真珠を噛む竜

るりさん

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第二章 ヒカリゴケ

クマとの遭遇

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第二章 ヒカリゴケ


 草原から森に入ると、周りの景色も空気も、何もかも草原とは違うことに気が付いた。エリクはもとより、本格的な旅をしたことのないリゼットやジャンヌも、森は初めてだった。本を読んだり話に聞いたりして知っている程度で、ジャンヌ自身も、森でクマに遭遇したらどう戦っていいかは分からなかった。
「これじゃあ、心もとないわね。誰一人として、町と草原以外の場所を知らないなんて」
 森の中は、わずかに木漏れ日が当たる場所がある以外は薄暗かった。広葉樹の森なのだから、なおさらだ。その薄暗さが皆を不安にさせた。
「これが、森。本当にいろいろな植物があるんだね。食べられる木の実や花があるって聞いたことがあるよ。ジャンヌは知ってる?」
「あんた、お気楽ね。まあいいわ。私も、どの木のどの実や花が食べられるかは、詳しくは知らない。でも、詳しい人を家族に引き入れちゃえば、そんなこと簡単なんじゃない?」
 何もかもが初めてのエリクのテンションに慣れてきたのか、呆れることなく淡々と、ジャンヌは答えていった。
 しばらく森の中を進んでいくと、木に囲まれた広場のようなものが見えた。陽が当たっていて、そこに生えている下草は柔らかそうだった。そこには草以外はなく、低木や樹木が丸く囲っているだけで、まるで森の中の休憩所のようだった。
 三人はホッとして、その広場のような場所に走っていった。広場に入ると、三人は荷物を放り出して寝転がった。
「お日様万歳」
 ジャンヌがそう言って嬉しそうにしていると、エリクとリゼットも同意した。いままで薄暗い森の中を歩いてきて、正直不安になってきていたのだ。
 だが、その平安な時間はすぐに破られることになった。
 樹木に囲まれている森のほうから、何かが近づいてくる音がしたからだ。ガサガサという音と、草や枝を踏みつける音がする。
「ジャンヌ、これってもしかして」
 リゼットが怯えて立ち上がると、ジャンヌも一緒に立ち上がった。
「そんなことないはずだよ。クマは人間のいるところには近づかない。あいつらだって人間が怖いんだから」
 二人が立ち上がったので、エリクもつられて立ち上がり、こちらに寄ってくる気配を感じ取った。
「でもジャンヌ、これ大きいよ」
「じゃあ、やっぱりクマなんだわ」
 そう言って、リゼットは思わずジャンヌに抱きついた。
「ちょっと、何してんのよ! あんたが抱きついてきたら戦闘態勢取れないじゃない! それよりご自慢の錬術はどうしたのよ?」
「人を傷つけるようなものは錬術とは言わないわ。ただの兵器よ。そんなもの私は使えないわ。それよりどうするの? 私たちピンチよ!」
 女子二人は、大声でそうやり取りをしていた。ひとり、こちらに近づいてくる気配に耳をそばだてていたエリクは、そんな二人の肩に手を置いて笑った。
「本当にクマだったんだね。引き返していったよ。二人の声で、ここに人間がいるって分かったんだ」
 その言葉を聞いて、リゼットとジャンヌは安心した。リゼットがジャンヌから離れて、衣類を整えた。
 すると、三人の後ろから突然声がかかった。
「ほう、やるじゃないか」
 男性の声だった。その声のほうを見やると、細い木の枝の端を口にくわえた男性が座ってこちらを見ていた。ジャンヌやエリクより少し年上だろうか。黒く長い髪を後ろに垂らし、片目につけている眼帯を隠すように、長く伸びた前髪を眼帯のほうに流していた。服装は、流れ者のようで、ずいぶんとそこらじゅうが擦り切れていたが、もとはいいものなのだろう。黒で全体をまとめているが、ものがいいおかげでダサくは見えなかった。
「ようやく見つけてくれたか。このまま素通りされるかと思ったぜ」
 男性は、立ち上がってエリクたちに近づいてきた。立ち上がると、その腰に下げた長剣が嫌でも目立った。彼は、はぐれ熊狩りなのだろうか。
「あんた誰?」
 近づいてくる男に警戒を隠せないジャンヌは、ナイフを構えて男に向けた。
「やめておけ。お前さん、まだ素人だろ。構えにスキがありすぎる」
 そう言って、男は剣を抜いた。
「女相手に剣を抜くのは趣味じゃないんだけどな。教えてやることくらいはできる」
 男は、くわえていた枝を少し遠くまで飛ばすと、片手で長剣を持ち、ジャンヌに向けたまま、笑った。
「短剣と長剣ではリーチが違いすぎるんだよ。このままではお前さんが少しこちらに向かってきただけでこの剣がその腕を貫くだろう。俺に勝ちたかったら、一瞬で間合いを詰められるほど速くなったほうがいい」
「失礼ね! ジャンヌはそんなに鈍くさくないわよ!」
 男にリゼットが反論すると、ジャンヌは、冷や汗をかいて、首を振った。
「いや、リゼット、この男の言うとおりだよ。この人は強い。そして、町では一、二を争うあたしたちの速さも、外の世界では鈍くさいレベルだってこと。この人と対峙しなければ、私もリゼット、あんたも一緒に息巻いていたよ。これからは、人を傷つける錬術も使っていかなきゃいけないかもよ」
「その通りだ」
 男は、そう言って剣を引き、鞘に戻した。
 そして、リゼットとジャンヌを一瞥すると、その奥にいたエリクを見た。
「そういえば、お前さん、底知れぬ気配を感じるな。名はなんていう? 俺はクロヴィス。訳あって実家を飛び出した根無し草だ」
「根無し草? 本当にそれだけ?」
 横から、リゼットの声が聞こえたが、男性は無視をした。クロヴィスはエリクだけを見ていた。エリクは、クロヴィスの迫力に押されながらも、答えた。
「エリクです。故郷に帰るための旅を始めたばかりです。生まれてから今までずっと、牢の中にいたので世間に出るのは初めてで。母さんの手紙にあった、家族になる人を探しながら旅をしているんです。リゼットとジャンヌはその家族のうちの二人です。彼女たちにいはずいぶんとお世話になっています」
 男性は、それを聞くと、少し考えこんで、二人の女性を見やった。
「あの二人が、家族ねえ」
 そう言って、笑った。腹を抱えて笑った。
「失礼ね! 何がおかしいのよ! あんたみたいな素性の分からない奴に笑われるいわれはないわ! どっか行きなさいよ、邪魔よ!」
 リゼットが怒って錬術用のステッキを持ち出した。何かの錬術をクロヴィスにかけるつもりなのだ。すると、クロヴィスは笑いを止めた。
「家族か」
 そう言って、クロヴィスは遠くを見るような目をした。
「血の繋がりがなくても、家族になれるんだな、あんたらは」
 そう言って、クロヴィスは三人に、ついてこい、と、言って右手を上げ、クイっと自分のほうに曲げた。
「ここは森の奥のほうだ。コンパスもここじゃ役に立たないだろう。俺はこの森には慣れているから、ついてこい」
 三人は、顔を見合わせた。
 もしかして、この人もいい人なのか? それとも、三人を何かの罠にはめようとしているのか?
「とりあえず、ついていくしかなさそうだね。どのみち私たち、道に迷っていたんだし」
 ジャンヌが、クロヴィスについていきながら、ため息をついた。すると、エリクが、言葉を返してきた。
「僕は、クロヴィスはいい人だと思う。看守以外の男性とああやって話したのは初めてだけど、優しい目をしていたよ。ああ見えて、本当は心の豊かな人なんじゃないかな」
「心の豊かな人、ねえ」
 ジャンヌは、エリクのその言葉を聞いて、エリクとクロヴィスを見比べた。心の豊かな人にはとても見えない。しかし、いままでエリクはいろいろなことを言い当ててきた。
 今回もそうであればいいのだが。
 そう思いながら、三人は、クロヴィスについて森の出口へ向かっていった。
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