とほほ。
ジークさんに事の次第を問い正したいのだが、皇帝が色々やらかした後始末に多忙を極めている。
私が目覚めたその日は、気付いたらジークさんの抱き枕状態で一緒に寝ていたのだが、未婚の紳士淑女がけしからんとバラーさまに一喝され、今は別々の部屋で寝起きしている。
決して私から進んで抱き枕になった訳ではないよ?
にも関わらず、私も一緒に怒られた、むぅ。
よって、このひと月、まともにジークさんと話す機会が無いのだ。
国境から連れ戻された時も、満足な会話も出来ずにジークさんは会議室に篭ってしまった。
皇帝が化け物になって暴れたお陰で、皇城が半壊し使い物にならなくなった。
その為、今はこのジークさんのお屋敷で国の中枢を担う方々が集まり会議を行なっている。
案の定、皇帝を蟄居させたジークさんが次の皇帝に相応しいとされているのだが、本人は罪人の息子だとして固辞し続けている。
お屋敷内をウロチョロしていると、国のお偉い方々に度々呼び止められてはジークさんを説得するよう懇願されたりもする。
ジークさんは政治の空白を作らぬよう、適任者がその座に着くまで皇帝代行として朝から晩まで働いている。
睡眠や食事も疎かになっているようで、皇帝業はブラックだ。
体調が悪くなったところへ竜毒さん1号の襲撃に遭ってはと心配だが、クロから聞くジークさんの様子は今のところ大丈夫そうだ。
ただ、忙し過ぎてかなりイライラしているらしい。
話はしたいが、あまり近寄らない方がいいのかも知れない。
そう言えば、魔鉱石の指輪を無くしたのにクロと念話が出来るようになった。
クロ曰く、私の身体の中にある竜牙剣の力で、竜の魔力が強くなった事に関係があるらしい。
相変わらずチートな私で良か良か。
そんな訳で、碌に話も出来ない分、例の嫁問題も特に進展は無い。
私としては面倒事の先送りが出来て良か良かなのだが、問題を蒸し返す前にとっとと帝国から消える算段もつけたいところだ。
「毒ちゃん連れて国に戻ったらダメなのかな?早いトコ、お家に戻りたいのだけれど」
『ダメだろうな』
「魔獣の移動は制限されてるって事?」
『そうではないが、止めた方が身の為だ』
「どうして?」
『国が滅びるかも知れん』
毒ちゃんに、外出制限令の隙を突いて故郷への帰還を相談する。
けれども物騒な返事しか返って来ない。
「国って・・・?帝国?それともセルバンが?」
『どちらもだ』
「?銀狼さんがそれほど貴重で、銀狼さんを賭けての戦いが人間と魔獣の間で起きるって事?」
『怨嗟竜並みの、いや史上最強の竜が暴れ出したら手に負えん』
「??何で銀狼さんが国を跨ぐと竜が暴れ出すの?」
私が眉間に皺を寄せて悩んでいる様子に、毒ちゃんは溜息を吐いた。
私がジロリと睨むと、ハッとして顔を逸らした。
まあ、毒ちゃんは命の恩人で今や仲良しだから、溜息ごときで殴ったりしないよ。
ただ、溜息の音を聞いた私の左拳が、条件反射で繰り出される事はあるかもだけど、笑。
『とにかくだ、今は此処で大人しくしておれ!』
「やる事無くて死にそうですー」
『なら勉強しなよ』
黒猫姿のクロが私の肩にふわっと現れた。
「何の勉強?」
『帝国の歴史に、隣国の歴史に、外国語』
「ふえー、そんなにー?」
『世界を巡りたかったんでしょ?ご主人さまと話してたよね』
「え?そんな事言ったかな?」
ドラゴンさんに会った時、世界を巡るドラゴンさんツアーに爆売れの予感がしただけなのだが・・・?
『ご主人さまがまた、先生を連れて来てくれるって』
むぅ。
腹黒皇子め、余計な事を・・・泣。
「クロはセルバンに行った事ある?」
『あるけど、ご主人さまの許可が無ければ、大好きなルナのお願いでも飛ばないよ?』
むうー。
ならばニクスさんだ!
『私もダメよー』
名を呼ぶよりも早く、緑の美人さんは私の目の前に煌めく風を纏って現れた。
「え?!何でダメなんですか?」
『忙しいジークが可哀想じゃないの』
ジークさんが仕事に忙殺されているのに、私ひとりバカンスを楽しんでいるのは確かに申し訳ない。
「まあ、ジークさんが働いているのに遊んでいるのは心苦しいのですが・・・」
『なら、アンタも手伝えば良いじゃない』
「へ?他国の小娘に出来る仕事ってあるんですか?」
『僕、ご主人さまに聞いて来てあげる!喜ぶよ、ご主人さま!』
言うが早いが、クロはパッと消えてしまった。
何となく、面倒臭い事になりそうな予感が・・・汗?
すると、数分も経たず左眼がチリチリし出したと思ったら空間に蒼白い魔法陣が浮かび、クロを肩に乗せたジークさんが転移して来た。
久し振りに見るイケメンは、少し隈が出来てお疲れ顔だ。
眉間の皺は健在だが、以前は厳ついと思っていた目元が、今や垂れ下がって見えるのは幻覚なのか?
収監部屋のソファーに座る私の元まで早足で来ると、ジークさんは口を開く前に勢い良く私を抱き込んだ。
「済まない。政務が立て込んでルナとゆっくり過ごす時間が取れない」
ジークさんにしては早口だ。
彼は私の頭のてっぺんに溜息と一緒に口付けを落とした。
「いえいえ、私の事は気にせず帝国民の皆さんの為に頑張って下さい。それで、私もそろそろ実家に、」
「ああ、ルナが仕事を手伝ってくれるのなら助かる。詳細は副官のゼインを遣わせる」
私が言い終わる前に、普段には無い早口言葉でジークさんが被せて来た。
彼はもう一度ぎゅっと私を抱きしめると、額に口付けをしてさっさと魔法陣に向かってしまった。
むー。
私に質問の隙を与えない気だな?
「ジークさん!待っ・・・」
「ルナ、愛している」
!!
振り向き様に口角を上げてニヤつく意地悪顔でそう言うと、ジークさんは魔法陣と共に消えてしまった。
ううう・・・。
これは完全なる不意打ちだ・・・汗。
腹黒顔には免疫があったのに、あの顔にあの言葉を上乗せのダブル攻撃は卑怯だ、泣。
感情の起伏が無かったジークさんが、いとも容易くあの言葉を告げて来るとは・・・。
ジークさんは本当に変わった。
怒ってばかりだったけれど、今はよくスキンシップという攻撃を繰り出して来る。
しかも、今度はイケメン顔に甘い言葉を乗せるという、かつて無い強力な武器を振りかざして来るのだ、汗。
愛している。
私を妻にと望んでくれる甘い言葉。
その言葉をあまり考えないようにしていたが、やっぱり考えてしまう。
ジークさんの事は好きだ。
いや、大好きだ。
出来ればこのまま一緒に居たいと思う。
でも、私はやっぱりジークさんの一番でいたいから、ここには居たくない。
ジークさんは皇帝になるだろう。
嫌だと言って周りの期待を無碍にはしない人だから。
だからこそ、周りの意見も聞きながら皇帝として最善の選択をするだろう。
周りが必要だと言えば、それが自分の意にそぐわなくても。
そうなれば、私が妻としてジークさんを独占する事は出来ない。
沢山の女性が皇帝であるジークさんを支えるのだろう。
でも、私は嫉妬深いから、そんな関係に耐えられる自信は無い。
ジークさんから離れられなくなる前に、ジークさんから離れたい。
でも、離れる事を考えると苦しくなる。
この前の戦いの時、何度そう思っただろう。
離れたくない、会いたいと。
でも、今度こそ離れなければ。
死んで会えなくなるのではない。
だがら、前よりはマシだ。
でも、生きていれば会える?
ううん、生きていても、もう会いたくないよ。
私以外の誰かと一緒に幸せになるジークさんなんて、見れる筈が無い。
『ルナ?ルナ?!』
クロが私の膝の上で鳴いている。
『どうしたの?泣きそうな顔してるよ?外に出られないのが辛いの?』
確かにツライ。
ツライが、いつまでも悶々としていては女が廃る。
ここは将来のジークさんと帝国の為に、いや、やっぱり一番は惨めになりたくない自分の為に、潔く国に帰ろう!
「心配かけてごめんね、クロ。大丈夫よ」
迷惑はかけられないから、皆んなの力を借り外出制限令を掻い潜っての里帰りは難しい。
何か良い方法は無いものか・・・?
考え込む私の耳に扉をノックする音が聞こえた。
お屋敷の侍女さんがお客さんの訪室を告げて来た。
侍女さんの背後から大きな身体をひょこっと覗かせたのは、ジークさんの副官ゼインさんだった。
こちらを見て愛嬌のあるお顔でニッと笑うと、ソファーに座る私の元まで来て膝を突いた。
「ご無沙汰しております、ルナ妃殿下。お身体は回復なさいましたか?」
そう言って差し出して来た彼の手に、私は手を乗せようとした。
それを見ていたクロが私の膝から飛び上がり、ゼインさんの手を勢い良く叩き落とした。
『ルナに触れるなって、ご主人さまが怒っているよ』
私の膝に戻ったクロは、毛を逆立ててゼインさんを威嚇した。
それを見たゼインさんが、頭を仰け反らせて豪快に笑った。
「いやー、殿下がここまで嫉妬深いお方だとは」
いつも元気なゼインさんに釣られて笑ってしまう。
「お気遣いありがとうございます。身体は大丈夫です。そして、私は妃殿下ではありません」
ニッコリ笑って返すと、ゼインさんは眼をキリッとさせて軍人さんの凛々しい口調になった。
「直ぐにそうお呼びする事になります。少なくとも我ら帝国騎士団は、皆、ジークバルト殿下と共にルナさまを主君としてお守りする誓いを立てております」
いやいや、気が早過ぎる。
頼むから外堀埋めに来ないで欲しい・・・泣。
「私のようなものが殿下のお隣に立つのも恐れ多い事です」
「何を仰います!あれ程のお力と叡智で殿下をお助けしたではありませんか!」
パンチ力は有るが、叡智って何だ?
とっとと話題を変えよう。
「ご用向きを伺いましょう」
「おお、失礼致しました。殿下から帝都の救護院の慰問をルナさまにお願いしたいと指示を受けて参りました」
「帝都の皆さんに被害が出た事は聞いております。それほど多くの犠牲があったのですか?」
怨嗟竜となった皇帝が落とした魔力の爆弾で、帝都に被害が出た。
亡くなった人もいたという。
そして、ひと月近く経った今も自宅に戻る事が出来ない重症者が多いのだろうか・・・?
「多くはありませんが今も入院中の者がおります。その中には家族を失った者もいるとの事です。ルナさまが慰問にいらっしゃれば、きっと回復を見せてくれるでしょう」
私の顔など見たところで元気になるとは思えないけれど、ジークさんのお墨付きで外に出られるのなら脱走のチャンスだ。
「分かりました。お力になれるか分かりませんが、少しでも皆さんの支えになるよう努めます」
「では明日、お迎えに、」
「今から参りましょう!」
私は身を乗り出してゼインさんにお願いした。
善は急げだ。
ゼインさんは目をパチクリさせたが、直ぐに頷いて立ち上がった。
「さすがは我らの戴く妃殿下!国民の為に迅速に動いてくださるお姿に皆喜びます!馬車を用意致しますので少々お待ち下さい」
しつこいな、ゼインさん。
妃殿下はじゃないってば。
帝国民の皆さまを前にして、逃亡の下心がチクチクと胸を刺す。
我が身可愛さに不純な動機で訪問する私を、どうか許して欲しい、涙。
所詮、私はヒロインではないのだ。
『元気になったね!』
「心配してくれてありがとう、クロ」
クロもニクスさんも毒ちゃんも、私がご機嫌になったのでほっとしているようだ。
皆んな、ごめんよ、心配かけて。
どうやって帝都から脱出しようか、考えながら私は馬車の到着を待った。
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