真珠を噛む竜

るりさん

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第七章 ライラック香る町

香水を作ろう

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 リゼットは、錬術が使える。
 その中には、香水の原料となるものから、一瞬で香水を作ることができるものもあった。もちろん、高度な技術を要するが、ナリアに道中教わっているうちにリゼットは自然に使えるようになっていた。最初は野山に生えているハーブや香りの強い木の皮などで試していたが、今度はライラックの花でやることを決めた。
「強いアルコールがあれば、香水は生成できるわ。ライラックの花の咲いているお宅を回って、香水をすぐにおつくりしますって言うのもありだと思うの。ライラック自体を安値で買い上げて、作った香水を高値で売るって手もあるわ。あとは、町の外に自生しているのもあったでしょ。それを摘んできてもいいわ」
 リゼットの提案に、皆は顔を見合わせながら驚いた。クロヴィスが、顎に手を当てて、少し考えた。
「アルコールはどこで手に入れるんだ? まさか酒屋じゃないだろうな」
 すると、リゼットは笑顔で頷いた。
「もちろん、酒屋よ。アルコール度数の高くて安いスピリッツを買ってきて、その中からアルコール分だけを錬術で抜き取るの。だから最低でも瓶や入れ物が二つは要るわ」
「そのアルコールとライラックの花を錬術でああしてこうして、香水を作るんだ」
 ジャンヌが補足する。リゼットは嬉しそうにしていた。それを見て、エリクが少し困ったような顔をした。
「リゼット、香水を入れる瓶って高そうだよね。それ、どうするの?」
「香水瓶ね」
 リゼットは、急に冷や汗をかきだした。そこまでは考えていなかった。香水は作れても、錬術レベルの術ではモノを生み出すことまではできなかったからだ。
 リゼットが困っていると、エリクは最終手段に打って出ることにした。
「じゃあ、ナリアさんに聞こうよ。ジャムの瓶もナリアさんにもらったんだから、相談すれば力になってくれると思う。でも、ナリアさんからもらうことはできないだろうから、僕たちで何とかしなきゃいけないことは確かだけど」
「そ、そうね」
 リゼットは冷や汗を拭いた。そこで、全員でナリアを探すことにした。この町でやることは決まったのだから、あとはその方法をきちんと確立すればいい。
 ナリアはすぐに見つかった。その独特の銀色の長い髪は遠くからでもよく目立つからだ。彼女はセベルやエーテリエとともに、ライラックの香る住宅街の近くにある静かなカフェにいた。
「香水瓶?」
 皆でそのカフェに入り、エリクが今までの経緯を説明すると、ナリアはそう言って少し考えこんだ。おそらく、彼女の力をもってすれば香水瓶などいくらでも生み出すことは可能だろう。しかし、それではエリクやリゼットたちが成長しない。
 リゼットたちのお茶が来て、ナリアが考え込むのをやめると、すでに皆の考えはまとまっていた。
 セリーヌが、自分の手を見つめてつぶやく。
「不思議。皆でいると、どんどん答えが見つかっていくわ」
「三人寄れば文殊の知恵、ってね」
 ジャンヌが得意げに言ったので、エリクはびっくりした。
「ジャンヌ、難しい言葉を知っているんだね」
「本当」
 エリクの足りないところを補うように、リゼットは目を座らせてジャンヌを見た。
「馬鹿の一つ覚えでしょ。スリ稼業で教育も受けていないジャンヌが知っていることわざなんて、知れているわ」
「なんですって!」
 ジャンヌが、リゼットの挑発に久しぶりに乗ると、皆から笑いが起こった。久しく見ていない光景だ。ジャンヌとリゼットのこう言った光景を見ると、皆が安心した。
「こう言った光景を見ていると、平和な今の状態がありがたいものに思えますね」
 ナリアは、クスリと笑ってお茶を一口、口に含んだ。そして、ひとしきりの笑いが収まると、静かに自分の意見を述べた。
「香水は、なにもガラスの香水瓶に入れられている必要はないのです。ただ、その性質上、ガラスの瓶が最もふさわしいだけのこと。もし、ガラスが良いのなら、ガラス専門店のものではなく、安物市で大量に売っているものを仕入れるもの良いでしょう。また、よくなめした皮の袋でも構いません。木彫りのものに、防水のニスを塗ったものもあるようです。中身がおしゃれなものですから、外はそんなにしゃれていなくても売れることでしょう」
 ナリアの提案に、リゼットは少し考えた。ナリアの言っていたものの中で、最も皆でやりやすいものは何だろう。
「今のうちに」
 まだ考えがまとまらなかったが、リゼットは自分の考えていることを順次に口にしていくことにした。皆が耳を澄ませる。
「今のうちに、取れるだけのものを取って、ジャムを作る。それを売ったお金で香水瓶を安物市で買うわ。クロヴィス、今の時期ジャムになるものはマルベリー以外に何がある?」
 問われたクロヴィスは、すぐに答えた。
「マルベリーのほかには、ボイセンベリー、ブラックベリー、キイチゴ、イチゴ、ヤマモモ、ブルーベリー、と言ったところか。レモン果汁はさっき買ったし、砂糖の値も今は落ち着いている。ジャムを作りにはもってこいだな」
「でも、それじゃ、皆ジャム作るよね」
 エリクが、心配そうにしているので、今度はセリーヌが笑顔で人差し指を一本、立てた。
「大丈夫。今回マルベリーのジャムが高値で売れたのは、この町に畑が少ないからです。さらにその中で今クロヴィスが言ったものを育てている農家はほとんどいません。この町を回って分かったことですけれど。道々ジャムを作っていった私たちだからこそ、マルベリーのジャムは作れたんです。エリク、ここはリゼットを信じましょう」
 セリーヌの説明に、エリクは不安な顔を笑顔に変えて頷いた。
 それを見ていたジャンヌとリゼットは、お互い頷きあって答えを出した。
「じゃあ、まず、明日の朝市で安い瓶を仕入れましょ。その足でベリー取りに行って、何日かかけてジャムを作る。もちろんこの町から離れた森の中でだから、野宿になるね。ジャムが出来たらそれを売って、資金にする。その資金で今度はまた朝市に行って、香水に使えそうな安い瓶を買う。それをに、リゼットの作った香水を入れて売りに出す、と。ライラックは各家の庭先に咲いているものが主だから、その家に香水瓶の代わりになるものがあれば瓶は要らずに売ることができる。次の村や町に言って売るのなら、町の郊外に自生しているものを使って作った香水を売りさばく。これでいいかな」
 ジャンヌの説明に、皆が頷いた。ナリアが満足そうな顔をしている。
 そこで、ジャンヌがまとめた行動通りに、皆が動くことになった。とりあえずは今夜予約した宿に泊まって、明日の朝早くに朝市に出かけることになった。
 皆は、今日はできるだけお金を使わないように、早いうちに宿に入って、体力をつけるために早く寝た。
 次の日、朝市に行くと、ちょうどジャムの瓶にふさわしいものがいくつかあったので、安値のものを仕入れた。その瓶を持って、ナリアたちを除く皆は町から出た。
 町を出てしばらく行くと、野生のキイチゴの群生地帯がすぐ見つかった。手分けしてそれを集めると、リゼットの指示に従い、キイチゴのジャムを作った。
 そのジャムは、意外と高値で売れた。それを元手にして、次は、もう一度連泊している宿に泊まって次の日の朝を迎えた。
 再び朝市に行くと、おあつらえ向きの小瓶がいくつかあり、リゼットはそれを仕入れることができた。皆で手分けして予算内の小瓶を集めると、結構な数になった。アルコールを買いに行くのはクロヴィスとエリクの役目だった。女性三人は瓶を洗ったり拭いたりする作業で忙しかったからだ。
 エリクは、なるべくアルコール度数の高い酒を選んでいるクロヴィスを見て、少し疑問を抱いた。クロヴィスは、本当にあれでよかったのだろうか。のちに禍根は残っていないのだろうか。
「ねえクロヴィス」
 エリクが恐る恐る話しかけると、クロヴィスは酒を選びながら答えた。
「エリク、今は酒を選ぼう。お前の質問の答えはそれからだ」
 クロヴィスはエリクが何を聞きたいのか、分かっているのだろうか。エリクは不思議に思いながら、クロヴィスとともに、この店で最もアルコール度数の高い酒を選んで店を出た。帰る道すがら、エリクはクロヴィスの表情が気になって仕方がなかった。そんなエリクの様子を知ってか、クロヴィスはため息を一つ、ついて、立ち止まった。そして、近くにあるベンチを指さした。
「少し話していこうか」
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