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第十五章 黒い薔薇にキスを
望みを告げる力
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第十五章 黒い薔薇にキスを
三日目のレストランの営業が終わる時、街じゅうがそれを惜しむ声と喝采に包まれた。表では音楽を奏でて踊ったリゼット、美しい声で歌を歌ったナリア、どんどん入ってくる客におびえることなく立ち向かった勇者・クロヴィスとジャンヌ。裏では、どんな料理よりもおいしい料理を作っていたアース、厨房とホールをつなげてうまく回していたエリク、客がのどを潤して楽しい時間を作るための飲み物を提供したセベル。そして、全ての裏の仕事を請け負っていた縁の下の力持ち、エーテリエ。
すべての人間が、閉店を惜しまれながら店を閉めた。閉店間際に、この店の全員が街の人の中に出て行って挨拶をした。人の前に出るのを嫌がっているアースとエーテリエを引っ張り出したのはエリクだった。
この町に開いたレストランでやれることをすべて終えた一行は、硬い木材の椅子とテーブルをリゼットの錬術で薪に変えて荷物として預かり屋に預けた。荷物の番号札を受け取り、フレデリクを預けて、セリーヌと一緒に銀行に行ってすべてのお金を引き出してきた。かまどやビールのサーバーなどは、借りていた飲食店に返しに行った。代金を払うと言ったら、こう言って断られた。
「あんたたちの店で客を集めてくれたから、あぶれた人たちが店に来てくれてね。こっちも商売になってありがたかったよ」
それでも払わなければならないし、きちんとけじめはつけなければいけないとクロヴィスが言ったが、笑顔で追い返されてしまった。
次の日、疲れ果てた一行は、宿のチェックアウト寸前まで宿にいて、遅い朝食を外で食べた。そこはインスラの隅のほうにある小さな店だったが、十分おいしかった。
「あのスパゲッティー、辛かったね。なんて言うの?」
ジャンヌが満足そうに聞くと、ナリアが答えた。
「ジャンヌが食べたものは、ペペロンチーノです。唐辛子という名のパスタで、ニンニクとオリーブオイルで香りを付けたソースに塩気をつけ、ゆでたパスタと唐辛子を絡めて作ります」
すると、ジャンヌはふと、アースを見た。
「たしか、中華料理以外にも作れたんですよね」
アースは、びくりとした。
「アースさん、今度作ってよ。ジャンヌのスパゲッティー、すごくいい香りがしたんだ」
アースは、エリクがそう言うと、仕方ないなと付け加えて、こう言った。
「エリクにはずいぶん助けられた。またいつでも言ってくれ」
アースがこういうことを快く受けるのは珍しい。エリクはいったい何をどうしたというのだろう。皆がビックリしてアースとエリクを見た。
「え? 僕が、アースさんを?」
エリクもなにがなんだかわかっていなかった。アースは、黙って笑って、エリクの頭を撫でた。
そこで、エリクはハッとした。
いつも、アースはエリクの頭を撫でてくれていた。この間は、その逆のことをした。
「嬉しかった。今まで自分が背負っていたすべてのことから、解放された気がした」
エリクは、それを見て、聞いて、嬉しくなった。嬉しくなって、また泣きそうになった。自分が何かの役に立てた、誰かの力になれた。
アースの手が伸びてくる。エリクの頭をまた撫でる。
ふつうに成人男性がされたら怒るだろう。エリクも、もう成人男性と同じ扱いをされているし、お酒も飲める。だが、エリクは、アースにそうされても怒りのかけらすら見せなかった。
エリクが落ち着くと、皆の次の目的地をクロヴィスが示した。
「ルチアの窯に行こう」
その意見には、文句を言う人は一人もいなかった。
一行は、ローマの街の人間に聞いて、超古代の遺跡であるフォロ・ロマーノに向かった。街の人間は皆クロヴィスたちの顔を知っていて、一言何かを添えてから道を教えてくれた。
にぎやかで人通りの多い街を抜けて、背の高い建物が林立する静かな場所に出ると、そこはよく整備された緑地で、きれいな水をたたえた水場や、しっかりと剪定された木が整然と並んでいた。その中心に、遺跡があった。
遺跡は、きれいな芝生のある公園とは違って、そこにある草や木が乱雑で、残っている柱や建物も随分と風食されていた。
「遺跡って感じがするわ。きちんと保存されている」
セリーヌが感嘆の声を上げた。一行は、目をきらめかせるセリーヌが遺跡に向かうのを何とか阻止して、その周りにあるインスラ群に足を向けた。
すると、公園に面している大きな集合住宅の一階に、小さな店があった。緑色の壁に黒い柱、看板も黒で、店名とメニューは白いチョークで書いてあった。
「ここだな。入ってみるか」
クロヴィスはそう言うと、開店中と書かれた札がぶら下がっているドアを開けた。ベルが鳴る音がして、店内からはいい香りが漂ってきた。
「ここ、レストランだ」
エリクが興味深そうに店内を見る。すると、中から誰かが出てきた。
この店の店主、この間ジョヴァンニという老人と一緒にいた女性だった。
「来てくれたのね」
女性は、優しげに笑って、小さい店の少ない席に一行を座らせた。
そして、店のオープンキッチンに立ち、皆のほうを向きながら料理を始めた。
「皆さんは、これから南の大陸に渡るそうね」
女性が質問をすると、クロヴィスが答えた。
「はい。でも、今のところどんな船にどうやって乗ったらいいのか分かりません。ジョヴァンニさんに任せきりというのもなんだかおかしいですから」
すると、女性はキッチンから人数分の水を持ってきて、配り始めた。これは私のおごりだからお金はいらないと言って笑う笑顔は、素敵だった。
女性は、キッチンに戻ると、少し考えて、一行にこう提案した。
「少し考えたんだけど、このフォロ・ロマーノの一帯にあるインスラ。これを所有しているお金持ちが、船を一隻持っているの。それを借りたらどうかしら? 乗員もつけて。大陸までは地中海を南に進むだけだから、そんなに時間もお金もかからないわ。もちろんただで貸してくれるわけじゃないし、あの人はお金では動かないから、条件があるのだけど」
皆は、その提案に目を丸くした。船を一隻借りられる。しかも乗員付きで。貸してくれる条件さえクリアすれば、なんとかなるだろう。
「船を一隻か。いい案だが、条件というのが気になるな。金で動かないタイプなら、とんでもないものを突き付けてきそうだ」
クロヴィスが考えていると、女性は含みのある笑いを浮かべた。
「条件は、面白いものを見せること。その船に乗るすべての人間が、面白いものを見せてくれれば貸してくれるわ。でも、相当面白くなければだめよ。彼は気難しいから」
女性はそう言って、皆を見渡した。
すると、一人、いつもと違う表情をする者がいた。
不気味な笑い、ナリアだ。
「男性の皆さん、女装なさい」
クロヴィスが、固まった。
「じょ、女装?」
エリクとセベルが不思議そうにナリアとクロヴィスを見比べた。
「女装ってなに、クロヴィス?」
エリクが屈託のない笑顔で聞いてくるので、クロヴィスは真っ青になったまま答えた。
「男が女の格好をするんだ。ナリアさん、それは無茶だ」
「無茶ではありません。私たち女性もなんとかしますから、男性の方々は女装してください」
ナリアがこういう表情でこういうことを言う時は逆らわないほうがいい。クロヴィスはナリアの恐ろしさを感じて、少し引いた。
「セベルもエリクも、それでいいのか? アース、あんただって」
クロヴィスがそう言ってアースを見ると、彼は目を丸くして驚いていた。
「なんだ?」
そう聞いてくるので、クロヴィスは頭を抱えた。
「あんたも女装するんだよ。男性は全員って言っただろう」
すると、アースは皆から目を逸らした。
しかし、今度はエリクが興奮してアースの肩を掴んだ。目を輝かせて、嬉しそうにアースを見る。
「やろうよ! なんだか楽しそうだよ! アースさんならきっと似合うよ」
そう言いながら手を握ってくるので、アースはそのエリクからも目を逸らした。
「嫌だ、やらない」
あくまで女装を拒むアースに、今度はナリアが動いた。
「あなたがやれば、クロヴィスもやると言っていますよ」
「誰もそんなことは言っていないが」
クロヴィスの反論に、ナリアは強烈な視線を飛ばした。その視線にクロヴィスは、ごめんなさいと言うしかなかった。
「ナリアは普段、こういうわがままを言わないんだ」
セベルが、立ち上がって皆を見回す。
「たぶん、そういうことができるのは皆の前だからだと思う。すまないが、聞いてやってくれないか」
すると、皆黙ってしまった。
しばらくして、キッチンに戻っていたルチアの窯の女主人が、笑顔で料理を持ってきた。体によさそうなサラダと、見慣れないパイのようなものだった。
「玉ねぎのサラダと、鶏肉とほうれん草のキッシュよ」
女性は、そう言うとキッチンに戻って行った。皆が料理のいい香りに酔っていると、女性はこう言って笑った。
「女の子のわがままを聞いてあげるのも、男の子の役割なのよ。力のある男の子が力のない女の子から、わがままを奪ってしまったら、女の子はどうやって自分を守ったらいいのか分からなくなっちゃう。たとえ、強い女の子でも、本当はすごく寂しいの」
その言葉に、男性陣は黙ってしまった。ナリアのほほえみも元に戻り、少し寂しげな顔をしていた。
「セベルの与えてくれるすべてのものに、不満があるわけではないのです」
ナリアは、先ほどとは違って、かなり落ち着いた表情をしていた。
「ただ、今のこの満たされた状態が、いつか壊れてしまうのではないかと思うと、不安で」
ナリアはそう言って、少し暗い表情をした。しかし、アースが彼女の肩を叩いて、少し笑った。
「幸せに限界を作るんじゃない」
ナリアは、そう言われて赤くなり、嬉しそうな顔をして皆に笑顔を見せた。
すると、皆の中から、誰かが手を挙げた。
セリーヌだ。
「ナリアさんは今回、男性の方々の女装を楽しんでください! その代わり、私が男性の方々をプロデュースしますから。リゼットやジャンヌたちは、エーテリエがやってくれるそうです。私、男性の方々をきれいにしてみたい!」
セリーヌが勇気ある発言をしたので、皆から拍手が起こった。エーテリエは何が何だかわかないといった表情をしていたが、セリーヌに耳打ちされると、まんざらでもないという顔になった。
最初から乗り気だったセベルとエリクはそれをそのまま受け入れたが、クロヴィスとアースはただ従うしかなかった。
それから、男性陣の、船を借りるための試練が、始まった。
三日目のレストランの営業が終わる時、街じゅうがそれを惜しむ声と喝采に包まれた。表では音楽を奏でて踊ったリゼット、美しい声で歌を歌ったナリア、どんどん入ってくる客におびえることなく立ち向かった勇者・クロヴィスとジャンヌ。裏では、どんな料理よりもおいしい料理を作っていたアース、厨房とホールをつなげてうまく回していたエリク、客がのどを潤して楽しい時間を作るための飲み物を提供したセベル。そして、全ての裏の仕事を請け負っていた縁の下の力持ち、エーテリエ。
すべての人間が、閉店を惜しまれながら店を閉めた。閉店間際に、この店の全員が街の人の中に出て行って挨拶をした。人の前に出るのを嫌がっているアースとエーテリエを引っ張り出したのはエリクだった。
この町に開いたレストランでやれることをすべて終えた一行は、硬い木材の椅子とテーブルをリゼットの錬術で薪に変えて荷物として預かり屋に預けた。荷物の番号札を受け取り、フレデリクを預けて、セリーヌと一緒に銀行に行ってすべてのお金を引き出してきた。かまどやビールのサーバーなどは、借りていた飲食店に返しに行った。代金を払うと言ったら、こう言って断られた。
「あんたたちの店で客を集めてくれたから、あぶれた人たちが店に来てくれてね。こっちも商売になってありがたかったよ」
それでも払わなければならないし、きちんとけじめはつけなければいけないとクロヴィスが言ったが、笑顔で追い返されてしまった。
次の日、疲れ果てた一行は、宿のチェックアウト寸前まで宿にいて、遅い朝食を外で食べた。そこはインスラの隅のほうにある小さな店だったが、十分おいしかった。
「あのスパゲッティー、辛かったね。なんて言うの?」
ジャンヌが満足そうに聞くと、ナリアが答えた。
「ジャンヌが食べたものは、ペペロンチーノです。唐辛子という名のパスタで、ニンニクとオリーブオイルで香りを付けたソースに塩気をつけ、ゆでたパスタと唐辛子を絡めて作ります」
すると、ジャンヌはふと、アースを見た。
「たしか、中華料理以外にも作れたんですよね」
アースは、びくりとした。
「アースさん、今度作ってよ。ジャンヌのスパゲッティー、すごくいい香りがしたんだ」
アースは、エリクがそう言うと、仕方ないなと付け加えて、こう言った。
「エリクにはずいぶん助けられた。またいつでも言ってくれ」
アースがこういうことを快く受けるのは珍しい。エリクはいったい何をどうしたというのだろう。皆がビックリしてアースとエリクを見た。
「え? 僕が、アースさんを?」
エリクもなにがなんだかわかっていなかった。アースは、黙って笑って、エリクの頭を撫でた。
そこで、エリクはハッとした。
いつも、アースはエリクの頭を撫でてくれていた。この間は、その逆のことをした。
「嬉しかった。今まで自分が背負っていたすべてのことから、解放された気がした」
エリクは、それを見て、聞いて、嬉しくなった。嬉しくなって、また泣きそうになった。自分が何かの役に立てた、誰かの力になれた。
アースの手が伸びてくる。エリクの頭をまた撫でる。
ふつうに成人男性がされたら怒るだろう。エリクも、もう成人男性と同じ扱いをされているし、お酒も飲める。だが、エリクは、アースにそうされても怒りのかけらすら見せなかった。
エリクが落ち着くと、皆の次の目的地をクロヴィスが示した。
「ルチアの窯に行こう」
その意見には、文句を言う人は一人もいなかった。
一行は、ローマの街の人間に聞いて、超古代の遺跡であるフォロ・ロマーノに向かった。街の人間は皆クロヴィスたちの顔を知っていて、一言何かを添えてから道を教えてくれた。
にぎやかで人通りの多い街を抜けて、背の高い建物が林立する静かな場所に出ると、そこはよく整備された緑地で、きれいな水をたたえた水場や、しっかりと剪定された木が整然と並んでいた。その中心に、遺跡があった。
遺跡は、きれいな芝生のある公園とは違って、そこにある草や木が乱雑で、残っている柱や建物も随分と風食されていた。
「遺跡って感じがするわ。きちんと保存されている」
セリーヌが感嘆の声を上げた。一行は、目をきらめかせるセリーヌが遺跡に向かうのを何とか阻止して、その周りにあるインスラ群に足を向けた。
すると、公園に面している大きな集合住宅の一階に、小さな店があった。緑色の壁に黒い柱、看板も黒で、店名とメニューは白いチョークで書いてあった。
「ここだな。入ってみるか」
クロヴィスはそう言うと、開店中と書かれた札がぶら下がっているドアを開けた。ベルが鳴る音がして、店内からはいい香りが漂ってきた。
「ここ、レストランだ」
エリクが興味深そうに店内を見る。すると、中から誰かが出てきた。
この店の店主、この間ジョヴァンニという老人と一緒にいた女性だった。
「来てくれたのね」
女性は、優しげに笑って、小さい店の少ない席に一行を座らせた。
そして、店のオープンキッチンに立ち、皆のほうを向きながら料理を始めた。
「皆さんは、これから南の大陸に渡るそうね」
女性が質問をすると、クロヴィスが答えた。
「はい。でも、今のところどんな船にどうやって乗ったらいいのか分かりません。ジョヴァンニさんに任せきりというのもなんだかおかしいですから」
すると、女性はキッチンから人数分の水を持ってきて、配り始めた。これは私のおごりだからお金はいらないと言って笑う笑顔は、素敵だった。
女性は、キッチンに戻ると、少し考えて、一行にこう提案した。
「少し考えたんだけど、このフォロ・ロマーノの一帯にあるインスラ。これを所有しているお金持ちが、船を一隻持っているの。それを借りたらどうかしら? 乗員もつけて。大陸までは地中海を南に進むだけだから、そんなに時間もお金もかからないわ。もちろんただで貸してくれるわけじゃないし、あの人はお金では動かないから、条件があるのだけど」
皆は、その提案に目を丸くした。船を一隻借りられる。しかも乗員付きで。貸してくれる条件さえクリアすれば、なんとかなるだろう。
「船を一隻か。いい案だが、条件というのが気になるな。金で動かないタイプなら、とんでもないものを突き付けてきそうだ」
クロヴィスが考えていると、女性は含みのある笑いを浮かべた。
「条件は、面白いものを見せること。その船に乗るすべての人間が、面白いものを見せてくれれば貸してくれるわ。でも、相当面白くなければだめよ。彼は気難しいから」
女性はそう言って、皆を見渡した。
すると、一人、いつもと違う表情をする者がいた。
不気味な笑い、ナリアだ。
「男性の皆さん、女装なさい」
クロヴィスが、固まった。
「じょ、女装?」
エリクとセベルが不思議そうにナリアとクロヴィスを見比べた。
「女装ってなに、クロヴィス?」
エリクが屈託のない笑顔で聞いてくるので、クロヴィスは真っ青になったまま答えた。
「男が女の格好をするんだ。ナリアさん、それは無茶だ」
「無茶ではありません。私たち女性もなんとかしますから、男性の方々は女装してください」
ナリアがこういう表情でこういうことを言う時は逆らわないほうがいい。クロヴィスはナリアの恐ろしさを感じて、少し引いた。
「セベルもエリクも、それでいいのか? アース、あんただって」
クロヴィスがそう言ってアースを見ると、彼は目を丸くして驚いていた。
「なんだ?」
そう聞いてくるので、クロヴィスは頭を抱えた。
「あんたも女装するんだよ。男性は全員って言っただろう」
すると、アースは皆から目を逸らした。
しかし、今度はエリクが興奮してアースの肩を掴んだ。目を輝かせて、嬉しそうにアースを見る。
「やろうよ! なんだか楽しそうだよ! アースさんならきっと似合うよ」
そう言いながら手を握ってくるので、アースはそのエリクからも目を逸らした。
「嫌だ、やらない」
あくまで女装を拒むアースに、今度はナリアが動いた。
「あなたがやれば、クロヴィスもやると言っていますよ」
「誰もそんなことは言っていないが」
クロヴィスの反論に、ナリアは強烈な視線を飛ばした。その視線にクロヴィスは、ごめんなさいと言うしかなかった。
「ナリアは普段、こういうわがままを言わないんだ」
セベルが、立ち上がって皆を見回す。
「たぶん、そういうことができるのは皆の前だからだと思う。すまないが、聞いてやってくれないか」
すると、皆黙ってしまった。
しばらくして、キッチンに戻っていたルチアの窯の女主人が、笑顔で料理を持ってきた。体によさそうなサラダと、見慣れないパイのようなものだった。
「玉ねぎのサラダと、鶏肉とほうれん草のキッシュよ」
女性は、そう言うとキッチンに戻って行った。皆が料理のいい香りに酔っていると、女性はこう言って笑った。
「女の子のわがままを聞いてあげるのも、男の子の役割なのよ。力のある男の子が力のない女の子から、わがままを奪ってしまったら、女の子はどうやって自分を守ったらいいのか分からなくなっちゃう。たとえ、強い女の子でも、本当はすごく寂しいの」
その言葉に、男性陣は黙ってしまった。ナリアのほほえみも元に戻り、少し寂しげな顔をしていた。
「セベルの与えてくれるすべてのものに、不満があるわけではないのです」
ナリアは、先ほどとは違って、かなり落ち着いた表情をしていた。
「ただ、今のこの満たされた状態が、いつか壊れてしまうのではないかと思うと、不安で」
ナリアはそう言って、少し暗い表情をした。しかし、アースが彼女の肩を叩いて、少し笑った。
「幸せに限界を作るんじゃない」
ナリアは、そう言われて赤くなり、嬉しそうな顔をして皆に笑顔を見せた。
すると、皆の中から、誰かが手を挙げた。
セリーヌだ。
「ナリアさんは今回、男性の方々の女装を楽しんでください! その代わり、私が男性の方々をプロデュースしますから。リゼットやジャンヌたちは、エーテリエがやってくれるそうです。私、男性の方々をきれいにしてみたい!」
セリーヌが勇気ある発言をしたので、皆から拍手が起こった。エーテリエは何が何だかわかないといった表情をしていたが、セリーヌに耳打ちされると、まんざらでもないという顔になった。
最初から乗り気だったセベルとエリクはそれをそのまま受け入れたが、クロヴィスとアースはただ従うしかなかった。
それから、男性陣の、船を借りるための試練が、始まった。
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