真珠を噛む竜

るりさん

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第七章 ライラック香る町

実家で口喧嘩

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 運河の町がクロヴィスの故郷。
 そうセベルに言われて、誰もが驚いた。そして、全員がクロヴィスのほうを見た。
「本当なの、クロヴィス?」
 セリーヌが半信半疑で聞いてきたので、クロヴィスは、目を逸らしてひとつ、頷いた。すると今度はジャンヌがため息をついて、クロヴィスを見た。
「ということは、ここにあんたの実家があるってことか。よくこの町に寄る気になったね。嫌な奴らなんでしょ」
「ああ。俺には嫌な思い出しかない。あいつらに俺の新しい家族を馬鹿にされるのも癪だったからな、なるべく近寄りたくもなかった。だけど、そんなこと、お前ら許してはくれないだろ。だったら、ちゃんとけじめ付けて、あいつらを完全に他人にしたうえでエリクやジャンヌたちと一緒に暮らしたいって思ってる。それも、俺一人いればいいことだと思っていたが、お前らが許してくれないだろうからな」
「当り前じゃない!」
 リゼットが、少し怒り気味に声を張り上げた。
「いますぐ実家に連れて行きなさい。あたしたちも乗りこんでいってやるから!」
「クロヴィスが流れ者になってしまうほどひどい人たちなんでしょう」
 セリーヌが加勢した。
「そんな人たちがどんな顔をして生活しているのか、クロヴィスのことをどう考えているのか、気になるところですね」
「そうだな。だが、ジャンヌやリゼットみたいな下品なのが知る分にはどうでもいいが、セリーヌみたいに上品だとな。俺の実家はちょっと」
「下品って何よ!」
 クロヴィスの言葉に、ジャンヌが食いついてきた。リゼットも同じようにクロヴィスを睨んでいる。そこで、セリーヌが改めて説明をした。
「クロヴィス、私はそんなに上品じゃないわ。生物学やランサーの研究をしていればエグイものをあつかうこともしばしばありますから。私が丁寧なのは口調だけ」
「まあ、それはそうかもしれないが」
 すると、エリクが笑って皆を見渡した。
「みんな、皆のことをもっと知ろうよ! 僕たちは出会ってからいろんなことに出会ったけど、まだ互いのことをあまり知らないでしょ。たしかに、性格とかそういうのは、よく知って理解しているほうだと思うけど、皆の過去や事情についてはそんなに知らない。今回はクロヴィスのことをよく知るいい機会だよ。皆、クロヴィスと協力して、クロヴィスの居場所を定めてあげようよ。今のままだと宙ぶらりんで、クロヴィスもかわいそうだよ」
 エリクの力強い言葉に、全員が頷いた。そして、ナリアやセベルたちとは別行動で、クロヴィスの家に向かうことにした。
 クロヴィスの元いた家と実家の店は大通りから細い路地に入っていった場所にあって、観光地であるこの町の、観光客がほぼ来ない場所にあった。
 店先に並んでいたのは、どれもきわどい女性用の下着で、エリクは思わず目を閉じて赤面してしまった。女性三人は開いた口が塞がらないでいた。
「クロヴィスの実家って、きわどい下着売ってたんだね」
 ようやく頑張ってジャンヌが喋ると、クロヴィスは、まるで仇を見るかのような表情で店を見た。
「この下着に罪はない。作っている人間にも使う人間にもだ。だが、それを売る人間に、俺の夢を否定する権利はないんだよ。こんな店、潰れちまえばいい」
 クロヴィスがそう吐き捨てると、店の中から誰かが出てきて、クロヴィスを見た。そして、笑顔でクロヴィスのもとへ向かってきた。
「クロヴィス、何年ぶりかしら! 伯父さん呼んでくるから待ってて!」
 いったんクロヴィスの手を握ったその女性は、すぐに店の中に戻っていった。
「クロヴィスの話から察するに、従弟のお嫁さんってところかしら?」
 リゼットは注意深く観察しながら腕組みをした。
 しばらくそこで待っていると、先程の女性が一組の夫婦を連れて戻ってきた。すると、夫婦のうち男性のほうが、クロヴィスを見るなり殴りかかってきた。
 クロヴィスはその拳をとっさに掌で受け止めた。
「相変わらずだな。帰ってきた息子にかける言葉もなく暴力かよ」
「暴力? クロヴィスは暴力を振るわれていたの?」
 驚くジャンヌに、クロヴィスは、頷いた。すると、今度は女性、つまりクロヴィスの母親のほうがクロヴィスのそばに寄ってきた。
「クロヴィス、今はあなたの従弟夫婦がこのお店を切り盛りしているけど、あなたが帰ってきたら、二人とも店主を譲るって言ってくれているのよ。非現実的な夢ばかり追いかけていないで、そろそろ落ち着きなさい。それがあなたのためでもあるのよ」
 次いで、先程拳を振り上げた父親がクロヴィスにこう言った。
「お前が花屋だ? 笑わせるな」
 そう言って、鼻で笑った。
 すると、それを見ていたエリクが心の中に何かの違和感を覚えた。クロヴィスが花屋になりたい、そう聞いたとき何故か誰もが納得した。クロヴィスはこの中の誰よりも植物に詳しいし、興味も持っていた。なにより、誰より植物を愛していた。ヒカリゴケのこともニッコウキスゲのことも、山ブドウのことも、誰よりもよく知っていた。
 だから、クロヴィスが花を売る仕事に就きたいという夢を知っても、何の疑問も抱かなかった。しかし、エリクは他の部分に違和感を持っていた。
「クロヴィスのお父さん、それはおかしいよ」
 エリクは自分でもよくわからないまま、クロヴィスの父親に食って掛かっていた。
「クロヴィスは花屋になるために努力しているし、すごく花も植物も好きだ。こういった布で出来たものを売るのには向いていないよ。僕は、クロヴィスみたいな、植物が好きな人が売ってくれた花なら買う。だけど、嫌々売っているものを買おうとは思わないよ。それに、人の夢を馬鹿にする人が家族だなんて、それはとても不幸なことだと思う」
「そうね」
 リゼットが、エリクの言葉を受け取って続けた。
「夢を追って、それで挫折してすぐに諦めたり、周りに迷惑かけてもやり続けても、どうしても叶わなくて、無理して追っているのなら親は止めなきゃいけない。でも、夢を追っている本人が努力の結果を得ることができているのなら、親はその芽を摘んではいけないわ。もし、それができてしまうようなら、あなたに親の資格はない」
 リゼットは、ちらりとジャンヌを見た。ジャンヌは彼女の意をくんで言葉を受けついだ。
「つまり、あんたはクロヴィスを自分のとこに縛り付けて虐めていたいだけ。もし、それがまかり通ることがあるなら、それほど不幸なことはないよ。クロヴィスはもう、私たちの家族。今回あんたたちの態度を見て、確信したよ。そして、この旅が終わったら、あたしたちはどこかの町でクロヴィスの構えた店を一緒に切り盛りして暮らしていくよ。クロヴィスの夢はみんなの夢。一緒に夢を追えるのが家族だからね」
 ジャンヌは、そこでいったん話題を切った。クロヴィスの両親がどう出るか、気になったからだ。まだ、セリーヌのセリフは残されていた。そのセリフを振る前に、ジャンヌは話題をあえて切った。
「なんなんだ、あんたたちは!」
 口火を切ったのは、従弟の男性のほうだった。顔が赤い。
「ゼンテイカ家の者よ。クロヴィスの家族。あんたたちとは違って、ちゃんと彼を支えるだけの力を持った、まともな家族よ」
 リゼットに言われて、皆のセリフを聞いて、クロヴィスは涙をこらえていた。自分が決着をつけると言ったのに、決着をつけに来たのはエリクたち家族の者だった。やはり自分の居場所はゼンテイカの家にあった。定住地は持たないが、いずれ持った時に一番頼りになる存在。定住地を持たない今でも、最も心のよりどころになる、帰る場所。
「もう二度と」
 セリーヌが、静かに言葉を紡ぎ始めた。
「もう二度と、あなたたちはクロヴィスの家族と名乗らないでいただきたい。彼の家族は私たちであり、彼を苛む者ではないからです」
「苛んでいるのはあなたたちよ!」
 母親が、食い下がってきた。
「クロヴィスがこんなに汚らしい格好で旅しているのはあなたたちといるせいだわ! ここで下着を売って安寧した生活をしていれば、きれいな服も着て、きれいなお嫁さん見つけて、真っ当な人生を歩めているはずなのに!」
「真っ当な人生?」
 母親の言葉に、クロヴィスは声を震わせた。
「てめえの価値観押し付けてくるんじゃねえよ。自分の服も、生活も家族も、好きな女も、自分で選ぶ! 誰にも邪魔はさせねえ!」
 そう言って、クロヴィスはジャンヌの腕を引っ張って、自分の横に引き寄せた。
「何すんのよ!」
 ジャンヌは叫んだが、クロヴィスはジャンヌを見ずに父親と母親を見据えていた。
「これで、決心がついた。もうここはなんでもないただの下着屋だ。俺の故郷もここじゃない。これですっきりした」
 クロヴィスの顔は晴れやかだった。未練たらしく自分を見ている人間たちを尻目に、エリクたちのもとへ戻っていく。ジャンヌの腕をそっと放すと、ジャンヌは訳も分からないままクロヴィスの後をついていった。クロヴィスは、皆の先頭に立って、家を離れて大通りに出ていった。人の多い観光名所をいくつか通り過ぎて、河に近い桟橋のある通りに出ると、そこに一軒のジェラート屋があった。そこでめいめい好きなジェラートを頼むと、河の見えるベンチを二つ使って腰かけた。
「みんな、ありがとうな。おかげで踏ん切りがついた」
 クロヴィスの表情は晴れやかだった。今までとは少し印象が違う。
 それに気づき、皆はにこにこして嬉しそうにジェラートを頬張っていた。
 みんなは、クロヴィスのことをより深く知ることができた。同時に、人の内情を知ることよりも、もっと重要なことがある、そのことも知った。
 エリクは、それに気が付いて、皆のことをもっとよく知りたいとは言わなくなった。ジェラートを食べ終わると、家族全員で町を観光してまわることにした。
 まだ日は高かった。皆は、家族五人で巡るこの町に、新鮮な気持ちで挑んでいくことにした。
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