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第十四章 花椒
わずかなことで
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クロヴィスは、ジャンヌのことを想ったとき、何も感じなかった。
それが何のせいなのか、どうしてそんなことになったのかは分からない。クロヴィス自身にもその気持ちがどうして消えてしまったのか、見当もつかなかった。
「おかしいんだ。むしろ、ジャンヌのことを考えたら、何も感じなくてイライラする。しばらく、会わないほうかいいのかな」
クロヴィスは後ろ向きになっていた。当然だ。好きだと言った女のことをむしろ嫌いになってしまっているのだから。しかもジャンヌのほうはクロヴィスを嫌っているわけではない。
「変化を受け入れる時なんだ」
アースは、窓の外をじっと見ていた。クロヴィスのほうは見ていない。
変化を受け入れる時とは何なのだろう。クロヴィスはアースの言葉が不思議でならなかった。
もしかして、クロヴィスとジャンヌの間に何かがあるのだろうか。
クロヴィスが一人で悩んでいると、アースが外を見ながら、少し笑った。
「お前とジャンヌは告白しあったが、付き合ってはいなかっただろう」
クロヴィスは、そう言われてハッとした。そういえば、ジャンヌとは付き合っていない。恋人同士として何かをやったこともない。
「確かにそうだけど、でも、変化って何なんだ?」
アースは、そこで初めてクロヴィスのほうを見た。そして、エスプレッソを一口飲むと、こう言った。
「ただ好きというだけでは、恋人にも夫婦にもなれない。相手のことを想うということがどういうことか、お前は分かりかけているんだ」
「俺が?」
アースは、何も言わずに頷いた。そして、苦いエスプレッソを飲み干すと、店員を呼んで朝食用のパンを二人前、頼んだ。
アースは、それ以上何も言わなかった。
クロヴィスはもっと答えがほしかった。しかし、そう簡単に答えを得ることに意味はない。こればかりは自分で探さなければならない。そう思って引き下がった。
「なあ、そう言えばあんたは、どういう恋をしてきたんだ? エリクの前では、奥さんと双子の子供がいるくらいしか言わなかったじゃないか」
アースは、クロヴィスの問いに、少し困った顔をした。
「心配ばかりかけていたな」
少し憂いのある表情、これをクロヴィスはどこかで見たような気がした。しかし、そのことには言及せず、続けた。
「信頼しあっているんだな。だから、あんたがここにいても何も言ってこないのか」
アースは、その問いに、瞼を少しだけ落として答えた。
その時、朝食を終えて引き揚げていく客の間を縫って、リゼットたちが階上から降りてきた。眠い目をこすりながら、カフェに入ってくる。
「まだ眠いけど、頑張らなきゃね」
リゼットが笑顔でクロヴィスを見る。ジャンヌがリゼットの隣に座る。
クロヴィスは、こちらを見るジャンヌから、目を逸らした。
「クロヴィス?」
ジャンヌから目を逸らして緊張しているクロヴィスの様子が変だったので、皆は訝しんでクロヴィスに聞いた。しかし、クロヴィスは何も答えなかった。
どうしたらいいのか、ジャンヌにどういう態度で接したらいいのか、分からない。
クロヴィスは困惑して自分の頭を抱えた。
「答えが出ないうちは、無理をしないほうがいい」
アースが、周りに座って行く皆をよそに、クロヴィスの手を取った。
「眠っていないから、疲れているだけだ。俺が一緒にいるから、皆は食事をしていてくれ」
そう言って、クロヴィスを連れてどこかへ行ってしまった。
皆は、一人一人思い思いの朝食を頼んで、その場で話をしながら食事をした。
「小さなころに、お母さんが教えてくれたフルートを、また練習してみようと思うの。ナリア様が教えてくれるっておっしゃったから」
食事が来るのを待っている間、リゼットが嬉しそうに話し始めた。
「花小人さんには少し大きくないかしら?」
セリーヌが問いかけると、リゼットは人差し指を立てて、左右に揺らした。
「花小人用に作られたフルートがあるのよ。音色はそんなに変わらないわ。いま、練習用のものでやらせてもらっているのよ。ほら、これから旅費を稼ぐために開くお店で、客引きができるでしょ。いろんな曲を覚えていればなおさらいいわ」
「ああ」
エーテリエが、手のひらを静かに叩く。
「リゼットが見張りの時にいい音色が聞こえてきたのは、そのためだったんだね」
リゼットは、頷いた。
しかし、それもつかの間、リゼットは腕組みをして、顔をしかめた。
「調子狂うわね、どこぞのコソ泥が何も言わないなんて」
ジャンヌは、話題を振られても何も言わなかった。
「ちょっと、この私を無視するなんて、どういう了見よ?」
リゼットは少し怒っていた。
普通なら、今の場面でジャンヌが、あのうるさい笛の音が、とか、雑音だったとか、そう言う言い方をするのに、今日はそれがない。
「一体全体どうしたのよ、ジャンヌ? 何とか言いなさいよ!」
リゼットが怒って立ち上がると、ジャンヌは涙を一つ、流した。
「クロヴィスが目を逸らした。アースさんの手は取ったのに。どうしよう。何で嫌われたのか、全然わかんない。変な化粧したせいかな」
それを聞いて、そこにいる全員が静かになってしまった。ジャンヌの気持ちが重くなっている。先ほど見たクロヴィスの態度は幻ではなかった。ただ、皆、ジャンヌが見ていなければそのままにしておこう、そう思って口に出さなかっただけだ。
「やっぱり、変だよね」
エーテリエが、深刻な顔をして考え込む。感じていることはみんな同じだった。
そんな時、上階から何かが降りてきた。
黒猫のユーグだ。
ユーグは、ナリアの傍にすり寄ってにおいを付けた後、ナリアの膝に飛び乗って鼻と鼻で挨拶をした。
「少し、時間をください」
ナリアは、ジャンヌのほうを見て、言った。
「これから向かう大都市はかなり南にあります。そこへ行くまでの間でよい。ジャンヌ、あなたにもクロヴィスにも、この先にある難関を乗り越えるだけの力が必要になるでしょうから」
それが何のせいなのか、どうしてそんなことになったのかは分からない。クロヴィス自身にもその気持ちがどうして消えてしまったのか、見当もつかなかった。
「おかしいんだ。むしろ、ジャンヌのことを考えたら、何も感じなくてイライラする。しばらく、会わないほうかいいのかな」
クロヴィスは後ろ向きになっていた。当然だ。好きだと言った女のことをむしろ嫌いになってしまっているのだから。しかもジャンヌのほうはクロヴィスを嫌っているわけではない。
「変化を受け入れる時なんだ」
アースは、窓の外をじっと見ていた。クロヴィスのほうは見ていない。
変化を受け入れる時とは何なのだろう。クロヴィスはアースの言葉が不思議でならなかった。
もしかして、クロヴィスとジャンヌの間に何かがあるのだろうか。
クロヴィスが一人で悩んでいると、アースが外を見ながら、少し笑った。
「お前とジャンヌは告白しあったが、付き合ってはいなかっただろう」
クロヴィスは、そう言われてハッとした。そういえば、ジャンヌとは付き合っていない。恋人同士として何かをやったこともない。
「確かにそうだけど、でも、変化って何なんだ?」
アースは、そこで初めてクロヴィスのほうを見た。そして、エスプレッソを一口飲むと、こう言った。
「ただ好きというだけでは、恋人にも夫婦にもなれない。相手のことを想うということがどういうことか、お前は分かりかけているんだ」
「俺が?」
アースは、何も言わずに頷いた。そして、苦いエスプレッソを飲み干すと、店員を呼んで朝食用のパンを二人前、頼んだ。
アースは、それ以上何も言わなかった。
クロヴィスはもっと答えがほしかった。しかし、そう簡単に答えを得ることに意味はない。こればかりは自分で探さなければならない。そう思って引き下がった。
「なあ、そう言えばあんたは、どういう恋をしてきたんだ? エリクの前では、奥さんと双子の子供がいるくらいしか言わなかったじゃないか」
アースは、クロヴィスの問いに、少し困った顔をした。
「心配ばかりかけていたな」
少し憂いのある表情、これをクロヴィスはどこかで見たような気がした。しかし、そのことには言及せず、続けた。
「信頼しあっているんだな。だから、あんたがここにいても何も言ってこないのか」
アースは、その問いに、瞼を少しだけ落として答えた。
その時、朝食を終えて引き揚げていく客の間を縫って、リゼットたちが階上から降りてきた。眠い目をこすりながら、カフェに入ってくる。
「まだ眠いけど、頑張らなきゃね」
リゼットが笑顔でクロヴィスを見る。ジャンヌがリゼットの隣に座る。
クロヴィスは、こちらを見るジャンヌから、目を逸らした。
「クロヴィス?」
ジャンヌから目を逸らして緊張しているクロヴィスの様子が変だったので、皆は訝しんでクロヴィスに聞いた。しかし、クロヴィスは何も答えなかった。
どうしたらいいのか、ジャンヌにどういう態度で接したらいいのか、分からない。
クロヴィスは困惑して自分の頭を抱えた。
「答えが出ないうちは、無理をしないほうがいい」
アースが、周りに座って行く皆をよそに、クロヴィスの手を取った。
「眠っていないから、疲れているだけだ。俺が一緒にいるから、皆は食事をしていてくれ」
そう言って、クロヴィスを連れてどこかへ行ってしまった。
皆は、一人一人思い思いの朝食を頼んで、その場で話をしながら食事をした。
「小さなころに、お母さんが教えてくれたフルートを、また練習してみようと思うの。ナリア様が教えてくれるっておっしゃったから」
食事が来るのを待っている間、リゼットが嬉しそうに話し始めた。
「花小人さんには少し大きくないかしら?」
セリーヌが問いかけると、リゼットは人差し指を立てて、左右に揺らした。
「花小人用に作られたフルートがあるのよ。音色はそんなに変わらないわ。いま、練習用のものでやらせてもらっているのよ。ほら、これから旅費を稼ぐために開くお店で、客引きができるでしょ。いろんな曲を覚えていればなおさらいいわ」
「ああ」
エーテリエが、手のひらを静かに叩く。
「リゼットが見張りの時にいい音色が聞こえてきたのは、そのためだったんだね」
リゼットは、頷いた。
しかし、それもつかの間、リゼットは腕組みをして、顔をしかめた。
「調子狂うわね、どこぞのコソ泥が何も言わないなんて」
ジャンヌは、話題を振られても何も言わなかった。
「ちょっと、この私を無視するなんて、どういう了見よ?」
リゼットは少し怒っていた。
普通なら、今の場面でジャンヌが、あのうるさい笛の音が、とか、雑音だったとか、そう言う言い方をするのに、今日はそれがない。
「一体全体どうしたのよ、ジャンヌ? 何とか言いなさいよ!」
リゼットが怒って立ち上がると、ジャンヌは涙を一つ、流した。
「クロヴィスが目を逸らした。アースさんの手は取ったのに。どうしよう。何で嫌われたのか、全然わかんない。変な化粧したせいかな」
それを聞いて、そこにいる全員が静かになってしまった。ジャンヌの気持ちが重くなっている。先ほど見たクロヴィスの態度は幻ではなかった。ただ、皆、ジャンヌが見ていなければそのままにしておこう、そう思って口に出さなかっただけだ。
「やっぱり、変だよね」
エーテリエが、深刻な顔をして考え込む。感じていることはみんな同じだった。
そんな時、上階から何かが降りてきた。
黒猫のユーグだ。
ユーグは、ナリアの傍にすり寄ってにおいを付けた後、ナリアの膝に飛び乗って鼻と鼻で挨拶をした。
「少し、時間をください」
ナリアは、ジャンヌのほうを見て、言った。
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