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第十七章 風に舞う葉
二組の客
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レストラン開店当日、誰もが不安を抱えながらレストランの開店を待った。
ローマの時のようにすぐに客は来ないだろう。実際、広場で客を待っているリゼットとナリアはまだ一人目の客が来たと言ってこない。
広場で楽器やマジックの道具を持って待機しているリゼットとナリアは、自分たちが一週間ほど前からずっとやってきた大道芸の結果がいつ出るか、不安と楽しみの中待っていた。
すると、村の入り口の方からこちらにやってくる何人かの人影が見えた。リゼットもナリアも目が良いので、それが何組の何名なのかすぐにわかった。
「一名ひと組み、あとは三名でひと組ね」
彼らが近づいてくると、それがどういう人間なのかがよくわかった。最初の一名はずいぶん年季の入った旅人で、中年の男性だった。もうひと組は若い男性一人と女性二人だった。こちらは身だしなみもよく、きちんとした格好をしていた。
最初の一人は、迎えに出てきたジャンヌに対して、こう言った。
「私は今お金がなくてね。でもお腹が空いてしまったから、なんでもいいから食べさせてほしい。台所の残飯でもいい」
すると、ジャンヌはこう答えた。
「ここにきてくれたお客さんに半端なものは食べさせられません。お金は今度で構いませんので、召し上がっていってくださいな。大丈夫、うちのシェフはお客様を見て手を抜くことはしません。お家に帰って、このお店のことを話して盛り上がっていただければ、それで十分です。それに今、開店直後で残飯は出ていないんです、ごめんなさい」
すると、その後ろに並んでいた男女合わせて三人のひと組は、笑いながらこう言った。
「この店は節操がないね。貧乏人まで店に入れて。僕たちのような上流階級とみすぼらしい貧乏人を同じ扱いにするんだ」
すると、奥からクロヴィスがやってきて彼らの応対をした。
「お客様、特別な計らいを当店にお求めでしたら、それは諦めていただくしかありません。しかし、ちょっとお料理に工夫をして特別なひと時をお楽しみいただくことはできます。シェフと相談しますので少々お待ちを」
そう言って一度バックヤードへ戻っていき、すぐに帰ってくると、ジャンヌはオープンキッチンになっているレストランの西側に、クロヴィスは東側に客を案内した。今来た客はそれだけで、他には誰も来ていなかった。
「おい、あの客が僕たちから見える。同じ料理がこっちとあっちに行くかと思うと反吐が出るよ」
金持ちの客があえて相手に聞こえるように言うと、ついてきた女性たちが大声で笑った。
「下品なのはどっちよ」
壁越しにレストランの外からその話を聞いていたリゼットが、文句を言った。その肩を、ナリアがそっと叩く。
「ならば、これからあの旅人さんに捧げる音楽を奏でましょう」
二人はそう言って、ステージの方へと去っていった。
しばらくしていい音楽が流れ始めると、旅人の男性は料理を待っている間中、嬉しそうな顔をして音楽に身を任せていた。
前菜が出されると、その時にジャンヌは男性に一言詫びた。
「私たちの不始末で嫌な気分にさせてしまい、申し訳ないです。もし、気分を崩されていなければ、このままお料理を召し上がってくださいまし」
ジャンヌの接客用語はめちゃくちゃだった。だが、心は伝わったのだろう、男性はジャンヌに笑顔でありがとうと言って、慣れた手つきで前菜を食べ始めた。
一方、金持ちの方は出てきた前菜にずいぶんとケチをつけていた。その上でまた笑いながらこう言った。
「こんな不味いもんをうまそうに食っているなんて、所詮貧乏人だな」
そう言って大声で笑うので、ジャンヌもクロヴィスも冷静でいられなくなっていた。しかし、出て行こうとした二人を止める手があった。
ハンナとセリーヌだ。
「あの二組、まとめて何かがありそうよ。このまま接客を」
そう言われ、なんとか冷静を取り戻した二人は、そのまま接客を続けた。メインが出てデザートまで行き着くと、最後に旅人の男性はしっかりとテーブルに手を合わせて、ごちそうさまでしたと言った。
一方、金持ちの男性のところには、デザートの後にさらに一品、料理が出されていた。
それは黒い小さなつぶつぶが乗ったクリームタルトで、お皿からこぼれるほどに乗せられたそのつぶつぶは、見た目だけならあまり良いとはいえなかった。
「なんだこれ? この黒い球を僕たちに食べろっていうのか?」
クロヴィスは、はい、と答えた。それ以上は何も言わずに去っていった。金持ちの男性はそのまま固まって、フォークとスプーンを構えたまま何もできないでいた。
お供の女性たちのところにそれは出されなかった。
「ねえ、それさ」
固まっている金持ちの男性の目の前で、女性が震えた。
「キャビアじゃない? 世界三大珍味の」
それを聞いて、男性は飛び上がった。
「え? キャビア? ああそう、そうだ。キャビアだよこれ。なんだ、キャビアじゃないか。何を寝ぼけているんだ僕は」
そう言って、男性はフォークとスプーンを持って、たっぷりクリームの乗ったタルトの上のキャビアを食べ始めた。
そして、真っ青な顔をしながら、おいしいなあ、やっぱキャビアにはケーキだよと言って、食べ終わった。
会計では、金持ちの男性からはきちんと、キャビアの分までお金をもらった。旅人の男性からは何ももらわなかった。
二組の客を帰すと、リゼットがあっと声を上げた。
「村の入り口に人が群がってる! でもこちらには来ないわ。あの四人が村の入り口で何か言ってる! 何かしら?」
リゼットは耳をそばだてた。しかし一向に何を言っているのかわからない。
「シリウスは目が良くて読唇術も持っています。見てもらいましょう」
ナリアはそういうと、シリウスを呼びに店の中に入って行った。しばらくすると帰ってきて、シリウスがリゼットと並んで村の入り口を見た。
そして、シリウスはしばらく彼らを見た後に、焦った顔をしてこう言った。
「どうやらあの旅人のおっさんと金持ちの男女はグルだったみたいだな。東隣の街のグルメ評論家で、店の下見に来たらしい。村の入り口に群がっている群衆はあいつらの評価を聞いてから入るか入らないか決めているみたいだな」
「それで、入るの? 入らないの?」
リゼットが聞くと、シリウスが目を凝らして入り口の四人の会話を見た。
「まずいな、ベタベタに褒めてる。課題点はジャンヌの接客用語だけだ。あれだけの人数は一気に捌けない。リゼット、ナリアさん、半分は受け持ってもらうが、いいな?」
それを聞いて、リゼットは舞い上がった。
「もちろんよ! さあ、どんどん来なさい!」
リゼットは胸を張っている。シリウスは二人にハイタッチをして厨房に戻っていった。厨房ではシリウスが皆を集めてミーティングを始めた。厨房とホールの連携が重要になってくるからだ。
村の入り口の門が開かれ、待ち侘びた人々が村に入ってくる。自然が豊かで美しい景観のこの村をキョロキョロと見ながらゆっくりと歩いてくる。
それは、レストラン一日目の素晴らしい幕開けだった。
ローマの時のようにすぐに客は来ないだろう。実際、広場で客を待っているリゼットとナリアはまだ一人目の客が来たと言ってこない。
広場で楽器やマジックの道具を持って待機しているリゼットとナリアは、自分たちが一週間ほど前からずっとやってきた大道芸の結果がいつ出るか、不安と楽しみの中待っていた。
すると、村の入り口の方からこちらにやってくる何人かの人影が見えた。リゼットもナリアも目が良いので、それが何組の何名なのかすぐにわかった。
「一名ひと組み、あとは三名でひと組ね」
彼らが近づいてくると、それがどういう人間なのかがよくわかった。最初の一名はずいぶん年季の入った旅人で、中年の男性だった。もうひと組は若い男性一人と女性二人だった。こちらは身だしなみもよく、きちんとした格好をしていた。
最初の一人は、迎えに出てきたジャンヌに対して、こう言った。
「私は今お金がなくてね。でもお腹が空いてしまったから、なんでもいいから食べさせてほしい。台所の残飯でもいい」
すると、ジャンヌはこう答えた。
「ここにきてくれたお客さんに半端なものは食べさせられません。お金は今度で構いませんので、召し上がっていってくださいな。大丈夫、うちのシェフはお客様を見て手を抜くことはしません。お家に帰って、このお店のことを話して盛り上がっていただければ、それで十分です。それに今、開店直後で残飯は出ていないんです、ごめんなさい」
すると、その後ろに並んでいた男女合わせて三人のひと組は、笑いながらこう言った。
「この店は節操がないね。貧乏人まで店に入れて。僕たちのような上流階級とみすぼらしい貧乏人を同じ扱いにするんだ」
すると、奥からクロヴィスがやってきて彼らの応対をした。
「お客様、特別な計らいを当店にお求めでしたら、それは諦めていただくしかありません。しかし、ちょっとお料理に工夫をして特別なひと時をお楽しみいただくことはできます。シェフと相談しますので少々お待ちを」
そう言って一度バックヤードへ戻っていき、すぐに帰ってくると、ジャンヌはオープンキッチンになっているレストランの西側に、クロヴィスは東側に客を案内した。今来た客はそれだけで、他には誰も来ていなかった。
「おい、あの客が僕たちから見える。同じ料理がこっちとあっちに行くかと思うと反吐が出るよ」
金持ちの客があえて相手に聞こえるように言うと、ついてきた女性たちが大声で笑った。
「下品なのはどっちよ」
壁越しにレストランの外からその話を聞いていたリゼットが、文句を言った。その肩を、ナリアがそっと叩く。
「ならば、これからあの旅人さんに捧げる音楽を奏でましょう」
二人はそう言って、ステージの方へと去っていった。
しばらくしていい音楽が流れ始めると、旅人の男性は料理を待っている間中、嬉しそうな顔をして音楽に身を任せていた。
前菜が出されると、その時にジャンヌは男性に一言詫びた。
「私たちの不始末で嫌な気分にさせてしまい、申し訳ないです。もし、気分を崩されていなければ、このままお料理を召し上がってくださいまし」
ジャンヌの接客用語はめちゃくちゃだった。だが、心は伝わったのだろう、男性はジャンヌに笑顔でありがとうと言って、慣れた手つきで前菜を食べ始めた。
一方、金持ちの方は出てきた前菜にずいぶんとケチをつけていた。その上でまた笑いながらこう言った。
「こんな不味いもんをうまそうに食っているなんて、所詮貧乏人だな」
そう言って大声で笑うので、ジャンヌもクロヴィスも冷静でいられなくなっていた。しかし、出て行こうとした二人を止める手があった。
ハンナとセリーヌだ。
「あの二組、まとめて何かがありそうよ。このまま接客を」
そう言われ、なんとか冷静を取り戻した二人は、そのまま接客を続けた。メインが出てデザートまで行き着くと、最後に旅人の男性はしっかりとテーブルに手を合わせて、ごちそうさまでしたと言った。
一方、金持ちの男性のところには、デザートの後にさらに一品、料理が出されていた。
それは黒い小さなつぶつぶが乗ったクリームタルトで、お皿からこぼれるほどに乗せられたそのつぶつぶは、見た目だけならあまり良いとはいえなかった。
「なんだこれ? この黒い球を僕たちに食べろっていうのか?」
クロヴィスは、はい、と答えた。それ以上は何も言わずに去っていった。金持ちの男性はそのまま固まって、フォークとスプーンを構えたまま何もできないでいた。
お供の女性たちのところにそれは出されなかった。
「ねえ、それさ」
固まっている金持ちの男性の目の前で、女性が震えた。
「キャビアじゃない? 世界三大珍味の」
それを聞いて、男性は飛び上がった。
「え? キャビア? ああそう、そうだ。キャビアだよこれ。なんだ、キャビアじゃないか。何を寝ぼけているんだ僕は」
そう言って、男性はフォークとスプーンを持って、たっぷりクリームの乗ったタルトの上のキャビアを食べ始めた。
そして、真っ青な顔をしながら、おいしいなあ、やっぱキャビアにはケーキだよと言って、食べ終わった。
会計では、金持ちの男性からはきちんと、キャビアの分までお金をもらった。旅人の男性からは何ももらわなかった。
二組の客を帰すと、リゼットがあっと声を上げた。
「村の入り口に人が群がってる! でもこちらには来ないわ。あの四人が村の入り口で何か言ってる! 何かしら?」
リゼットは耳をそばだてた。しかし一向に何を言っているのかわからない。
「シリウスは目が良くて読唇術も持っています。見てもらいましょう」
ナリアはそういうと、シリウスを呼びに店の中に入って行った。しばらくすると帰ってきて、シリウスがリゼットと並んで村の入り口を見た。
そして、シリウスはしばらく彼らを見た後に、焦った顔をしてこう言った。
「どうやらあの旅人のおっさんと金持ちの男女はグルだったみたいだな。東隣の街のグルメ評論家で、店の下見に来たらしい。村の入り口に群がっている群衆はあいつらの評価を聞いてから入るか入らないか決めているみたいだな」
「それで、入るの? 入らないの?」
リゼットが聞くと、シリウスが目を凝らして入り口の四人の会話を見た。
「まずいな、ベタベタに褒めてる。課題点はジャンヌの接客用語だけだ。あれだけの人数は一気に捌けない。リゼット、ナリアさん、半分は受け持ってもらうが、いいな?」
それを聞いて、リゼットは舞い上がった。
「もちろんよ! さあ、どんどん来なさい!」
リゼットは胸を張っている。シリウスは二人にハイタッチをして厨房に戻っていった。厨房ではシリウスが皆を集めてミーティングを始めた。厨房とホールの連携が重要になってくるからだ。
村の入り口の門が開かれ、待ち侘びた人々が村に入ってくる。自然が豊かで美しい景観のこの村をキョロキョロと見ながらゆっくりと歩いてくる。
それは、レストラン一日目の素晴らしい幕開けだった。
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