初めて口にする二度目の言葉 〜変な世界に迷い込んだ私は伝説の聖剣で無双する!?〜

相上和音

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配役2

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 思い返してみても、私に非があるとは思えなかった。
 目立つような発言なんてしていないし……というか、ほとんど他人事みたいな顔してぽけーっとしていた。

(本当に、ただ名前がアリスって読めるだけで……)

 また大きなため息が漏れる。

「じゃあ次はハートの女王役だけど、誰かやりたい人は?」

 波戸がそう言ったけれど、こちらもやはり、誰も名乗りを上げなかった。
 槍玉に挙げられるのを恐れてか、発言する者すらいない。
 女子たちだけではなく、男子たちも。
 瀬川の「最悪女装でもいいぞ」という言葉が利いているようだ。

 嘆いてばかりいても仕方がないと思い、私は挙手する。
 すでにみんなの犠牲になった私には、失うものなど何もなかった。

「郡山佳代さんがいいと思います」

 佳代は切れ長の目を見開いて、ばっとこちらを振り返った。
 まさか矛先が自分に向けられるとは思っていなかったのだろう。
 少し申し訳ない気持ちになったけれど、私は本心から彼女が適役だと思ったのだ。

 少なくとも、名前がアリスって読めるから、なんて馬鹿みたいな理由ではない。
 それにさっき私が槍玉に挙げられた時、彼女はしれっと手をあげていたのだ。
 遠慮する必要はなかった。というか普通にムカつく。

「佳代は美人だし大人っぽいし、女王様役が似合いそうでしょ」
「Sっぽいしな」

 ぼそりとした男子の声が後に続く。
 小声だったから誰の発言かはわからなかった。

「スタイルもいいし、ドレスとか着たら絶対似合うと思うんだよね」
「短足のお前と違ってな」
「ちょっと、今の誰?」

 佳代は腕を組んで押し黙っていた。
 どうすれば角を立てずに断れるのかを考えているのだろう。
 もちろん、今の私にとってはどうだっていいことだ。

「今の誰が言ったのかって訊いてんのよ!」
「お、落ち着いて有子。すごい形相になってるわよ」

 どうどう、と佳代が宥めてくる。
 小声とはいえ気にしてることをハッキリと言われたのだ。
 やばい、ちょっと泣きそうだった。

 私は身長が低い方ではないけれど、すらりとした長身の佳代と比べると、いつも自分が肉体的に成熟していないことを痛感させられる。
 親しい友人だけど、正直少し憧れていた。
 佳代は濡羽色の艶のあるストレートヘアで、若干カールした栗毛(どっちも天然)の私には、それもまた羨しかった。

「ほら、私、ハートの女王役を引き受けるから。一緒にがんばりましょう」

 気を使わせてしまったみたいだ。優しいなあ。

「じゃあハートの女王役は、郡山さんに決定だね」

 波戸が言うと、歓声と拍手が湧き起こった。
 私の時よりも断然大きい。
 ちょっと傷つく。

 波戸は『ハートの女王』の下に『郡山』と書き、しばらく迷ってから『さん』と敬称をつけたした。
 たぶん漢字に自信がなかったのだろう。
 名前を書き間違えるなんて失礼なことだし、なにより彼はそういうことをすごく気にするタイプだった。

「白ウサギは男の役?」

 波戸が隣に立つ瀬川に問いかけた。

「いや、女子のほうがいいかな。女装でもいいけど」
「そっか。じゃあ女子で白ウサギ役をやりたい人」

 瀬川の言葉を無視して波戸が言う。
 当然のように誰も名乗りを上げない。
 出番だと思い私は挙手する。

「柚木唯さんはどうでしょう」

 唯は小柄で可憐な少女だ。
 佳代が女王様なら唯はお姫様、とでも言えばわかりやすいかもしれない。
 髪は黒のボブで、毛量が多いからか静電気をはらんだようにふんわりとしている。

 くりくりとした大きな目が特徴的だが、彼女の一番の魅力はと訊かれれば、私は声と答えるだろう。
 彼女は鈴が転がるような綺麗な声をしていた。
 引っ込み思案であまり喋るタイプじゃないところが、さらにその魅力を際立たせていた。

 彼女もまた、私なんかよりもよっぽど舞台映えすることだろう。
 彼女はさっき私が槍玉にあげられた時、挙手しないでいてくれたけれど、それとこれとは話が別だ。
 もういっそ唯がアリス役として主演したほうがいいんじゃないかとさえ思えてくる。

(いや、それは駄目かな?)

 彼女に喜劇のヒロインは似合わない。
 そういう意味では、私は適役なのかもしれなかった。

 クラス中の視線が唯に集まる。
 彼女はぼっと音がしそうなほど赤面し、慌てて俯いた。

「わ、私は、そういうの、苦手だから」

 消え入りそうな、か細い声。

「でも私は唯と一緒に舞台やりたいな」

 口にしてから、それが本音であることに気がついた。
 舞台映えとか似合うとかは建前で、どうせ役者をやるなら仲のいい友達と一緒にやりたい、それだけが望みだった。

 私の言葉に唯は、より一層含羞の色を深める。
 長いまつ毛が揺れる。
 逡巡の末に、彼女は小さくだけど、確かに頷いてくれた。

「やった!」と思わず声に出た。
「白ウサギ役は柚木さん、と」

 波戸は『白ウサギ』の下に『柚木さん』と書いた。
 拍手喝采。
 こちらも当然のように私の時よりも大きかった。

「次はトランプ兵役だけど、やりたい人いる?」

 期待はしていないけど一応訊いてみる、といった声音だった。
 どうせ誰もやりたがらないんだろうな、なんて考えているのだろう。
 私もそう思っていた。
 次は誰を道連れにしてやろうかなと品定めしていると、

「俺やってもいいけど」
「俺も」
「じゃあ俺もやろうかな」

 と意外と立候補する者が多くて驚いた。
 波戸も目を丸くしている。

「えっと、五人か。全員男だけど、問題ない?」

 瀬川が頷く。

「じゃあトランプ兵役は、今手をあげてる五人で」

 黒板に書かれた『トランプ兵』の下の『(数人)』を丁寧に消してから、波戸は男子たちの名前を書き連ねていく。

(ああ、そういうことか……)

 私はトランプ兵役を買って出た男子たちの思惑に気付き、嘆息した。

(佳代と唯の二人が目当てなんだ……)

 男子って本当にわかりやすい。

「よし」

 波戸が粉受けにチョークを置き、ぱんぱんと手を払った。

 演目 不思議の国のアリス
 登場人物
    アリス    藤村有子
    ハートの女王    郡山さん
    白ウサギ      柚木さん
    トランプ兵     中谷康平
              佐々木勇
              松坂健太
              小谷直樹
              野崎大地

 さすがに男子たちの名前は憶えていたようだ。
 私の名前だけ瀬川の癖の強い字なのが気になったけれど、指摘するほどでもないと思い堪えた。

「ここまでで何か質問がある人は?」
「どうせなら俺、ジョーカーがいいなー」

 波戸の問いに中谷が答えた。
 トランプ兵役を買って出た男子のうちの一人だ。

「ほら、ジョーカーもトランプのうちだし」

 瀬川が腕を組み思案顔になる。

「ジョーカーが出るシーンはねえかなあ」

 中谷が不満そうな声を上げたが、瀬川は取り合わずに続けた。

「それにジョーカーは真帆ちゃんの役だし」

 真帆ちゃんは目をぱちくりとさせた。

「先生は劇に出られないわよ」
「でもジョーカーは真帆ちゃんにしか務まらないじゃん」
「なんでよ」
「だってジョーカーと言えばババだし」

 真帆ちゃんは無言で教壇に上ると、瀬川の脛を思いっきり蹴とばした。

「いってえ!」

 うずくまる瀬川には一瞥もくれず、真帆ちゃんは元の位置に戻った。
 普段は温厚で優しい人なんだけど、結婚と年齢の話になると容赦がなかった。
 だから誰も、彼女の正確な年齢を知らない。
 それを承知でからかう男子がクラスには何人かいて、そのうちの一人が瀬川だった。

 それは悪意からではなく好意からくるものだ。
 真帆ちゃんはいつもグレーのパンツスーツをピシッと着こなしていて、女の私からしても惚れ惚れするほど格好いいのだ。
 男子はそんな真帆ちゃんに構ってもらいたいのだろう。

 ちなみに『ババ抜き』は『オールドメイド』というカードゲームが起源で、直訳すると『行き遅れた独身女性』となる。
 そこまで含みを持たせた発言ではないだろうけど、どちらにせよ蹴とばされて当然だった。
 瀬川は脛をさすりながら半泣きで言う。

「と、いうわけだから」
「どういうわけだよ……」と中谷。
「うるせえ。お前なんか脇役で十分だ」

 八つ当たりのように会話を断ち切る。

「他に質問がある人は?」 と波戸が話を戻した。

 サッカー部の男子が手を挙げずに尋ねる。

「今日も放課後は残るの? 俺、部活があるんだけど」
「脚本が完成するまでは放課後の作業はなしで」
「わかった」

 しばらく沈黙。
 質問がこれ以上ないことを確認してから、波戸は瀬川に視線をやった。
 ダメージから回復した瀬川は立ち上がると、一つ頷き自信ありげに言った。

「わかってるって、すぐに完成させるから」

 見計らったようにチャイムが鳴る。

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