真珠を噛む竜

るりさん

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第十四章 花椒

それぞれの問題

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 大都市ローマ。
 この半島の中でも、この都市だけはきちんと昔の名前を残していた。それは、核戦争以前に積み重ねられた歴史のなせる業だった。
 そのローマに着くまでの間、ジャンヌはアース以外の人間と話をすることがなかった。自分の今の状態を最も理解している存在だったし、先日のように皆に心配をかけるようなことはしたくなかったからだ。
クロヴィスはその様子を見て、少し苛立ちを覚えていた。ジャンヌに対して何もできない自分にも苛立っていた。それ以上にアースにしか心を許さなくなったジャンヌにも。
 そんなクロヴィスの状態を見抜いたのか、彼はセベルをクロヴィスのところへ寄こした。そして、ジャンヌがそうしているように、クロヴィスも、セベルに自分の心の内を打ち明けた。
「ジャンヌのほうが重症に見えるだろ」
 長い間の草原が続き、小高い丘の上から大きなローマの街を望む。そんなときに、クロヴィスはセベルにそう漏らした。セベルは何も言わずに、クロヴィスの背を叩いた。
「俺だって苦しいんだよ。皆あっちの心配ばかりで、俺のことなんかこれっぽっちも」
 クロヴィスの声は震えていた。今にでも泣き出しそうだ。ジャンヌもクロヴィスも、どっちも同じことで参っていた。
「クロヴィスも、強がっていたんだな」
 セベルがそう言うと、クロヴィスは唇をかんだ。セベルは続ける。
「俺も師匠に言われた。強がると、それだけ弱い自分を庇うことになるって」
「弱い?」
 セベルは、頷いた。
「強さってのは、人の評価で決まるもんじゃないだろ。なのに、その強さってのを人の評価に依存するから強がるんだ。強い自分をアピールし続けると、弱い部分は弱いまま残ってしまう。よくないだろ、それ」
 セベルとクロヴィスが一つの答えを出そうとしている。それを見て、ナリアがみんなの歩みを止めた。そして、このあたりで少し休んでいこうと提案した。
「ジャンヌはわたくしたちが見ていても大丈夫です。クロヴィスのところへ行ってあげてください」
 ナリアは、そう提案してアースをクロヴィスのもとへと促した。
 ジャンヌを託されると、ナリアはジャンヌを優しく抱きしめて、木陰で休んでいた。ジャンヌは旅を続けている間ずっとアースと何かを話していた。それは彼女が彼女の気持ちを知り、自分自身を落ち着かせるのに十分だった。
 一方、クロヴィスとセベルは、丘の上で最も日の当たる頂上にいた。アースは、そんな二人に、ジャンヌたちがいるのとは別方向の木陰に寄るようにと言った。
「互いに強がって、弱みを見せたらそこを突かれて。それが家族だっていうなら、間違っていると思うんだ」
 クロヴィスを見守る二人に、彼は暗い表情でそれを告げた。
「皆はジャンヌの味方で、倒れていない俺はそうじゃなくて」
 クロヴィスの声がまた震えて、今にも泣きだしそうな声になっている。セベルはそんなクロヴィスの背をさすり、落ち着くように促した。アースは遠くを見ているが、クロヴィスの腕もしっかりと握っていた。
「誰かが悪いわけじゃない」
 アースは、呟くようにそう言った。クロヴィスが荒げていた息を止める。
「無理やり悪者を作るな。お前は悪くない」
 そのセリフに、クロヴィスは体の力を抜いた。肩を落として、頭を抱える。
「師匠、その言葉はジャンヌにも?」
 セベルに問われると、アースは首を横に振った。
「誰にも言っていない。ジャンヌの悩みはそこじゃない」
 すると、クロヴィスはアースに食って掛かった。両肩に手を乗せて、強く握った。しかし、そのクロヴィスの強い力にも、アースの肩はびくともしなかった。
「クロヴィス」
 アースが、クロヴィスの右腕に手をかけた。そのとき、クロヴィスが叫んだ。
「教えてくれ! あいつに今必要なのは何なのか! どうすれば、あいつを救ってやれるんだ?」
 クロヴィスは、半分泣いていた。アースは、クロヴィスの手をそっと外し、膝の上にのっけてやった。
「今のお前なら、それで十分だ」
 クロヴィスが、顔を上げた。セベルの手がクロヴィスに触れる。
「今のクロヴィスは、自分のことよりジャンヌのことだろ。だったら、その気持ちだけで彼女は十分満たされるんだ。たぶん、ジャンヌを救える人物は世界で一人きり、君だけなんだよ」
 それを聞いて、クロヴィスは、その場にへたり込んだ。
 求めていた答えは自分自身だった。今まで悩みに悩んで、出た答えがそれだった。
「クロヴィス」
 何度目だろう、アースが自分の名前を呼ぶ。見ると、こちらに手を差し出していた。セベルがクロヴィスを立たせてくれる。
 クロヴィスは、二人の手を取った。
「今までの悩みは無駄じゃなかったんだ。いままでクロヴィスが自分の中の強がりの下に隠していたジャンヌへの思いが、噴き出てきたんだよ。君自身が君を救い、また、それがジャンヌを救う。全てはローマで分かるはずだ」
 セベルがそう言って、クロヴィスの手を握る力を強めた。
「さあ、行こう。そろそろ時間だ」
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