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第五章 ブドウに宿る記憶
ブドウ摘み
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翌日、リゼットは真っ先に起きて火を起こす練習をしていた。あまりやりすぎると近辺の酸素濃度が薄くなってしまう。だから休み休みやっていた。
他の皆が起きだすと、ナリアが薪に火をつけた。リゼットはそれをよく見ながらふむふむと頷いていた。
食事は、朝、森でとれた果物や木の実だった。ナリアが保存用のパンをいくつか持っていたので、それを皆で分け合って食べた。食事が終わると、火を消して、いったん食休みをすると、片づけをした。今日はここでもう一泊する予定だった。村まではまだしばらくあるし、どうせならブドウがもっと取れるこの場所でジャムをたくさん作って村で売ればいい、そう思ったからだ。
「今日は、ジャムを煮込むから、火と鍋の見張り番を必ず一人、置かなきゃならないわ。鍋が焦げるといけないし、ジャムがちゃんと煮えるようにとろ火のままにしなきゃいけないから」
リゼットの説明に、皆が了解した。ナリアたちは、先を急ぐ旅ではないのでエリクやリゼットたちに付き合ってくれることになった。まず、リゼットを除く全員で森にブドウを採りに行く。リゼットは、きのう採ってきたブドウでジャムを作る。砂糖は、ナリアが持っていたものを一瓶、もらうことができた。
「ちょっと酸っぱいジャムになるけど、味は格別よ!」
みんなを送り出しながら、リゼットはそう言ってジャム作りに入った。
まず、ブドウを鍋の中に入れて手でつぶす。そのあと、果汁と皮を分けて、皮だけを捨てる。そして、果汁のほうに砂糖を加えてひたすら煮込む。保存用の瓶を煮沸消毒するための大きな火を起こすだけの薪も用意していた。
一方、リゼットを除くすべてのメンバーは山ブドウを採りに森の中に入っていった。山ブドウを袋の中に入れながら、会話が始まった。
「ナリアさん」
エリクが、少し不安そうにナリアに尋ねた。何の話かを察しているようで、ナリアは何も言わなかった。
「昨日のことなんですが」
「はい」
ナリアは、優しく微笑んだ。
「あれは、いったいどういうことなんですか? 僕のことも、母のことも、まったく意味が分からなくて」
「あれは、意味が分からなくてもよいのです」
「あのままで、いいんですか?」
「はい。わたくしの言ったことを覚えていてください。いずれ分かることですから、いまはこのままで」
ナリアはそう言って、エリクに向かって笑いかけた。その笑みに、どこか納得できたエリクは、そのまま黙って作業を続けた。他の場所ではジャンヌとクロヴィスが喧嘩のような会話のような、よくわからない話し合いをしていた。
作業をしながら、どんどん楽しい気分になってきたエリクは、ナリアにもう一度話しかけた。
「ナリアさん」
「なんでしょう」
今度は、返事が返ってきた。エリクはうれしくなって、話を進めていった。
「ナリアさんは、もうどれくらい旅をしているんですか? 家族は?」
すると、ナリアはふと、考えてからこう答えた。
「わたくしの家族は二つ。一つは、ずいぶん北にある国にいました。しかしその国が多額の負債を抱えて他の国に吸収されるときにバラバラになったのです。わたくしには兄もいるのですが、全く別の場所に住んでいます。再会できたのは最近のこと。家族と幼いころに離れ離れになったわたくしは、ある森の中の村の長老に拾われて育てられました。とてもよくしてくださったんですよ。そして、そこで何年も暮らしているうちに私の前に現れたのがセベルでした。彼は、何か懐かしいものに呼ばれている感じがすると言って旅に出たのです。それに惹かれた私は、彼とともに旅することを決めました。エーテリエはその森に住むわたくしの古くからの友人です」
「そうだったんですか。大変な思いをしたんですね」
エリクがナリアの話によく耳を傾けたので、ナリアは笑って答えてくれた。
ここで知り合ってからというもの、ナリアは笑顔以外の表情をあまり見せていない。いつでも機嫌が良い状態だった。
「大変だったとは、思っていませんよ」
ナリアは、ふと、手を止めて背伸びをした。
「わたくしはいま、とても幸せなのですから」
その言葉に、エリクは何かの引っかかりを感じた。自分は今幸せ、エリクは今、そう感じられているだろうか。どこかに母のことが引っかかって焦っている部分がありはしないだろうか。
ナリアは、エリクの母を守ってくれていると言った。いったい何から守っているのだろうか。母の身に何かの危険があるのだろうか。それを考えたら、自分だけこんなにいい家族に恵まれて、楽しい思いを毎日させてもらっていることがいいことではない、そう思えてきた。
「ナリアさん、僕は」
エリクが不安を口にしようとすると、ナリアの手がそれを止めた。
「承知しています。あなたが罪悪感を得ることはないのです。あなたが今感じている幸せ、楽しさ、家族への思い、全て許されたことであり、あなたの権利なのです。そして、あなたの母でさえ、それを侵害することは許されません。それに、私はあなたへ、伝言を預かってきたのです」
「伝言?」
ナリアは、頷いた。
「エリクには、家族といることの幸せを知ってほしい。その上で強く、たくましくなるのなら、ずっといい。もし、私を助けに来てくれるのなら、あなたの得た宝物である家族を連れてきてほしい。そのとき、はじめて私はあなたの母になれるのだから」
「そうだったんだ」
エリクは、ナリアの声で読み上げられた伝言を、かみしめた。ナリアの声が、途中から母の声に聞こえてきて、エリクは胸が詰まってしまった。
「ナリアさん、僕は母との約束を果たします。必ず、幸せを、この幸せを」
それ以上は、何も言えなかった。
ナリアは、ブドウをだいたい取り終えると、口論をしているのかなんだか分からない二人に声をかけて、リゼットのもとへ戻った。
他の皆が起きだすと、ナリアが薪に火をつけた。リゼットはそれをよく見ながらふむふむと頷いていた。
食事は、朝、森でとれた果物や木の実だった。ナリアが保存用のパンをいくつか持っていたので、それを皆で分け合って食べた。食事が終わると、火を消して、いったん食休みをすると、片づけをした。今日はここでもう一泊する予定だった。村まではまだしばらくあるし、どうせならブドウがもっと取れるこの場所でジャムをたくさん作って村で売ればいい、そう思ったからだ。
「今日は、ジャムを煮込むから、火と鍋の見張り番を必ず一人、置かなきゃならないわ。鍋が焦げるといけないし、ジャムがちゃんと煮えるようにとろ火のままにしなきゃいけないから」
リゼットの説明に、皆が了解した。ナリアたちは、先を急ぐ旅ではないのでエリクやリゼットたちに付き合ってくれることになった。まず、リゼットを除く全員で森にブドウを採りに行く。リゼットは、きのう採ってきたブドウでジャムを作る。砂糖は、ナリアが持っていたものを一瓶、もらうことができた。
「ちょっと酸っぱいジャムになるけど、味は格別よ!」
みんなを送り出しながら、リゼットはそう言ってジャム作りに入った。
まず、ブドウを鍋の中に入れて手でつぶす。そのあと、果汁と皮を分けて、皮だけを捨てる。そして、果汁のほうに砂糖を加えてひたすら煮込む。保存用の瓶を煮沸消毒するための大きな火を起こすだけの薪も用意していた。
一方、リゼットを除くすべてのメンバーは山ブドウを採りに森の中に入っていった。山ブドウを袋の中に入れながら、会話が始まった。
「ナリアさん」
エリクが、少し不安そうにナリアに尋ねた。何の話かを察しているようで、ナリアは何も言わなかった。
「昨日のことなんですが」
「はい」
ナリアは、優しく微笑んだ。
「あれは、いったいどういうことなんですか? 僕のことも、母のことも、まったく意味が分からなくて」
「あれは、意味が分からなくてもよいのです」
「あのままで、いいんですか?」
「はい。わたくしの言ったことを覚えていてください。いずれ分かることですから、いまはこのままで」
ナリアはそう言って、エリクに向かって笑いかけた。その笑みに、どこか納得できたエリクは、そのまま黙って作業を続けた。他の場所ではジャンヌとクロヴィスが喧嘩のような会話のような、よくわからない話し合いをしていた。
作業をしながら、どんどん楽しい気分になってきたエリクは、ナリアにもう一度話しかけた。
「ナリアさん」
「なんでしょう」
今度は、返事が返ってきた。エリクはうれしくなって、話を進めていった。
「ナリアさんは、もうどれくらい旅をしているんですか? 家族は?」
すると、ナリアはふと、考えてからこう答えた。
「わたくしの家族は二つ。一つは、ずいぶん北にある国にいました。しかしその国が多額の負債を抱えて他の国に吸収されるときにバラバラになったのです。わたくしには兄もいるのですが、全く別の場所に住んでいます。再会できたのは最近のこと。家族と幼いころに離れ離れになったわたくしは、ある森の中の村の長老に拾われて育てられました。とてもよくしてくださったんですよ。そして、そこで何年も暮らしているうちに私の前に現れたのがセベルでした。彼は、何か懐かしいものに呼ばれている感じがすると言って旅に出たのです。それに惹かれた私は、彼とともに旅することを決めました。エーテリエはその森に住むわたくしの古くからの友人です」
「そうだったんですか。大変な思いをしたんですね」
エリクがナリアの話によく耳を傾けたので、ナリアは笑って答えてくれた。
ここで知り合ってからというもの、ナリアは笑顔以外の表情をあまり見せていない。いつでも機嫌が良い状態だった。
「大変だったとは、思っていませんよ」
ナリアは、ふと、手を止めて背伸びをした。
「わたくしはいま、とても幸せなのですから」
その言葉に、エリクは何かの引っかかりを感じた。自分は今幸せ、エリクは今、そう感じられているだろうか。どこかに母のことが引っかかって焦っている部分がありはしないだろうか。
ナリアは、エリクの母を守ってくれていると言った。いったい何から守っているのだろうか。母の身に何かの危険があるのだろうか。それを考えたら、自分だけこんなにいい家族に恵まれて、楽しい思いを毎日させてもらっていることがいいことではない、そう思えてきた。
「ナリアさん、僕は」
エリクが不安を口にしようとすると、ナリアの手がそれを止めた。
「承知しています。あなたが罪悪感を得ることはないのです。あなたが今感じている幸せ、楽しさ、家族への思い、全て許されたことであり、あなたの権利なのです。そして、あなたの母でさえ、それを侵害することは許されません。それに、私はあなたへ、伝言を預かってきたのです」
「伝言?」
ナリアは、頷いた。
「エリクには、家族といることの幸せを知ってほしい。その上で強く、たくましくなるのなら、ずっといい。もし、私を助けに来てくれるのなら、あなたの得た宝物である家族を連れてきてほしい。そのとき、はじめて私はあなたの母になれるのだから」
「そうだったんだ」
エリクは、ナリアの声で読み上げられた伝言を、かみしめた。ナリアの声が、途中から母の声に聞こえてきて、エリクは胸が詰まってしまった。
「ナリアさん、僕は母との約束を果たします。必ず、幸せを、この幸せを」
それ以上は、何も言えなかった。
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